第90話 フルメリンタの思惑
※ 今回は宰相ユド・ランジャール目線の話です。
「ユド、火薬の製造はどうなっている?」
ここ暫くは、火薬の話題に触れるのを控えていたレンテリオ陛下だが、やはり気になって仕方ないようだ。
「順調に推移しております。硝石の製造については、既に全てこちらが管理できるように体制を整えました」
「そうか、元奴隷には何をやらせている?」
「現在は、火薬への調合をこちらの者と共に進めさせております」
「それも、いずれこちらの管理に移譲するのだな?」
「はい、元奴隷のキョーイチには、次は火薬の運用方法を担当させるつもりです」
「運用方法の知識を引き出し終えたら……?」
「そうですね、前線で実演してもらおうかと思っております」
「なるほどな、机上の計算と実際の戦いでは差違が生じるものだからな」
「はい、それに戦には戦死が付きものですから……」
「そうだな……」
レンテリオ陛下は、満足げな笑みを浮かべた後で表情を引き締めた。
「ユド、くれぐれも元奴隷どもとユートを接触させるな」
「心得ております」
「我々が言葉を尽くしたところで、殺したいほど憎んだ相手と簡単に友好関係を取り戻せぬからな」
「はい、二人とも同じ運命を辿らせてやろうと……」
「ふふっ、慈悲深いな」
「陛下、ビンダーラ男爵への処分はいかがいたしますか?」
「許可無く奴隷を解放した件に関する戒告の取り消しはしない。火薬製造の功績についての恩賞は与えよ。ただし、かの者は増長させるな」
「かしこまりました」
戦争奴隷を働かせていた鉱山を有する領地を治めるビンダーラ男爵は、出世欲に憑りつかれた男として知られている。
ビンダーラ男爵家は、元は中央寄りの領地を有する子爵家だったが、先代の頃に放漫領地経営によって領民の反発を招き、内乱になりかけで国軍の応援を乞う事態を招いた。
その責任を問われて転封、降格の憂き目をみた、いわゆる没落貴族だ。
手柄を立て、子爵位への返り咲き、その上の伯爵位へ上がることを夢見ているようだ。
そこで、戦争奴隷から火薬の製法を聞き出すように命じたのだが、まさかこちらの許可なく奴隷を解放するとは思ってもみなかった。
ビンダーラ男爵は、現場の者が勝手に行ったことだと主張したが、本当かどうかは怪しいと思っている。
実績を作るためなら手段を選ばない男だからこそ、戦争奴隷を使い潰させるために預けたのだし、こちらの予想以上に過酷な状況に放り込んだようだ。
当人は実績さえ作ってしまえば、多少の逸脱行為は許されると思っているらしいが、度が過ぎれば周囲に悪影響を及ぼす。
なので、戦争奴隷の勝手な解放は越権行為だと戒告を与えた。
だが、正当な手続きを経ずに手に入れた成果は正当に評価されないと、陛下に諭された後も完全には納得していなかったようだから注意が必要だろう。
今も硝石の製造をビンダーラ領内で行わせているが、既に王家の直轄地や別の領地でも製造を始めさせている。
火薬の製造に必要な硫黄は、実験に必要な量しか運び込ませていない。
火薬の量産については、王家の直轄地で行わせ、ビンダーラ領では硝石の製造しか行わせないつもりだ。
分不相応な力を手に入れれば、余計な騒ぎを起こしかねないと睨んでいる。
ユーレフェルトが内乱で国力を落としている今、フルメリンタまで付き合う必要などない。
「陛下、もう一人の元奴隷の献策はいかがいたしますか?」
「ユーレフェルトの農地を不作として、国力を削ぐというものか?」
「確かに酢を薄めたものを撒くと草は枯れましたが、石灰を過分に撒いた時の効果はハッキリとは分かりません」
「聞きかじりの浅知恵だ。土を壊す程の酢や石灰をどこから持って来る。壊した土を元に戻すのに、どれほどの手間と時間が掛かる。肥沃な土地は、肥沃なまま手に入れてこそ意味があるのだ。国力を削ぐのであれば、穀物蔵を焼けば良いだけだ」
「では、却下いたします」
「うむ……」
ユーレフェルトの国力を削ぐ工作は、既に始めている。
内乱勢力への武器の供与、襲撃目標の誘導などを進めて、ジワジワと反乱の火が燃え広がっているところだ。
善政を行っているとされる土地でも、不満分子は存在するものだ。
そうした者達を焚き付け、扇動するだけで勝手にユーレフェルトは疲弊するのだ。
「ユド、カルマダーレからの反応は?」
「はい、正式に依頼が届いております」
「そうか、ならばユートと打ち合わせて受け入れの準備を進めよ」
東の隣国カルマダーレとフルメリンタは友好関係にある。
両国の間では、定期的に書簡のやり取りが行われていて、カルマダーレからは更に東方の国々の動きを、フルメリンタからユーレフェルトを始めとする西方の国々の動きが伝えられている。
勿論、両国ともに独自のルートで情報を仕入れているが、そうした情報と書簡の情報を擦り合わせることで、互いの信頼度を確かめているのだ。
その書簡で、キリカゼ卿による施術の内容と、カルマダーレからも施術の希望者を受け入れると伝えたのだ。
キリカゼ卿からは、他国からも希望者を募れば外貨の獲得に繋がるかもしれないと伝えられていたのだが、それよりも大きな意味がある。
施術には高額の費用が掛かるので、受けられる人間は限られている。
実際、現在キリカゼ卿に施術を依頼しているのは殆どが貴族だ。
この状況は、カルマダーレでも同じだろう。
キリカゼ卿の施術を解放すれば、カルマダーレの貴族が施術を希望してフルメリンタを訪れることになる。
これは、いってみれば人質のようなものだ。
先日のユーレフェルトとの戦の際に、カルマダーレが友好関係を破棄して攻め込んで来ないか神経を使わされた。
幸い、カルマダーレに侵略の意志は無く、国境を超える往来も平時と変わらず続いていた。
だが、友好国だから次も攻めてこないだろう……などと高を括っていては、背中を突かれて大きな痛手を受けることにもなりかねない。
先日の戦いは突発的に行われ、しかもフルメリンタは攻め込まれた側だった。
だが、次にユーレフェルトと干戈を交える時は、フルメリンタが侵略する形となる。
無論、能動的な侵略ではなく、ユーレフェルト国内の内乱が飛び火しかねないから応戦する……という形を取るが、実質的には侵略だ。
この場合、カルマダーレがユーレフェルトから支援の要請を受けた場合には、フルメリンタに攻め入って来る、もしくは牽制のための戦いを仕掛けてくるかもしれない。
だが、キリカゼ卿の施術を受けるために、カルマダーレの貴族がフルメリンタを訪れていれば話は違ってくるだろう。
当然、貴族の身の安全を優先して、安易に戦いを仕掛けられなくなる。
あくまでも友好的に施術の希望者を受け入れながら、いざという時の人質を確保でき、しかも外貨も獲得できる。
「貴族の子息が訪れるとなれば、当然何人もの護衛や使用人が同行してくる。滞在するための施設の手配も忘れるな」
「はい、贅を尽くした施設に、有料でお泊りいただきましょう」
「あまり高額では、支払いに難儀する者が出るやもしれぬ、相応の施設の準備を怠るな。なにしろ、大切なお客様だからな」
「かしこまりました」
この十年ほど、陛下と共に国内状況の安定と繁栄に心を砕いてきた。
その苦労が実って庶民の生活は、以前に比べれば遥かに良くなっている。
国内事情を整えていたのは、いずれユーレフェルトを切り取るための布石だったのだが、思わぬ形で向こうから攻め込んできた。
これはフルメリンタにとっては渡りに船の事態で、今は一応の講和を成立させているが、そもそも奴らから仕掛けて来たのだから、今度はこちらが踏みにじる番だ。
「年内は動かぬ。仕掛けるのは来年、戦場は全てユーレフェルト。コルド川から東を一気に切り取り支配する」
「街道に架かる橋以外は全て落としても構いませんか?」
「構わぬ、奴らの補給を断ち、抵抗を諦めさせよ。こちらの損耗は最小抑えて圧倒せよ」
「かしこまりました」
これからの時期、フルメリンタでは乾燥した晴れの日が続く。
火薬を量産するには都合の良い天候が続くわけだ。
「陛下、もう一つ、元戦争奴隷から提案があったのですが……」
「使いものになる提案か?」
「効果は期待できますが、少々人の道からは外れるかと……」
「なんだ、申してみよ」
「火薬を用いた自爆攻撃です」
「自爆だと……?」
「はい、火薬は大きな威力をもたらしますが、火を点けねばただの粉です。そこで、大量の火薬を身に付けた者が敵陣に乗り込み、自ら火を点けて敵もろともに……」
「なんと……エグいことを考えるものだな」
自爆攻撃の内容を聞いた陛下は、顔を顰めてみせた。
私自身、この話を最初に聞いた時には、陛下と同様に嫌な気分になった。
「彼らの世界では、狂信者が行っていたそうです」
「なるほど、神の教え、神のために……という訳か。だが、特定の宗教と関わり合いを持つつもりは無いぞ」
「狂信者ではなくとも、罪人の中には使える者がいるかもしれません」
「一族や仲間を守るために死ね……とでも言うのか?」
「はい、死罪が決している者であれば問題はないかと。どうせなら国のために役立ってもらった方がよろしいのではありませんか?」
「裏切れば、こちらに大きな損害が及ぶのではないのか?」
「おっしゃる通りですが、火を点けるだけなら誰にでも出来ますから、腕力も特別な能力も必要としません。あとは人選だけ間違わなければ、試してみる価値はあると思います」
元奴隷の提案を見る限りでは、上手くすれば一人の犠牲だけで橋を落とすことも可能だ。
日時を決め、同時に複数の場所で行えば、ユーレフェルトにとっては大きな打撃となるだろう。
フルメリンタの法律では、罪によっては本人だけでなく一族郎党にまで処罰が下る場合がある。
罪人の中には、自分の身はどうなっても構わないから、家族や親戚への処罰は止めて欲しいと望む者がいる。
そうした者ならば、こちらを裏切ることなく攻撃を成し遂げるはずだ。
「いいだろう、とりあえず人選は進めておけ。実行するかは火薬の製造がどれほど進むかによって考える」
「承知しました」
「状況は、我々にとって好ましい方向へと転がっているが油断はするな。一つずつ、着実に課題を解決してゆけ」
「かしこまりました」
計画は順調に推移している。
このまま、何の問題も起きなければ、来年の今頃はユーレフェルトの切り取りが終わっているはずだ。
事が成就した時に、自分達が召喚した者達の活躍によって領土を削られたと知ったら、ユーレフェルトの王族はどんな顔をするだろう。
出来れば、自分の目で見てみたいものだ。
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