第75話 対面

 いよいよ、フルメリンタの国王レンテリオと面談することになった。

 王都ファルジーニまでの道中に聞いたレンテリオの話からは、知性派の国王というイメージを持った。


 ゴリマッチョな俺様キャラというよりは、インテリメガネの学者タイプを想像している。

 メガネの蔓をクイっと直しながら、この程度のことも解らぬのか……なんて言われたらムカっとしそうだが、戦争終結のための捕虜もしくは人質のような立場なのだから我慢するしかないだろう。


 宿舎を出た馬車は、城が建つ急峻な山肌にへばり着いているような道をゆっくりと上っていく。

 道幅は狭く、馬車がすれ違うだけの余裕は無い。


 伝声管のような管を使って、途中何ヶ所かあるテラスを繋ぎ、上ってくる馬車と下っていく馬車を調整しているそうだ。

 敵の大軍が押し寄せて来たとしても、一度に大勢の兵士を上らせないための作りなのだろう。


 会談は、山の頂に建つ天守閣(といっても作りは西洋風)よりも一段下にある、二の丸とでも呼ぶべき建物で行われる。

 山の八合目ぐらいの高さだが、眼下にはファルジーニの街が一望できた。


 昨日、アラセリや案内人であるハイファと共に見て歩いたファルジーニの街は、活気に満ち溢れていると同時にとても治安が良いように見えた。

 道行く人々の服装は綺麗だし、ホームレスのような人は全く見かけなかった。


 何よりも、護衛も連れずに街を散策しているのに危険を感じないのだ。

 ユーレフェルトで王都の街を歩いた時には、雑務係の同僚だったタリクに案内してもらった時にも、アラセリが一緒だった時にも、足を踏み入れるのを止められた場所があった。


 いわゆる、貧民街とかスラムと呼ばれ、例え男性であっても近付かない方が良いほど治安の悪い場所だ。

 ところが昨日歩いたファルジーニでは、かなり細い裏道ですら不安を感じなかった。


 この治安の良さには驚かされたが、さすがは監視社会の国の王都といったところなのだろう。

 国王レンテリオとの対面は、普通の応接室で行われた。


 数段高い壇上の玉座から見下ろされ、跪いて頭を下げる……みたいなイメージを持っていたので、正直ちょっと拍子抜けだ。

 昨日、ハイファに対面時の作法を聞いた時に、普通にしていてもらえば問題無いと言われた理由はこれだったのだろう。


 応接室のソファーにアラセリと並んで座り、十分ほど待っていると二人の男性が姿をみせた。

 一人はクセの強い金髪を肩の辺りまで伸ばしたガッシリとした体型の男で、もう一人は藍色の髪を綺麗に整え右目にモノクルをはめた男だ。


 金髪の男が身辺警護、藍色の髪の男性が国王レンテリオなのだろう。

 俺とアラセリが席を立って跪こうとすると、金髪の男が野太い声で呼び掛けてきた。


「あぁ、そういった堅苦しい挨拶は抜きにしよう。ようこそ、キリカゼ卿と奥方殿、我がレンテリオ・アダル・フルメリンタである」


 金髪の男はニカっと笑みを浮かべて、どっかりとソファーに腰を下ろした。


「お初にお目にかかります、ユート・キリカゼです。こちらは妻のアラセリです、お見知りおきを……」

「うむ、よろしく頼むぞ。そうだ、こいつは我の片腕、宰相のユド・ランジャールだ」

「初めまして、私のことはユドとお呼び下さい」


 流れるような動作で右手を胸に当てて優雅に一礼してみせるユドは、少々芝居じみて見える。

 どうやら、このユドという男が、裏から脳筋っぽいレンテリオを操っているようだ。


 給仕がお茶を淹れてくれる間、レンテリオと無言で向かい合ったが、鋭い眼光はまるでライオンにでも狙われているようだ。


「さて、キリカゼ卿。まずは、何故そなたを招いたのか理由を語っておこう……といっても難しい話ではない。有能な人物を国に招くのは当然の話だ」


 レンテリオは、俺が蒼闇の呪いと呼ばれている痣を消せることも、転移魔法でワイバーンを切り裂いたことも、異世界から召喚された者であることも承知していた。


「ですが、エーベルヴァイン領を放棄してまで、手に入れる価値が自分にあるのでしょうか?」

「はははは、随分とキリカゼ卿は謙虚なのだな」

「自分にどの程度の価値があるのか、自分では分からないので……」

「そうか……今回は、こちらに優位な条件が重なったから敵陣深くまで攻め入れたが、あのままエーベルヴァイン領を切り取れるとは思っていなかった。ならば、物、金、人を手に入れた方が良いとは思わぬか」


 レンテリオの言葉に、ユドが大きく頷いてみせた。

 どうやら、この二人は最初から停戦、終戦のための落としどころを探っていたようだ。


「それで、私は何をすれば良いのですか?」

「まずキリカゼ卿には、フルメリンタを見て、知ってもらおうと思っている。これより二十日ほどは、ファルジーニの街を自由に歩いてもらい、国の仕組みや良い所、そして悪い所を知ってもらいたい」

「悪い所も……ですか?」

「無論だ、問題のある部分を改善するための知恵を知りたいのだからな」

「それは、異世界である日本や地球の常識と照らし合わせてでも構わないのですか?」

「むしろ、そうしてもらわねば困る。我々が求めているのは、我々とは違ったものの見方をする者だ」


 この考えは、レンテリオの発案によるものなのか、それともユドが提案したものなのか分からないが、少なくともレンテリオには受け入れる度量があるのだろう。


「分かりました。自分に可能な限りのお手伝いをさせていただきます」

「うむ……ユド、キリカゼ卿と奥方に身分証を……」

「かしこまりました」


 ユドは、トレイに載せて携えていた身分証を差し出した。

 身分証は名刺よりも一回り小さい銅板で、フルメリンタ王家の紋章が刻まれている。


「こちらの身分証があれば、街の外への出入りも可能ですが、当面の間は街の外に出る時にはお知らせください。役職は、宰相付きの顧問とさせていただきました。今後、キリカゼ卿が希望される職種が定まりましたら、その時には変更させていただきます」

「分かりました」

「宿舎は、現在使われている部屋をお使い下さい。この先、ご希望の場所があれば対応させていただきます」

「よろしくお願いします」


 当面、宰相のアドバイザー的な役割を与えられたようだが、要するにフルメリンタとしても俺の人となりを確かめてから、一番有用な場所を与えようとしているのだろう。

 身分証を受け取ると、レンテリオが話を引き取った。


「まぁ、そう堅くならず、自由な視点でフルメリンタを見てくれ。ただ、キリカゼ卿から助言を貰っても、その全てを叶えることは難しいと思ってくれ。急激な変革を行えば、大きな反動を招くことになるからな」

「分かりました」

「さて、今の時点で、何か希望はあるか?」

「では、一つ……自分と同じく異世界から召喚された者達の消息を御存じではありませんか?」


 レンテリオは、この質問を予想していたのだろう。

 それまでの人懐っこい笑みを引っ込め、表情を引き締めてからキッパリと言い切った。


「知っている」

「今、何処に?」

「戦争奴隷として使役している」


 これは予想していた答えだが、改めて突き付けられると軽くショックを受けた。


「解放していただく訳には……」

「いかぬな。今回の戦は、ユーレフェルトより宣戦布告も無いままに、一方的に仕掛けられたものだ。その者達は、戦端を開く役割を担い、我が国の兵士や民を殺した。その罪は償わねばならぬ」

「ですが、みんなユーレフェルトから脅されて……」

「だとしてもだ。他者の命を奪ったことに違いはない。何の罰も与えねば、死んだ者やその家族、友人、知人などが納得すると思うか?」

「それは……」

「その者達の事情も聞いているし、キリカゼ卿との関係も聞き及んでいる」


 レンテリオは、配下の密偵や同級生達からの聞き取りで、召喚されて以後の経緯をかなり詳しく把握していた。


「ユーレフェルトから戦いを強要されていたと言うが、現実にキリカゼ卿は戦いに加わっていないではないか。他にも戦いに参加していない者もいるそうだな」

「そ、それは、特殊な魔法の使い方ができたからで……」

「キリカゼ卿が戦いから身を引いた時には、特殊な魔法は使えていなかったと聞いているぞ」


 確かにレンテリオの言う通り、俺が戦いから逃れたのは転移魔法が使えなかったからであって、特殊な使い方ができたからではない。


「ですが、戦闘職から解放してもらうのは簡単ではなくて……」

「仲間からも臆病者となじられたそうだな」

「そんなことまで……」

「戦いから身を引くのは簡単ではなかったのだろうが、実行した者を何人も見ていながら、戦いの目標を確かめることもせず、言うがままに他者の命を奪う行為が罪にならぬと申すのか?」

「それは……」

「キリカゼ卿の協力をより引き出すためには、その者達を開放すれば良いのは明らかだが、それはこの国の法を歪めることに他ならない。そうした特例を重ねていけば、やがて歯止めが効かなくなり世の中は乱れる」

「恩赦とかは……」

「今後、大きな慶事が起これば考えなくもないが、終結した戦で罪を犯した者に対して恩赦を行うことはない」


 声を荒げる訳ではないし、むしろ落ち着いた話し方なのだが、レンテリオの言葉からは厳然とした拒絶を感じる。

 目の前にいる二人から、譲歩を引き出せる可能性はゼロだろう。


「あの……みんなは今、どこに?」

「男はクスダラム、女はビンタラールで働かせている。己の食い扶持を除いた金は、全てこの戦いで傷ついた兵士や遺族への賠償にあてられる」

「刑期は?」

「戦争奴隷に刑期は無い。それこそ恩赦が行われない限り一生奴隷のままだし、職種は変われども働き続けることになる」

「そう、ですか……あの、今はどんな仕事をさせられているのですか?」

「知らぬ方が良いのではないのか? 楽な仕事ではないことだけは確かだ」


 こちらの世界では、日本のような人権意識は存在していない。

 ましてや、罪人である戦争奴隷に対して、人道的な職場が用意されているとも思えない。


 自分の無力感に苛まれていたら、ユドが話し掛けてきた。


「お仲間を解放する方法が全く無い訳ではありません」

「えっ、本当ですか? どうすれば?」

「全国民が納得するような、巨大な利益をフルメリンタにもたらして下さい。そうすれば、恩赦を検討するかもしれません」

「それは、ありきたりな手柄程度では駄目ってことですね?」

「おっしゃる通りです」

「分かりました、可能性があるならば挑戦してみます」

「楽しみにしていますよ」


 結局、フルメリンタに良いように使われる状況ができあがっただけな気がするが、この国で生きていく以上は自分の有用性を証明する必要がある。

 むちゃくちゃ役に立つ奴だと証明すれば同級生を救えるというのなら、チャレンジしない理由は無いだろう。

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