第106話 影響力

※ 今回は新川恭一目線の話です。


 火薬と銃の開発は、恐ろしいほどの速度で進んでいる。

 火薬は硝石の量産が軌道に乗って、木炭や硫黄との混合率の実験も進められていて、銃弾に適した火薬の量産も始まろうとしている。


 銃は単発式の量産が始まっていて、今は連発式の試作まで始められている。

 これらの開発を担っているのは、土属性魔法を使う職人達だ。


 土属性を使える者の中には、鉱物の精製を行える者がいる。

 俺が伝えた日本の戦国時代に行われていた硝石の製造方法をアレンジし、材料となる物質から魔法で硝石を精製してしまうのだ。


 仕込みから完成までの時間は大幅に短縮されたし、純度も回数を重ねるほどに上がっている。

 当初は俺が製造方法を指導していたのに、今では精製のやり方を習っているほどだ。


 まったく魔法というやつはチートだと言う他ない。

 銃の製造でも、魔法のチートっぷりは遺憾なく発揮されている。


 純度の高い鉄を用いて、思い通りの形へと加工する。

 魔法と鍛冶の技術を複合して作られる銃身は、驚くほどの精度を誇っている。


 当初は紙や竹の筒を使った早合を使っていたが、今では金属製の銃弾が作られている。

 日本では何十年も掛かった進化が、ほんの数日で出来上がってしまうことも少なくない。


 今は、六連発のリボルバータイプの銃をテストしているが、試作の段階からトラブルは起こっていないから呆れるしかない。

 開発が進むのは良いのだが、急速に自分たちの有用性が失われていく感じがして焦る気持ちもある。


 予定数を撃ち終えて、三森が銃を持って戻ってきた。


「こいつも問題無いな。銃身の掃除だけ怠らなければ、発射用の火の魔道具がイカれるまで撃ちつづけられそうだぜ」

「そうか……単発、散弾、連発、あとは自動小銃を作るしかないか」

「さすがに機関銃は簡単には出来ないだろう」

「あぁ、そもそも俺も構造を知らないからな」


 この日のテストを切り上げようと思っていたら、訓練施設の兵士が俺達を呼びに来た。


「キョーイチ、タクマ、門のところに女が訪ねて来てるぞ」

「女……?」


 三森と顔を見合わせて首を捻った。

 俺達を訊ねて来る女なんて、いないはずだが……。


「トミーとか言う……」

「三森!」


 女の名前を聞いた途端、三森は猛然と走り出した。


「ありがとう、俺も行ってみる」

「おぅ、そうか……」


 面食らっている兵士に礼を言ってから、三森を追い掛けて走り出すが、追いつくどころか引き離されてしまった。

 射撃場を出て、宿舎を回り込むと、三森の叫び声が聞こえてきた。


「あぁぁぁ……よがった、いぎててくれだぁ……よがったぁぁぁ……」


 三森は門の近くに停まった馬車の脇で、クラスメイトだった富井を抱きしめて号泣している。

 一方、抱き締められている富井はキョトンとした顔をして、俺と目が合うと首を傾げてみせた。


 お互いに戦争奴隷落ちした者同士、生存を確認できたのは嬉しいのだが、三森のテンションが高すぎるというか、どうしちまったんだ。

 富井も驚いているようだが、号泣する三森の頭を優しく撫でて落ち着かせようとしている。


「よっ……生き残ったのは、三森と新川だったのか」

「そっちは、富井だけなのか?」

「まぁ、そういうこと……」


 富井は、ほろ苦く微笑んでみせた。

 その笑顔からは、普通の女子高生では浮かべられない、人生の重みのようなものが感じられた。


「うぅぅ……ごめん、富井さん……ごめん……」

「なんだよ、三森。なんで謝るんだよ」

「だって……俺……守ってやれなくて……」

「そんなのみんな一緒だろう、三森が謝ることなんか無いよ」

「だって……奴隷落ちしたせいで……」

「あー、何があったかなんて話す気は無いからな。悪いけど、他の三人がどうなったのかも話さない。その代わりって言ったらなんだけど、あんたらのことも聞かないから」


 たぶん富井は、想像を絶するような体験をしたんだと思う。

 それを話すことは亡くなった三人の名誉を傷付けることになるから、富井は何も話さないと宣言したのだろう。


「でも、良かったよ、三森も新川も思ってたよりも元気そうじゃん」

「まぁ、今は食うものには困ってないからな」

「火薬と銃を作ってんだって?」

「あぁ、俺は原理を伝えただけなんだが、びっくりするような速度で進化してるよ」

「来る途中で音が聞こえてたけど、連発式なの?」

「そうだぜ、火縄銃なんて飛び越えて、あっと言う間にリボルバーだから呆れちまうよ」


 号泣していた三森も落ち着いたのか、ゴシゴシと荒っぽく顔を袖で拭って抱き締めていた富井から離れた。


「落ち着いたか? 三森」


 ニカっと笑い掛けた富井に頷いた三森は、大きく深呼吸をした後で覚悟を決めるようにもう一度頷いてみせた。


「富井多恵さん、俺と結婚して下さい!」

「はぁぁ?」


 富井が驚くのも当然だろうし、俺もいきなり目の前で行われたプロポーズにどう反応したら良いのか分からない。

 三森は深々と頭を下げた格好で右手を富井に向かって差し出し、更にプロポーズの言葉を紡ぐ。


「今度は俺が守るから……戦争奴隷になってる間に何があったとしても受け止めるから……俺が幸せにしてみせるから……だから……」

「ごめん、あたしは誰かに守ってもらうつもりは無いんだ」


 三森よ……いくら何でも唐突過ぎるだろう。

 気持ちは分かるけど、固まってないで動け。


「んー……何て言うか、同情とかは要らない。たぶん、三森が想像しているよりも酷かったと思うけど、それは因果応報でもあるから同情されることじゃないんだよ。フルメリンタに復讐する気なんてサラサラ無いし、ユーレフェルトの馬鹿王族をいつまでも恨んでるのも違うと思うんだよね」


 サバサバとした感じで話す富井からは、恨みつらみのようなものは全く感じられない。

 ユーレフェルトに一泡吹かせてやろう……なんて考えている俺達よりも、ずっと前を進んでいる気がする。


「これから、どうすんだ?」

「フルメリンタの王都で牛丼屋でも始めようかと思ってる」

「はぁぁ? 牛丼屋ぁ?」


 プロポーズした姿勢のまま固まっていた三森でさえも、思わず顔を上げて聞き返した。


「にししし……いいだろう、儲かったらバイトで雇ってやってもいいぞ」


 何と言うか……逞しい。

 やっぱり俺達よりも、二歩も三歩も、いや遥かに先を歩いているように見える。


 三森には悪いけど、今の時点では守るなんておこがましいし、全然釣り合いが取れていない。


「なぁ、富井。王都に行くのか?」

「うん、霧風には一言お礼を言いたいからね」

「そっちも霧風のおかげで解放されたのか?」

「そうそう、領主の話がクソ長くて、半分も聞いてなかったんだけど、あたしらの罪の重さを延々と聞かされた後で、霧風に感謝しろ言われた」

「そうか、俺達も似たようなもんだ。霧風が火薬の話をフルメリンタにしたらしいんだけど、作り方までは知らなかったらしい。そんで、たまたま俺は戦国時代に興味を持って、当時の火薬の作り方を調べたことがあったから知識があって、それを使って交渉して解放されたんだ」

「へぇ、凄いじゃん新川。あたしなんか、そんな知識は何も無いからなぁ……」

「そうでもないだろう、現代日本の知識を応用すれば、知識チートできんじゃね?」

「んー……かもしれないけど、柄じゃないかなぁ……」


 富井と話し込んでいたら、行商人風の男が声を掛けて来た。


「タエさん、そろそろ出発したいんですが、どうします?」

「あっ、ごめん、ごめん、行く、行く」


 どうやら富井は、この行商人風の男と一緒に王都に向かうらしい。

 それを聞いた三森が、思いつめた表情で富井に問い質した。


「つ、付き合ってるのか?」

「違う、違う、あたしは、ダウードの用心棒だから」


 ニカっと笑った富井を見て思い出した、そういえば強力な風属性の魔法を使っていた気がする。


「普通は逆じゃね?」

「そんなの日本の常識だよ。こっちで生きていくんだ、こっちのスタイルにシフトしないとね。じゃあ、元気でね」

「おぅ、霧風に会ったらよろしく言っておいてくれ、俺達もいつか会いに行くって」

「了解、了解、三森も元気でね」

「富井さんも元気で……」


 動き始めた馬車の御者台から手を振って、実にあっさりと富井は去っていった。

 三森は、小さくなっていく馬車をいつまでも見送っていた。


「牛丼屋か……」

「なんか、俺、格好悪かったな……」

「そうだな」

「いや、そこは少しは否定しろよ」

「いやいや、付き合ってもいないのに、いきなりプロポーズとか無いわ~、マジ無いわ~」

「うっせぇ、しょーがねぇだろう、ずっと好きだったんだから……」


 三森の今の心境を想像すると、もの凄く複雑な気分でいるのだろう。

 勿論、生きていてくれたことは嬉しいのだろうが、富井はハッキリとは口にしなかったが、悲惨な状況に置かれていたのは間違いない。


 それも、たぶん性的な奉仕を強要されていたに違いない。

 自分の好きな女の子が、そんな境遇に落とされた姿を想像したら、気が狂いそうになったことだろう。


 だが、富井は一切の同情を拒否して、凛とした姿を俺達に見せつけた。


「なんかさ……富井、格好良かったよな?」

「だろう? てか、まさか惚れたんじゃねぇだろうな」

「いやいや、そういうんじゃなくて、俺らより大人っていうか、もっとずっと前を歩いて感じだったじゃん」

「それは、確かにそうだな……」

「三森、将来どうする?」

「えっ? 何だよいきなり」

「確かにいきなりだけど、富井を見たら俺らも前に進まないと駄目な気がしてきたんだよ」

「前に進むって……どうすんだ?」

「それをこれから考えるだよ。でないと、お前、一生富井に振り向いてもらえないぞ」

「ぐはっ……それはそうかもしれないけど、今は言われたくなかったぜ」


 三森は胸を押さえて大袈裟によろめいてみせたが、意外にも失恋のダメージからは立ち直りつつあるようにも見えた。


「だけど、確かに考えるべきなんだろうな」

「だろう? ユーレフェルトに仕返ししたい……とか考えてたけど、ちょっと違うのかなぁ……って思い始めてる」

「そうだな、俺は火薬と銃が一段落したら……」

「したら?」

「王都の牛丼屋でバイトする!」

「うわっ、でた、ストーカーだよ」

「ストーカーとか言うな、俺は縁の下から支えるというか……」

「うわっ、自覚無いのかよ、こいつヤベー」

「じょ、冗談に決まってんだろう。でも、王都とか一度観光してみたいな」

「とか言って、ストーキングを……」

「しねぇよ! てか、いつか霧風には会いに行くんだろう?」

「まぁな……いつかな」


 霧風に会いに行くとかいっても、三森の目的は富井に決まっている。

 王都に行ったら富井に男ができてた……なんてことになりかねないから、少し急いだ方が良いだろうか。


 でも、牛丼かぁ……久々に食いたくなっちまったぜ。

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