第98話 熱中
※ 今回は新川恭一目線の話です。
パーン……パーン……乾いた銃声が訓練場に響き渡る。
火薬作りと平行して、銃の製造も行われていたのだが、俺が想像するよりも早く形になって試し撃ちの段階にきている。
銃の製造方法は、俺が日本にいる頃に調べた火縄銃の製造方法を基にした。
火縄銃の銃身は、鉄の棒に鉄の板を巻き付けて筒を作り、その外側に細い帯状の鉄板を二重に巻き付けて作られている。
火縄銃の場合、発射のための火皿をつける必要があるが、フルメリンタの銃は火縄銃とは違う着火方式を使っている。
それは、火の魔道具だ。
魔力を流せば火が着き、火薬が爆発して発射される。
まだまだ実験段階だが、スタートとしては上々だ。
「凄い威力だな、想像以上だ」
銃の製造の責任者であるマフードが、珍しく笑みを浮かべて話し掛けて来た。
右手には、試射の的として使った木の板を持っている。
マフードは四十前半ぐらいの痩せた男で、普段は神経質そうに常に眉間に皺を寄せているような男だが、銃の威力がお気に召したらしい。
「ありがとうございます。ですが、まだまだです。耐久性のテストもしないといけませんし、命中率を上げる工夫も続けています。俺が求める性能に達すれば、こちらは遥か遠くから一方的に攻撃できるようになりますよ」
「なるほど、弓矢や魔法が届かぬ距離から、我々だけが攻撃できるということか」
「その通りです。そのためには、更なる工夫が必要です」
試作品の銃から発射された弾丸は、分厚い木の板を易々と貫通した。
鉛玉も試作品だが、命中すると潰れるらしく、入射穴よりも貫通した側の方が大きな穴が開いている。
木の板でこの状態だから、人体に命中した場合には悲惨な状態になるだろう。
だが、まだ発射できるようになっただけだ。
銃本体の耐久性の確認や性能アップは勿論、火薬の性能、弾の性能、運用方法など考え実験する内容はまだまだ山積みだ。
特に耐久試験は重要だ。
戦争で使われました、五発も打つと発射できなくなりました、命中精度が極端に落ちて当たりません……では話にならない。
そのためには、撃って、撃って、撃って、データ取りをする必要がある。
データ取りをした後で、それをフィードバックした銃を作ってもらう必要もある。
フルメリンタは、日本よりも文明が劣っていると考えていたが、工業生産力というか職人の能力は俺の想像を遥かに超えていた。
銃身の製作には、土属性の魔法が用いられている。
土属性魔法の修練を重ねると、鉱石の操作や抽出ができるようになるそうだ。
つまり、高純度の鉄や他の金属との合金なども作れて、そうした金属を思い通りに加工できるようになるらしい。
今回の銃の試作品も、俺が描いた汚い絵と説明だけで、驚くほどの精度の銃身が出来上がってきた。
途中の工程も見せてもらったが、一枚の鉄板がみるみるうちにパイプに加工され、出来上がった品物は全く継ぎ目が分からなくなっていた。
「なぁに、この程度の物なら造作もないさ」
渋く笑ってみせた鍛冶場のおっさんのなんと格好良いことか。
俺も土属性だから、銃の製造が終わったら、弟子入りしようかと本気で考えているところだ。
銃身の後方は、小型の大砲のような構造になっている。
蝶番で蓋となる部分が取り付けられていて、そこに火の魔道具が仕込んである。
竹筒を削って作った管に、鉛玉と火薬を詰めて、両端を紙で塞いで蝋で固めた薬莢を詰めて蓋を閉めたら、狙いを定めてグリップから魔力を流す。
グリップから銃身後部の蓋までは魔導線が取り付けられていて、一定以上の魔力を流せば火の魔道具が作動して弾が発射される仕組みだ。
目下の課題は、火の魔道具が何発の発射に耐えられるかだ。
一応、銃身を製作しているチームには、後部の蓋は簡単に交換できる構造にするようにしてもらった。
勿論、壊れることなく何百発、何千発、何万発でも撃ち続けられるのが理想だが、形あるものはいつかは壊れるのが世の定めだ。
魔道具が壊れたら修理不能の銃ではなく、トラブルが発生した場合には部品の交換で対応できるようにするつもりだ。
そして銃身の内側には、螺旋状の溝が切れないか鍛冶場に相談している。
ライフリングを刻めれば、それに見合った弾丸を用意すれば、遠距離からの狙撃も可能になるはずだ。
銃弾も戦端を尖らせたものや、十字の溝を切ったものなどを用意してもらっている。
貫通力に優れたもの、殺傷力に優れたもの、注文を出すと鍛冶場の人達は面白がって作ってくれる。
火薬も配合を変えたり、粒の大きさを変えたりして、最も威力の発揮できる組み合わせを模索中だ。
火薬は、瞬間的に燃焼すれば良い訳ではないらしい。
勿論、人間の目で見て分かるような違いではないのだが、銃弾に使う火薬は少し燃焼速度を落とした方が良いらしいのだ。
この火薬の配合では、俺も土属性の魔法を使うようになった。
硝石や硫黄、炭素などは鉱物であり土に属するものだとイメージすると、自由に扱えるのだ。
撹拌して、粒状化する部分で魔法を使い、均一に仕上がるようにしている。
こうした普通の銃の開発と平行して、散弾銃も計画している。
まだユーレフェルトに居た頃、演習中にオークの待ち伏せに遭って大きな被害を被ったことがあった。
それまでの演習では、何の不安もなく上手くいっていたから油断があったのだろうが、 みんなパニックに陥って上手く魔法が使えなかった。
魔法の発動や威力は精神状態によって大きく左右されるのだ、嫌というほど思い知らされた。
その時の演習では、八人のクラスメイトが行方不明になった。
もし、あの時、ショットガンが手元にあったなら、違った結果になっていたはずだ。
魔法は、精神力と魔力さえ整っていれば、弾を込めたりする手間も無く攻撃が出来るが、逆に精神力や魔力が尽きれば上手く魔法を発動させられなくなる。
その点、銃は弾丸があって銃本体に問題が無ければ、引き金を引くだけで、魔力を流すだけで発射できる。
魔力が弱い者でも強い威力の攻撃ができるし、魔法と銃は互いの欠点を補い合える気がする。
それに、単純に銃は格好良い。
ショートバレルのショットガンを腰だめにしてぶっ放す……とか、めっちゃ格好良いだろう。
ショットガンの開発が出来たなら、俺専用のものを一丁作ってもらおうと思っている。
「新川、あと何発撃てばいいんだ? こいつ壊れそうも無いぞ」
今後の銃器の開発について思いや妄想を巡らせていたら、三森に声を掛けられた。
試作品の銃を普通に構えて撃つのは危険なので、火の魔道具に繋がる魔導線を伸ばして、金属製の頑丈な盾の陰から操作できるようにしてある。
三森は盾の陰に隠れながら、ひたすら銃を撃っては銃身を掃除して、弾を込めて、また銃を撃つの繰り返しを淡々と続けていた。
戦争奴隷から解放された頃は、色々と焦っているように見えたが、最近は自分のやるべき事に黙々と取り組んでいるように見える。
「今、何発目だ?」
「今込めているのが四十七発目だ」
「五十発撃ったら、銃身の状態を調べるから一旦止まってくれ」
「分かった、四十……あれっ? 駄目だ、撃てない」
「魔力は通っているのか?」
「いや、魔力が渋滞している感じで流れていかないな」
「火の魔道具がオシャカになっちまったみたいだな」
「五、六発前ぐらいから、魔力の通りが悪い感じはしてたな」
一旦試射を中断した銃に近付いて確認してみると、後部の蓋に取り付けた火の魔道具が欠けていた。
発射の熱と衝撃に耐えられなくなったのだろう。
「三森、交換できるか?」
「あぁ、こんなのすぐだぜ」
後部の蓋は、蝶番の軸の部分が固定されておらず、開いた状態で下から上へと引っ張れば簡単に外れる。
交換用の新しい蓋を差し込めば、五秒も掛からずに作業は完了した。
「じゃあ、次は何発持つかカウントしながら試射を続けてくれ。それと、壊れた蓋は製作部に持っていって相談するから取っておいてくれ」
「了解、そんじゃあ始めるから離れてくれ」
俺が発射場所から離れて、三森に合図を送ろうとしたら、突然隣の訓練場から馬鹿デカい火柱があがった。
「うぉぉ。なんだ、なんだ……熱っ」
背中を向けていた三森が驚いて振り返り、一瞬遅れて伝わってきた熱気に顔を顰めた。
「ヤーセルさんか?」
「集団魔法じゃなければ、あの人しかいないだろう」
「まったく、化け物か……」
呆れたように言う三森だが、その顔には笑みが浮かんでいる。
「ドラゴン並みとか言われたぜ」
「うははは、違いねぇ。随分とお人好しのドラゴンだけどな」
「まったくだ」
この訓練場で出会ったヤーセルさんは、三森の言うようにお人好しな人柄で、周囲の誰からも好かれている。
ただ、今でこそ人と交われるようになったが、少し前までは体内に魔力を貯め込んで放出できない体質故に、爆発物や危険物のように扱われていたそうだ。
そんな状況から脱却する切っ掛けを作ったのが、俺達のクラスメイトの霧風だったらしい。
ユーレフェルトに召喚された後、すれ違って対立する格好になってしまっていたが、俺達がヘイトを募らせている間も霧風は俺達を救おうと奔走していたらしい。
霧風自身も、俺達が考えているほど優遇されていた訳ではなく、何度も殺されかけ、死地へと放り込まれ、最終的には使い捨てにされたらしい。
今は顔を会わせる機会も無いが、いつか再会した時には謝罪して礼を言おうと思っている。
三森の様子が変わり始めたのも、ヤーセルさんから霧風のことを聞かされてからだ。
戦争、そして戦争奴隷という日本に居た頃には考えられない状況に放り込まれ、三森の精神状態は歪んでいたように感じる。
たぶん、気付いていないだけで三森だけでなく俺も歪んでいたと思う。
さっき、ヤーセルさんがドラゴン並みと言われていると話した時、三森は快活な笑い声をあげた。
あんな風に、屈託もなく笑えるようになったのも、最近になってからのような気がする。
それまでは、笑うといっても暗く斜に構えた感じで、見る人を不快にさせる笑いだった。
ようやく人間らしい気持ちに戻ってきた俺達が熱中しているのが、人殺しに使われるかもしれない銃というのは皮肉だが、いまは自分にできることに熱中していたい。
この先、どのくらい生きるのかは分からないが、死ぬ瞬間に先に逝った連中に胸を張れるような死に方をしたいと思っている。
「新川、始めるぞ!」
「オッケー、やろう!」
パーン……また乾いた銃声が訓練場に響く、さて今度の魔道具は何発持ってくれるかな。
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