第109話 前へ……

※ 今回は三森拓真目線の話です。


 頭の中がグチャグチャで、全く気持ちの整理がつかない。

 ずっと片思いしていた富井多恵が唐突に現れて、あっさりと去っていった。


 付き合ってもいなかったのに、いきなりプロポーズしたのは大失敗だったと今なら分かるが、あの瞬間はテンパってて冷静な判断ができなかったのだ。

 富井には、もう二度と会えないと諦めていたから……。


 自分達が戦争奴隷として受けた仕打ちを考えると、女子がどんな待遇を受けたか容易に想像できた。

 実際、一緒に戦争奴隷落ちした女子三人は帰らぬ人となっているし、彼女らの名誉のために話せないと富井が言い切った待遇は酷いものだったのだろう。


 俺には寝取られの性癖なんて無いから、彼女が受けた仕打ちを想像するだけで気が狂いそうになる。

 だが再会した富井は、俺の安っぽい同情なんか必要ないと言い切って、前を向いて歩き出していた。


 それに比べて自分は、新川のおかげで命拾いして、そのまま寄生する形で生活している。

 銃の改良や武器のアイデアを出したりしているが、基本的に新川の助手という立場でしかない。


 富井はフルメリンタの王都に行き、俺達が戦争奴隷から脱出する切っ掛けを作ってくれた霧風に会って礼を言い、その後は牛丼屋を始めると言っていた。

 無一文になった状態から、王都に自分の店を構えるなんてことが可能なのか分からないが、富井が歩き出していることだけは確かだ。


 じゃあ、俺はどうするんだと新川に聞かれ、思わず王都の牛丼屋でバイトする……なんて答えてしまったが、後から考えればそれは富井に依存しているだけだ。

 執着し、依存し、つきまとったら、それは確かにストーカー以外の何者でもない。


 そんな奴が富井に惚れてもらえるのかと考えたら、答えはノーとしか出て来ない。

 将来どうするのかなんて、日本にいた頃も真面目に考えたことが無かった。


 適当に大学に入って、適当に就職して、いずれ家庭を持つのかも……ぐらいに漠然とした考えしか持っていなかったから、自分が何になりたいとか考えていなかった。

 ガキの頃には、プロサッカーの選手とかメジャーリーガーに憧れたこともあったが、そんな夢には手が届かないと諦めた頃から夢を持っていなかった。


 夢、将来、頼れる人もいない異世界で、自分はいったい何になれば良いのか、何を目指せば良いのか悩み始めていた時に、その知らせが飛び込んできた。


「ユーレフェルトの第一王子が暗殺された!」

「実戦が早まるかもしれないぞ!」


 フルメリンタの兵士達が慌ただしくなる中で、俺達も銃製造の責任者であるマフードから呼び出された。


「キョーイチ、タクマ、開発は一旦中断して、実用部隊の後方支援にあたれ!」

「分かりました。具体的には何をすればよろしいですか?」

「単発銃部隊の運用の助言と弾薬の供給体制の構築、及び銃の保守点検だ。詳しくは銃撃部隊のバジーナと打ち合わせを行え」

「了解です!」


 受け答えした新川と共に、右手の拳を左胸に添えるフルメリンタ式の敬礼をして、マフードの執務室を後にした。


「新川、すぐに実戦になるのかな?」

「いや、無理だろう。まだ殆ど運用訓練していないんじゃないのか」

「さすがに訓練無しのぶっつけは無理か」

「単発銃のテストデータを基にして、戦術も組まなきゃいけないしな」

「三段撃ちか?」

「まぁ、一番無難な方法だと思うが、火縄銃よりも装填は早いから、余裕はあるだろうな」


 フルメリンタの生産技術は俺達が考えていたよりも優秀で、既に薬莢も金属製になっているし、雨に濡れても湿気る心配も要らない。

 単発式の銃は、銃身の後端を開けば薬莢が排出される構造になっていて、新しい弾を込めて後端を閉じれば発射できる状態になる。


 発射のための魔道具の耐久性も上がっているので、百発以上は撃ち続けられるはずだ。

 念のために五十発撃ったら銃身を掃除するようにしているが、そのまま撃ち続けても問題は銃身が破裂するようなトラブルは出ていない。


「それにしても、暗殺された第一王子って、確かまともな方だよな?」

「あぁ、女子から聞いた情報ではそういう話だった」


 ユーレフェルトにいた当時、霧風と同様に戦闘職から離れた海野和美達は、貴族に取り入って他の者も戦闘職から解放してもらえるように嘆願したり、情報を仕入れていた。

 その海野達の情報によれば、ユーレフェルトでは第一王子と第二王子が王位を争っているそうだ。


 俺達を召喚したのは第二王子派で、旗頭であるベルノルトは出来の悪い王子らしい。

 第一王子がどんな人間なのか良く知らないが、海野達の情報によればベルノルトよりは遥かにまともな王子という話だった。


「まともな王子が殺されて、馬鹿王子が残ったとなると……フルメリンタとしては攻め込むチャンスなのか」

「いや、それは分からないぞ、現国王は生きているみたいだからな」

「あっ、そうか……」


 新川に指摘されて思い出したが、ユーレフェルトの国王は健在だ。


「でも、国王が生きていても、軍はまともに機能してなかったじゃん」

「まぁ、確かにそうだな……」


 ワイバーンの襲撃と言うイレギュラーがあったのも確かだが、それを差し引いても機能不全の状態に陥って、あっさりとフルメリンタに状況をひっくり返された。

 その一部に俺達も関与してはいたけれど、無様としか言い様が無い戦いだった。


「ユーレフェルトがどの程度立て直しているか知らないけど、あの戦に今度は銃が加わるんだしフルメリンタの圧勝じゃねぇの?」

「いや、身体強化とか剣術とか槍術とか、スキル持ちの怪物がいるんだろ? 安心なんか出来ないだろう」

「そうか……」


 新川に言われて思い出したが、召喚された直後に王族に突っ掛かっていった山岸は、巻き藁でも斬るように文字通りに真っ二つにされた。

 山岸を両断した剣は勿論、一瞬で間合いを詰めた動きも目で追えなかった。


「てか、あのドロテウスを返り討ちにした霧風も怪物ってことだよな?」

「そりゃそうだろう、あのワイバーンを殺したんだぞ。間違いなく怪物だよ」


 突然襲い掛かってきたワイバーンに対して、ユーレフェルトの軍勢は無力だった。

 対フルメリンタ用の陣形を組んでいたので、空からランダムに襲ってくるワイバーンには成す術も無く、指揮官クラスが犠牲になると立て直しが出来なかった。


 ワイバーンという生き物は、俺達の想像を超えていた。

 兵士達の話によれば、魔法によって外皮を強化しているらしく、殆どの攻撃が通用しなかった。


 そして、何よりも空を自由に飛び回り、地面を逃げ惑う俺達に襲い掛かってくる。

 戦闘というよりも、一方的に狩られているようにしか思えなかった。


「スキル持ちっていっても、ワイバーンと違って攻撃は通るんだろう? だったら遠距離から狙撃して倒しちまえば良いだけだ。それにフルメリンタにだってスキル持ちはいるんだろう?」

「まぁ、前回の戦いでもフルメリンタの方が押していたし、今回はそこに銃が加わるんだから心配は要らないか」

「あとは、どこまで攻め込むかじゃないか?」

「だな。前回はフルメリンタが前線を維持できなくなったから講和して撤退したんだろう? 今回は準備を整えているみたいだし、ある程度の地域は占領するんじゃね?」


 新川の予想はコルド川という大きな川までの地域を占領するというもので、俺もフルメリンタの目標はそこだろうと思っている。

 すぐにでも戦争が再開されるのかと思いつつ銃の実用部隊へと出頭すると、部隊を預かるバジーナは意外に落ち着いていた。


「あぁ、二人とも良く来てくれた。よろしく頼むよ」


 バジーナは三十代前半ぐらいの男性で、背は高くないが胸板が厚いガッシリとした体型をしている。

 黙っている時は厳めしい顔つきをしているが、笑うと愛嬌があった。


「まだ実戦には間があるから、そんなに硬くならなくてもいいぞ」

「そうなんですか?」

「今、ユーレフェルト国内では混乱が続いている。第一王子が暗殺されたが、次の第二王子に決まった訳ではない。ベルノルトは人格的に問題があると聞いているし、第一王子派からは相当な反発が予想される。それに加えて、反乱を起こしている勢力の制圧が済んでいない」


 前回の戦争でユーレフェルトは中洲の領地を失い、かなりの数の民衆が土地を終われたが、そうした者達への支援が行き届かず一部が暴徒化したらしい。


「状況によっては、第一王子派が暴徒を支援する……なんて状況になるかしれないし、下手をすればフルメリンタへ飛び火する可能性もある。いずれにしても冬場の戦争は消耗が大きく戦闘の継続が困難になるから、動くとしても春になってからだろう」


 つまり、冬の間にユーレフェルト国内で潰し合いをさせて更に消耗させ、疲弊しきったところで攻め込むという作戦のようだ。


「既に銃を使った訓練は行っているが、二人には戦術、後方支援などでの助言を頼みたい。なにしろ、威力はあるが全く新しい武器だからな。少しでも知識のある者に手を貸してもらいたい」

「了解しました!」


 また状況に流される形だが、自分の将来とかは戦争が終わるまで一旦棚上げしておこう。

 富井は仕返しとかは全く考えていないようだったが、俺はそこまで人間は出来ていない。


 俺達をこんな状況に追い込んだのは、間違いなくユーレフェルトの第二王子派の連中だ。

 ベルノルトが国王となって、連中が甘い汁を吸い続ける状況を見過ごす気にはなれない。


 可能ならば、ベルノルトや姉のアウレリアを血祭りに上げたいが、そこまで出来なくとも領地を削り、国を衰退させる手助けをしてやりたい。


「新川……」

「なんだ?」

「王都の牛丼屋でバイトするのは先送りだ」

「腰を据えて戦争やるんだな?」

「とりあえず、次の戦争が終わるまではな」

「そうか……俺も考えるかな。いつまでも殺し合いとかしてたくねぇしな」

「だよな……」


 どうやら身の振り方を考えているのは俺だけではないようだ。

 新川がどんな答えを出すのか分からないが、俺は俺の進むべき道を真剣に考えよう。


 富井に未練が無いと言ったら嘘になるが、いい加減固執するのは止めにしよう。

 将来? 家庭? まるでイメージが湧かないけど、前を向いて歩いていたら見えてくるのだろうか……。

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