第74話 到着

 フルメリンタの王都ファルジーニは、大きく蛇行した川に囲まれた街だった。

 北から流れてきた川が、西に向かって向かって大きく弧を描き、東へと下っていく。


 平仮名のひの字を歪めたような川の内側に街並みが広がり、それを見下ろす北東の山に王城が築かれていた。

 川を渡り、街へと入る橋は全部で五ヶ所あるそうだが、門はあれども検問は行われていないらしい。


 検問が行われていないだけでなく、門は夜間も開かれたままだそうだ。

 治安の維持を考えるならば、門を閉めた方が安心だと思うが、それよりも自由な往来を優先して商業活動を活発化する狙いがあるらしい。


 では、守りが薄いのかと言えば、そんな事はない。

 橋の袂には兵士の詰所が設けられ、川原は演習場としても使われている。


 川幅は四十メートルぐらいあり、深いところでは大人の背丈の五倍ぐらいの水深があるそうだ。

 ただし、弧を描いた川の内側は水深が浅くて船は寄せられず、船着き場は全て川の外側にある。


 船を使って兵を送り込もうとしても、直接街の方へは近付けない。

 当然、川の外側にある船着き場の近くにも兵士の詰所があり、簡単には上陸できない。


 仮に街を占拠できたとしても、城を落とすのも一筋縄ではいかなそうだ。

 急峻な山肌を切り開いて作られている城には、見た目以上に多くの兵士が常駐しているらしい。


 山の内部を掘り進めて、地下に兵舎を設けると同時に、多くのトンネルが作られているらしい。

 たとえ城が落とされようとも、王族は専用の抜け道を使って落ち延びるのだろう。


 俺達が王都に着いたのは、夕闇が迫る時間だったが、街にはまだ多くの人が行き交っていた。

 案内人であるハイファの話によれば、日が暮れた後も人の流れは絶えないらしい。


「一晩中明かりを灯しているんですか?」

「はい、そうした場所が年々増えています」

「灯りは、油ですか?」

「いいえ、近年発明された魔道具が主流ですね」


 何でも、魔力を補充できる魔道具が開発されて、爆発的な勢いで改良が重ねられ、価格が引き下げられ、普及しはじめているらしい。

 いうなれば、充電池みたいなものらしいが、人間が自分の魔力を流し込んで貯められるそうだから更に便利そうだ。


「多くの魔道具にその技術が使われるようになったのですが、問題が無い訳ではないのです」

「どんな問題があるのです?」

「使える魔道具が増えて、今度は自分の魔力が足りなくなっているそうです」


 明かりの魔道具、水の魔道具、風の魔道具、火の魔道具、冷却する魔道具、身の回りに新しい魔道具が増えたものの、全部を動かし続けるほど魔力が充填できないそうだ。

 水の魔道具と火の魔道具に魔力を注いで煮炊きはできたけど、灯りの魔道具に魔力を注げず夜は真っ暗なんてことが起こっているらしい。


「自分の魔力量と相談……って、ヤーセルさんなら使い放題じゃないんですか?」

「それが、上手くいかないらしいんです。普通、魔道具を手で触れて魔力を注ぎ込むそうなんですが、ヤーセルさんが触れると壊れてしまうそうです」

「もしかして、受け止める側の容量を遥かに超えてしまっているからですか?」

「はい、おそらくそうなのかと……」

「それならば、もっと大きなものを作れば良いのでは?」

「それが実現できていないそうです」


 現状、魔力を貯める器には大きさの限界があり、ヤーセルさんの巨大な魔力を受け止めるようなサイズは作れないらしい。


「でも、それが実現できたら、城全体とか街全体の魔力をヤーセルさんで賄えようになるのでは?」

「はい、その可能性はありますし、研究も行われているそうです」


 これならば、ヤーセルさんと再会する日も近いだろうと感じると同時に、そんな膨大な魔力なんて原子炉とまではいかなくても、火力発電所の燃料タンクぐらい危険な存在のように思えてきた。

 人の多い場所から遠ざけたくなるのも分かる気がする。


 多くの人で賑わう街を抜け、街の東側、王城の麓にある館へと案内された。

 ハイファの話では、外国の要人などが宿泊する施設だそうだ。


「国王陛下との対面は明日以降になります。それまでは、こちらで長旅の疲れを癒して下さい。私は、この後も王都でのご案内を務めさせていただきます」

「分かりました、今後もよろしくお願いします」


 案内された部屋は三階で、バルコニーからは王城の建つ山も、ファルジーニの街並みも一望できた。


「はぁ……やっとファルジーニに着いたんだ」

「ユーレフェルトの王都を出てから二十日ほど掛かっていますから、随分遠くに来た気がします」


 馬車で二十日の道程も、たぶん新幹線ならば一日で往復できてしまう距離なのだろうが、時間が掛かっている分だけ余計に遠くに来た気がする。


「そうだね、俺もこんなに長く旅をしたのは初めてだよ」

「これからは、この街で暮らしていくことになるのですね」

「うん、どんな働きを求められるのか分からないけど、とにかく二人の居場所を作ろう」

「はい、ユートが一緒ならば私は小さな家でも、貧しい暮らしでも構いません」

「アラセリに苦労させずに済むように頑張るよ」


 腕を絡め、肩に頭を預けてくるアラセリと並んで、夜の帳が下りていく街並みを眺めた。

 確かに、これまで通ってきた街よりも灯りの数は多い気がする。


 フルメリンタの王都でもあるし、経済的には栄えているのだろう。

 景気の良い街ならば、とうぜん裕福な人も多いだろうし、蒼闇の呪いと言われている痣を消す治療院を開けば、それだけでも食べて行けるだろう。


 ただし、それはフルメリンタの国王が自由に商売をする許可をくれるならばだ。

 痣を消すよりも、ワイバーン殺しという戦力を求められるのならば、それこそ召喚された当時のクラスメイト達のように魔物退治に扱き使われるかもしれない。


 それならそれで、またアラセリと一緒に死線を潜り抜けるだけだ。

 ここで、俺一人で……と言えないのが情けないところだが、いつ死ぬか分からないような状況に放り込まれるとしたら、やっぱりアラセリと一緒がいい。


 宿での夕食は、食べきれないほどの品数が並ぶ過剰な豪華さは無かったものの、料理に使われている素材は全て厳選された物だと感じた。

 メインの肉料理も、日本のような霜降り肉ではないが、筋張った硬さも無く、濃厚な味わいだった。


 添えられていたパンも、お上品でフカフカなパンではなくハードタイプで、噛みしめる度に小麦の味わいが感じられた。

 なんというか、全体的に強いと感じる食事だった。


 ゆっくりと夕食を楽しみ、風呂に入った後はベッドでアラセリと体を重ねた。

 これまでよりも、深く、深く繋がり合えるように、時間をかけて求め合った。


 翌朝、国王レンテリオは外せない会議があるそうで、面談は翌日以降だと知らされた。

 案内人のハイファと一緒ならば、ファルジーニの街を散策しても構わないと言われたので、早速案内してもらうことにした。


「キリカゼ卿、なにか見たいものはございますか?」

「そうですねぇ……できれば服を買いたいのですが」

「服ですか……申し訳ございませんが、ファルジーニにはユーレフェルトの民族衣装を扱う店は無かったと思います」

「いえ、ユーレフェルトの民族衣装ではなく、フルメリンタの服が欲しいんです。元々俺はユーレフェルトの人間ではありませんし、これからはフルメリンタの国民として過ごしていくことになると思います。なので、フルメリンタの服が欲しいんです」

「でしたらば、ファルジーニで一番の服屋へご案内いいたします」

「その店の服は、今日行って明日の陛下との面談までに間に合いますか?」

「それは……ちょっと難しいかもしれませんね」


 王都一の服屋となれば、注文はオーダーメイドだろう。

 できれば明日の面談までに、フルメリンタの服を手に入れたい。


 別にレンテリオに媚びを売るつもりではなくて、この国で生きていくという意思表示がしたいのだ。

 服を買う目的をハイファに伝えて、今日中に服を買える中でも比較的上等な店へ案内してもらった。


 ユーレフェルトの民族衣装は、丈の長いシャツと裾を絞ったパンツというスタイルで、上から下まで同色でコーディネートするのが決まりだ。

 今、俺とアラセリが着ているのは、鮮やかな青一色の衣装で、ファルジーニの街では完全に浮きまくっている。


 なにしろ、講和が成立したとは言え、ついこの前まで戦っていた国の民族衣装だから目立つのは当然だ。

 国王陛下との面談を抜きにしても、街を散策するのに、この格好では目立ちすぎる。


 気軽に街を歩くためにも、服の購入は最優先事項だ。

 フルメリンタの民族衣装は、男性は裾を絞ったパンツ、女性は足首まであるロングスカ―トで、赤、黄、青、緑、橙など色とりどりに縦ストライプが入っている。


 上は、男女ともにシャツとベストというスタイルが基本だそうだ。

 ベストやシャツの色に決まりは無いらしいが、若い人は暗色、年配の人や幼い子供は明色を着るのが一般的らしい。


 俺は白いシャツに深い藍色のベスト、アラセリは白いシャツに深い臙脂のベストを合わせた。


「これでフルメリンタの人に見えるかな?」

「そうですねぇ……どうせなら、靴も買いにいきましょう」

「あぁ、この派手な青い靴は目立ちますもんね」


 早速、靴屋に移動して、落ち着いたブラウンの革靴に履き替えて、ようやくファルジーニを散歩する支度が整った。

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