第108話 その日の王城

※ 今回は海野和美目線の話です。


 第一王子派に身柄を移された後も、第二王子派の貴族の婦人に対しての施術は継続していた。

 対立する派閥を排除した第二王子派とは違い、第一王子派は私たちのエステをていきょうすることで対立する派閥の婦人を切り崩そうとしている。


 実際、一度私たちのエステを受けた貴族の女性は、日にちの経過や不摂生な生活によって肌の調子が落ちると、再度の施術を希望してきた。

 日頃の舞踏会などでは、派閥が異なるとピリピリした雰囲気になったりするらしいのだが、私たちのサロンではそうした空気にはならない。


 肌が張りと艶を取り戻すから、無用な対立も生まれないようだ。

 その日も、第二王子派の貴族の婦人に施術を行っていた。


 まだ第二王子派にいた頃からの常連で、旦那さんが軍部に関わりがあるキルシェーヌ伯爵夫人からは、よくクラスメイトの消息を聞かせてもらっていた。


「ごめんなさいね、カズミ。まだお友達の行方は分からなの」

「そうですか……もう諦めた方が良いのでしょうか」

「残念だけど、これだけ時間が経っても消息が掴めないとなると、状況は厳しいわね」


 フルメリンタとの戦争に駆り出されたクラスメイト達の消息は未だに判明していない。

 戦争が終結してからも、随分と時間が経っているし、こちらの世界では余程の事が無い限り降伏はしないらしい。


 地球では戦争捕虜の扱いに関して国際条約があるが、こちらの世界には人権という意識も薄い。

 例え降伏しても場合によっては処刑されるそうだし、生かされたとしても奴隷として迫害されるらしい。


 なので、徹底抗戦して玉砕か、潜伏して逃げ延びているか、フルメリンタで迫害されているかになるようだが、ここまで消息が掴めないとなると覚悟しておいた方が良いらしい。

 まぁ、言われるまでもなく、ここまで情報を得られない時点でクラスメイトとの再会は諦めている。


 そして、フルメリンタに行った霧風君からも、何も連絡が無い。


「あの……フルメリンタに行った霧風君は大丈夫なのでしょうか?」

「彼は心配無いでしょう。だって、領土と引き換えに要求されたのよ、それだけの価値を認められているってことよ」

「そうですけど……奴隷扱いされたりはしていないでしょうか?」

「彼はワイバーン討伐の功績で、侯爵位を賜ったんでしょ? 例え敵対する国であっても貴族の位を持つ者には、相応の対応をするものよ。それに、蒼闇の呪いの痣を消せるという特殊技術まで持つ者を冷遇しないでしょ」

「それもそうですね」


 霧風君は一ミリ程度しか動かせないという欠陥を持つ転移魔法を工夫によって唯一無二の魔法まで昇華させた。

 フルメリンタへの霧風君の引き渡しは、第二王子派によって推し進められたのだが、第二王子派の貴族からも少なからぬ失望の声が上がっていたそうだ。


 蒼闇の呪いと呼ばれている痣について、偏見や差別をすることは禁じられているが、それでも顔や体の目立つ部分に大きな痣がある者にとってはコンプレックスになっているらしい。

 除去不能とされていた痣を消せる貴重な人材をよりにもよってフルメリンタに引き渡してしまったのだから、失望するのも当然だろう。


 第二王子派は、立て続けの失策によって急速に勢力を衰えさせている。

 逆に、顔を覆いつくすほどの大きな痣があった第一王子アルベリクは、霧風君の施術によって痣が消え、頭巾を取って貴族達にも顔を見せるようになった。


 王位継承争いについては、ほぼアルベリク王子で決まりという意見が大勢で、第二王子派も白旗ムードのようだ。

 そして、目下の興味は各地で起こっている反乱だ。


 そもそもは、フルメリンタとの戦争で土地や財産を失った者達が不満を爆発させて暴徒となったらしいが、その反乱が各地に飛び火しているらしい。

 第二王子派の多くは、ベルノルトを王位に就けることよりも、いかにして反乱を押さえ込むかに腐心しているみたいだ。


 そした話をしながらも、手を止めずにエステの施術を続けていたのだが、何やらサロンの外が騒がしくなってきた。


「カズミ、施術を中止してちょうだい」


 ノックもせずに踏み込んで来たのは、第一王子派の貴族で治癒士でもあるリュディエーヌ様だった。


「なぜ中止しなければいけなの?」


 施術の途中で中止と言われ、キルシェーヌ伯爵夫人は苛立たしげにリュディエーヌ様に問い掛けた。


「アルベリク様が亡くなりました」

「えぇぇぇ……」


 キルシェーヌ伯爵夫人は、エステの施術用のベッドからバネ仕掛けのごとく起き上がってリュディエーヌ様へ視線を向けた。


「冗談ではないのね?」

「冗談であれば、どれほど良かったことか……」

「分かったわ、カズミ、この続きはまた今度ね」

「かしこまりました」


 キルシェーヌ伯爵夫人は、ローブを羽織って更衣室に向かおうとして、不意に足を止めて戻って来た。


「カズミ、ユーレフェルト王国がこの先どうなるか分からないけど、私たちは貴方達三人の味方だからね。貴方達が不利益を受けないように、常々クラリッサ様にお願いしてあるから心配しなくても良いわよ」


 クラリッサ様は、第二王子ベルノルトと第一王女アウレリアの母親である第一王妃で、私たちがサロンを持つに至った最大のパトロンでもある。


「暫くお会いできなくなるかもしれませんが、クラリッサ様にもよろしくお伝え下さいませ」

「分かったわ、貴方達も元気でね」

「はい、ありがとうございます」


 サロンでの施術は一時的に中止となり、私たちは宿舎へと戻ることになった。

 リュディエーヌ様の話によれば、アルベリク王子は市民になりすました暴漢に刺されて命を落としたらしい。


 当然、第二王子派の誰かが裏から指示を出していると思われ、両派の対立が激化する可能性が高いらしい。

 私たちの宿舎にも、念のために護衛の兵士が配置された。


 兵士達は一階で守りを固め、私たちは基本的に宿舎の二階で過ごすことになった。


『和美、これからどうするの?』


 宿舎に戻った途端、涼子が日本語で話しかけてきた。


『どうするもなにも、まだユーレフェルト王国から脱出する手立てが無いから、様子を見るしかないでしょ』

『それもそうね。でも、いざという時に備えておきたいわ』

『ねぇねえ、私たちの食事って、これまで通り運んできてくれるのかな?』

『はぁ……亜夢は気楽で良いわね」

『いや、それほどでもぉ……』

『褒めてないわよ』


 ちょっとナーバスになりかけていたので、亜夢の気楽さは有難い。

 サロンから戻って来る間も、城の空気がピリピリしているのを肌で感じた。


『リュディエーヌ様は、城の内部では戦闘は行われないだろうと言ってたけれど、いつ戦闘が始まっても良いように準備だけはしておこう』

『準備って言っても、何をするの?』

『食料の確保?』

『亜夢はちょっと黙っててくれるかな?』

『えぇぇ……涼子が冷たい』

『そんな事言ってる場合じゃないでしょ!』

『待って涼子、落ち着こう。まだ今すぐどうこうじゃないみたいだし』

『ごめん……』


 亜夢はマイペースだけど、涼子は少しナーバスになっているようだ。


『さっきキルシェーヌ伯爵夫人に言われたんだけど、私達は第二王子派からも保護されるみたいだから、命を狙われるとか奴隷落ちするような心配は無いと思う。だから、まずは落ち着いて、敵対する気は無いんだって意思表示しよう』

『そっか、私達はどっち派閥の貴族からも有用だって思われてるんだもんね』

『そういうこと。ただし、万が一でも城の中で戦闘になったりした場合のために、着替えを枕元に置いて寝るとか、持ち出す物をまとめておくとかの備えをしよう』

『それって、防災訓練みたいだね』

『じゃあじゃあ、非常食は?』

『やっぱり亜夢は黙っててくれるかなぁ……』

『えぇぇ……涼子が冷たいぃぃ……でも、さっきよりは暖かいかな』

『こいつぅ……』


 亜夢とじゃれ始めた涼子は、いつもの涼子に戻っているように見えた。

 まだ実際の戦闘が始まってもいないうちに緊張していたら身が持たない。


 この辺りは、早い時期に戦闘職から脱出できてしまったから実戦経験が不足しているのも影響しているのだろう。

 ただ、それを言うなら元々兵士としての訓練を受けていないリュディエーヌ様達も同じだろう。


 結局のところは、自分達で覚悟を決めて動くしかないのだ。


『正直、こんなに早く騒動が起こるとは予想していなかったから、ユーレフェルトから脱出する準備はまるで整っていない。今は無事でいることに専念しよう』


 国外脱出のための後ろ盾になってもらう目的で、新興の商会と取引を始めたが、まだ商会の会長とは顔合わせをしただけで親密な関係には程遠い。


『ねぇ和美、私達の護衛にガマールさんとドディさんに付いてもらえないかな?』

『あたしも涼子の意見に賛成! シャルレーヌ様にお願いしてみようよ』

『無理言わないでよ。アルベリク様が亡くなったばかりなのよ、そんなお願いが出来る状態な訳ないじゃない』

『そっか、自分の子供が殺されたんだもんね……涼子のちょっとは考えなさいよ!』

『ちょ、私ぃ? いや、私が言い出したのか……でも、いざって時は少しでも面識のある人の方が頼りやすいよね』

『まぁ、涼子や亜夢の気持ちも分かるけど、今は非常事態だからまずは自分達で何とかすることを考えよう』

『そうだね』

『そうよ、分かった? 涼子』

『なにを偉そうに、こいつめぇ……』

『やっ、ちょっ、駄目駄目、脇は駄目だってぇ!』


 またじゃれ始めた涼子と亜夢は、緊張感があるんだか無いんだか、よく分からない。

 でも、保護してくれるとは言われているけど、自分達の身は自分達で守るしかなさそうだ。


 そして、私のお腹に宿ったかけがえのない命も、私が守っていくしかないのだ。

 この後、日にちが経つほどに私は動けなくなっていくだろう。


 せめて、来るべきその日は安全な場所で迎えたい。

 そのためにも、知恵を絞って道を誤らずに進むしかない。

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