第83話 未来図

 宰相との面談には一人で出掛けたので、宿舎に戻った後に何を話してきたのかアラセリに呼び出しの理由や話の中身を説明した。

 なるべく隠し事をしないのが夫婦円満の秘訣だと思っての行動なのだが、アラセリの反応が思わしくない。


 俺としては、色々な方面に気を配ったつもりだし、結果的に人を殺すための情報は余り与えていないはずだが、アラセリの反応を見ていると不安になってきた。


「何か対応を間違えたのかな?」

「ユートは、何になりたいと思っていますか?」

「えっ、将来の夢みたいなもの?」

「夢というより、もっと具体的な将来像です」

「将来像か……」


 唐突に質問されたので、とっさに答えられなかった。

 今は、日本の知識を切り売りしている状態だが、この先ネタ切れを起こさないとも限らない。


「では、質問を変えましょう。ユートは、いつまでフルメリンタの客人でいるつもりなんです?」

「それは……」


 現状を責めている訳じゃなく、純粋に問い掛けられているだけなのだが、だからこそ俺の胸に突き刺さった。


「ユートは、別の世界から何の断りもなく召喚されたから、自分は別の世界の人間だという意識が抜けずにいるように見えます」

「そう、かも……いや、確かに心のどこかでそう思っている」

「でも、元の世界に戻る方法は無いのですよね。それなら、そろそろこちらの世界に根を下ろして生きていく決意をすべきではありませんか?」


 突然、ユーレフェルト王国に召喚され、役立たずの臆病者だとクラスメイトから追放され、雑務係に拾ってもらい、エッケルスに見出され、第一王子派に囲われ、いまはフルメリンタに客人として迎えられている。

 最初に比べれば待遇は天と地ほどの差があるし、一般市民よりも遥かに良い暮らしをさせてもらっている。


 でも、アラセリの言う通り、心のどこかに自分は余所者であるという意識というか、コンプレックスのようなものがあり、少なくともフルメリンタ国民にはなれていない。


「この世界で生きていくならば、どこかの国に属し、住む場所を確保し、食べていくための仕事をしなければなりません。そして、国に属するという事は、その国の良いところも、悪いところも受け入れて、その一部になるということです」

「つまり、フルメリンタがユーレフェルトを侵略しても受け入れろってこと?」

「国の安定、成長、領土拡大を望むのは、国を治める者にとっては当り前のことです」

「それじゃあ、ユドは俺に嘘をついたのか?」

「そうではありません。もう戦を終わりにしたいと考えているのは本当でしょう。それに、フルメリンタとユーレフェルトが互角の戦力を有している以上、今後も争いは起こり得ますし、それに対する備えを怠る訳にはいかないのでしょう」


 長年に渡る暗黙の了解を無視して攻め入ってくる隣国からは、領土や民を守らなければならない。

 守るためには、単純に防御する方法の他に、相手の力を削いで攻め込んで来る体力を奪う方法もある。


 ユドはフルメリンタの宰相だから、フルメリンタの利益のために行動する。

 じゃあ、俺はどうだ。


 日本で暮らしていた頃の倫理観を引き摺って、戦争は悪です、殺し合うのは止めましょう……なんて綺麗事を並べているだけだ。

 これでは、いつまで経ってもフルメリンタの国民として認めてもらえないだろう。


「ユートがこちらの世界に来てから、何度も環境が大きく変わって、今もユーレフェルトからフルメリンタに来たばかりですが、それでも状況に流され続けているのではなく、自分がどうしたいのか、どうあるべきなのか、周囲の者たちとどう関わっていくのか考えるべきでしょう」

「そうだね、確かにその通りだ」


 フルメリンタに来てからは、とにかく自分の価値を証明しようと、色々な提案を続けてきたが、その結果として何になりたいのかが欠けていた。


「ちょっと考えてみるよ」

「ユート、一人で悩まず、私にも相談してください」

「そうだね、僕らはパートナーなんだもんね」

「ユート……」

「アラセリ……」


 ……って、ここでアラセリに溺れていたんじゃ駄目なんだよね。

 考えよう、これからの俺のことを。


「街を歩いてみた感じ……といってもユーレフェルトでは数えるほどしか街には行ってないけど、フルメリンタの方が暮らしやすそうに感じたんだけど、アラセリはどう思った?」

「そうですね、私もフルメリンタの方が暮らしは上向きのような気がしました」

「道中、色んな人の話を聞いて、フルメリンタは監視社会じゃないかと心配していたんだけど、あまり見られているような気はしないかな……」

「いいえ、ユートは見られていますよ」

「えっ、ホントに?」

「恐らく護衛も兼ねているのだと思いますが、街を見て歩いている時にも見られていました」

「マジか……全然気づかなかった」

「ユーレフェルトからフルメリンタに送られてきた要人ですし、今も客人として遇されているのですから、不測の事態に備えるのは警護としての措置です。たぶん、ユートは人から注目されるのに慣れ過ぎてしまって、他者の視線への感受性が鈍くなっているのかと……」

「かもしれない……」


 アラセリとしては慰めてくれたつもりなのかもしれないが、危険察知能力が駄目駄目だと指摘されているようで少し凹んだ。


「元の世界には帰れそうもない、ユーレフェルトに戻れる見込みもない、だったらもうフルメリンタに根を下ろし、骨を埋めるつもりで動いた方が良い気がする」

「私も現実的に考えて、それが良い選択だと思います」

「今の正直な気持ちとして、ユーレフェルトに対する恩義の気持ちは殆ど無いんだ。勝手に呼び出した後の保証も無く、働くだけ働かせて、フルメリンタにポイっと捨てられた気分だからね」

「ユーレフェルトの仕打ちには私も憤りを感じています。命懸けで国に尽くしてくれたユートに対して、形ばかりの爵位を与えただけで他国に引き渡すなんて言語道断です」


 俺以上に腹を立ててくれているアラセリのおかげで、少し冷静に物事を考えられる。


「俺としては、例えユーレフェルトと敵対することになったとしても、それは仕方ないとは思うんだけど……」

「カズミたちの処遇ですね」

「そう、俺の行動によって彼女たちが不利益を受けるのは避けたい」

「では、カズミたちの身柄を確保できたら、何の憂いも無くユーレフェルトと向き合えるのですね」

「うん、そうだね」


 海野さんたちの現状を考えれば、戦争奴隷のような酷い扱いをされる心配は殆ど無いだろう。

 彼女たちを虐げれば、エステサロンに通っている王族、貴族の女性たちを全て敵に回すことになるはずだ。


「カズミたちが虐待される心配はありませんが、フルメリンタに引き取るのも難しいのでは?」

「そこなんだよなぁ……そもそも、どうやって連絡を取り合えば良いのかも分からないよ」


 日本にいる頃ならば、それこそメールやメッセージアプリ、電話などでいくらでも連絡は取れたが、こちらの世界では可能性があるのは手紙だけだ。

 その手紙も、ちゃんと届くかどうか怪しいし、中身を見られるのも間違いないだろう。


「あっ、そうか……日本語で書けばいいのか」

「なんのことですか?」


 アラセリに日本語で手紙を書くアイデアを話したのだが、あまり反応は良くなかった。


「ユートたちの世界の言葉で書くということは、こちらの世界の者には読まれたくない内容が書かれていると判断され、手紙を処分されるかもしれません」

「そうか……ユーレフェルトの人間から見れば、そう感じるのも当然だよなぁ」

「手紙を届けるには、当面の間は当たり障りの無い内容のものを送って、無事を知らせるぐらいしかないでしょう」

「そういえば、俺と海野さんが、その……男女の間柄になったことはユーレフェルトの人間にはバレてるんだよね?」

「そう考えるべきですし、ユーレフェルトはユートがカズミに特別な感情を抱いていると思っているはずです」

「だとすると、仮にユーレフェルトと再び戦になった場合、俺は表立って動かない方が良いのかな?」

「ワイバーン討伐の時のように、ユートが作戦の要をなるならば、カズミを人質として脅しを掛けられる可能性は否定できませんね」


 フルメリンタとユーレフェルトの間に挟まれて、海野さんを見殺しにするようなことだけは絶対に避けなければならない。


「これまでの国王や宰相の話を聞く限りでは、フルメリンタの諜報員はユーレフェルトの王城にまで入りこんでいるみたいに感じたんだけど、逆にユーレフェルトの諜報員はフルメリンタの王城にまで入り込めているのかな?」

「私が知る限りでは、城の中までは入り込めていないようでした」

「ファルジーニの街には?」

「街の中には何人か入り込んでいるはずです。ただ、私はその者たちの顔を知りませんし、こちらに来てからも接触してくる気配はありません」


 アラセリは第一王子派の諜報部門に所属していた人間だ。

 同じ部署に所属している者であれば、城の中にまで入り込める立場となったアラセリに接触を試みてもおかしくない。


「街に出る時には、いつもユートが近くにいるからか、ユーレフェルトの王都を出る前に、フルメリンタ国内での諜報活動を断ったからかもしれません」

「ということは、打診はされたの?」

「はい、ですが、フルメリンタ国内で私が不審な活動をしていると知られればユートの立場が危うくなります。私が守りたいのはユートであって、ユーレフェルトではないとハッキリ言っておきました」

「そんなことがあったんだ……でも、大丈夫なの?」

「何がでしょうか?」

「ユーレフェルトに残してきたアラセリの家族と知り合いとか」

「私は孤児なので家族はいませんし、物心つく頃には組織の一員として活動してきました。なので、肉親の情にほだされて……といったことは心配無用です」


 諜報部門に所属する者は、敵対する相手に捕まったりした場合に、人質としての価値を可能な限り無くすために、肉親の少ない者が選ばれるそうだ。


「でも、今は俺という家族がいるからね」

「勿論です、私の命はユートを守るために……」

「俺の命はアラセリを守るために……」


 まだ具体的な未来図は決まっていないけど、やっぱり暫しアラセリに溺れさせてもらおう。

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