第92話 洗脳

※ 今回は戦争奴隷から解放された三森拓真みもりたくま目線の話です。


 また宿舎を引っ越すことになった。

 最初は、戦争奴隷から解放された時。


 二度目は、硝石の製造を本格化させた時。

 そして今度は火薬の調合を始めるので引っ越すことになった。


 引っ越すといっても、着替えが数枚あるだけだから荷造りなんてすぐに終わる。

 教室の席替えよりも簡単だ。


 戦争奴隷だった頃の宿舎を離れる時には、死んだ仲間を残していくから感傷的にもなったが、その後の引っ越しでは何の感傷もない。

 今度は、王家の直轄領にある軍の訓練施設という話だ。


 いよいよ、調合した火薬を実戦で使うための実験を行う。

 爆破の実験が成功したら、手榴弾と大砲、火縄銃の製作を目指す。


 もっと進んだ銃を作れば良いと思うのだが、新川の知識は戦国時代の漫画が切っ掛けとなっているので火縄銃どまりだそうだ。

 そもそも、火縄銃だって知識として構造を知っているだけで、実際に作った経験がある訳ではない。


 すぐに実用レベルの物ができるとも思えないし、銃弾を使ったリボルバーなどが出来上がる頃には、俺達は老人になっているか死んでいるだろう。

 俺達の目標は、すぐにでも実用可能な武器を作り上げて、ユーレフェルトに損害を与えることだ。


 俺達を勝手に召喚しやがった第一王女と第二王子には、出来れば自分の手で鉛玉を食らわせてやりたい。

 それが無理だとしても、フルメリンタに侵略されて、王族の座から転落する末路を味わわせてやりたい。


 そのために、自分達の持つ知識と力を全て使うと新川と誓い合い、既に行動も始めている。

 その一つとして、この訓練施設に来てから、俺達は独自のトレーニングを始めた。


 目的は、火薬による戦果を自分達の目で確かめるためだ。

 戦争奴隷の頃は極限まで体を使わされていたが、ろくな物を食えなかったせいで体力が衰えた。

 

 今のままでは兵士たちの進軍についていくのは無理だろう。

 戦争奴隷から解放されたので食生活はまともになったから、後はまともに動けるようになるために鍛え直すだけだ。


 新川は柔道部に所属していたから筋トレはお手の物のようだが、俺は帰宅部だったから結構辛い。

 辛いけれども、戦争奴隷の頃を思えば耐えられる。


 仲間が次々と倒れていく中で強制的に働かされる日々は、肉体的にも精神的にも地獄のようだった。

 それに比べれば、自分の意思で自分の体を痛めつけているのだから耐えられないはずがない。


 ただし、戦争奴隷から解放されたとはいえ、俺達の行動はフルメリンタの兵士に監視されている。

 体を鍛え直す行動には、当然のごとく疑いの視線が向けられたのだが、体育会系のノリなのか、新川はこのトレーニングを通じて兵士達と打ち解け始めた。


 根性だけではない、近代的な理論に基づくトレーニングは兵士達の目には新鮮に映ったようだ。

 そんな兵士の中に『火竜』と呼ばれている男がいた。


 年齢の割には階級は低いのだが、砲撃部隊の切り札と言われている。

 なんでも、体内に膨大な魔力を貯められるそうで、一人で集団魔法を上回る威力の魔法を発動させられるらしい。


 ただし、魔法を扱えるようになったのは最近のことらしく、基礎体力面では一般の兵士にも劣っているようだ。

 なので、少しでも同僚に追いつき、追い越すために新しい訓練に興味を持ったそうだ。


 時折、新川のところに教えを請いに来ては、黙々とトレーニングを重ねている姿を見かける。

 そして、砲撃の訓練をしている所も見掛けたのだが、恐ろしいほどの威力だった。


 範囲攻撃を狙った火球は直径十メートルを超えていて、岩山にぶつかると周辺を火の海にした。

 弾速重視の攻撃では、命中した岩壁にクレーターが出来ていた。


「ヤバいな三森、化け物だぜ」

「あぁ、火属性の魔法だと川本が凄いと思ってたけど、別次元だな」

「てか、あれだけの威力を出すには、黒色火薬だと凄い量が必要になるんじゃねぇの?」

「そうだろうな……でも、あれだけの威力を出せるのは、あの人だけみたいだぜ。その点、火薬だったら量産すれば誰にだって威力は出せる」

「だな、あれを超える威力を簡単に使えるようにしよう」

「てかさ、コラボすれば更に威力が増すんじゃね?」

「そうか、火薬と火属性の魔法なら相性は抜群だな。火薬の製造が軌道に乗ったら話してみるか」


 フルメリンタで一番威力のある魔法を使う人物を見れたおかげで、俺達の目標とするレベルも設定できた。

 あのレベルの威力を安定して出せる火薬を使った武器を大量に生産できれば、ユーレフェルトを陥落させる日も近付くはずだ。


 トレーニング、調合、実験の日々を過ごしていたある日の夜、あの『火竜』と呼ばれている兵士が食堂で話しかけてきた。


「こんばんは、お二人はキリカゼ卿の御友人なんですね?」

「霧風? あんな奴、友人じゃねぇ!」


 いつもは自分達の境遇を考えて、控えめに行動しようと言ってる新川が声を荒げると、『火竜』と呼ばれている兵士は驚いた顔をしてみせた。


「ちょっと待て、新川」

「なんでだよ、あんな奴……」

「いいから、ちょっと待ってくれ」


 両手を広げて新川を抑えてから、兵士に向き直った。


「どうして貴方が霧風の名前を知ってるんですか?」

「それは、私がキリカゼ卿の引き渡しに同行したからですが……ご存じなかったのですか?」


 驚いたことに、霧風の奴はフルメリンタにいるらしい。


「なんで、あの野郎がフルメリンタにいるんだよ!」

「それは、フルメリンタが有益な人物であると認めて、占領した領土の代わりに引き渡しを求めたからです」


 ヤーセルと名乗った兵士の話は、更に俺達を驚愕させた。


「ワイバーン殺しの英雄?」

「あの野郎は一人だけ戦闘職から逃げ出した卑怯者だぞ」


 新川が霧風を口汚く罵る様子をヤーセルは首を傾げながら眺めていた。

 俺達の置かれている状況も忘れて声を荒げていた新川が、今の状況に気付いて言葉を切るのを待ってヤーセルが問い掛けて来た。


「お二人は、最後にキリカゼ卿に会ったのは何時ですか?」

「えっ……それは、霧風が宿舎を出ていった時……だな?」

「あぁ、それ以後は会ってない」

「では、それから後のキリカゼ卿の話は、どなたから聞いたのですか?」

「それは……クラスの友人」

「川本たちだよな?」

「その人達は、キリカゼ卿と何処で会って、どんな話をしたんですか?」

「それは、あいつがふざけた事をしたから文句を言おうとして」

「そうだ、あの野郎、逆恨みしてクラスメイトを殺させたんだ!」


 また新川のボルテージが上がるのをヤーセルは冷ややかな視線で見守っていた。

 今度は新川も気付いたらしく、激昂するのはやめてヤーセルの表情を伺っている。


「私もキリカゼ卿から話を伺っただけなので、どちらが正しいとか判断は出来ませんが、だいぶ話に食い違いがあるようですね」

「どういう事ですか?」


 冷静さを取り戻した新川が尋ねると、ヤーセルは霧風から聞いたという話をし始めた。

 それによると、霧風は宿舎を追い出されて、行く当てが無くなって雑務係の宿舎に転がり込み、そこから仕事をしていくうちに第一王子派に取り込まれていったらしい。


「だけど、川本達が文句を言いに行って、五人のうち三人が殺されて、残る二人もリンチを受けたんですよ」

「それは、ユーレフェルトの城の中での出来事ですか? 城の中で簡単に人が殺されたりするんですか?」

「それは……あれ、そういえば川本たち街に行ったとか……」

「なんで、あいつらだけ街に行けたんだ?」

「キリカゼ卿は、許可を貰って気分転換に街に行ったら、剣をもった友人に襲われたと話してました。その友人は、ユーレフェルトの人間に嘘の話を吹き込まれていたみたいだとも言ってましたね」


 何か言い知れぬ気持ち悪さを感じ視線を向けると、新川も同じようなことを考えているように感じた。


「お二人は、ユーレフェルトの第二王子派に騙されていたんじゃないんですか?」


 ヤーセルの一言聞いた瞬間、ぶわっと汗が噴き出すのが分かった。

 そもそも、俺達が戦争奴隷に落ちたのも、ユーレフェルトの連中の話を鵜呑みにしたからだ。


 あの時、川本や沢渡が激昂していたのだって、誰かから霧風が裏切ったと聞かされたからだ。

 では、誰が霧風が裏切ったと気付けたのか。


「新川、なんかおかしくねぇか?」

「俺、すげぇ気持ち悪いんだけど……もしかして洗脳されてたのか?」

「私が聞いたキリカゼ卿がフルメリンタに来るまでの話をしましょう……」


 ヤーセルから聞かされた宿舎を追い出された後の霧風の話は、俺達が聞かされていたものとは全く違っていた。

 特に、第二王子派から何度も暗殺されかけたり、あのドロテウスを返り討ちにしていたなんて思ってもいなかった。


「そういえば、あいつ急に姿を見せなくなったよな」

「マジで霧風が殺したのか?」


 俺達が成す術も無かったワイバーンに挑み、何度も殺されそうになりながら討伐したものの、名ばかりの爵位を与えられただけで、領土の代わりにフルメリンタに引き渡されたなんて、妬むどころか同情するほど悲惨だ。


「私は、キリカゼ卿から聞いただけですが、彼が嘘をついているようには思えませんでした」


 ヤーセルは、魔法が使えなかった頃の境遇や、魔法を使えるようになる切っ掛けを霧風からもらったこと、王都の屋敷を訪ねて再会を喜び合ったことなども聞かせてくれた。


「お二人の知るキリカゼ卿は、本当にそんな嫌な人物でしたか? 私にはお二人が話すキリカゼ卿と私の知るキリカゼ卿が同じ人物とは思えません」


 思い返してみると、日本にいた頃の霧風は、少々お調子者のお人好しという印象で、ヤーセルの語る霧風と合致する。


「あれか、召喚された時に転移魔法だからって別メニューで優遇されたのに、結局使えないって分かって、それでふざけるな……って話になったんだ」

「そうそう、霧風も調子こいて自分がみんなを守る……みたいなことをほざいてたから余計に反感買ってたんだ」


 新川の言葉で宿舎を追い出された頃の状況を思い出すと、憎いというよりも、ダサいとか、痛い奴だった気がする。


「キリカゼ卿は、戦争奴隷となった友人を何とか助けたいと思っているけど、なかなか成果が出せないとも言ってました」

「えっ……じゃあ火薬の話は霧風が切っ掛けなのか?」

「でしょうね。私は色々な書物や記録が見られる立場でしたが、火薬の話は聞いたことがありません」


 新川は視線を落として考え込んだ後で、俺の方へと向き直った。


「三森、思っていたよりもヤバい気がする」

「あぁ、完全に思考を誘導されてたな」

「でも、気付いたからって何も変わらないよな」

「いや、少なくとも霧風を恨むのは止めるべきじゃね?」

「それもそうか……てか、再会することは無いんじゃねぇの?」

「かもしれないけど、俺は感謝しとくぞ。奴隷から解放される切っ掛けをくれたんだから」

「そうだな……」


 俺達を戦争奴隷に追い込んだ連中の話を鵜呑みにして、同じ日本から来たクラスメイトを不当に憎んでいたとは、洗脳の恐ろしさに鳥肌が立つ。

 しかも、その憎んでいる相手が自分達の身を案じていたなんて、マジで情けなくなる。


「新川、手柄を立てて霧風に会いにいこう。やっぱ一言礼が言いたい」

「そう、だな。よし、ユーレフェルトを攻め落として、騎士団で出世すっか?」

「いいね、その話、乗った!」


 ユーレフェルトの洗脳が解けて、新川の雰囲気が明るくなった気がする。

 なんというか、破滅願望みたいなものが薄れたようにみえるが、新川から見た俺も同じかもしれない。


 新川は、良い機会だと火薬と火属性魔法のコラボをヤーセルに打診した。

 ヤーセルは快く了解してくれて、俺達の計画はまた一歩先に進んだ気がする。

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