第113話 国王の考え

※今回はフルメリンタの国王レンテリオ目線の話です。


「ユド、ユーレフェルトの状況を報告してくれ」

「はい、全体的に計画は順調に推移しております」


 我の片腕でもあるユド・ランジャールは、ユーレフェルト王国への侵攻計画の達成状況を順を追って説明し始めた。


「まず、第一王子アルベリク暗殺の影響ですが、恐れていた国を二分しての内乱には発展しておりません」

「第一王子派が自重したのか、それとも戦うだけの力が無くなったのか、どちらだ?」

「自重しているようです」

「旗頭を失って自棄を起こすほど忠誠を誓っていた者はいなかったか」

「いいえ、そうではないようです」

「では、外戚の男子でも引っ張り出したのか」

「いいえ、どうやら第二王女が自ら動いたようです」

「ほぉ、そのような気概のある者だったのか」

「はい、これについては少々意外でした」


 ユーレフェルトの第二王女ブリジットについては、政略結婚の駒として下調べを行ってきたが、自ら王位を望むような人物だという報告は受けていない。

 むしろ、王族の女子らしい大らかな性格だと聞いている。


「兄の死に感化されたのか」

「どうやらそのようで、母方の親戚筋であるラコルデール公爵家と連携を図り、財政面から戦いを仕掛けているようです」

「ほぅ、ますます予想外だな」

「はい、おっしゃる通り全くの予想外でした。ただ、このまま財政面での締め付けが強まれば、必ずや第二王子ベルノルトの一派は暴発するはずです。そのタイミングをフルメリンタの都合の良いように操作できれば、侵攻計画はより容易に進められるはずです」


 現在、我々フルメリンタはユーレフェルトの東側三分の一を切り取る計画を進めている。

 ほぼ同程度の国土を持ち、国力においても匹敵するユーレフェルトは、フルメリンタの安寧のためには最も目障りな存在だ。


 長年に渡って均衡を保ってきた中洲の領地に、突如として侵攻してきたのは記憶に新しい。

 我々にも油断があったとは言え、一時的には領地を失い、多くの国民を犠牲にしてしまった。


 その後、ワイバーンの襲来を利用して逆にユーレフェルトに攻め入ったものの、こちらも準備不足だったために獲得した領土を維持しきれなかった。

 それでも中州は全てフルメリンタの領地であると認めさせたが、国王が変われば約束を反故にされるかもしれない。


 そこで思いついたのが、ユーレフェルトへの本格侵攻だ。

 ユーレフェルトの国土の三分の一をこちらが手にすれば、事実上フルメリンタは倍の国土を持つことになる。


 無論、ただ占領しただけでは中身が伴わないだろうが、現在進めているユーレフェルト王家への反発を植え付ける工作が実れば、住民は進んでフルメリンタ国民となるはずだ。


「住民を離反させる工作はどうなっている?」

「そちらは計画通りに進めています」


 我々が進行を計画しているコルド川よりも東の地域には、八つの領地が存在している。

 そのうちの六つは第二王子派だったはずだが、現在は寝返りが進んでいると聞いている。


「反乱の焚き付けは、どの程度まで進んでいる?」

「現在は五つの領地で火種を燻らせており、残り三つの領地でも工作を進めています」


 ユドが命じて進めているのは、主に食糧についての工作だ。

 今の時期は穀物の収穫が終わって税を取り立てる時期だが、そこで偽装や抜き取りなどを行わせているようだ。


 例えば、納められた穀物の量を記した帳簿を改竄して未納分があるように思い込ませたり、実際に納められた穀物を盗み出させたりしているらしい。

 一つ一つは取るに足らない事であっても、度重なれば支配者層と住民の間に溝が生まれる。


 小さな不満を積み重ねたところで大きなで仕掛けを行い、領主が住民を支援するのを邪魔すれば、決定的な溝が生まれるという訳だ。


「エーベルヴァイン領はどうなっている?」

「元エーベルヴァイン領は未だに次の領主が決まらず宙に浮いた形になっております。もう一つ、第二王子派のザレッティーノ伯爵の転封、降格も終わっていないようです」


 第二王子派の筆頭であり、ユーレフェルトの三大貴族の一角エーベルヴァイン公爵家は、ワイバーンの襲来によって当主アンドレアスを失っている。

 本来ならば、嫡男オウレスが家督を相続するところだが、現国王の許可なくフルメリンタに戦争を仕掛けて領地を失う事となった責任を問われて相続が認められていない。


 現在、元エーベルヴァイン領は王家の預かりとなっているようだが、広大で肥沃な土地の扱いについては各派閥で綱引きが行われている状態のようだ。

 そして、講和直前に使者に対して集団魔法を撃ち込んだ罪を問われていザレッティーノ伯爵には転封と降格の処分が下されたそうだ。


 ユドの話によれば、ザレッティーノ伯爵は肥沃は耕作地帯から山間部へ、第一王子派の貴族と入れ替わる形で転封されることになったのだが、未だに居座り続けているらしい。

 一年間の税収が、これまでの半分以下になると聞けば、反発するのも当然だろう。


 領地の引継ぎが滞っている理由の一つに、今年収穫された米の扱いがある。

 ザレッティーノ伯爵は、今年の収穫については自分に権利があると主張し、後任の貴族も権利を主張して互いに譲らない状況が続いているようだ。


「国王アンゼルムは調停を行わないのか?」

「今のところは……機を計っているのか、それとも単に優柔不断なのか分かりません」

「そうか……相変わらず何を考えているのか分からぬ男だな」


 ユーレフェルト王国の現国王オーガスタ・ユーレフェルトは意図の読みにくい男だ。

 王位継承争いについても、先の戦争の終結についても、自分の意見を積極的に表には出さない。


 周囲の者達の話を聞いて、それらの選択肢の中から決定しているらしい。

 最終的な決断は自分が行うという姿勢にしては、決定する内容は消極的な策が多く、結果としては自分の意見の無い男という印象が出来上がっている。


 自分が王の座にいる間には事なかれ主義で、王位を譲った後にも影響力を残しておきたいのかもしれないが、少々やり方が回りくどい。


「ふん、さっさと第一王子を次の国王に指名しておけば、これほど混乱せずに済んだであろうに」

「はい、ですが我々フルメリンタにとっては都合の良い人物ではあります」

「それこそ、今のところは……だな」


 愚物は愚物なままでいれば良いが、その愚物を悪い見本として傑物が生まれる場合がある。

 第二王女の変貌ぶりは、そうした事態の兆しのようにも思える。


「火薬や銃の準備はどうなった?」

「そちらは順調すぎるほどに順調です。橋や建物、塀を破壊する実験も上手くいったそうですし、銃については信頼性の高い単発式を千丁揃え終えたと報告が来ています」

「銃は、どの程度の威力があるのだ?」

「倍から三倍程度はあるようです」

「運用の訓練は済んでいるのか?」

「続けておりますが、練度を高めるには、もう少し時間が掛かるようです」

「そうか……春には間に合うのだな?」

「それは問題ありません」


 我々はユーレフェルトへの侵攻を計画しているが、それは年が明けて水が温む時期になってからだ。

 これからの時期は気温も下がり、夜には氷が張る季節になる。


 そんな時期に戦争を仕掛け、兵士を野営させれば無駄な消耗をさせるだけだ。

 侵攻作戦を仕掛けるのは、たとえ夜間に屋外で眠ることになっても、装備さえシッカリとしていれば凍えずに済む季節になってからだ。


 ユーレフェルトから土地を奪うが、こちらの損害は最小限に留めたい。

 勿論、贅沢な願いだと分かってはいるが、最初から損害を度外視していたら、どれほどの損害を受けるか分かったものではない。


 それこそ、ユーレフェルトの二の舞を演じることになりかねない。


「元戦争奴隷はどうしている?」

「キリカゼ卿への的外れな恨みは無くなったようですが、同時に我々にとっての利用価値も薄れてきています」

「ほぅ、どんな心境の変化だ?」

「一つはキリカゼ卿を出迎えたヤーセルとの接触、もう一つは元戦争奴隷だった女との再会が理由のようです」


 ヤ―セルは、膨大な魔力を内包しながら放出系の魔法を使えないという厄介な体質の持ち主で、これまでは自爆兵器としての利用を考えていた人物だ。

 それが、ユートのアドバイスによって魔法を扱えるようになり、今では一人で集団魔法に匹敵する威力を出せる騎士団の花形となっているらしい。


 戦争奴隷だった者達は、ユーレフェルト国内で第二王子派からの情報操作を受けていたらしく、その誤った情報に基づいてユートを憎んでいたらしい。

 誤解が融けたことで、ユートを憎む気持ちも薄れたようだ。


「いかがいたしますか? キリカゼ卿との接触を認めますか?」

「今は何をさせているのだ?」

「銃の運用に関する助言をさせ、後方での支援に当たらせているようです」

「そうか……ならば上手く焚き付けて、自ら前線に立つように志願をさせよ。ユーレフェルトへの復讐だと言えば、その気になるだろう」

「分かりました。では、使い捨て継続ということですね」

「そうだ、利用価値が薄れているならなおさらだ」


 戦争奴隷だった二人は、言ってみればフルメリンタにとっては異分子だ。

 ユートのように代えがたい使い道があるならば囲い込むが、価値が無くなったのであれば、取り除いてしまった方が安心だ。


「陛下、キリカゼ卿から申し出があったユーレフェルトへ残っている女三人についてはどうされますか?」

「そちらは様子見だ。今は第一王子派の所に居るのであったな?」

「はい、王城で第一王子派に囲い込まれていますが、施術自体はどちらの派閥にも行っているようです。

「ならば、第二王女が追い込まれた場合には、一緒に亡命させる用意を整えておけ」

「なるほど、向こうから来させるのですね?」

「状況次第だがな」


 第一王子が暗殺されたと聞いた時に、最初に考えたのが第二王女の使い道だ。

 上手くフルメリンタに亡命させれば、ユーレフェルトの実権をベルノルトが握った後、更に侵略をしかける旗印に出来る。


 今はこちらの予想外の行動をしているが、備えだけは整えておく。

 全ては来年の春、それまでに状況の観察を怠らず、万全の準備を調えるだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る