第82話 戦争の知識
「戦に関する知識……ですか?」
宰相ユド・ランジャールの呼び出しは、俺にとっては好ましくない話をするためらしい。
「はい、キリカゼ卿の暮らしていた世界は、こちらよりも文明が発展した世界だそうですが、戦が全く無かった訳ではありませんよね?」
「そうですね、私の住んでいた日本という国は七十年以上に渡って他国と戦をしていませんでした」
「それは素晴らしいですね」
「まぁ、周囲を海に囲まれた島国という立地も幸いしていたのだと思いますが、日本以外に目を向ければ戦の無い時代なんて無いと思うほど、どこかの国とどこかの国が戦っていたり、国の中で民族同士が戦っていましたね」
世界情勢に疎い俺でも、ISの台頭とか、シリアの内戦とかは印象に残っている。
「そこでは、どんな戦い方が行われていたのですか、武器とか、戦術とか」
「それを聞いてどうなさるのですか? またユーレフェルトに攻め入るのですか?」
「せっかく講和が成立したばかりなのに、戦をするつもりなどありませんよ。ですが、備えておく必要があります」
「それは、ユーレフェルトに対して……ですか?」
「そうですね、ユーレフェルトが主になりますが、東のカルマダーレが攻めてこないという保証はありません。実際、今回のユーレフェルトによる侵攻は我々にとって予想外でした」
ユドは一旦話を切って一口お茶を飲んでから、これまでのフルメリンタとユーレフェルトの関係について話し始めた。
「もう奥様から聞いていらっしゃるとは思いますが、フルメリンタとユーレフェルトは長年に渡って敵対を続けていましたが、この十五年ほどは表向きは敵対しているが、実際には友好とまではいかないものの普通に往来を許可する関係でした」
「民衆の不満を解消するために、形だけの攻撃をしていたとか聞きましたが」
「そうです、そうです。中州の稲の刈り取りが終わり、影響が殆ど無くなった時期を見計らって、街道から一番離れた辺りに攻撃魔法を撃ち込む……言ってみれば、ただの演習です」
「それが、今回は違っていたんですね」
「中州の土地は、殆どが田んぼです。戦になった時を考え、入植する者も限定してきました。なので、ユーレフェルトが攻め入ってきた時には、詰所にいた兵士三十七名の他には、四十七世帯、二百五十八人が暮らしていただけですが……川に飛び込んで逃げ延びた数名を除いて全員が殺されました」
「えぇぇ! 住民全員ですか?」
「はい、年寄りや女、子供の区別無く殺されました」
「まさか、それをやったのは……」
「全員ではないと思いますが、キリカゼ卿のご友人たちです」
戦争に駆り出され、その結果として戦争奴隷にされているのだから敵を殺したとは思っていたが、そんなに多くの民間人を殺害していたとは思わなかった。
「本人たちも認めているんですか、その……女性や子供を殺害したことを」
「認めています。命令には逆らえなかったとは言っていましたが、兵士以外の住民まで殺したとなると……」
「そうですね」
「我々に油断があったのも確かですが、これほど残虐な戦い方をされた以上、備えを改めなけれなりません」
ユドの主張は理解できるし、戦う相手が侵略者ならば、戦争や武器に関する知識を伝えても良いような気がするのだが、どうも気乗りがしない。
「ワイバーンを倒すために、共に戦った者たちと戦うことに抵抗を感じてらっしゃるのですか?」
「それも、無い訳ではありませんが、ユーレフェルトにはまだ共に召喚された友人がいるので……」
「その方たちが、フルメリンタとの戦いに駆り出される心配があるのですか?」
「いいえ、彼女たちは城で貴族の女性を相手にした美容魔法を行っているので、戦いの場に出ることは無いと思います」
「ほう、美容に魔法を使うのですか」
ユドに海野さんたちの魔法エステについて説明したが、それは戦争から話題を逸らしたかったからだ。
「キリカゼ卿、我々が求めているのは、他国の王城まで攻め入る力ではなく、他国の侵略を跳ね返す力です。どうか、民を守るために力を貸してもらえませんか」
「分かりました。ですが、先程も言いましたが、私自身は戦の無い国で生まれ育ったので、聞きかじりの知識しかありません。それでもよろしければ協力させていただきます」
戦争に関する知識を伝えることになったのだが、まずはこの世界の戦争がどのように行われているのか教えてもらうことにした。
「フルメリンタの戦の主力は、身体強化か武術スキルを持った兵士です」
「えっ、魔法使いではないんですか?」
「城や陣地を守る側は魔法も使いますが、魔物か装備を持たない歩兵でもなければ効果は薄いです」
「炎の魔法とかも駄目なんですか?」
「身体強化や武術スキルを持っている鎧を身に着けた相手だと、躱されたり突っ切られてしまいます」
「なるほど……」
召喚された直後、第一王女に逆らったクラスメイトを惨殺したドロテウスの動きは、人間離れした素早さだった。
確かに、あんなスピードで動く相手では、直径一メートルの火球であっても一瞬で通過されたり、軽く躱されてしまうだろう。
風や水の魔法は、生身の相手ならば威力を発揮するが、金属製の防具を身に着けている相手では殆ど効果が無いらしい。
よく考えてみれば、ワイバーン相手に効果を発揮した魔法は、俺の切断の転移魔法だけだ。
火攻めで一頭討伐されたが、あれは油を浴びせてから火を着けたのであって、魔法の炎で倒した訳ではない。
こうして考えてみると、攻撃魔法は一見凄そうだけど、実際には大したことないように思えてくる。
「それで、キリカゼ卿の世界の戦では、どんな攻撃が主流なのですか?」
「そうですね……国と国の戦ならば、航空戦力による攻撃から始まります」
「コウクウ……とは?」
「空を飛ぶ機械や、遥か遠くから空を飛んで相手を攻撃する武器とかですね」
戦闘機や爆撃機、弾道ミサイルなどの話をしたのだが、ユドは額に手を当てて首を横に振った。
「それは、今の我々では実現不能ですね」
「航空兵器の前だと……銃とか大砲ですかね」
「それは、どういう武器なのですか?」
「火薬という、火を着けると瞬間的に燃焼、爆発する薬剤を使って弾を飛ばす武器です」
「弓矢よりも威力は上ですか?」
「はい、私たちの世界でも金属製の鎧が主流の時代があったのですが、従来の強度では銃弾を防げず、銃弾を防げるようにすると重量が重すぎて身動きが取れず、衰退していきました」
「その火薬という物は、どうやって作るのですか?」
「申し訳ありませんが、そうした危険物に関する情報は公開されていませんでした」
インターネットを使えば、色々と危険な情報も得られたのかもしれないが、そうした情報を集めた経験は無いので火薬についての知識は持っていない。
「そうですか……ではキリカゼ卿は、その火薬という物を実際に御覧になったことは無いのですね」
「火薬ですか、武器として使われている物はありませんが、娯楽として使われている物ならありますよ」
「えっ、娯楽に使うのですか?」
火薬は、花火や爆竹、クラッカーなどにも使われていたが、弓矢よりも威力があると聞いた直後だからか、ユドは驚いていた。
「はい、火薬は使い方によって武器にもなりますし、硬い岩盤を破壊したり、音で合図や威嚇をしたり、娯楽としても使われていました」
「どのような物なのですか?」
「私が見たことがあるのは、黒色火薬というもので、黒い粉末でした」
「黒い粉末ですか」
「木炭と硫黄……それと何か薬剤をまぜて作るんだっけかな」
「硫黄というと、火山の近くで採れるものですね?」
「はい、そうです。黄色っぽい粉末です」
「そこに何か薬剤を混ぜるのですね」
「はい、ちょっと思い出せないのですが……」
「なんとか思い出していただけませんか?」
どうやらユドは、火薬こそが他国をリードする武器の要だと考えたようだ。
なんとか製造の手掛かりを得ようと、いつにもまして前のめりに見える。
「そう言われましても……聞いた覚えすら無いので」
「そうですか、何か思い出したら教えて下さい」
「分かりました。けど、あまり期待しないで下さい。火薬とかには詳しくないので」
その後もユドは、火薬を使った時のイメージを訊ねてきた。
火を着けた瞬間に一気に燃焼する感じや、音、衝撃などを言葉で伝えようとしたのだが、爆発を見たことの無い者にイメージを伝えるのは本当に難しい。
パン……とか、ドカーン……とか、身振り手振りを交えて話すと、どこまで伝わったのか分からないが、ユドはちょっと異常に思えるほど火薬に固執した。
銃や大砲の原理についても説明を求められたのだが、火薬が製造できたとしても、暴発などの事故が起こる予感しかない。
火薬の危険性については、くどいほど注意しておいたが、果たして守ってくれるかどうか。
事故が起こっても俺の責任ではないからな。
火薬以外の武器についても質問されて、クロスボウしか思いつかなかったのだが、これにもユドは食い付いてきた。
巻き上げ機を使って強力な弓をセットし、引き金を引いて撃つ形は、こちらの世界に無いそうだ。
重量的には弓には敵わないが、射撃するのに技量を必要としない利点がある。
ついでと言ってはなんだが、三段撃ちについてもレクチャーしておいた。
クロスボウの三段撃ちを実現できれば、防衛には役に立ちそうだ。
ユーレフェルトが攻めて来る場合、川を越えなければならない。
橋を渡るにしても、船で渡るにしても、クロスボウの集中攻撃をくらえば、川を渡るのは困難だろう。
「ありがとうございます、キリカゼ卿。早速、クロスボウの試作を始めると同時に、火薬についての研究も進めようと思います」
「くれぐれも……」
「安全に気を配って……ですね?」
「はい、その通りです」
「これらの研究は、民を守るためですから、そこで怪我人や死人を出したら意味がありません。研究に関わる者には、厳しく命じておきます」
ユドとの面談を終えて宿舎に戻ったのだが、どうも気分が晴れない。
フルメリンタ防衛のためだとユドは繰り返していたが、本当に侵略の意図はないのだろうか。
というか、またユーレフェルトの第二王子派が馬鹿なことをしないか、そっちの方が心配だ。
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