第110話 ベルノルト

「なんだと……今なんと言った?」

「アルベリクが死にました」


 知らせを持って来た取り巻きの得意げな顔を見て、ユーレフェルト王国第二王子ベルノルトは一瞬言葉を失った。


「誰が手を下したのだ?」

「リーカネン男爵の手の者という話です」

「そうか……」

「殿下、どうか王城へお戻り下さい。アルベリク亡き今、次の国王は殿下をおいて他にありませぬ」

「愚か者が、我に殺されに戻れと申すのか!」

「めっそうもございません」

「アルベリクが殺されたとなれば、第一王子派が報復を試みるのは目に見えている。守りの薄い王城に戻るなど言語道断だ。王都が静けさを取り戻すまでは、この地に滞在する。それに……ここは見目の良い女子が多いからな」


 ゲスい笑いを浮かべて取り巻きを追い返した後で、ベルノルトは頭を抱えた。


「あの愚か者が、あっさり殺されてどうするんだ」


 いつものようにアルベリクに対する悪態が口をつくが、言葉には悪意以外の感情も籠っている。

 ベルノルトは、国王になりたいと思っていなかった。


 母親である第一王妃クラリッサから、あなたは将来この国の王になるのよ……と吹き込まれ、その気になっていた時もあったが、周囲の狂乱ぶりに嫌気が差したのだ。

 ベルノルトの周囲にいる人間達が、別に国王になる人間がベルノルトという人格でなくても構わないと考えているからだ。


 クラリッサにとっては実子であり、アウレリアにとっては同じ母親を持つ弟であり、派閥の貴族にとっては自分達に利益をもたらす者であれば良いのだ。

 ベルノルトにしてみれば、別に国王にならなくても何不自由の無い暮らしは出来るし、むしろ国王になってしまえば各種の行事に追い回される羽目になる。


 だから三年ほど前から派閥の貴族の息子を取り巻きにして、放蕩三昧の日々を送ってきたのだ。

 意図的に自堕落な生活を送っているとは言え、ベルノルトは善人という訳ではない。


 己の欲望のおもむくままに、美味い飯を食らい、高価な酒を飲み、好みの女を抱き、飽きたら取り巻き共にくれてやる。

 そうした生活を好んで送っているのだから、クズであることは間違いない。


 素行の悪い暮らしを続ければ諦めるかと思ったのだが、ベルノルトを国王に仕立て上げようとする周囲の熱は、冷めるどころか加熱していった。

 ベルノルトを担ごうとする者にとっては、出来が良かろうが愚か者であろうが関係無い。


 むしろ、変に頭が回る者よりも、馬鹿の方が扱いやすいと思われたらしい。

 だが、繰り返しになるが、ベルノルトには国王になる意志は無い。


 国王になろうとは思っていないが、クソ真面目で口煩い腹違いの兄が国王になるのも気に入らないと思っている。

 ベルノルトは国王にされないために放蕩生活を続けているのに、アルベリクは顔を会わせる度に生活を改めろと説教を始めた。


 アルベリクの上から目線のネチネチとした口調が、ベルノルトは大嫌いだった。

 王族たる者などと偉そうに言っているが、実際には女遊びを繰り返す自分を羨んでいるようにベルノルトは感じていた。


 王族なのだから顔の痣など気にせずに女を侍らせ、性欲の捌け口として使えばよいのに、メイドにすら手を付けていない。

 ベルノルトは、そんなアルベリクを他人から嫌われるのを恐れて自分の欲望も満たせずにいる臆病者だと思っている。


 だから反発し、アルベリクの意見にはことごとく異を唱えるようにしていた。

 論理が破綻しようと、アルベリクの意のままにならないように、反対するための理由を作り上げた。


 ベルノルトは、聖人ぶっているアルベリクの顔が怒りに歪む様を見るのが大好きだった。

 そして、ベルノルトがアルベリクと対立するほど派閥の貴族共が盛り上がり、頼んでもいない余計な行動をするようになった。


 国の秘事である異世界人の召喚を国王に相談もせずに執り行い、招いた異世界人を自分達の戦力とした。

 異世界より招いた者の多くは、膨大な魔力や貴重なスキルを手に入れると言われている。


 クラリッサは、血縁者であるエーベルヴァイン公爵と連携し、その戦力を用いて隣国フルメリンタから領土を奪還する計画を立てていた。

 隣国フルメリンタとは、国境である川の中州の領有権を巡って長年に渡って争っている。


 その中州を占拠すれば、次期国王としてベルノルトの功績になると考えていたらしい。

 異世界人の訓練の様子はベルノルトにも伝えられ、成果を上げるほどにヤキモキさせられた。


 期待されていた転移魔法の使い手が役立たずだったと、姉から愚痴を聞かされた時には笑いをこらえるのが大変だった。

 その役立たずだとされた男は宿舎から追放され、第一王子派に保護された後に、蒼闇の呪いと呼ばれている痣を除去する術を編み出したと聞いた時には感動すら覚えた。


 利己的な欲求を叶えるために自分の人生を狂わせた連中に一泡吹かせた行動に、ベルノルトは拍手を送りたいとさえ思った。

 アルベリクの顔の痣が消えれば、愚か者の自分が次の王となる可能性は殆ど無くなる、これまでの放蕩生活が報われたと思ったのだが、状況はベルノルトの思い通りには進まなかった。


 アルベリクの痣が消えるという事態に直面し、第二王子派は十分な準備も整えずフルメリンタに奇襲を仕掛けるという暴挙に出た。

 さすがに失敗するだろうとベルノルトは予想していたが、第二王子派の軍勢は一時的とは言えども中洲の占領に成功してしまった。


 ベルノルトは、中州を占拠したと聞いた時の母親と姉の喜ぶ姿にイラつき、程なくしてワイバーンの襲撃によって味方が壊滅的な損害を被ったと聞いて絶望する姿に腹を抱えて笑った。

 同時に、周囲の状況に翻弄されている己の姿にも冷笑を浴びせた。


 ワイバーンはユーレフェルト王国の王城にまで飛来し、王都は大混乱に陥った。

 王族までもが、城の地下に隠れ暮らす生活を余儀なくされてしまった。


 ベルノルトは、そこで役立たずとして追放されたユート・キリカゼという男と対面した。

 それまでの経緯に加えて、ワイバーンを討伐した手腕に感心し、自分の手元に置きたいとさえ思ったが、直後に考えを改めた。


 次の国王に相応しくない愚か者の自分には有能な取り巻きは必要ない。

 むしろ、役に立たないどころか有害な連中を集めるべきだと思い直した。


 王都でのワイバーン騒動終了後、第二王子派にはフルメリンタに侵略された地域の奪還と復興が命じられた。

 勿論、ベルノルトは国王の命令に従って、最前線で汗を流す気などサラサラ無かった。


 最前線の遥か手前、安全な土地の上質な宿に籠って、王都同様の放蕩生活を続けた。

 そもそも、フルメリンタとの戦争はベルノルトの意志ではなく、派閥の貴族どもが勝手に始めて勝手に負けて攻め込まれたのだ。


 その責任を自分が取るのは、おかしな話だとベルノルトは思っていた。

 なので、全ては派閥の貴族共に丸投げして、宿に籠って取り巻き共とふしだらな生活を続けたのだが、またしてもベルノルトの予期せぬ事態が持ち上がった。


 フルメリンタとの交渉に、ワイバーン殺しの英雄としてユート・キリカゼを用いようという話になっていた。

 ベルノルトが話を聞いた時には、既にフルメリンタとの交渉は終わり、ユート・キリカゼも王都を出立した後だった。


 ベルノルトは、自分の派閥だという貴族達の無能さに心底呆れた。

 ユート・キリカゼが、どれほど有用な人物であるのかも分からず、既にアルベリクの痣の除去が終わっているという情報も持っていない。


 唯一無二とも言って良い有能な人物をアッサリと敵対している隣国に引き渡してしまう。

 自分達の行動が、どれほど国力を損なう行為であるのかも分かっていない。


 どうせ自分は国王にならないと決めていても、自分を担いでいる貴族達が、王族を蔑ろにして、私利私欲に走り、国を衰退させている状況に危機感を覚えた。

 しかも、そいつらの一部は派閥を見限って第一王子派に寝返り始めていた。


 ベルノルトは、派閥内部の引き締めを命じた。

 節操無く派閥を裏切るような連中を、第一王子派に紛れ込ませたくなかった。


 第二王子派のままで居させて、アルベリクが王位に就いた後で、まとめて処分を受けて没落させた方が国のためになりそうだと考えていたのだ。

 ベルノルトは自分がその愚か者共の手本となっている事には気付いていないが、愚か者によって国力が失われる事には腹を立てていた。


 だが、そうした少々ピントの外れた気遣いも、アルベリクの死によって全て無駄になってしまった。

 ユーレフェルトの国王の座は、望まぬベルノルトの下へと転がり落ちてきた。


「なにが次期国王だ……くだらん」


 ベルノルトは、父親である現国王を軽蔑していた。

 婿入りする形で国王の座に就き、二人の王妃の背後にいる公爵家の顔色を窺って次の国王をいつまでも決めずにいたから、こんな事態を招いたのだ。


 ベルノルトはこのまま王になったところで、父親以上のお飾りな王に成り下がることを理解している。


「権力欲にまみれた姉に押し付けるか? それとも、ブリジットに押し付けるか……いいや、いっそブリジットを手籠めにして奴隷同然の嫁にするか。それならば、下らぬ派閥争いも治まるのではないか? ふむ……悪くないな。煩い母や姉も平民のように手籠めにして、取り巻き共に払い下げてやるか……それには親父が邪魔になるな……」


 ベルノルトはニタニタと暗い笑みを浮かべながら、王家を崩壊させるような計画を妄想する。

 意に沿わぬ王位に座らされるならば、自分の手で国を亡ぼすのも悪くないとベルノルトは思い始めていた。

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