第89話 復讐の矛先

※ 今回は戦争奴隷から解放された三森拓真みもりたくま目線の話です。


「全ての恨みは、ユーレフェルト王国にぶつけよう」


 これが戦争奴隷から解放された後に、俺と新川で最初に決めたことだ。

 戦争奴隷として過酷な環境に放り込み、五人もの仲間の命を奪ったフルメリンタに恨みが無いと言ったら嘘になる。


 嘘にはなるが、それを口にしたり表に出したりすれば、また待遇が悪くなるだけだ。

 新川が火薬に関する知識を持っていてくれたおかげで戦争奴隷から抜け出せたが、あのままだったら間違いなく死んでいた。


 いや、肉体的にはかろうじて生きていたが、心は死んでいたのだ。

 あんな生活をするのは二度と御免だ。


 だから、徹底的にフルメリンタに協力して、自分達の有用性を示し、少しでも良い生活、人間らしい生活を手に入れると二人で誓った。

 同時に、俺は絶対に新川だけは裏切らないと心に誓った。


 戦争奴隷から解放された時、新川は自分一人ならばもっと楽に助かるチャンスがあったにもかかわらず、俺を見捨てなかった。

 危険が降りかかったギリギリの場面でこそ、普段は隠している人間性が剥き出しになるものだ。


 実際、こちらの世界に召喚されてから、自分だけ助かろうとした奴を何人も見ている。

 その典型が霧風の野郎だ。


 転移魔法なんてレアな能力を手に入れ、それを使ってユーレフェルト王国の第一王子に取り入ったらしい。

 俺達が危険な魔物との戦いに駆り出されている間も、一人だけ安全な場所で女を侍らせて暮していたようだ。


 しかも、霧風を痛めつけようとしたクラスメイトは容赦なく殺された。

 警告のために帰された沢渡と川本も酷い暴行を受けたそうだ。


 きっと今も霧風の野郎は、ユーレフェルト王国の王都でのうのうと暮らしているに違いない。

 あいつに俺達の苦労を思い知らせてやるためにも、新川と協力してフルメリンタを強化して、ユーレフェルト王国を滅ぼすのだ。


 日本にいた頃も、こちらの世界に来てからも、新川とは特別に仲が良かった訳ではない。

 戦争奴隷として捕えられている間も、生きるのに必死で互いがどんな人間なのか知る余裕も無かった。


 だから、新川が火薬の作り方を知っていると言い出した時には驚いたが、漫画を切っ掛けにした戦国時代に関するマニアなんだそうだ。

 戦争奴隷から解放された直後、久しぶりに人間らしい食事にありつけた時にも、こんな事を言われた。


「待て三森、俺達は長い間まともな食事をしていないから、物を消化する能力が極端に低下している。戦国時代には、籠城して飢えた兵士が解放された直後に飯を食ってバタバタ死んだそうだ。死にたくなかったら、口の中でウンコになるぐらい噛んで、噛んで、噛んで、ドロドロになるまで噛んでから飲み込め。それと、腹一杯食うな。まずは日本にいた頃の四分の一ぐらいで止めておけ。じゃないと死ぬからな」


 命の恩人である新川の言葉だから従ったが、それでも極度の胃もたれで苦しんだ。

 日本にいた頃のように、ろくに噛まずに腹一杯になるまで食っていたら、マジで死んでいたと思う。


 戦争奴隷から解放された後、新川は早速火薬作りに着手した。

 火薬作りの肝は、硝石作りだそうだ。


「硝煙反応って聞いた事があるだろう?」

「あぁ、拳銃とかを使うと残るって奴だろう?」

「そうそう、その反応の素である硝石が酸化剤で、爆発的な反応を支えてるんだ」

「へぇ……あとは木炭と硫黄だっけ?」

「うん、硫黄は火山で採れるらしいから、すぐ用意できるって言ってたから、あとは硝石さえ作れれば火薬はできる」


 そして新川は、家畜小屋の壁土や床土を集めて、硝石を作り上げてしまった。

 出来た硝石を少量の水で溶き、紙に塗って火で炙ると、硝石の溶液を塗った部分だけが激しく燃えた。


「よしっ! 硝石を作る目途が立った、あとは配合をすれば火薬は作れる」

「マジかよ、すげぇな新川」

「たまたま知ってただけだよ」

「でも、こんなに早く作っちまって大丈夫なのか? 知識が無くなったら、また奴隷に戻されるんじゃねぇのか?」

「大丈夫だ、まだ火薬にもなってないし、火薬になったとしても、銃や砲がなければ武器として使えない」

「そうか……まだ武器になってねぇもんな」


 この硝石の燃焼実験の後、フルメリンタからの待遇は目に見えて良くなった。

 更に、黒炭、硫黄と配合を行って細い竹筒に詰め、焚火の中へ放り込んで実際に爆発させると、更に新川を見る連中の目は変わった。


 フルメリンタという国が、新川の有用性を認めたのだ。

 その一方で、俺に向けられる視線は冷たさを増した気がする。


 いうなれば俺は、新川のヒモみたいな存在だからだろう。

 新川は火薬作りだけでなく、戦国時代の武器や戦術にも精通していた。


 こちらの世界には魔法があるので全く同じという訳ではないが、それでも日本の戦国時代の初期ぐらいのレベルであるのは確かだ。

 新川には、そこから次のレベルの武器や戦術の知識があり、更には、それらの技術が新しい武器によってどう変わっていくのかも知っていた。


 これは、フルメリンタの軍事に関わる者にとっては、予言を聞いているのと同じだ。

 その一方で、俺にはそうした知識は無い。


 新川はフルメリンタの連中が俺を軽視するのを許さなかったが、それは新川の目が届かない場所では逆効果となっていたようだ。

 面と向かって何かを言われる訳ではないが、新川に向けられる視線と俺に向けられる視線は明らかに違っていた。


 新川とフルメリンタの軍人の会合にも出席させてもらっているが、正直殆ど役に立っていない。

 唯一役に立ったのは、手榴弾を提案した事ぐらいだ。


「新川、鉄砲よりも導火線を先に作った方がいいんじゃないか?」

「導火線? 爆弾を先にするのか?」

「爆弾というか手榴弾なら作るのも楽だし、身体強化が使える人間なら遥か遠くまで投げられるんじゃね?」

「おぉ、確かに、城攻めとか陣地攻略には役立ちそうだな」

「だろう!」


 手榴弾とはどんな物なのか、うろ覚えの知識で説明するとフルメリンタの軍人達も感心しきりといった様子だったが、それもその時だけだった。

 一応、高校までの化学の知識があるから、新川の火薬作りの助手を務めているが、あくまでも助手、新川のオマケという印象が染み付いてしまっているようだ。


 新川は、俺を唯一人生き残った友人として扱ってくれているが、その態度があらぬ疑いも招いてしまっているらしい。


「新川、お前、女作れよ」

「はぁ? いきなり何言い出してんだ」

「いや、殆ど役に立っていない俺を庇っているから、そういう関係じゃないのかって疑われてるみたいだぞ」

「そういう関係? げっ、三森そっちの趣味だったのか?」

「ちげぇよ! 新川が俺を庇うから、そうじゃねぇのかって噂してる奴がいるから、女作れって言ったんだよ」

「マジか……俺もそんな趣味はないけど、女作れって言われたって出会いが無いんだからどうにもならねぇぞ」


 新川の言う通り、俺達の周囲には親と同じぐらいのおっさんとおばさんしかいない。

 そんな環境で同性愛の疑惑を掛けられるのは理不尽だろう。


「だよな……てか、こんな悩みを話せるのも、人間らしい生活に戻れたからか」

「てか三森が女を作ればいいんじゃね? 誰か好きな女子とか……」

「止めてくれ! その話はマジで止めてくれ!」

「まさか戦争奴隷になった女子の中に……」

「止めろ! 頼むから止めてくれ!」

「すまん……」


 閉じかけていた心の傷が開いて血を流す。

 俺は、共に戦争奴隷落ちした富井多恵に片思いしていた。


 別の場所に連れていかれた女子が、どんな扱いを受けるかなんて、ガキの俺達にだって想像できる。

 考えるだけで気が狂いそうで、記憶の底に沈めて思い出さないようにしていた。


 そのうち、自分が生きるのに必死な状況になって、考える余裕も無くなっていたのだが、戦争奴隷から解放されたことで記憶の底から蘇ってしまったのだ。


「俺が女を作っても誤解は解けるだろう。でも、俺がフルメリンタの女性とそういう関係になったら、たぶん酷い仕打ちをしてしまうと思う。だから、俺が女を作るのは無理だ」

「分かった、この話は止めよう。そして、俺達がまともな生活に戻るには、ユーレフェルトを打倒するしかない気がする」

「だな、積もり積もった恨みつらみを全部叩き付けて、ユーレフェルトの王族どもを皆殺しにすれば、ちょっとはまともな人間に戻れるかもしれない。でも、簡単じゃねぇよな」


 一つの国を滅ぼすなんて、ただの高校生に出来る話ではないのだが、新川はニヤっと笑ってみせた。


「いや、なりふり構わずにやれば、意外に簡単に出来そうな気もするけどな」

「いやいや、そんなに簡単にはいかないだろう」

「三森、武器を持って戦うだけが戦争じゃないぞ」

「えっ、どういう意味だ?」

「地球にも経済戦争なんて言葉があっただろう」

「おぅ、経済で追い詰めるのか」

「他にも、農作物の輸出を差し止めるとか」

「でも、ユーレフェルトも農業国だから、自国で食糧は賄えるんじゃね?」

「あぁ、そうか。じゃあ、ユーレフェルトだけ不作にするとか」

「そんな事、出来る訳……」

「どうした、三森」


 不意に爺ちゃんに手伝わされていた、家庭菜園のことが頭に浮かんだ。

 その時の教えを悪用出来そうな気がする。


「なぁ、新川。こっちの世界では酢とか石灰って高いのかな?」

「なにか思いついたのか?」

「あぁ、もしかしたら、ユーレフェルトだけ不作に出来るかもしれない」

「どうやって? いや、その話は三森からフルメリンタの連中に話してくれ」

「そうだな。上手くいけば疑惑も晴らせるってか?」

「それじゃあ、なる早で頼む」

「だな」


 俺が思いついたのは、土の酸性度の操作だ。

 作物によって適した酸性度があるそうで、それを崩すと作物の出来が悪くなるそうだ。


 酢は除草剤としても使える、石灰を撒くと土がアルカリ性になる。

 程度を間違えなければ薬だが、度が過ぎれば毒になる。


 作物の出来が悪くなれば多くの人が影響を受けるが、俺からすれば、だから何という感じだ。

 俺達にこんな思いをさせた国は、地獄の底に叩き込んでやる。


 俺はフルメリンタの軍人との会合で思いついたアイデアを披露して、何度か実験してみせて、来年の実行を取り付けた。

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