第99話 磨いた技

※ 今回は戦争奴隷から解放された富井多恵の話です。


 爺さんの家からいただいてきた外套を羽織り、同じく爺さんの家からいただいた古ぼけた鞄を背負い、東に向かってブラブラと街道を歩いた。

 さすがに真冬の野宿は命に関わると知ったので、途中の村や街で、次に宿のある場所までの距離を訊ねながら歩いている。


 牛小屋かと思うような家に暮らしていた爺さんだが、意外にも小金を貯め込んでいたので、路銀の心配はなくなった。

 フルメリンタの王都ファルジーニまでは、まだ一週間ぐらいかかるらしい。


 急ぐ旅でもないからと、フラフラのんびり歩いているのだから、そのぐらいは掛かるのだろう。

 歩く以外にやる事も無いからか、色々と余計な事を考えるようになった。


 召喚されていなかったら、今頃なにをしてただろうか……とか、霧風や海野達のように戦闘職から解放されていたら、どんな生活をしていただろうか……とか。

 たらればなんて考えたところで、過ぎた時間は戻らないし、日本に帰れる訳でもない。


 それでも、助かってしまったこの命をどう使うべきなのか考えてしまう。


「誰かのために……なんてのは柄じゃないんだけどねぇ……」


 それでも、同じく戦争奴隷に落とされた雪谷明日香、入船瑞希、中西梢の三人の顔は記憶からは消えてくれそうもない。

 仇を取ろうなんて考えはない。


 元女子高生で戦争奴隷上がりの女が一人、国を相手に喧嘩を売ったところで勝ち目なんて無いことぐらい分かっている。


「でもなぁ……ユーレフェルトのクソ王族には一泡吹かせてやりたいけどね」


 召喚される前に、日本で流行っていたJ-POPを口ずさみながら、林の間を抜ける道を歩いていると、突然男が二人飛び出してきて行く手を塞いだ。

 足音に気付いて振り返ると、そちらでも二人の男が道を塞いでいた。


 四人とも下品な笑いを浮かべていて、まともな職業の人間には見えない。


「よぉ、姉ちゃん、一人でどこに行くんだ?」

「なぁに? こんな薄汚い格好してるのに、あたしの魅力が滲み出ちゃってた?」

「はぁぁ? お前、堅気じゃねぇのか?」

「何をもって堅気か否か決めてるか知らないけど、そっちは堅気には見えないわね」

「このアマ……調子くれてっと痛い目みんぞ」

「そうでなくても痛い目に遭わそうと思ってるんじゃないの? てか、まさかこんな往来のど真ん中でおっ始めようなんて思ってるんじゃないわよね。せめて終わった後に汗を流せるぐらいの場所に案内しなさいよ」

「こいつ……そんなに痛い目に遭いたいのか」

「あら、気持ち良いことするんじゃないの? まとめて相手してあげるわよ」

「ちっ……こっちだ、ついて来い」


 三十代後半ぐらいの一番年上に見える男は、鋭く舌打ちすると顎をしゃくって歩きだした。

 他の三人は、あたしが逃げ出さないように周りを囲みながら、胸や尻に手を伸ばしてきた。


「なぁに、そんなにご無沙汰なの?」

「うるせぇ……俺ら下っ端には回ってこねぇんだよ。どうせ手前も壊されちまうさ」


 あたしの尻を撫でまわしている、一番若そうな男に話し掛けると、あっさり内情を喋り始めた。


「ふーん……それじゃあ、あんたらじゃなくて他の男の相手をさせられる訳ね?」

「察しがいいじゃねぇか」

「何人いるの? 十人? 二十人?」

「そんなにはいねぇ、俺ら以外には五、六……七人だ」

「なんだ、その程度じゃ壊されたりしないから楽しみにしてなよ」

「こいつ……相当なアバズレみたいだな」

「あら、男は抱いた女の数を自慢するのに、女は自慢できないとか不公平じゃない?」

「こいつ……今まで何人と寝たんだ?」

「さぁねぇ……覚えてないわ」


 覚えていないのは本当だ。

 来る日も来る日も、けだものみたいにあたしの体に武者ぶり付いてくる男の数なんて覚えていない。


 男達に連れられて、十分ほど林の中を歩いていくと、朽ちかけた家が一軒たっていた。


「やめ……いやぁ……」


 家に近付くと、切れ切れに女の悲鳴が聞こえてきた。

 どうやら、あたし以外にも連れ込まれた女がいるらしい。


「どうしたよ、ビビっちまったか? 臭ぇから小便なんて漏らすなよ」

「そうね……溜まった物を吐き出すのは男の仕事だからね」


 一番年上の男が玄関の扉を開けると、一層女の悲鳴が大きくなった。


「さっさと入れ!」


 扉の先は炊事場を兼ねた土間になっていて、その先に、八畳ほどの広さの部屋が二間続きになっている。

 足を踏み入れると、数日前まで嗅ぎ慣れていた異臭が籠っていた。


 部屋の中では女が一人、三人がかりで凌辱されている。

 殴られたのだろう、顔は青黒く腫れ上がり、薄い体にも青あざがいくつも出来ていた。


「ねぇ、荷物と服は預かってくれんでしょ?」

「はぁ? そんなもの、もう必要ねぇだろう。使いものにならなくなるまで、ここからは出られないんだからよ」

「つまんない男ねぇ……女は喜ばした方が自分も気持ち良くなれるものよ」

「こいつ……」

「おいっ、さっさとひん剥いて連れて来い!」


 あたしを連れて来た男達と話し込んでいたら、奥にいた一番体格の良い男が喚き散らした。

 どうやら酒に酔っているらしく、どろりと濁った目をしている。


「焦らなくても、すぐに気持ち良くしてあげるわよ」


 男達に見せつけるように、土間の隅に鞄を投げ捨て、外套、服、下着をためらうことなく脱ぎ捨てた。


「じゃあ、あとでね……」

「お、おぅ……」


 日本にいた頃には、邪魔なだけだと思っていた乳房を見せつけながら頬を撫でてやると、男は痰が絡まったような声で返事をよこした。


「ほぉ……なかなかの上玉じゃねぇか」

「あんたが、ここの親玉?」

「そうだ、ここでは俺が王様だ」


 親玉の男は、立ち上がったら二メートルぐらいありそうな、熊みたいな男だった。


「あたしは強い男が好きよ……」

「だったら俺に惚れろ」

「でも、下手な男は嫌い……あなたは満足させてくれるのかしら」

「ほぉ……生意気な女は嫌いじゃねぇぜ。いいや、生意気な女を黙らせるのは大好きだ」

「まぁ、怖い……優しくしてくれるなら、天にも昇る気分にしてあげるのに……」


 親玉の熊男と喋りながら、他の男共にも腰をくねらせながら流し目を送る。

 自ら肌を晒すような女とは遭遇していないのだろう、女を凌辱している男さえも動きを止めてこちらを見入っている。


「面白ぇじゃねぇか、女……」

「あぁ、そのまま……そのままでいいわ。あたしが上になって楽しませてあげる」


 あたしが陰部を指で擦りながら歩みよると、親玉の熊男は品の無い笑みを浮かべながら、浮かしかけた腰をどっかりと据えてあぐらをかいた。

 男の股間は、はち切れんばかりに怒張している。


 あたしは、見せつけるように体をくねらせながら歩み寄り、あと一メートルほどのところで鋭く腕を振り抜いた。

 風属性魔法の刃が熊男の首筋を通り抜けたの感じつつ体を回して振り返り、涎を垂らさんばかりに目を血走らせた男達に向かっても腕を振り抜いた。


 鼻の下を伸ばして、あたしの裸に見入っている男共など、藁人形よりも無防備だ。

 両手を三度振り抜くだけで、それまで家の中に響いていた下品な笑いが止み、辺りを静寂が支配する。


 山賊と思われる男達、総勢十一人、ストリップまがいの動きをしながら全員の位置を確かめておいた。

 召喚直後から毎日毎日訓練をさせられ、磨いた風属性の攻撃魔法は錆び付いていない。


「い……いやぁぁぁぁぁ!」


 首を切り落とされた断面から噴き出す血を浴びて、凌辱されていた女性は酷い有様だけど、不意をつかなきゃこの人数を一度に始末するのは難しかったから諦めてもらおう。

 さっきまで、男女の体液と尿が混じったような異臭が籠っていた家の中は、今やむせ返るような血の臭いに支配されていた。


「いやぁぁぁ……やぁぁぁ……やぁぁぁ……」


 凌辱されていた女性は、首が無くなった体に貫かれたまま悲鳴を上げていたので、死体を蹴り飛ばして助けてやった。


「大丈夫……じゃないわよね」

「お願い……殺さないで……」

「はっ? 何言ってんのさ、助けてやったんだよ。殺す訳ないじゃん」

「えっ……えっ?」


 全身血塗れにされて、女性は事態を上手く飲み込めていないらしい。


「ここって、風呂場とか無いの? あたしも返り血浴びてるから、体洗いたいんだけど」

「あっち……」

「よし、行こう……」

「いやぁぁぁ!」


 立たせてやろうと手を伸ばすと、女性は弾かれたように悲鳴を上げながら後退りした。


「何にもしないよ、そのままじゃ気持ち悪いだろう? さぁ、行こう」


 目一杯の作り笑顔を浮かべてみせると、ようやく女性は頷いて、ヨロヨロと立ち上がった。

 風呂場は、下っ端が準備をさせられていたのか、少しぬるかったが綺麗なお湯が張られていた。


 手桶で女性の髪に絡んだ血を洗い流し、ついでに背中も洗ってやる。


「ねぇ、悪いんだけど、あたしの背中も流してよ」

「は、はい……」


 パッと見で三十前後に見える女性は、まだあたしを怖がっているようだ。

 まぁ、十一人も殺しておいて平然としているのだから、それも当然か。


 女性の服や下着は、連れて来られた直後にビリビリに破かれてしまったそうなので、あたしの着替えを分けてやった。


「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」

「いいよ、同じクズに捕まっちまった同士だし、あんたが居なくても、こいつ等は始末するつもりだったからね」


 女性の着替えが終わったところで、家の扉を開けて外に向かって怒鳴った。


「ねぇ! そこに居るんでしょ、ちょっと出て来てこの人保護しなさいよ!」


 しらばっくれているなら、攻撃魔法を撃ち込んでやろうかと思ったのだが、林の中から行商人風の中年男が姿を現した。

 物凄く不機嫌そうな顔をしている。


「なんで気付いた……」

「そりゃあ、あたしが優秀だからに決まってるじゃん」


 戦争奴隷から解放された後、ずっと後を付けられているのには気付いていた。

 ユーレフェルトに居る頃、演習でオークの待ち伏せを食らってクラスメイトを殺されてから、探知魔法も磨き続けてきたのだ。


「監視対象に気付かれたんだから、罰としてこの女性を保護してね」

「ちっ……忌々しい女め」

「なによ、女性を保護して山賊まで始末したのよ。そんな事を言われる筋合いは無いんじゃない?」

「ちっ……そっちは、どうするつもりだ?」

「えっ? 金目の物をいただいて、燃やしちゃおうかと……」

「ふん、報奨金が出るように手続きしてやるから、このまま離れろ」

「へぇ……意外にいい人じゃん」

「うるさい、さっさと行け!」

「はいはい、分かりましたよ。あたしは、このまま街道を通って王都に向かうから、ちゃんと追い掛けてきてね」

「うるさい! 行け!」


 爺さんの外套を着込んで、鞄を背負って、街道を目指して林の中を進む。

 おっさん、本当に手続きしてくれるのかねぇ。


 でも、あたしに見つかっちゃったから、別の人に交代かな。

 さてさて、とんだ道草食っちまったから、ちょっと先を急ごうかね。

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