第100話 三人娘の戦略
※ 今回は海野和美目線の話になります。
私、亜夢、涼子の三人は、いざという時にユーレフェルト王国から脱出する手立てを探るべく活動を始めた。
と言っても、あからさまに国外脱出に関する情報を集めれば警戒されるので、まずは城から出る手立てを考えた。
「うっわ、寒い!」
「ホント、門から出た途端すっごい寒い!」
亜夢も涼子も、羽織ってきたコートの襟を立てて肩を竦めている。
私たちは、ユーレフェルト王国に召喚されてから、実戦演習以外で初めて城の外に出て城下町へと向かっている。
名目は、魔法を使ったエステのレベルを更に上げるため、週に一度の休みをもらい、施術室で使うリネンなどを見て回りたいと申し出たのだ。
その結果、護衛付きだが街に下りる許可が出た。
『ドディさん、ガマールさん、今日はよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いいたします。カズミ様』
ドディさんとガマールさんは、第一王子派の近衛騎士だそうだ。
ドディさんは細マッチョで人当たりが柔らかな感じで、ガマールさんはゴリマッチョで寡黙な強面タイプだ。
『今日は、エステで使えそうな品物を見てまわるのと、自由に城の外に出るのは初めてなので、ちょっと息抜きしたいと思っています。危ない場所に入って行きそうな時には止めて下さい』
『かしこまりました。我々も皆様の安全確保を厳しく申し付けられておりますので、好ましくない場所への立ち入りは遠慮していただくつもりでいます』
『それと、たぶん私達だけで話す時には故郷の言葉を使ってしまうと思います。なにか疑問がある場合には、遠慮なく聞いてもらえますか?』
『かしこまりました』
口頭で応対するのはドディさんで、ガマールさんは無言で頷くだけだが敵意がある訳ではなさそうだ。
『今日は、どのような品物をお求めですか?』
『そうですね……施術台に使えるような弾力のある材質、肌ざわりの良い布、水気を通さない布、質の良い油、香料……などです』
私が見たい品物を列挙すると、ドディさんは目を見開いて驚いていた。
『そんなに沢山の品物を見て歩いたら、息抜きをする暇が無いのではありませんか?』
『そうですね、たぶん全部は見て回れないと思いますし、亜夢や涼子……特に亜夢がフラフラすると思うので、息抜きは出来ると思います』
『そうですか、殿下や王妃様からは、皆様が気分転換できるように取り計らうよう申し付けられております。費用などは全て私共が支払いいたしますので、心配なさららずにお楽しみ下さい』
『ありがとうございます。ただ、私達は、この後もユーレフェルト王国で生きていかねばなりませんから、庶民の金銭感覚も知りたいので、支払いはお願いしますが、値段は教えていただけますか?』
『かしこまりました』
ドディさんは、今の時点では味方だが、国外脱出を目論んでいることは気付かれたくない。
というか、私達の場合、第一王子派、第二王子派に関わらず施術を行っているので、身柄は第一王子派が確保しているが中立に近い立場にいる。
どちらの派閥からも敵視されていないが、どちらの派閥からも利用価値があると思われている。
それだけに、万が一の時に国外脱出を目指す時には、ドディさんも敵に回る可能性が高いのだ。
「かっずみー! もたもたしてると置いてくよー!」
「ちょっと待って! 涼子、亜夢を捕まえといて!」
「むーりー! あはははは」
城の中が不便な訳ではないし、着るものも、食べるものも、住む場所も恵まれているのだと思うが、私たちの生活には壊滅的に娯楽が不足している。
ショッピングができるというだけで、普段はツッコミ役の涼子までがはしゃいでいる。
かく言う私も、ワクワクが止まらないのだ!
「二人とも、待ちなさーい!」
三人でゲラゲラ笑いながら、城が建つ高台の麓まで駆け下りた。
下り坂だから傾斜と勢いに任せて走ったのだが、止まると足がプルプルしそうだった。
「はぁ、はぁ……ヤバい、運動不足がマジヤバい……」
「亜夢が馬鹿みたいに走るからでしょ。あっつい……」
「はぁ……もう二人ともやめてよね。ドディさん達が……」
私達三人が息を切らしているのに、ドディさんとガマールさんは涼しい顔で息も切らしていない。
戦闘訓練をやらされていた頃は、朝晩みっちり走らされていたけど、エステ組に鞍替えしてからは運動する機会が無くなっている。
自分でも驚くほど体力が落ちているので、これからは体力維持のための運動はすべきだろう。
少しは鍛えておかないと、脱出した途端に捕まってしまいそうだ。
街に下りた後は、ドディさんの案内で市場巡りをした。
ただ、日本育ちの私達としては、ファッションの選択肢が少ないのが不満だ。
ユーレフェルト王国では、男性も女性も同じような形の民族衣装を身に付けている。
色の選択は自由だそうだが、上から下まで同じ色で統一するのが暗黙のルールになっている。
例外は鞄ぐらいなのだが、それも同系色のものを持つ人が殆どのようだ。
色も、形も、柄も多彩で、無限ともいえる組み合わせを楽しんでいた私達にとっては本当に面白みが無い。
息抜きのために出て来たのだが、亜夢も涼子もテンションが下がり気味だ。
城を出た時には、めちゃくちゃテンションが高かったので、そのギャップにドディさんも心配になったらしく話し掛けてきた。
『カズミ様、皆さんどうかなさったのですか?』
『えっと……私達の暮らしていた国では自由に服装を選んで楽しんでいたんです』
日本とユーレフェルト王国のファッション事情について説明すると、ドディさんは分かったような分からないような微妙な表情を浮かべていました。
『それでは、皆様で自由な服を作られて、宿舎の中で楽しまれてはいかがでしょう?』
『うーん……服装は着て楽しむだけでなくて、見せる楽しみもあるんですよ。どうです、この服可愛いでしょう……この組み合わせ良くないですか……私、センスいいでしょう……みたいな感じですね』
『そうですか、見せる楽しみですか……それは、なかなか難しいですね』
日本の民族衣装といえば着物だけれど、なんの知識も無い私達では自作するのは難しい。
それらしい形に縫えたとしても、帯は用意出来そうもないし、着付けも難しい。
足袋や草履、下駄などの履物も用意できない。
仮に全部をクリアー出来たとしても、着物では動きづらい。
ドディさんの案内で、綺麗な色石や銀細工を使ったボタンの店を覗いて、ちょっとだけ気分が持ち直したが、沸き起こってしまった望郷の念を抑え込むほどの魅力はなかった。
屋台が集まる一角で昼食を食べて、やっと亜夢の気分も上向いてきた。
「ねぇねぇ、あれも食べたい、なんかすごく甘い匂いがする」
「うん、でもカロリーやばそう」
「なんで、涼子はそういうこと言うかな。明日からダイエットすればいいじゃん!」
「明日から頑張る……でも頑張るとは言ってない?」
「もういい……『ドディさん、あれ食べたいです』」
『かしこまりました、アム様』
『へへぇ……』
亜夢はお嬢様扱いしてくれるドディさんが気に入ったようで、涼子は寡黙なガマールさんをチラチラと見ている。
もしかして、ずっと女に囲まれる生活なので、男性免疫、恋愛免疫がダダ下がりしているのかもしれない。
まさか、それを見越して第二王妃は二人を護衛に付けた訳ではないだろうし、ちょっと歳の差があるからくっついたりしないとは思うが、万が一男女の関係になったら、脱出作戦の障害となりかねない。
というか、私が霧風君に会いたいだけなのかなぁ……。
『カズミ様、この後はどうされますか?』
『布を扱う商会を見てみたいです』
『でしたら、王家御用達の……』
『ちょっと待っていただけますか、勿論王家御用達の商会が駄目という訳ではないのですが、まだ王家から指名を受けていなくて、新しく台頭しつつある商会とかはありませんかね?』
『新しい商会ですか……何か理由があるのですか?』
『これは、私たちの国の話なんですが……』
一社を優遇する状況が続くと、癒着、汚職といった事態が発生する懸念が高まると同時に、新しい商会が台頭しないと競争が生まれず業界全体が衰退する……といった、用意してきた理由を話した。
『なるほど、確かに出入り業者と担当者の間の癒着など、黒い噂を耳にすることがございます。分かりました、ならば出入り業者以外で良い商会が無いか聞き込んで来ますので、少々お待ち下さい』
『出来れば、ユーレフェルト国内だけでなく周辺国とも取引があるような商会が良いのですが……』
『分かりました。ガマール、少し頼む……』
ドディさんは、私たちの警護をガマールさんに任せて屋台の店主などに聞き込みを始めた。
私が新興の商会を指名した理由は、汚職防止などではなく、国外に伝手を持つ者と繋がりを持つためだ。
私が出入りすることで王家との繋がりを持てれば、新興の商会は少なからぬ恩義を感じるだろう。
国外との取引を行っている者であれば、国外脱出を目指す時には力になってくれるはずだ。
それこそ、業者との癒着の構図そのものなのだが、国外脱出を目指す時には何の後ろ盾も持たない私達は、一人でも、二人でも協力者を見つけておく必要がある。
『おまたせしました、カズミ様。聞き込んだところでは、イルシャマン商会という店が近頃売り上げを伸ばしているそうです。西方のミュルデルスやマスタフォだけでなく、フルメリンタからの商品も扱っているそうです』
『では、まずそこから覗いてみましょうか、案内をお願いできますか?』
『かしこまりました』
昼食休憩を終え、ドディさんの案内でイシャルマン商会を目指す。
「亜夢、涼子、目的の店だから、掘り出し物をみつけてね」
「亜夢ちゃんに、まっかせなさい!」
「はぁ……亜夢は当てにならないから、あたしが頑張るわ」
「涼子、酷い!」
「てゆうか、あんたはそのベタベタな口の周りを拭きなさいよ」
「嘘っ、どこどこ……」
「もう、世話が焼けるんだから」
相変わらず亜夢はちょっと心配だけど、涼子がいるから大丈夫だろう。
さて、新興の商会に上手く食い込めるだろうか。
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