第76話 前へ進む意志

 フルメリンタの国王レンテリオとの面談を終えて宿舎へと戻ったのだが、アラセリの表情が暗い。

 面談に向かう前も少し緊張しているようには見えたが、それでもワイバーンに立ち向かっていった時のような気概が感じられていたのだが、今は気持ちが沈んでいるように見える。


「どうかしたの? 何か心配事でもあるの?」

「ユート、お友達のことですが……」

「助けるのは無理って思ってるんでしょ?」

「はい……皆さんが消息を絶ってから、もう随分と日数が経っています。その間も戦争奴隷としての扱いを受けていたのであれば……」

「まぁ、まともな精神状態ではないだろうね」

「はい……」


 アラセリが言うには、男子が連れて行かれたクスダラムはフルメリンタ北方の山岳地帯で、鉱山での採掘や木材の伐採が行われているそうだ。

 戦争奴隷となった者には、逃亡と魔法の行使を妨げる首輪が嵌められる。


 つまり連れていかれたクラスメイトは、魔法が使えない状態でひたすら重労働が課せられるという訳だ。

 日本であれば重機を使って行うような作業も人力でやるらしく、当然危険を伴う。


 食事や休息も満足に与えられず、怪我をしてもろくに手当もしてもらえないようで、労働環境は劣悪の一言らしい。


「自分の生活費を除いた利益は、戦で傷ついた兵士や亡くなった兵士の遺族への賠償に使われると言ってましたが、戦争奴隷の本来の目的は懲罰であり賠償ではありません」

「それって、苦しめたすえに死ぬように仕向けているってこと?」

「はい……ですが、魔道具の首輪を嵌められているので、自死することはできません」

「死ぬ自由すら与えられていないってことか……」


 それでも男子の場合は、屈強な肉体と精神力があれば、僅かではあるが生き残れる可能性がある。


「女性は……もう無理だと思います」


 女子が働かされているのは、フルメリンタの西の玄関口であるビンタラールだ。

 つまり、前線で戦っていた兵士たちが引き上げてくる場所であり、ユーレフェルトに対する守りを固めるための兵士が駐留する街だ。


「兵士たちの夜の相手をさせられてるってこと?」

「いいえ、昼夜を問わずかと……」


 借金奴隷や犯罪奴隷となった女性が娼館で働く場合、最低限の労働条件が法によって定められているそうだ。

 暴力や嫌がる行為の強制などが禁じられ、あくまでも一人の人間として扱われる。


 だが、戦争奴隷の場合には法律が適応されないらしい。

 本人の意志は認められず、人ではなく物として扱われるらしい。


 物理的に壊す行為は禁止だが、それ以外は何をしても許されてしまうようだ。

 フルメリンタの兵士たちによって、ユーレフェルトへの怒りや憎しみを戦場で溜まった性欲と共にぶつけられるらしい。


「おそらく、もう心が壊れてしまっていると思います」


 考え得る最悪の状況として想定はしていたが、改めて突き付けられると愕然とさせられる。

 仮に助け出せたとしても、何て言葉を掛けて良いのかも分からない。


 解放されたとしても、自ら命を絶ってしまうかもしれない。

 止めないで……死なせて……と言われたら、俺はどうすれば良いのか分からない。


 自分達だけ良い思いをして……と罵られるかもしれない。

 俺の自己満足だと言われるかもしれない。


「アラセリが言っていることは事実だろうし、助け出そうなんて考えは無謀なんだと思う。でもね、それでも俺は挑戦しようと思ってるんだ」

「ユート……どうして、そこまでする必要があるんです?」

「それは、俺の存在価値を証明するためだよ」

「そんな……ユートは価値を認められたから招かれているのだから、改めて証明する必要なんて無いのでは?」

「俺が認められているのはユーレフェルトでの価値であって、フルメリンタに来てからは何も成し遂げていないよね。フルメリンタでも同じように、いや、それ以上に有用だと認められる必要があると思ってる。その一つの目標が、恩赦を得られるぐらいの国の利益なんだ」


 できるできないで考えるならば、できない可能性の方が遥かに高いが、フルメリンタで生きていくためのモチベーションにしようと思っている。


「ほぼ不可能と思えるほど困難だとは思うけど、だからといって挑戦することを止めてしまったら、俺は俺でなくなってしまう気がする」

「ユート……」

「ワイバーンの討伐だって、最初は俺には無理だと思っていた。でも、アラセリやマウローニ様、ラーディンやサイード達に支えられて成し遂げられた。そして、あの戦いで生き残った俺は、前を向いて進まなきゃいけないんだ。でなければ、共に戦って命を落とした人達に顔向けできないよ」


 ワイバーンの討伐で命を散らした者達はユーレフェルトのために戦ったのだから、おれがフルメリンタに認められるように頑張るのは、ちょっと違うような気もする。

 でも、フルメリンタのためにならないように、手を抜くというのも間違いだろう。


 マウローニは、俺に『生きよ』と言い残した。

 それは、ただ無為に時間を過ごして生きるという意味ではないはずだ。


 マウローニの最後の弟子として、恥ずかしくない生き方をしなければならないし、俺自身が胸を張って生きてゆきたい。


「俺が、フルメリンタで価値を証明するために手を貸してほしい」

「はい、勿論です。私はユートのためにここに来たのだから……」

「ありがとう」


 アラセリをギュッと抱きしめる。

 まだ、何をすれば良いのか具体的な方法は何一つ決まっていないけど、アラセリと二人ならば見つけられそうな気がする。


「ユート、何から始めますか?」

「まずは、今の俺に何ができるのかを整理しようと思うんだ。自分の能力、長所、短所をしっかりと把握しておきたい」

「ユートの能力としては、やはり魔法でしょう。転移魔法としては異質ですが、その能力は非凡です」

「そうだよな。というか、俺の場合は魔法しか取り柄が無いと思う」

「そんなことはありません。ユートは勇敢で、思いやりがあって、優しくて……」

「あ、ありがとう……でも、今は魔法について整理しよう」


 面と向かって褒められると、めちゃくちゃ照れくさい。


「魔法を使ってできることは、蒼闇の呪いの痣を消すような汚れや染みの除去、それからワイバーンを倒した時の切断、この二つのパターンだね」

「もう一つ、魔法も切断しましたよ」

「そうか、中州に渡る直前に撃ち込まれた火球を切断したんだった。でも、切断は切断だからパターンとしては二つだね」

「蒼闇の呪いの痣を消す施術は、フルメリンタでも需要があるはずです」

「うん、需要としては間違いなくあると思うけど……恩赦を考えるような国益となると微妙だよね」


 フルメリンタでも、顔を布で隠している女性を多く見掛けた。

 痣に対する差別や偏見は禁じられているそうだが、それでも見た目を気にする人は多いのだろう。


 ただし、痣を除去しても個人にとっての利益にしかならない。

 ユーレフェルトのように、王族の顔に酷い痣があるなら話は別だが、そうした悩みを抱えている王族はいないようだ。


「痣の除去については需要はあると思うんだけど、とにかく施術に時間が掛かる。それよりも、切断の転移魔法を有効活用する方法を考えた方が良い気がするんだよね」

「まさか、また危険な魔物を討伐しようとか考えているのではありませんよね?」

「魔物の討伐はワイバーンで懲りたよ。そうではなくて、切断の転移魔法では石や金属も切れるし、切断面が凄く滑らかだから、何か使い道がないかと思ってたんだ」

「なるほど、普通では切ることすら難しいものでも、正確に切断できますものね」


 ユーレフェルトからフルメリンタに身柄を引き渡された時、俺の実力を疑問視するジョブドの剣をスライスしてやった。

 魔法の効果範囲ならば、石でも金属でも切断できるし、飾りボタンのバリを取った時のように複雑な形にも切断できる。


 具体的な使い道は思いつかないが、金属などの加工には役に立つはずだ。

 現代日本の技術を使った、知識チートとかできないだろうか。

 

「そうだ、俺には別の世界の知識がある。こっちの世界とは文明の度合いとかが懸け離れているから、すぐに役立てる訳ではないけど、将来的な知識としては役に立つかもしれない」

「ユートの暮らしていた国には魔法が無くて、機械の文明が進んでいるんでしたね」

「そうそう、それと魔法を掛け合わせれば、独自の文明を発展させられそうな気もするんだけどね」


 機械文明というと産業革命が頭に浮かぶが、環境破壊や公害がセットというイメージがある。

 クラスメイトの恩赦を勝ち取るなら、蒸気機関で何とかなりそうな気もするが、実物を作るだけの知識は無い。


「精密な染み抜きと切断、それに異世界の知識……これで何ができるかだな」

「ユート、国王陛下のおっしゃる通り、まずはフルメリンタを知ることから始めましょう。知識として知るだけでなく、自分の目で見て、肌で感じてみましょう」

「そうだね、他人から聞いて知ったつもりになっていたら、大事なことを見落としてしまいそうだ」

「はい、生活に根付いたものを根底から変えてしまうようなものであれば、恩赦を引き出せるかもしれません」


 昨日は、物見遊山な気分で街を歩いていたけど、これからは改良できる何かを探して回ろう。

 腰を据えてやらなければ大きな成果は得られないだろうが、クラスメイトの現状を考えればノンビリもしていられない。


 まずは一歩、前に踏み出す切っ掛けになりそうな物を見つけに行こう。

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