第79話 その後のユーレフェルト

 フルメリンタの王都ファルジーニに到着してから二週間ほどが経ったが、ここでの生活は快適の一言だ。

 日本での生活に例えるならば、ホテル暮らしの経費は全部負担してもらえて、その他に給料が出るみたいな感じだろう。


 宿舎での食事、洗濯、掃除などは、フルメリンタの者がやってくれるし、生活で使う細々としたものも取り揃えてくれている。

 俺には毎月、フルメリンタの下級官吏の十倍の給金が支払われる上に、国王への提案に関わる物品の購入は経費として認められるそうだ。


 まぁ、手続きが面倒そうなので一度も申請はしていない。

 フルメリンタからの給金に加えて、ユーレフェルトからの持参金を合わせると、俺には贅沢しなければ十年ぐらい遊んで暮らせるほどの貯金があるらしい。


 あるらしいというのは、実際の金は殆ど目にしておらず、財布はアラセリに預けっぱなしだからだ。

 金の管理が面倒だからという気持ちは確かにあるのだが、それよりもアラセリに対する信頼を証明するためでもある。


 宿舎の管理をしてくれるメイドや、街で出会う店員など、一般的に美人でスタイルの良い女性にも出会うが、殆どの時間をアラセリと過ごしているので浮気する気も起らない。

 毎晩のように求め合い、どこに出掛けるのも一緒なので、俺とアラセリは『天竜の夫婦』などと呼ばれているらしい。


 天竜とは竜の頂点に立つという伝説の竜で、夫婦、家族に対して強い愛情を持つ存在とされている。

 まぁ、日本でいうところの『おしどり夫婦』みたいなものだろう。


 そんな風に噂されているからか、アラセリの機嫌がすこぶる良い。

 ユーレフェルトに居たころの張り詰めた雰囲気が和らいで、顔つきも優しくなった気がする。


 夜の生活も積極的で、その妖艶さと悦楽に我を忘れて溺れてしまうことも少なくない。

 この上なく幸せな日々なのだが、その一方で俺だけこんなに恵まれていて良いのかと罪悪感も覚えてしまう。


 この三週間の間に、教育制度とベアリングの提案をした他に、筆記用具やボルトナットの規格なども提案した。

 宰相ユド・ランジャールは、どの提案にも興味を示してくれたが、即恩赦に繋がるような目覚ましい成果は出せていない。


 国王レンテリオやユドは、戦争奴隷落ちしたクラスメイトの待遇改善を考えると言ってくれたが、具体的にどのような改善がなされたのか分からない。

 クラスメイト達が、どの時点で捕えられて、どの時点から戦争奴隷として扱われているのか分からないが、すでに三ヶ月近くは時間が経過しているはずだ。


 こうした葛藤は、口に出さなくても伝わってしまうようで、何も言わずに抱きしめてくれるアラセリに頼ってしまい、更に罪悪感を深めてしまっている。

 冷静に考えれば、クラスメイトの奴隷落ちに俺が責任を感じる必要は無いのかもしれないが、それでも考えてしまうのだから損な性格をしていると自分でも思う。


 次の提案を何にするか考えていたら、宰相ユドに呼び出された。

 成果を出すように催促されるのか、それとも別の仕事の依頼なのかと少し身構えていたのだが、話はそのどちらでもなかった。


「お呼びたてして申し訳ありません、キリカゼ卿」

「いいえ、特段急ぐ用事はございませんから、お気遣いなく」

「ファルジーニでの生活には慣れましたかな?」

「おかげさまで、何の不自由もなく快適に過ごさせていただいてます」

「それは何よりです。さて、本日お越しいただいたのは、ユーレフェルトの情勢をお伝えするためです」


 ユーレフェルトがどうなったか気にはなっていたが、フルメリンタに入って以後あえて質問は避けてきたので、その後の状況は全く知らない。


「何か動きがありましたか?」

「あったと言えばあったのですが、ずいぶんとゆっくりしているものだ……という感じですね」

「では、まだ次の国王が決まったという訳ではないのですね?」

「はい、おっしゃる通りです」


 ユーレフェルトの王位継承については、さっさと決めてしまえと俺も思っていたが、まだ決まらないらしい。


「王位継承の話の前に、ユーレフェルトとの街道の往来がようやく再開されました」

「確か、事前の講和の条件では、もうとっくに再開されていたはずですよね?」

「はい、交渉通りであれば、キリカゼ卿がファルジーニに到着する頃には往来が再開されているはずでしたが……」

「例の俺達を狙った集団魔法による攻撃ですね」

「そうです。あれは、明らかに講和の条件に反した攻撃ですので、こちらからも反撃を行いましたし、あらためて講和の条件を話し合わねばならなくなりました」

「ユーレフェルト側は、何と言ってきたのですか?」

「あれは一部の不心得者による命令を無視した暴走行為であったと主張してきましたが、集団魔法による攻撃が一部の暴走によって行われたなんて戯言は認める訳にはいきません」


 ユドの話によれば、集団魔法は日頃から共同で訓練を重ねた者同士でなければ上手く発動させられないそうで、国や貴族が関与しているのは間違いないそうだ。


「フルメリンタからは、どのような要求をされたのですか?」

「こちらからは、関与した貴族を明らかにして、厳正なる処分を行うように要求いたしました」

「街道の往来が再開したのなら、その要求が通ったのですね」

「はい、攻撃を主導したザレッティーノ伯爵は、転封の上、子爵位への降格が決まりました」


 エーベルヴァイン公爵家に続いて、ザレッティーノ伯爵まで没落となれば、第二王子派は大きく力を削がれたことになる。

 だとすれば、この機会に次の国王を指名した方が良い気がするが……。


「なるほど、それがユーレフェルト側の動きなんですね」

「はい、ですが、他にも動きがありまして、ワイバーンの討伐から一年後に、次の王子の指名を行うそうです」

「それは、指名を行うだけで、即位するのではないのですね?」

「おっしゃる通り、指名だけのようです」

「それは、確かにゆっくりしてますね」

「ユーレフェルトの現国王は、慎重派なのか、それとも優柔不断なのか」

「国王同士で会談を行ったことは無いのですか?」

「数代前の時代には国王同士の往来もあったようですが、今は途絶えています」

「それは、やはり中洲の領有権を巡る争いが原因ですか?」

「その通りです」

「では、中洲の領有権が確定したのですから、今後は往来が復活する可能性もあるのでしょうか?」

「どうでしょう、それこそユーレフェルトの次の国王次第のような気がしますね」


 ユーレフェルトの現国王は、全く己の望まぬ形で戦が始まり、その結果として領土を失っている。

 言ってみれば、勝手に始まった戦争で、敗戦の責任だけを押し付けられた形だ。


 フルメリンタ側が訪ねて来るならいざ知らず、自分達から訪ねていく事はユーレフェルトの貴族達が許さないような気がする。


「いずれにしても、戦の後始末すら終わっていない状態では、戦以前よりも友好を深めることなど無理な話です」

「確かに、そうですね」


 そういえば、ユーレフェルトの国王オーガスタは、王都の復興を第一王子アルベリクに、エーベルヴァイン領の奪還を第二王子ベルノルトに命じていた。

 二つの派閥を競い合わせて成果を上げるためだろうが、次の国王の指名を一年後にしたのも、派閥同士を復興において競い合わせるためなのかもしれない。


 そうした考えを伝えると、ユドは頷いてみせた。


「なるほど、確かに復興を促進するには片方の派閥だけでなく、双方を競い合わせた方が効率が良くなりそうですね」

「ここに来るまでの道中、馬車から外の様子を見てきましたが、戦の被害はユーレフェルトの方が広範囲ですし、被害の度合いも酷く感じました」

「確かに、フルメリンタは中洲の領地を一時的に占領されただけで、それも取り返していますし、侵攻された面積でいえばユーレフェルトの方が遥かに広いですね」

「エーベルヴァイン領の復興を第二王子派に担わせて一年後までに終わらせ、その後は切り捨てるという方策のような気がします」

「では、キリカゼ卿は次の国王はアルベリク様だとお考えなのですね?」

「我々を召喚したのは第二王子派ですし、奴らから恩恵を受けた者はほんの一部に限られます。友人達を戦争奴隷に落とす原因を作ったのも奴らです。ユーレフェルトの利益になるから、フルメリンタにとって与しやすいからといった理由ではなく、あくまでも個人的な感情でしかないですが、第二王子に味方する気はありません」


 ユドは俺の話を聞きながら、何度も頷いてみせた。


「ユドさん、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「フルメリンタにとっては、アルベリク様とベルノルト様のどちらがユーレフェルトの次期国王に相応しい……あるいは都合が良いとお考えですか?」

「その質問については、お答えしかねます。理由は、フルメリンタは暗殺などの手段を用いて他国の王位に干渉する気が無いので、どちらが次のユーレフェルト王となっても良いように備えをするだけです」

「では、ベルノルトが次の国王でも構わないとおっしゃるのですか?」

「アルベリク様であっても、ベルノルト様であっても、フルメリンタとすれば相応の対応をするだけです」

「私としては、アルベリク様以外にあり得ないと思っているのですが、ベルノルトが次の国王となった場合でも、フルメリンタは対応できるとお考えのなのですね」

「そうでなければ、宰相など務まりません」


 変に力む訳ではなく、あくまで自然体で言い切るユドの姿は、フルメリンタの宰相としての自信に満ち溢れているように見えた。


「なるほど……私としては色々と世話になった恩もあるので、アルベリク様に次の国王になってもらいのですが……ファルジーニからでは何もできません。こうしてユドさんから情報を聞かせてもらうしかありません」

「ユーレフェルトの王位継承については私も同じです。情報が手に入り次第、キリカゼ卿にお知らせしましょう」

「ありがとうございます」


 もし、ベルノルトが次の国王になってしまったら、早急に海野さん達をフルメリンタに連れてきたい。

 そのためにも、まずはフルメリンタの人々と信頼関係を築くべきだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る