第78話 プレゼン
フルメリンタの国王レンテリオと面談してから、五日間ほどファルジーニの街を見て歩いた。
アラセリと二人きりの時もあったし、ハイファに同行を依頼した時もあった。
日本の街と比較すると、色々な違いが見つかる。
文明の発展度合いが違い過ぎるから、発見したからといってそのまま成果には繋がらないが、間を埋めるような提案はフルメリンタの利益になるような気がする。
五日間の視察を終えたところで、ハイファを通じて宰相ユド・ランジャールに面会を求めた。
功を焦っているつもりは無いが、戦争奴隷落ちしたクラスメイトのことを考えるとノンビリしてもいられない。
少し待たされるかと思ったが、申し込んだ翌日には宰相と面会できるという知らせが来た。
今回もアラセリと二人で、フルメリンタの民族衣装を着て城へと向かった。
案内されたのは前回登城した時と同じ部屋で、待っていると宰相だけでなく国王レンテリオまで姿をみせた。
「国王陛下まで……お忙しい中、申し訳ありません」
「なにを言う、我が勝手に割り込んだだけだ、して、どのような話を持ってきたのだ?」
「はい、ここ数日ファルジーニの街を見て歩き、私の祖国と比べてみました」
「キリカゼ卿の国とは、かなり違っているのではないか?」
「おっしゃる通りです。ただ、私にとっては奇異に感じるものも、フルメリンタでは常識として行われているものもあると思いますので、あくまでも提案としてお聞きいただければと存じます」
レンテリオは、一つ頷いた後で口を開いた。
「確かに国が変われば風俗、習慣などは異なる。その全てを取り入れていたらフルメリンタがフルメリンタではなくなってしまうかもしれん。ただ、だからといって他国より劣っている部分を放置すれば国は衰退するばかりだ。提案を採用するか否かは我らが判断するし、採用した結果の責任も我らが負う。だから気負わずに話を持ち込んでくれ」
「かしこまりました。では早速……教育について話をさせていただきます」
「ふむ、教育か……続けてくれ」
「はい、私が暮らしていた日本という国では、六歳から十四歳まで、合計九年間の義務教育が行われています」
「ほほう、九年間も教育を受ける義務があるのか」
「いいえ、そうではございません。教育を受ける義務ではなく、子供に教育を受けさせる義務があるのです」
「なるほど、子供ではなく親が義務を負うのだな?」
「おっしゃる通りです」
「だが、貧しい家庭までもが教師を雇ったり、子供を塾に通わせるのは現実的ではないぞ」
「はい、そこで国が子供を集めて教える場所を作るのです」
「ふむ、国が教えるのか……」
レンテリオは、ふっと視線を宰相ユドへと向けた。
視線を向けられたユドは、小さく頷いて話を引き取った。
「キリカゼ卿は、フルメリンタの教育についてどの程度ご存じですかな?」
「子供の教育については親が責任を負い、働きに出てからは雇い主が責任を負うと認識していますが……」
「その通りです。そして、良い職業に就くためには高い知識を身に付ける必要があります。そのために、私塾や家庭教師が存在し、知識を分け与えることで対価を得ています」
「国が教育を行うことで、その者達から仕事を奪ってしまう……子供の教育に金を掛けられる者達が、子供を良い職業に就けさせる優位性を失ってしまうと、お考えですか?」
「その通りです」
「では、フルメリンタの教育水準は今のままで構わないとおっしゃるのですね?」
「それは……」
今度はユドが助けを求めるようにレンテリオに視線を向けた。
「キリカゼ卿は、何故教育にこだわるのだ?」
「国民の教育水準が国力に直結するのを見てきたからです」
「ほぅ、もう少し詳しく話してくれるか?」
「私の暮らしていた国……というか世界は、通信技術が高度に発展していました。例えば、ここファルジーニに居ながら、ユーレフェルトの王都に居る者と会話するような技術が、ごく当たり前に使われていました」
「なんと……そんな技術があるのか」
「はい、そうした技術のおかげで、遠く離れた国の情報も知ることができました。当然、広い世界には富める国、貧しい国が存在していて、その格差を生みだしていたのが技術であり、その技術を支える知識でした。技術が高度に発展するほどに、それを支える知識も要求され、それを実現するためには子供の頃からの教育が必要なのです」
「どのぐらい国力に差があったのだ?」
「単純な比較は難しいですが、一般的な国民の収入が数十倍は違っていました」
「なんと……それほど違うのか」
「国力の差は、単に教育の差ではありませんが。格差を広げる一つの要因になっていたのは間違いありません」
「ふぅむ……」
レンテリオは腕組みをして考えを巡らせ始め、それをユドが無言で見守っている。
おそらく、教育制度の改革に考えは傾いているのだろうが、既得権益を持つ者の反発を懸念しているのだろう。
「キリカゼ卿、我が国の教育を改革するとして、何から手を着ければ良い?」
「読み書き、計算です」
「その理由は?」
「文字が読めない者には、いちいち口頭で指示を伝えなければなりません。そして、口で伝えるだけでは、複雑な内容は一度に伝えられません。聞いた内容を覚えきれなかったら、何度も聞きに行って確認する必要があります。ですが、文字を読める相手ならば、指示の内容を書いた紙を渡しておけば、何度でも確認できます」
「確かに、その通りだな。だから国の兵士として雇い入れた者には、読み書きができるか確認し、できない者には教えている」
「それは、国の仕事に限ったことではありません。読み書き、計算は全ての学問の基礎です。全ての国民が、文字を読み、内容を理解できるようになれば、必ずや傑物が現れます。
本当に有能な人物は、自ら知識を求め、自ら書物を読み解き、自ら思考し、新たなる発見へと至るものです」
「おぉ、なるほど……我らは、その傑物の土台を作る訳だな」
「おっしゃる通りです。もし、国民の識字率を上げることに異を唱える者がいるならば、こう言ってやって下さい。下々の者が知識を高めるのを恐れるならば、もっと高い知識を身につけよと」
「うむ、間違いないな。ユド、国民全員が読み書き、計算ができるようになる仕組みを考えよ」
「はっ、かしこまりました」
「キリカゼ卿、ユドの手助けをしてもらえるか?」
「勿論です。私でお役に立てるならば、いくらでもお手伝いいたします」
一国の教育制度改革を手助けするなど高校生には荷が重いのだが、自分から言い出したことでもあるし、断れるはずがない。
「さて、キリカゼ卿、他には無いのかな? 何やら作っていると聞いておるが」
「はい、こちらになります」
やはり、俺の行動は監視されていたようで、ここ数日で試作した品物をテーブルの上に載せた。
「ふむ、これは何だ?」
「こちらは、軸受けの模型になります」
「軸受け……とな?」
持参したのは、ローラーベアリングの模型だ。
模型と言っても材質は石なので、それなりの強度はあるはずだ。
「軸受けとは、馬車や荷車の車輪を軽く回すためのものです」
「ほう、輪の間に棒が挟んであるのか」
「はい、内輪、外輪、コロ、保持器で構成されています」
中身がこぼれないように、内輪に嵌めたカバーを外してベアリングの中身を見せた。
「これは、石で出来ているのか?」
「はい、あくまでも模型なので石で作ってありますが、実用品は強度の高い鉄で作る必要があります」
「これで、車輪が軽く回るようになると?」
「はい、この通りに……」
カバーを付け直して内輪を指で支え、外輪に勢い良く力を加えると、シャー……っと軽い音を立ててベアリングは回転した。
「おぉ、我にもやらせてくれ」
「どうぞ……」
「どれ……おぉぉ! これは……」
レンテリオは数回試した後で、ベアリングの模型をユドに手渡した。
「重たい岩を移動させる時に、地面にコロを置き、そこへ載せて押したり引いたりします」
「なるほど、内輪が地面、外輪が重たい岩という訳だな」
「はい、ここ数日、街中を走る馬車や荷車を見てきましたが、木の軸に木の車輪を嵌めただけのものが少なくありませんでした」
「内輪を軸に、外輪を車輪に嵌めれば、もっと軽く転がるという訳だな」
「おっしゃる通りです。ただ、これはあくまでも模型で、実際に使うには大きさ、太さ、幅、材質など、色々と試す必要があります」
そこへ、ベアリングの模型を回していたユドが言葉を挟んだ。
「それに、かなりの精度が要求されるのではありませんか?」
「おっしゃる通りです。精度が悪いとガタが出て、耐久性が著しく低下します」
「なるほど、こうした精度を実現するためにも計算の能力が必要なのですね」
「その通りです。軸受けが広く使われるためには、量産され、安く手に入るようにしなければなりません。品質を維持するためには、作業を標準化し、多くの者が同じ物を作れるようにしなけばなりません」
「なるほど……」
ユドがベアリングの模型を手渡そうとすると、レンテリオはそのまま持っていき、すぐに馬車の車軸に使える実物の試作に取り掛かるように命じた。
「構わんな、キリカゼ卿」
「ええ、そのために作ったものですから、是非活用して下さい」
「教育と技術による強国か……うむ、実に分かりやすかった。目が覚めるような思いだ」
「お役に立てて何よりですが、これらが芽を出し、成果として目に見えるようになるには時間が掛かると思います」
「であろうな、変革には時間がかかるものだ」
「はい、なので……この提案自体も評価していただければと……」
「奴隷落ちした者達のことが気掛かりか?」
「はい」
「解放するのは無理だが……待遇の改善は考慮しよう」
「ありがとうございます」
「礼には及ばぬ、この軸受けや教育制度が形となり、成果となれば恩赦も考える。ただ、国王といえども、貴族の顔色を窺わねばならぬのは理解してくれ」
「分かっております。引き続き、お役に立てるように尽力いたします」
「うむ、頼んだぞ」
この他にも筆記用具に関する提案も考えていたが、もう十分なインパクトを与えられたと思うし、精神的なプレッシャーによる疲労も感じていたので、次回に回すことにした。
果たして、どの程度の待遇改善になるのか、実態が分からないのがもどかしいが、とりあえず最初の実績は残せただろう。
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