第85話 相談と不安

 フルメリンタの国民として生きていく覚悟を決めたので、それを宰相ユドに伝えると大歓迎だと言われた。


「国は人の力によって支えられています。才能ある人材は一人でも多く欲しい。だからこそユーレフェルトにキリカゼ卿の移譲を要求したのです」

「俺が、どれほどフルメリンタの役に立てるか分かりませんが、自分が暮らす国、家族が暮らす国として少しでも良くなってもらいたいと考えています」


 俺の希望として、領地を治める貴族という柄ではないので、何か仕事をして生活をしたい。

 特殊な能力、染み抜き、切断、それに異世界日本の知識などを活かせる仕事がしたいと相談してみた。


「そうですか。私どもとすれば、今の状況のままでいてもらっても一向に構わないのですが……」

「今の生活に不満がある訳ではありません。衣食住の全てで至れりつくせりの生活には本当に感謝しています。ただ、今の環境に甘えていては一人の人間として成長できない気がしています」

「それでは、王都に家を買われるおつもりですか?」

「いずれは、そうしたいと思っていますが、こちらの住宅事情とかが全く分かりません。暫しの猶予をいただいて、家を買うのか借りるのか、何処にどの程度の広さが必要なのか、考えさせてもらおうと思っております」


 実際、自分にどの程度の金が稼げて、王都では家はいくらで買えるのかなど、何も分かっていない。

 自分の家を手に入れたいと思っても、何一つ知識がない状態だ。


「キリカゼ卿が、蒼闇の呪いを解けると知れ渡れば、それだけで大貴族並みの生活ができるようになりますよ」


 フルメリンタでも、蒼闇の呪いによる差別は禁じられているそうだが、顔の大きな痣とかは男性も女性も気にするし、心無い言葉を浴びせられることもあるそうだ。


「ユーレフェルトでは王族と一部の貴族しか施術をおこなえませんでした。だから、フルメリンタでは、もっと多くの人の治療を行いたいと思っています」


 ユーレフェルトで行った施術の様子を伝えて、できれば首から上に限定したいと話した。


「キリカゼ卿の希望は分かりましたが、希望されない部分の施術の方が稼げますし、女性の幸せに繋がると思いますが……」

「ですが、全身の施術となると範囲が広かったりすると全てを終わらせるまでに時間が掛かってしまいます。他に施術を求める人がいない時ならば引き受けても構いません」

「なるほど、その辺りは柔軟な対応をしていただけると有難いですね」


 痣を消す施術は、最初は貴族や金持ちが相手になるので、家は王都の屋敷町か王都近郊にした方が良いだろうと言われた。


「治療費は、どの程度にしようと考えてらっしゃいますか」

「あまり高額にはしたくないと思っています」

「ふむ……本当に欲の無い方ですね。ですが、賛同しかねます」

「どうしてですか? 私はできるだけ多くの人に施術を受けてもらいたいと思っています」

「その気持ちは理解できますが、キリカゼ卿の施術は他の者には真似のできない特別なものです。特別な技術でさえ、安い価格で行われてしまったら、特別でない技術では商売が成り立たなくなってしまいます」


 フルメリンタには、髪を整えたり、眉を調えたり、爪を整えたりする職業があるそうだ。

 ヘアーサロンやネイルサロンみたいなものだろう。


 そうした商売は、修業をすれば特別な能力がなくても営める仕事だ。

 俺の施術の代金を安くしてしまうと、そうした人達の仕事にも高い報酬が支払われなくなってしまうらしい。


「では、いくらぐらいの報酬を受け取れば良いですか?」

「少なくとも、キリカゼ卿が行う施術には通常の仕事の五十倍の対価を求めるべきです」

「えぇぇ、そんなにですか?」

「いやいや、少なくともです。ここファルジーニで単純作業を一日やった報酬は、およそ600リンタです。蒼闇の呪いの痣を消す施術ならば、一日3万リンタから5万リンタは請求してください」

「いや、そこまで高額でなくても……」


 もっと安く、多くのひとに施術を受けてもらいたいと思ったのだが、ユドは大きく首を横に振った。


「キリカゼ卿、多くの人にとおっしゃいますが、実際にできますか?」

「いえ、神経を使う作業ですし、一度に除去できる範囲も限られていますので……」

「そもそも、いくらキリカゼ卿が望んでも、万人には行えない施術なのです。それに、痣の有無で差別を行うことは禁じられています。もし簡単に痣を消せるようになったら、痣のある者が差別を受けるようになりかねません。我々は貧しい民を無くそうと、国全体で豊かになろうと日々努力を重ねていますが、現実には貧しい者が存在しています。日々の食べ物にも事欠く者達が、痣を消す施術にお金を払えると思いますか?」

「それは、金額次第だと思いますが……無理ですね」


 痣にコンプレックスを持っている全ての人を救いたいなんて考えは、現実を見ていない単なるエゴでしかない。

 自分にしか痣が消せず、自分が施術できる人数に限りがあるのならば、まずはその現実を受け入れるべきなのだろう。


「キリカゼ卿の施術が受けられるのは、お金に余裕がある者達であるべきで、そこから得たお金を貧しい者達に届くように使ってください」

「たくさん稼いで手頃な品物を買う……とかですか?」

「いえいえ、買うなら良い品物にして下さい。そうですね、例えば仕立ての良い服を買う、お金に余裕があるならば、次の年には新しい服を買い、古い服は古着屋に買い取らせるといった感じです」

「品物とお金を循環させるんですか?」

「その通りです」

「なるほど、考えてみます」


 痣を消す施術は、王家から貴族に話を流し、そこからいずれ金持ちへ……という流れにするそうだ。

 いってみれば、フルメリンタ王家プロデュースみたいな感じだ。


「痣消しの施術は行ってもらって構いませんが、あまり家には籠らないでいただきたい」

「街を見て、気付いたことを……ということですね?」

「その通りです。あぁ、一つキリカゼ卿にお伝えしなきゃいけないことがありました」

「何でしょう?」

「ユーレフェルトで内乱が起こっているようです」

「えぇぇ! まさか第一王子派と第二王子派が武力衝突を始めたのですか?」

「いえ、そうではないようです。どうも、民衆の不満が高まって王家に対して反旗を翻しているようです」

「王都でですか?」

「うちとの国境付近です」


 ユドの話によると、内乱が起こっているのは旧エーベルヴァイン領だそうだ。

 先日の戦によって、中州から退去させられた者、元々住んでいる者、戸籍や土地の所有に関する書類が紛失したことで色々な手続きが滞っているらしい。


「中州から退去してもらった者たちには、家財道具も財産も、今年刈り入れした米も持たせ送り出しましたが、いまだに住む場所も決まらないのでは不満を抱くのも当然でしょう」

「そのままフルメリンタの国民にする訳にはいかなかったんですか?」

「それは難しいですね。ここファルジーニ辺りに住む者ならば、ユーレフェルトの民に対してあまり敵対感情を持っていませんが、国境近くの者達は違います」


 土地を奪い合うような戦は十年以上起こっていなかったそうだが、それでも戦を経験した者達はユーレフェルトに対して憎しみに近い感情を抱いているそうだ。

 それが今回、暗黙の了解を破るような形で戦を起こし、年寄りや女、子供の区別なく殺害したとあって、元ユーレフェルトの民を残しておく事は本人達を危険に晒す可能性があるのだ。


「民衆同士で差別や対立が起これば、それこそフルメリンタ国内で内乱が起こってしまいます。そんな危険を冒す訳にはいきません」


 ユドの説明を聞けば納得せざるを得ないし、持たせられる財産は持たせているのだから、フルメリンタとしてできることはやっている。


「いま、国境はどうなっているんですか?」

「東の隣国カルマダーレへと戻る行商人などもいますから、完全には閉じていませんが、かなり緊迫した状況にはあります」

「攻め入りますか?」

「とんでもない! この前やっと戦が終わったばかりなんですよ。確かに中洲の土地は手に入りましたが、今年刈り入れた米は持たせたと言いましたよね。まだ全然収支が合わない状況で、更なる出費などしたくありませんよ」


 余程、痛い出費が続いたのだろうか、ユドはとんでもないを連発して侵攻を否定した。


「キリカゼ卿は、ユーレフェルトの現国王オーガスタ・ユーレフェルトと顔を会わせたことがありますよね?」

「はい、数えるほどですが」

「どんな人物なんですか?」

「どんな人物と言われても……私には理解しずらい人物でした」

「理解しずらいというと?」

「そうですね……私もユーレフェルトには短い期間しかいませんでしたが、いつまでも二人の王子に競わせずに後継者を決めてしまった方が良いと思っていました」

「それは、第二王子の人柄の問題ですか?」

「勿論、それもあるのですが、何というか……二つの派閥を競わせることで、物事を早く動かそうとしているようなのですが、それが悉く裏目に出ているように見えました」


 例えば、ワイバーンの討伐が終わった後、王都付近の復興をアルベリクに任せ、旧エーベルヴァイン領の復興はベルノルトに任せた。

 二つの派閥を競わせる目的だとおもうが、王都の現状は分からないが旧エーベルヴァイン領に関しては完全に失敗している。


「同じような状況は、ワイバーン討伐の時にもありました」

「なるほど……うちのもの達の分析も同じですね。もしかすると、国の利益よりも実家の利益を優先しているのかもしれません」

「実家……ですか?」

「えぇ、ユーレフェルトの三大公爵家、エーベルヴァイン家は第二王子派、ラコルデール家は第一王子派、そしてジロンティーニ家が現国王派です」

「王位継承争いばかりに気を取られて、現国王派については考えていませんでした」

「第一王子アルベリク殿下に近いところにいたキリカゼ卿にさえ存在を意識させないのですから、余程上手く立ち回っているのでしょう」


 なんだか、視界の外から急に現れた感じで不気味だ。


「ですが、なぜ現国王派が力を蓄える必要があるんですか?」

「それは権力を移譲するからですよ。次期国王がアルベリク殿下となれば、後ろ盾はラコルデール公爵です。ただし、国権力の全てをラコルデール派が掌握できる訳ではありません」

「次の代に移行した後も影響力を残しておくため……ですか?」

「そうです。それについては上手く運んでいるようですが……」

「国の運営は上手くいっていない?」

「その通りです、今は内乱の火が広がらないか、それが心配ですね」


 フルメリンタの宰相ですら他国については思うようにいかないようだ。

 ましてや、特殊能力の及ぶ範囲が十メートルほどの俺では、できることは限られている。


 もしユーレフェルトの内乱が泥沼化し、革命騒ぎにまで発展したら……どうやって海野さん達を助け出せば良いのだろうか。

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