第94話 女三人揃ったら

※ 今回は海野和美、菊井亜夢、蓮沼涼子の三人の話を海野さん目線でお送りします。


「もう冬が来てるんだって」

「そうなんだ……」


 亜夢の言葉に涼子は気の無い返事をしたが、その気持ちは良くわかる。

 ここユーレフェルト王国の王城は、上空をドームの結界が覆って内部を温度調節しているそうで、一年を通して気温は殆ど変わらない。


 暑くもなく、寒くもなく、過ごしやすい気温なのは良いけれど、季節感が感じられない。


「私としたことが、冬が来たのに気付かないなんて……」

「何か問題でもあるの?」

「夏物とか秋物のバーゲンを逃しちゃったんじゃない?」

「はぁ……そもそも夏物も秋物も持ってないでしょ」

「そうだった」


 ちょっと天然の亜夢と、突っ込み役の涼子はいいコンビだ。

 気分が落ち込みそうな時には亜夢が盛り上げてくれて、脱線しそうな時には涼子が手綱を引いてくれている。


 私は、浮き沈みの激しいタイプなので、二人に助けられている感じだ。

 今日はエステの施術が休みの日なので、いつもよりもゆっくり起きて、ゆっくりと朝食を食べている。


 霧風君がフルメリンタに招聘されてから、私たちはそのまま宿舎を引き継ぐ形で住み続けている。

 警備の兵士の数は、以前よりもぐっと少なくなっている代わりに、身の回りの世話をしてくれるメイドさんが派遣されてきた。


 炊事、洗濯、掃除などの身の回りの仕事は全てやってもらえるので、私たちはエステの施術に専念することができる。


「寒くない方がいいけど、何か物足りないよねぇ……」

「うん、それは間違いないね」


 物足りないと言うならば、この場に霧風君がいない事こそが物足りない。

 もう、とっくにフルメリンタに到着しているはずなのに、ただの一度も手紙が届かないのが物足りない。


 私達が暮していた東京のような郵便組織は確立されていないし、霧風君が出した手紙は間違いなく検閲されている。

 霧風君は手紙を出してくれたのに、途中で握りつぶされてしまっている可能性も否定できない。


 霧風君には、もし子供ができても一人で育ててみせる……なんて豪語したけど、今はちょっぴり後悔している。

 ほんの数行の走り書きでも構わない、せめて無事を知らせて欲しい、こちらの無事を気遣ってもらいたい。


「そういえば、昨日施術した……あれっ、何て言ったけ、ダン……じゃなくて、ダニなんとか子爵」

「もしかして、ベルシェルテ子爵?」

「そう、それ!」

「どこがそれなのよ、一文字もあってないじゃん」

「いいの! そのベロなんとか子爵の領地でも反乱が起こったって言ってたよ」


 亜夢が言っているベルシェルテ子爵は、確かフルメリンタから侵略を受けたエーベルヴァイン領の近くの領地で、第二王子派から第一王子派に寝返ったという話を聞いている。

 反乱が起こっている領地の多くは第二王子派だと聞いているが、寝返った後でも反乱が起こるのだろうか。


「マジで? なんかヤダなぁ……」

「フランス革命みたいになるのかな?」

「やめてよ、亜夢。そんな事になったら、私たちも危なくなるじゃない」

「なんで? 私達は異世界から召喚された被害者じゃん」

「それでも、王族、貴族のために働いて、平均よりも良い暮らししてたら狙われるんじゃないの?」

「嘘っ、マジで? ヤバいじゃん。私たちも霧風君と一緒に隣りの国に行けば良かったのかな?」

「でも、フルメリンタもどうなっているのか分からないんでしょ?」


 涼子の問いかけに頷き返す。


「霧風君からの手紙も届かないし、聞いた話だと元エーベルヴァイン領の内戦が激しくなって、また国境の往来が止められているみたい」


 私も施術中に、それとなくフルメリンタについて話を聞いているけど、国境が閉ざされているので貴族の間でも殆ど情報が無い状態らしい。

 そして、フルメリンタとの戦争に駆り出されたクラスメイトについても、全く情報が無いまま時間だけが経過している。


「ねぇ和美、最悪の場合のことも考えておいた方が良いんじゃない?」

「最悪って、この城が反乱軍によって陥落するって事?」

「そう、普通に施術をしてたら殺されかねないよね?」

「最悪の場合はね。でも、その前に王族とか貴族は逃げ出すんじゃない?」

「そこに便乗して逃げられたらいいけど、逃げ遅れた時のことも考えておいかないと、マジで処刑されたりするんじゃない?」

「その時は、私達は囚われの身で、給料も貰えずに働かされてたいの……救い出してくれて、ありがとう……みたいな感じでいくしかないんじゃない?」

「なるほど……自分達も被害者なんだってアピる訳ね?」

「そう、とりあえず、いつもの格好ならば貴族には見えないから、大丈夫だとは思うけどね」


 施術の時には、ヒラヒラとした衣装では施術の妨げになるからといって、シンプルな形のワンピースをユニフォームにしている。

 日本の看護師さんの服装を参考にしたから、貴族と間違われる心配は無いはずだ。


 一応、涼子が納得したところで、今度は亜夢が手を挙げた。


「はい、はーい、貴族に間違われる心配は無いとして、もし反乱が成功して王家が無くなってしまったらどうするの?」

「問題は、そっちよねぇ……」


 もしも、王城が反乱によって占拠された場合、私たちをサポートしてくれる人は居なくなってしまうだろう。

 貴族の屋敷以外に身を寄せる場所も無いし、今やってるエステは貴族相手だ。


 反乱とか革命が成立してしまったら、仕事も無くなってしまいそうだ。


「和美は治癒魔法使えるから、たぶん大丈夫だと思うけど、私や亜夢は水を出す助手だと言い張るしかないか?」

「うん、それでいこう。頼むね、和美」

「もちろん、いざという時には三人一緒だからね」


 召喚された時には、男女合わせて三十七人もいたのに、今も一緒にいるのは私達三人だけだ。


「あーあ、いざという時に守ってくれる王子様とかいないかなぁ……」

「その王子様が当てにならないからねぇ……」

「ホント、涼子の言う通りなのよねぇ……」

「はぁぁ……」


 三人揃って大きな溜息をついてしまった。

 実際に見た訳ではないが、反乱に対して王位を争っている二人の王子の対応は両極端らしい。


 第一王子のアルベリクは、とにかく人が傷ついたり命を落としたりしないように、話し合いを優先しているが、反乱分子との交渉は上手くいかずに、余計に負傷者を出しているらしい。

 対する第二王子のベルノルトは、とにかく力で抑え込む、何人死のうと構わないゴリ押しの作戦で、余計に民衆から反発を買い、反乱の火種を増やしているようだ。


「さっさと次の王様を決めちゃえばいいのに」

「あたしも涼子の意見に賛成! 和美は?」

「言うまでもないでしょ」


 国に対して不満をぶつけて来る相手に、対応の仕方がバラバラでは解決するはずがない。

 早く次の王様を指名して、国を一つにまとめて対応すべきだ。


「ねぇねぇ、そう言えばさ、フルメリンタに船で行く方法があるって聞いたんだけど」

「何それ、和美知ってる?」

「あー……前に聞いたことがあるかも。南に行った港街から船に乗って、海伝いに東に進めばフルメリンタの海岸線に出られるんだっけ?」

「そうそう、それそれ。船だったら安全にフルメリンタまで行けるんじゃない?」


 亜夢のアイデアは、以前どこかで聞いて、すっかり忘れていた方法だ。


「問題は、どうやって港街まで行って、どうやって船に乗るかね」

「ねぇ、和美。脱出方法の情報を集めた方が良くない?」

「そうね。でも脱出しようなんて考えてるって気付かれたら、余計に監視が余計に厳しくなるかもしれない」

「はい、はーい! 旅行に行きたいから教えてって聞くのは?」

「亜夢、こっちの人は海外旅行とかしないわよ」

「待って涼子、旅行はしないけど、旅行記はあるわ、霧風君が読んでたもの」


 こちらの世界の貴族の女性は、日本の女性のように気軽に海外旅行には行けない。

 その代わりとではないが、旅行記が出版されていると霧風君から聞いた。


「じゃあさ、私たちの国では海外旅行とかも行ってたけど、ユーレフェルトではどうなんですか……みたいなところから、旅行に行くならどういう方法があるかを聞いてみたら?」

「そうね、フルメリンタに限定すると疑われるから、西の国についても聞いた方がいいかもしれないわね」

「なんだっけ……ニュルニュルじゃなくて……」

「ミュルデルス。それと、マスタフォね」

「そう、それ! マスラオ」

「違うから……」


 逃げ出すためには情報が絶対に必要だけど、他にも必要な物は沢山ある。


「ねぇ、街に遊びに行けないか聞いてみよう」

「えっ、遊びに行けるの?」


 遊びに行くと聞いて、亜夢が凄い勢いで食いついてきた。


「待って、待って。聞いてみないと分からないし、ただ遊びに行くんじゃないわよ」

「えー……たまには普通に遊びに行こうよ」

「あー……亜夢は普通に遊んでていいわ。その代わり……」

「私ね。何すればいいの?」

「こっちの金銭感覚を身に付けておきたい。でないと、城から出て何も出来なくなるし、騙されそう」

「そうよね。でも和美、遊びに行くお金は?」

「そこが一番重要なところ。いざという時のために手元にお金を置いておきたいから、遊びにいく名目でお金を引き出して、余った分を手元に置くようにしたらどうかと思うんだ」

「そのためには、亜夢の無駄遣いを止めないとだね」

「えーっ、私は無駄遣いなんかしないわよ」

「いやいや、謎の置物とか買ってきそうだから」

「ひっどーい! 涼子の方が、読むだけで満足して実践しないダイエット本を何冊も、何冊も、何冊も……」

「うるさい! あれは、私にあったダイエット法を見つけるためで……って、こっちには、そんな本は売ってないわよ」

「じゃあ、私達で書いて売ったら儲かるんじゃない?」

「なるほど……って、今はそんな話してる場合じゃないわよ」

「ふふふふ……もう、二人とも笑わせないでよ。でもさ、今すぐどうこうじゃないから、楽しみながら情報を集めよう」

「さんせー! 涼子は硬すぎるんだよ」

「亜夢が緩すぎるの」

「つまり、私がいい女ってことね」

「なんでやねん!」

「あはははは!」


 私達、三人いれば大丈夫、三人いれば笑っていられる。

 ここまで生き残ってきたんだもの、この先だってしぶとく生き延びてみせる。

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