第97話 紙一枚の重さ

「キリカゼ卿、良い知らせと悪い知らせがあるのですが、どちらからお知らせしましょうか?」


 こうした言い方は、日本だけでなく異世界でも共通なのだろうか。

 悪い知らせも、良い知らせも、ある程度は予想がつくが、やはりショックを受けた後で何かしらの救いが欲しいと思ってしまった。


「悪い知らせからお願いします」

「分かりました。悪い知らせは、戦争奴隷となった方のその後についてです」


 やはり、予想していた通りの話題に覚悟を決める。


「先の戦で戦争奴隷となったキリカゼ卿の御学友は、男性が七名、女性が四名でした。そのうちの男性五名、女性三名が死亡しました」

「えっ……?」

「こちらが、死亡された方の名簿です」


 宰相ユドが俺の前に滑らせるように置いた紙には、八人のクラスメイトの名前が書かれていた。

 誰かが命を落としたのだと覚悟はしていたが、まさか半数を超える人数が死亡したなんて予想もしていなかった。


 亡くなった女子三人とは、それほど親しく話したことは無いが、顔を合わせれば挨拶は交わしていた。

 男子五人とは、俺が戦闘職から解放された時から疎遠になってしまったが、日本にいた頃は体育の球技でチームを組んだり、休み時間にしゃべったりしていた。


「ど、どうして死んだんですか?」

「戦争奴隷として扱われたから……としか申し上げられません」

「ちゃんと食事は与えられていたんですか? ちゃんと休みは貰えていたんですか?」

「キリカゼ卿、戦争奴隷とは罪人です。一般の労働者と同じ境遇が与えられるとは思わないで下さい」

「でも、あいつらはユーレフェルトに命じられて……」

「それでも! それでも、何の罪もないフルメリンタの民を殺したことに違いはないのです!」

「だからって……」

「キリカゼ卿は、ワイバーン殺しの英雄として我が国に来てもらいました。ワイバーンの渡りによってフルメリンタでも大きな被害が出ていましたから、その仇を討ってくれたキリカゼ卿は民衆から好意的に受け入れられていますが、戦争奴隷となった者達への憎しみは簡単に消せるほど小さくはありません。実際、戦争奴隷として生かすことですら、貴族の一部からは反発の声が上がっていたのです」


 ユドの話によれば、即時の処刑を求める者は、奴隷落ちで納得する者よりも多かったらしい。

 そのような状況下では、一般の労働者と同じ待遇を与えるのは難しかったようだ。


 仮に十分な食事や十分な休息が与えられていたら、その話はどこからか洩れ広がり、反乱の芽になっていたかもしれない。


「それでは、十分な食事も休息も与えられずに、過酷な労働を強いられたのですね?」

「私からは、法の定めに則り戦争奴隷に相応しい扱いがなされたとしか申し上げられません」


 理不尽だと思う。

 腸が煮えくり返るほど理不尽だと思うが、国王レンテリオと初めて面談した時にも、恩赦を与えるには相応の成果が必要だと説明され納得したのだ。


 だが、一度は納得したけれど、クラスメイトの死という結果を突き付けられると、反発心が頭をもたげてきてしまう。


「キリカゼ卿、良い知らせはお聞きにならなくてもよろしいのですか?」

「あっ……いいえ、教えて下さい」

「良い知らせは、生存している男性二名、女性一名を戦争奴隷の身分から解放しました」

「本当ですか? 今どこに……」

「ただし、三名の方々は我々の監視下に置かれています。奴隷の身分からは解放いたしましたが、フルメリンタに対して再び弓を引くのであれば、厳正なる処分を下さねばなりません」

「殺すんですか?」

「とんでもない、まずは捕縛です。捕縛した後、法に則って裁きを受けてもらいます」

「では、法律に背かなければ、一般人として暮らせるのですね?」

「勿論です。すでに男性二名からは、キリカゼ卿と同様に故郷の知識を役立ててもらっています」

「そうだ、生き残っている三人の名前を教えて下さい」

「男性は、タクマ・ミモリ、キョーイチ・シンカワの二名、女性はタエ・トミーです」


 ユーレフェルトに召喚された時、俺達は男子十九人、女子十八人の三十七人だった。

 それが今や男子三人、女子四人の七人しかいない。


 いや、フルメリンタに降伏せずに、どこかに潜伏している者がいるのだろうか。

 そのあたりのことは、新川か三森に会って確かめるしかないだろう。


「でも、その三人はどうして解放されたのですか?」

「男性二名は、知識の提供に応じてくれたからです」

「その程度ならば、もっと早く打診してもらえば……」

「当初、国王陛下はキリカゼ卿がいれば問題無いとおっしゃっていましたが、キリカゼ卿がお持ちでない知識を保持していたので、その情報と成果が恩赦に相応しいと認められての解放となりました」

「では、富井さんも知識を提供したんですか?」

「いいえ、タエ・トミーの場合は、キリカゼ卿が痣を消す施術を行った者や家族、友人である貴族から、恩赦を求める声が大きくなったからです」


 ユドの話によれば、陳情を行ってくれた貴族は一人や二人ではないそうだ。

 自分の知らないところで、そんなことが行われていたとは思ってもみなかった。


「あの、富井さんは今どこに?」

「先程も申しあげましたが、我々の監視下に置いています。フルメリンタに害をなすようでは困りますし、キリカゼ卿に敵意を抱いていたら、なおさら近づけさせる訳にはいきません」

「いや、さすがに私を傷つけようとかは……」

「絶対に無いと言い切れますか? キリカゼ卿は一度仲間から追放されたのではないのですか?」

「それは……」


 ユドに言われて、ユーレフェルトで宿舎を追い出された時のことを思い出した。

 クラスメイト達から罵声を浴びせられ、川本からは火属性魔法の火球を投げ付けられた。


 当時の俺は、たった一ミリしか動かせない転移魔法の使い道を見いだせず、みじめに逃げることしか出来なかった。

 物置小屋で膝を抱えて眠った晩のことは、一生忘れないだろう。


 海野さんがフォローを入れてくれていたみたいだが、川本達には街で殺されかけたし、結局ユーレフェルトを出るまでには一度も会えずじまいだった。

 会っていない間、俺も何度か死に掛けたけど、富井さんは死ぬよりも辛い目に遭っていたみたいだし、俺を恨んでいないとは限らない。


「キリカゼ卿、あなたの周囲には、施術に絡んで多くの貴族が存在しています。その中には、戦争奴隷からの解放を陳情した者も含まれています。そうした人達が傷付けられることを貴方は望みますか?」

「とんでもない! もう傷つけ合うのはたくさんです」

「我々も、そんなことは望んでいません。なので、もう暫くの間こちらに任せてもらえませんか?」

「分かりました。富井さんにも危険が及ばないように見守ってあげてください」

「出来るだけの事はいたしましょう。彼女には身分証を発行しましたから、もう我が国の国民の一人です。他の民と同様に、我が国の法によって守られる存在ですよ」


 ユドは、俺を安心させようとしているのだろうが、フルメリンタの法によって……なんて言われると、余計に不安を感じてしまう。

 法律といっても、日本の法律とは人権に関する意識が著しく違っているのだ。


 法によって守られるということは、法によって裁かれる立場であるのと同じ意味だ。

 俺達の常識とは懸け離れた法律によって守られ、裁かれるのは不安でしかない。


 果たして、富井さんは本当に大丈夫なのだろうか。

 大丈夫でなかったとしたら、俺に何が出来るのだろうか。


「心配ですか? キリカゼ卿」

「はい、自棄を起こして軽率な行動をしないか心配です」

「ですが、キリカゼ卿は彼女の保護者ではありませんよね? たとえタエが犯罪を犯したとしても、キリカゼ卿が責任を感じることも、罪に問われることもありませんよ」

「そうですが……」

「それとも、タエという女に特別な感情をお持ちなのですか?」

「いえ、そうではありません。そうではありませんが、突然こちらの世界に連れてこられた仲間としては、やはり心配です。出来れば、安全で、何の不安も無く、快適で、幸せな生活をしてほしいと思っています」

「そうですか、やはりキリカゼ卿はお優しいですね」

「いいえ、こんなのは私の自己満足にすぎません。良い人と思われたい偽善ですよ」

「そうなのですか? でも、偽の善行も本物の善行も、受け取る側にしてみれば善行ですよ。嘘はつき続けると破綻しますが、偽善は続けていけば本物になると私は思っています。偽善でも良いじゃないですか」


 目から鱗が落ちる思いがした。

 偽善も続ければ本物になるなんて、考えたこともなかった。


 宰相として国を仕切る上では、清濁併せ吞むことも時には必要になるだろうし、偽善だと言われてもやらなきゃいけないこともあるのだろう。

 改めて器の大きさの違いを見せつけられた気がする。


「そういえば、新川と三森がフルメリンタに提供した知識って、もしや……火薬なんですか?」

「はい、火薬です。キョーイチ・シンカワからの情報で、硝石の製造に成功しています」

「硝石……そんなもの、どうやって」

「最初は牛舎の壁や床土から取り出していたようです」

「牛舎? 土……?」


 火薬の作り方なんて、全く知らないから想像もつかない。

 だが、それによって新川と三森の命が助かったのならば、良かったと喜ぶべきなのだろうか。


「その火薬は、何に使う予定ですか」

「我が国としては、領土の防衛、それにワイバーンなどの凶悪な魔物の討伐に使う予定です」

「相変わらずユーレフェルトは安定していないのですか?」

「これまでに入っている情報では、冬に入って食料事情が悪化している地域が増えているようで、略奪行為が横行しているようです」

「ユーレフェルト王家は何もしていないんですか?」

「勿論、何らかの手は打っているのでしょうが、有効に働いていないのでしょう」

「フルメリンタは……何もできませんよね?」

「そうですね、他国のことに口を出せば侵略と受け取られかねませんからね。ただ……あまりにも無法状態が続いて、フルメリンタに害が及ぶとなれば、一時的に反乱を収めるために出兵するかもしれませんが、あくまでも最後の手段です」


 ユーレフェルトの内乱は、フルメリンタにとっても交易が出来ないなどの影響を被る事態でありユドも頭を痛めているようだ。

 新川や三森の知識が、ユドの頭痛のタネを取り除く役に立つのであれば、彼らの将来も明るくなるのではなかろうか。


「では、そろそろ失礼します」

「あぁ、キリカゼ卿、その名簿はお持ちいただいて結構ですよ」

「あの、遺品とかは……」

「ございません。遺体も埋葬を済ませています」

「そうですか、分かりました……」


 突然、理不尽に召喚され、日本に帰る術も無く、使い潰され、残ったのは名前だけ……。

 戦争奴隷として命を落としたクラスメイトの名簿は、あまりにも軽く、それでいてずしりと重たく感じられた。

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