第107話 訃報
フルメリンタ、カルマダーレ、両国の貴族に対する痣を除去する施術は順調に続けているが、日本の技術を移転する助言の方はネタ切れになりつつある。
実際のところ、俺はフルメリンタの工業技術を劣っているものだと思い込んでいたのだが、想像以上に工作技術は高いようだ。
フルメリンタに来た当初に伝授したベアリングも、様々な形で作られて実用化が始まっているらしい。
ボルト、ナットに関しても、フルメリンタで独自の規格を制定して、こちらも製造が始められているそうだ。
俺の想像を超えて、色々な製品の量産が進められている背景には、魔法の存在があるらしい。
土属性魔法による金属加工は、俺の想像を遥かに上回る精度で行われているようだ。
日本でも、一部の金属加工はベテラン職人による熟練の技によって作られていると聞いたことがある。
こちらの世界は、まだ工作機械による生産が行われていないので、職人の技量が日本よりも重くみられ、それ故に職人も必死に腕を磨いているようなのだ。
何となく俺の出番はもう終わりのような気がしていた時に、宰相ユド・ランジャールから呼び出しを受けた。
「キリカゼ卿、良い知らせと悪い知らせがあるのですが、どちらからお知らせしましょうか?」
「またですか……」
正直、このパターンは勘弁してもらいたい。
いや、悪い知らせだけを受け取るよりはマシなのだろうか……。
「では、今日は良い知らせから聞かせて下さい」
「分かりました。良い知らせは、戦争奴隷となっていた女性のその後についてです」
「富井さんが、どうしたんですか!」
「落ち着いて下さい、キリカゼ卿。良い知らせと言ったじゃないですか」
良い知らせということを忘れて、富井さんの身に何か起こったのか勘違いして思わず腰を浮かせてしまった。
「あぁ、そうでした。すみません。それで、富井さんがどうかしたのですか?」
「山賊の一味を壊滅させて、囚われていた女性を救出しました」
「えっ……えぇぇ! 一人でですか?」
「そうです、一人でやったそうです」
「相手は、何人だったんですか?」
「十一人だそうです」
「えぇぇ……十一人って、本当なんですか?」
「服を脱いで肌を見せて油断させ、一気に風属性の魔法で皆殺しにしたようです」
戦争奴隷として性的虐待を受けて、身も心もボロボロの状態で放り出された富井さんを一日でも早く保護しなければと思っていたから、咄嗟に言葉が出て来なくなった。
日本にいた頃、富井さんとは特別親しく話をする間柄ではなかったので、クラスメイトの一人という印象しか残っていない。
肌を晒して油断させ、十一人もの山賊を皆殺しにする姿は想像できなかった。
「タエは、他の二人の元戦争奴隷、タクマとキョーイチに再会したようです」
「えっ、それじゃあ三人は一緒にいるんですか?」
「いいえ、タエは二人と別れて王都に向かって来ているようです」
「王都って……ここファルジーニにですか?」
「そうです。キリカゼ卿に会って、一言礼を言いたいそうですよ」
「俺に……ですか?」
「キリカゼ卿が直接働きかけた訳ではありませんが、キリカゼ卿の思いを知った貴族からの嘆願によって戦争奴隷から解放された事はタエにも伝えられているそうです」
「そうですか……では、富井さんは一人旅をしてこちらに向かっているんですね?」
「いいえ、運搬屋の護衛を務めているらしいですよ」
「はぁ? 護衛……?」
何と言うか、次から次へと俺の予想を遥かに上回る行動をしている。
山賊十一人を一人で退治してしまう腕前ならば、護衛というのも頷ける。
「なんでも、旅の途中で鋼熊に襲われている運搬屋を助けたそうで、その縁で護衛をしながらファルジーニへ向かって来ているそうです」
「鋼熊というのは?」
「名前の通り鋼のような体毛を持っていて、腕の立つ冒険者でも一人で倒すのは難しい熊の魔物です。それを一人で三頭も倒したそうですよ」
「それって、相当な腕前ってことですよね?」
「はい、今は銅級ですが、魔法の威力だけなら金級でもおかしくないですね」
「なんて言うか、俺が心配するレベルじゃなさそうですね」
「はい、一応こちらの手の者が監視を続けていますが、出来ることなら一線級の冒険者として活動してもらいたいと思うほどです」
保護してあげたいなんて考えは、とてつもなくおこがましく思えてしまった。
だが、俺の手の届かないところに居ても、富井さんはしっかりと自分の足で立って歩いているのだと分かってホッとした。
「タエが王都に現れたらどうされますか?」
「そうですね。まずは再会を喜びたいと思います。その上で、今後も王都での生活を希望するならば、出来る限りの手助けをしてあげたいですね。本人の望む範囲で……」
地球に、日本に帰る方法が無い以上、こちらの世界で残りの人生を過ごしていくしかない。
変な同情はいらないと言われるかもしれないが、共に召喚された境遇同士、助け合える部分は助け合っていきたいと思っている。
まずは、富井さんに会って、本人の意思を確かめてからだろう。
「いやぁ、良かった。ずっと心配していたんで、肩の荷が下りた気分です」
「それは良かったです。ではキリカゼ卿、もう一つのお知らせをしても構いませんか?」
「あぁ……そうでした、今日は良い知らせを先に聞いてしまったんでしたね」
悪い知らせとは何だろう、考えられるのは富井さんと再会した三森と新川が暴走したとかだろうか。
「よろしいですか?」
「はい、お願いします」
「では、お伝えします。ユーレフェルト王国、第一王子アルベリク・ユーレフェルトが殺害されました」
「えっ……? 嘘……ですよね?」
「嘘であれば良かったのですが……」
宰相ユドは、小さく首を横に振ってみせた。
一瞬、頭の中が真っ白になって理解が追い付かなかった。
ユドの話によれば、アルベリクは自分が指揮を執った王都の復興状況を自分の目で確かめようと視察に赴き、市民のフリをした男に刺されたらしい。
「何やってんだよ。馬鹿かよ!」
「キリカゼ卿を追い出した者が亡くなったのに、喜ばないのですか?」
「確かに俺はユーレフェルトから追い出された格好ですが、それ以前に第二王子のベルノルトや第一王女のアウレリアが王位を継承しないようにアルベリク王子の痣を消したんです。それこそ、頭から墨でも被ったように酷い状態から、チマチマ、チマチマ、痣を取り除いて、やっと頭巾無しでも民衆の前に立てるようにしたんですよ。それなのに……なに殺されてんだよ」
アルベリクが殺害された事実を理解し始めると、悲しいという感情よりも先に腹が立ってきた。
俺がユーレフェルトを出た後、王位継承争いがどうなっていたのか知らないが、少なくともアルベリクが大きくリードしていたはずだ。
そうした状況を引っくり返すならば暗殺という手段が考えられるし、当然備えておくべきだ。
そもそも、街の復興状況なんて自分の目で確かめる必要は無いだろう。
信頼の置ける部下を派遣して、調査させて報告させれば良いのだ。
どうしても自分の目で街の様子を確かめたかったら、慰霊祭の時のように馬車に乗ったまま止まらずに見て回れば良かったのだ。
「ユーレフェルトはどうなっているんですか?」
「国を二分するような状況に陥っているようです。王城の内部でさえも敷地を三分割するような事態になっているらしいです」
「三分割……ですか?」
「はい、第一王子派、第二王子派、それに国王派です」
「しかし、第一王子派は……いや、まだ第二王女がいるのか」
「おっしゃる通り、ブリジット第二王女も王位継承権を持っていらっしゃいますが、三人の中では一番序列が低い。一気に第二王子派が有利な状況になっていますね」
ユーレフェルト王国の王位継承権は、男子優先の年功序列のはずだ。
そうなると、新たな継承権一位がベルノルト、二位がアウレリア、三位がブリジットとなる。
これまではアルベリクが継承権一位だったからこそ、第一王子派は安心していたのだろうが、これで一気に状況が逆転してしまった。
「確か、ユーレフェルト王国は三大公爵家が勢力を三分していたはずですが……」
「エーベルヴァイン公爵は先の戦で戦死し、まだ家督が認められていませんし、領地替えを命じられています」
「そうでした。戦を引き起こし、ユーレフェルトが領土を失う切っ掛けを作った張本人でしたね」
「第二王子派はエーベルヴァイン公爵の後ろ盾も失い、アルベリク王子の痣も消えた事で、相当追い詰められていたのでしょうね」
フルメリンタの宰相でさえ状況を把握しているのだから、当事者であるアルベリクはもっと慎重であるべきだったのだ。
「内戦になるのでしょうか?」
「分かりません。分かりませんが、我々としては最悪の状況を想定しておかねばなりません」
「ですが、内戦となってもユーレフェルト国内の問題じゃないんですか?」
「通常であれば、そうでしょう。ですが、状況によっては大量の難民がフルメリンタを目指して移動してくるといった状況は考えられます」
「もし、そんな状況になったら、フルメリンタは難民を受け入れるのですか?」
「それは規模にもよりますね。フルメリンタの住民よりも多くなってしまった場合、難民に土地を奪われる可能性もありますから、受け入れは慎重にならざるを得ません」
確かに、フルメリンタの兵士がコントロールできる人数であれば問題無いが、膨大な人数の難民が暴動を起こせば、制圧のために武力を行使しなければならなくなる。
そんなことになれば、フルメリンタの側にも被害が出てしまうだろう。
「ユーレフェルトの王城が戦火に包まれるような可能性はあるのでしょうか?」
「そこまで馬鹿げた騒ぎになるとは思えませんが、絶対に無いとも言い切れませんね」
富井さんに対する心配は無くなったが、今度は海野さんたち三人の安全が脅かされる状況になってしまった。
フルメリンタ国内の事すら思うままにならないのに、ユーレフェルトにいる海野さん達を支援することなんて可能なのだろうか。
「ユーレフェルトの王城には、まだ三人クラスメイトが残っています……」
海野さん達の魔法を使ったエステについて話をすると、宰相ユドは興味を示した。
「治癒魔法を使って、女性の肌を調えるというのは面白いですね」
「ユーレフェルト国内で内戦が勃発した場合、彼女らを助け出すことは可能でしょうか?」
「城の警備とかも変わってくるでしょうから、確実に出来るとは言い切れませんが、方法が無いか考えさせましょう」
「ありがとうございます。どうかよろしくお願いします」
遠いユーレフェルトの王城に思いを馳せつつ、宰相ユドとの会談を終えて自宅へと戻った。
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