第101話 消息
※ 今回は富井多恵目線の話となります。
自惚れではなく、あたしは魔法使いに向いていると思う。
魔力の量も他のクラスメイトよりも多めだったし、それが訓練を続けるうちにメキメキと増えているのも分かった。
魔力の操作も上手いみたいで、風を鋭くした刃の威力はかなりのものだ。
日本にいた頃はイラストを描くのが好きだったので、具体的なイメージを描くのが上手いからだと思う。
ぶっちゃけ、まともな組織に属していたら、結構な腕利きとして評価されていた自信はある。
てゆっか、ユーレフェルトの連中がクソすぎたんだ。
訓練のやり方も、とにかく魔法を撃ての一点張りだったし、実戦訓練でも適当な目標を与えられて放り出された感じだ。
あれじゃあ、まともに育つはずがないし、そもそも平和ボケした日本の高校生に戦闘をさせること自体間違っている。
こっちで死んだクラスメイトたちは、本当に浮かばれない。
そう言えば、戦争奴隷落ちした男子はどうなったのだろう。
女子の扱いを考えれば、まともな生活をさせてもらえたとは思えないが、霧風の影響であたしが解放されたなら、あいつらも解放されたのだろうか。
てか、何人生き残っているんだろう……。
山賊のアジトを丸ごとぶっ潰した後、一応の行き先である王都に向かってフラフラと歩き続けた。
霧風に会って一言礼を言うつもりだが、その後はどうしたものだろうか。
「霧風の愛人にでも……違うよなぁ……」
生き残るつもりで足掻いてきたのだが、いざ生き残ってしまったら何をすれば良いのか分からなかった。
日本ではイラストレーターとか、デザイナーとして仕事ができたら……なんて漠然と考えていたけれど、こっちの世界にはお絵かき用のパソコンも画材も無い。
そもそも、絵で飯が食っていけるのかも分からない。
まぁ、いざとなったら体を売って金を稼げばいいさ……なんて思うけど、そんなことができるのは若いうちだけだ。
「うーん……まさか、こんな所で将来について悩むとは思ってなかったなぁ」
山賊のアジトを潰した二日後、宿を出て歩き始めてすぐに尾行に気付いた。
振り返らなくても、風を操って背後の様子は監視しているのだ。
これまでと歩き方も変わっていないみたいだし、どうやら二日前のオッサンのようだ。
戦争奴隷上がりという経歴を考えれば、監視が付くのは当然だし、山賊のアジトを潰した時のように便利に使えるのも分かったから気にはならない。
気にはならないけど、一応こちらからも監視はしておく。
オッサンが見失ったりしないように、広い街道を選んで歩き、道を外れるのは用を足す時だけ、食事も街道沿いの店を選んでいる。
その日も、昼近くに通り掛かった街で、地元の人に街道沿いの美味しい店を紹介してもらって昼食を取ることにした。
ただ、いくつか知りたいこともあるので、ちょっと試してみることにした。
『ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、一緒に食事でもどう?』
声を風に乗せて離れた場所にいる人に届ける……魔法の練習中に思いついた技で、離れた場所から友達の耳元に囁いて驚かせたりしていた。
それを応用して、尾行のオッサンに声を掛けてみたのだ。
『ちっ、忌々しい奴め……』
『ふふーん、後をつけやすいように協力してんだから、ちょっとは付き合いなさいよ』
『ちっ……』
まったく、うら若き乙女から誘ってやってるのに、舌打ちで答えるとか在り得ないでしょ。
ちょっとムカつくけど、それは向こうも同じのようで、舌打ちで返事をよこすと距離を詰めて歩み寄ってきた。
「何の用だ」
「まぁまぁ、その先の麺料理の店が美味しいていうから、そこで話そうよ」
「ちっ……」
いや、マジで舌打ちで返事すんなよな。
地元の人に紹介された店は、なるほど入る前から良い匂いがしていた。
人気店という話だったが、まだ昼ではないから比較的空いている。
店に入って二人だと店員に伝え、地元の人に勧められた麺を二つ頼む。
あたしが勝手に注文したのが気に入らないのか、それとも元々の顔なのか、オッサンは不機嫌そうな表情を崩そうとしなかった。
店の奥の席に座ると、不機嫌そうな声で訊ねてきた。
「何が聞きたい」
「そうね、まずは……名前を教えてよ」
「はぁ? 名乗ると思ってるのか?」
「えー……あたしの名前は知ってるのに? それに、どうせ偽名なんでしょ?」
「ちっ……マフムードだ」
舌打ちの後に一瞬目が泳いだので偽名だろう。
「マフムード……じゃあ、マフちゃんって呼ぶね」
「……勝手にしろ!」
舌打ちするのも忘れるほど苛ついたみたいだ。
諜報組織に所属しているのに、感情のコントロールが下手すぎじゃね。
「ねぇ、マフちゃん。あの女の人はどうなったの?」
「大事にしたくないと言うから、金を与えて村まで送っていった」
「そっか……ありがとうございました」
あたしが姿勢を改めて頭を下げると、マフちゃんは怪訝そうな顔つきをした。
「なぜ、お前が礼を言う?」
「えっ、だって本来の職務とは違うことを頼んだんだから、礼を言うのは当然でしょ。あっ、来た来た、とりあえず伸びる前に食べよう」
「ふん……変な奴め」
出て来た麺は、肉無しのタンタンメンという感じだった。
香ばしいゴマの匂いが、ふわっと漂ってきて食欲を刺激する。
「いただきます……ふー、ふー……ん、うまっ!」
稲作が盛んな地方とあって、麺は米粉を使った細麺で、少しトロみがあるスープが良く絡んで美味しい。
夢中になって啜っていたら、マフちゃんが呆れたような顔をしていた。
「なに……?」
「お前は、もう少し女らしく食え」
「えっ、なんで?」
「そんなに一度に麺を持ち上げて、一気に食うのは男の食い方だ」
フルメリンタでは、男性の場合は思いっきり啜っても咎められないそうだが、女性はあまり音をたてずに少しずつ食べるのがマナーらしい。
「えー……そんなチマチマ食べてたら美味しくないじゃん。麺は啜ってなんぼでしょ」
「はぁ……」
あたしが聞く耳持たないといった感じで再び啜り始めると、呆れたような溜息を洩らした後でマフちゃんも麺を啜り始めた。
まぁ、実を言うと日本にいた頃には、もう少しおしとやかにラーメンとか食べてたんだけどね。
なんて言うか、やってみたかったんだ、こういう食べ方。
額の汗を拭いながら、一心不乱に麺を啜り、最後は丼を持ち上げてスープを一気飲み。
「はぁぁ……美味かった!」
とうとう諦めたのか、マフちゃんは小さく首を左右に振っただけで何も言わなかった。
店員さんにお茶を貰って、マフちゃんが食べ終わるのを待つ。
行商人っぽい格好をしているけど雰囲気が違う。
年齢的には、あたしの父親と同じぐらいだろう。
こうした仕事を長く続けているのか、それとも何かやらかして左遷されたのだろうか。
「あんまりジロジロ見るな、食いづらい……」
「ごめんね、マフちゃんを見てたら家族を思いだしちゃってね」
「帰れないのか?」
「ユーレフェルトではそう言われたし、別の世界に行く方法なんて見当もつかないよ……」
「そうか……」
「それに、こんな体で帰ってもねぇ……」
「そうか……」
本当に興味が無いのか、それともワザと素っ気なくしているのか分からないが、マフちゃんは麺を啜ることに専念していた。
「ねぇ、あたし以外に生き残ったクラスメイトはいないの?」
「……いる」
マフちゃんは少し迷った後で短く答えた。
「誰? 何人? どこにいるの?」
「落ち着け」
「ごめん……」
生き残りがいると聞いて、思わず我を忘れそうになった。
マフちゃんは店員に器を返してお茶を貰い、一口飲んでから切り出した。
「会いたいか?」
「勿論!」
「会ってどうする?」
「無事を喜び合いたい!」
「ふー……」
マフちゃんは溜息をつくと、右手を額にあてて考え込んだ。
「会ったら駄目なの?」
「お前は大丈夫だろうが、向こうが何をしでかすか……」
「どういうこと?」
「お前が置かれていた境遇を知って、どんな行動に出るのか……ということだ」
「あー……なるほど」
言われてみて理解出来てしまった。
日本人ならば、すぐに理解出来てしまうだろう。
日本と韓国の懸案だった従軍慰安婦問題では、当事者以外の者達も強烈な反日感情を抱いていた。
私が受けた仕打ちや、同じく戦争奴隷となった女子三人がどんな状態で死んだのかを知ったら、生き残った男子はフルメリンタに対して敵意を抱くだろう。
いくら、根本的な原因がユーレフェルトにあるとしても、直接手を下したのはフルメリンタの人間だ。
それに、あたしたち日本人は、直接的な暴力を振るわれることよりも、人間としての尊厳を貶める行為により強い嫌悪感を抱く。
「ねぇ、何人生き残ってるの?」
「二人だ。名前までは分からん」
「そいつらは、今何をしてるの?」
「フルメリンタに協力して、火薬と銃というものを作っているらしい」
「えっ……銃?」
「お前たちの世界の武器なんだろう? 魔法が得意でない者でも遠くから攻撃できると聞いているぞ」
「そうだけど……まさか、ユーレフェルトと戦争するつもりなの?」
「上の考えていることは、俺のような末端には分からん」
「そっか……」
「ただ、攻め込まれたら守らなければならない。強い武器があれば、こちらの損害を減らして敵を撃退できるのは間違いない」
きっぱりと言い切ったマフちゃんからは、フルメリンタへの愛国心とユーレフェルトに対する敵愾心が感じられた。
これまで銃が無かった世界に、突然戦争に銃が使われたら大きな脅威となるだろう。
火縄銃が戦国時代の勢力図を一変させたことぐらいは、歴史に疎いあたしでも知っている。
「そっか……フルメリンタに協力してるのか……じゃあ、会わない方がいいか……でも会いたいなぁ……」
一人きりになったけど、気楽でいいや……なんて思い込もうとしてきたけど、思っていた以上に孤独を感じている。
「じゃあさ、霧風にも会わない方がいいのかな?」
「我々としては、出来れば会ってほしくないと考えている」
「そっか……そうだよねぇ……うん、ありがとう。ちょっと考えてみる」
二杯分の麺の支払いをして店を出て、また歩き始めようとしたら呼び止められた。
「ちょっと待て、この前の山賊討伐の報奨金が、お前の身分証の口座に振り込まれているはずだ。無駄遣いしなければ、一年位は暮らせるはずだ」
「そうなの? ありがとう」
礼を言って歩きだそうとしたら、もう一度呼び止められた。
「おい、自棄になるなよ……」
「んー……それは結構難しい相談かもね」
マフちゃんにバイバイと手を振って歩き出す、あたしはどこに向かえばいいのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます