第102話 優斗の戦略
俺に何が出来るのだろうか……。
戦争奴隷落ちした後に命を落としたクラスメイト八名の名簿は、自宅の机の上にずっと置いてある。
この一枚の紙が日に焼け、色褪せる頃には俺の後悔も解消されているだろうか。
フルメリンタ国内で生き残っているクラスメイトは新川、三森の男子二名と、女子は富井さんの合計三名。
そのうち、新川と三森はフルメリンタに協力して、火薬と銃の製造に従事しているらしい。
未知の技術の提供で、しかも軍事利用が可能となれば、相応の待遇を与えられているはずだろう。
男子二名については大丈夫だろうが、問題は富井さんだ。
宰相ユドは明確に口にはしなかったが、おそらく性的虐待を受けている。
四人のうち三人が命を落とすような苛烈な環境に置かれていた女の子が、恩赦だからと突然放り出されて、まともに生活していけるとは思えない。
今更手を差し伸べて来たって手遅れだ……とか、何でもっと早く助けてくれなかったのか……とか、恨みつらみをぶつけられるかもしれないが、それでも手を差し伸べたい。
困っているなら、苦しんでいるならば、手を貸したい。
ここがユーレフェルト王国ならば、第一王子派の手を借りて保護することも出来るだろうが、フルメリンタではそこまでのコネは無い。
なので、俺はある人物に相談を持ち掛けた。
「人探して保護する方法……ですか?」
「うん、場合によっては、僕に敵意を持っているかもしれない人物なんだ」
「どうして、あたしに?」
「俺達は、フルメリンタ国内の事情に疎いから、一般的な人の立場で可能なのか、可能だとすればどの程度の費用が掛かるものなのか、ハラさんに分かる範囲で教えてもらいたい」
俺が相談を持ち掛けると、ハラさんは戸惑ったような表情を浮かべた。
ハラさんは、宰相ユドから紹介してもらい、屋敷の管理全般を請け負ってもらっている女性だが、かつてのアラセリと同様に諜報機関に属する人物だと睨んでいる。
勿論、そうした組織から富井さんに関する情報を得ているのだろうが、そこは知らないふりをして、ここまでの経緯を改めて語って聞かせた。
「……という訳で、俺が直接手を下した訳じゃないけど、彼女は性的虐待の末に放り出され、俺はこうして恵まれた生活をしているから、恨まれている可能性もある」
「旦那様が手を差し伸べる必要があるのですか?」
「あるよ。何もしなければ、何年か経った後で俺は必ず後悔する」
「ですが、旦那様や施術を受けにみえる貴族の方々にも危害及ぶ可能性があるのですよね?」
「そう、その点も含めて、安全を確保した上で富井さんを保護出来ないかと考えている」
話を進めていても、ハラさんの表情は浮かないままで、あまりこの話には乗り気じゃないようだ。
「旦那様は、その女性をどうされたいのですか? 愛人として手元に置くおつもりですか?」
「そんな気は無いよ。ただ、彼女に住む場所が無いなら共に暮らし、道に迷っているならば共に行く末を考えたい。全ては、彼女が一人で立って歩いていけるように、友として出来ることをしたいだけだ」
「そうですか……では、そのような事が出来る者がいないか知り合いに訊ねてみましょう」
「ありがとう、面倒を掛けるけど、よろしくお願いします」
俺が姿勢を正して頭を下げると、ハラさんはヤレヤレといった感じで苦笑いを浮かべてみせた。
という訳で、何かをやろうと思ったら先立つものは金だ。
幸い、俺には『蒼闇の呪い』による痣を取り除く施術で、一般人よりも高額な金を稼ぐことが出来る。
金は稼げるが、人探しや保護はどうすれば良いのか分からない。
だったら、開き直って金を稼ぐことに専念し、その金を使って人を雇い、目的を達成すれば良いと考えたのだ。
それに、富井さんの保護は、俺にとって一つの試金石でもある。
宰相ユドの話によれば、未だにユーレフェルト王国は次の国王の指名が行われず、揺れ続けているらしい。
東部で起こった内乱も収まる気配がないそうで、もし仮に大きな反乱騒ぎとなった場合、城にいる海野さんたち三人の身も危うくなるかもしれないのだ。
フルメリンタ国内にいる富井さんすら助けられないなら、ユーレフェルトにいる三人を助けるなんて無理だ。
自分で助けに行くのが無理ならば、人を雇って、頼って、助け出すしかない。
今や本職となっている『蒼闇の呪い』の痣を消す施術は、精度、速度を向上させるように意識しながら進めている。
フルメリンタでは、施術は服を着ている時に目立つ首から上に限定しているので、ロゼッタさんに施術をした時のように、ドギマヂすることはない。
そして、いよいよフルメリンタの東の隣国カルマダーレから施術希望者の受け入れが始まった。
最初の施術希望者は、カルマダーレの大貴族、オーグレーン公爵家の長女アレクティーナだった。
年齢は十三歳で、皇太子との婚約が成立しているという話だ。
十三歳で王族と婚約とか、まるで漫画かアニメの世界のようで、どんな令嬢が現れるのか楽しみだった。
第一回の施術当日には、武装をした騎士四名がアレクティーナを警護して我が家を訪れた。
帯同した騎士のうち、二名が屋敷の外で待機し、残る二名は施術室までアレクティーナに同行してきた。
ぶっちゃけ、メチャクチャ目障りだが、もちろん口に出すようなヘマはしない。
そして、初回は実際の施術は行わず、俺が痣の除去が出来るようになった経緯について話した。
異世界からの召喚者であることも、ユーレフェルトの後継者争いやワイバーン討伐についても語った。
こちらの素性を明かすことで信頼を得ようという作戦は上手くいったようで、アレクティーナ嬢は特にワイバーン討伐については目を輝かせて聞き入っていた。
一通りの話を終えた後、今度はインクの染みを付けた柄ものの布を取り出して、実際に痣を抜く様子を実演してみせた。
布の柄を損なうことなく、汚れであるインクのみを取り出す様子を見せると、警護についてきた騎士達も胸を撫で下ろしたようだった。
「勇猛にして繊細……キリカゼ卿の手腕には感服いたしました」
「次回からは、本格的な施術に入らせていただきますが、精一杯務めさせていただきますので、ご安心下さい」
「よろしくお願いしたします」
さすがに王族と婚約するだけあって、とても十三歳とは思えない落ち着きぶりだった。
護衛の騎士達にも、ワイバーン討伐の話が効果的だったようで、来た時とはこちらを見る視線が変わっていた。
戦いの場に身をおいた者同士……的な意識が働いているのかもしれない。
最初にこちらの情報を開示したのが良かったのか、翌日からの施術も打ち解けた雰囲気で行えた。
こちらからはカルマダーレの良いところを質問し、アレクティーナ嬢からは異世界日本について質問された。
やはり、魔法が無い機械文明には興味をそそられるようだが、あまり情報を提供してしまうと、宰相ユドの不興を買ってしまいそうなので、当たり障りのない答えをしておいた。
たとえば、電話やインターネットのように、遠く離れた場所まで情報を送り届けられる仕組みがあると伝えても、仕組みはどうなっているのかという問いには高度な技術が使われているので分からないと答えておいた。
実際スマホの仕組みなんか全く分からないし、分からなくても使えることが重要なのだと説明すると、アレクティーナ嬢は納得していた。
「なるほど、高度な技術が使われている品物でも、一般の者達が使えて、便利さを享受できることが大切なのですね」
「おっしゃる通りです」
アレクティーナ嬢の話によると、カルマダーレではフルメリンタやユーレフェルトよりも女性の社会進出が進んでいるらしい。
現在でも大臣の何人かは女性が務めているそうで、王妃も国王を政治的に支える役割を担っているそうだ。
貴族の令嬢も外見を磨くだけでなく、内面も磨く必要があるようだ。
それゆえ、外見的な要求は低いらしいが、やはり大きな痣は消したいと思うのが人情なのだろう。
アレクティーナ嬢の痣は、唇の端から右の頬や首筋にまで及んでいて、まるで口から零れた墨を手荒く拭ったように見えてしまう。
これでは、将来王族の一員となるのを躊躇ってしまうだろうし、痣を消したいと思うのも当然だ。
施術を進め、まず唇が桜色を取り戻し、頬が白さを取り戻していくほどに、アレクティーナ嬢の表情が明るく柔らかくなっていった。
それまでも、十三歳には見えない落ち着いてシッカリした女の子だと思っていたのだが、まるで蕾が花開くように、施術を終えるまでに素敵なレディーに生まれ変わっていった。
最後の施術を終えて、手鏡を手渡して確認してもらうと、アレクティーナ嬢は笑みを浮かべつつもホロリと涙を零した。
「ありがとうございました、キリカゼ卿。実は『蒼闇の呪い』の痣が消せるかもしれないという話を聞かされた時には半信半疑でした。これまでにも、そう主張して施術を行う者はおりましたが、皆まやかし者でした」
痣は消えたが傷跡が残ったとか、別の染みが残ったとか、トラブルは枚挙に暇がないほどだそうだ。
「今回は、フルメリンタという国が薦めるほどなので、少しは期待をしていましたが、不安の方が大きかったのも確かです」
カルマダーレからの施術希望者受け入れは、人質を取るのと同じだ。
当然カルマダーレも気付いているのだろうが、外交上無碍に断ることもできず、アレクティーナ嬢は決死の思い出フルメリンタを訪れていたようだ。
「ご期待にはそえられましたでしょうか?」
「勿論です。国に戻りましたら、今度こそ本物だと皆に伝えさせていただきます」
「今後も皆様の期待に応えられるように、尽力することをお約束いたします」
「ありがとうございます、そして、よろしくお願いいたします」
こうしてフルメリンタの思惑通りに、カルマダーレの貴族に対する施術は終わった。
それは同時に、俺がカルマダーレに人脈を持つ第一歩を成し遂げた瞬間でもあった。
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