第73話 国王の評判

 国境の街ビンタラールを出発してから五日が経過した。

 のどかな村や集落の風景は、フルメリンタもユーレフェルトも違いは感じられなかったが、大きな街に入ると違いが見受けられた。


 ユーレフェルトで街に遊びに行ったのは数えるほどしかなかったが、街中で巡回を行っている騎士に対して民衆は恐れを抱いていた。

 日本では制服姿の警察官が通りかかったとしても、後ろ暗い事をしている者でもなければ身構えたりはしないが、ユーレフェルトでは話を止め、騎士が通り過ぎるのをじっと待っていた。


 あれは騎士に対する態度というよりも、ヤクザ者が通りかかった時の反応と同じだった。

 何事も無いように、声を掛けられたりしないように、じっと息を潜めて気配を殺していた。


 だが、フルメリンタの街では、巡回する騎士に対して民衆が挨拶したり、気軽に話し掛けている。

 日本の市民が警察官に対して抱く感情よりも親密で、言うまでもなくユーレフェルトとは大違いだ。


 そうした状況を馬車の中で話すと、アラセリも気付いていた。


「ユーレフェルトでは、騎士は一代限りとは言え貴族の身分を与えられているので、フルメリンタとは民衆の反応が異なるのでしょう」

「いいえ、フルメリンタでも騎士には一代貴族の地位が与えられていますよ。違うのは貴族に対する反応だと思います」


 案内人のハイファによれば、フルメリンタでも以前にはユーレフェルトと同様に身分差別が厳しかったらしい。

 その状況を徐々に改革してきたのが、現国王レンテリオだそうだ。


「改革と言っても、簡単にはいかなかったのでは?」

「そうですね。人間は自分が手に入れた権利、権力を手放そうなんて思いませんからね」

「では、どうやって変えてきたのですか?」

「改革が始まったのは、まだ私が生まれる以前の話なので、詳細まで知っている訳ではありませんが、国王陛下が最初に手を付けたのは国を知ることだったそうです」


 国王レンテリオが国の改革に手を付けたのは、まだ国王になる前だったそうだ。

 その当時のフルメリンタは、ユーレフェルト以上に貴族が身分を笠に着て好き放題をしていたらしい。


 そんな状況を憂いたレンテリオは、私設の諜報機関を作ったそうだ。

 そして、王国の法律に背いている貴族を調べ上げ、動かぬ証拠を突き付けて断罪していったそうだ。


 その諜報組織はレンテリオが国王の座に就いた後、更に強化されているらしい。

 これは、王都に到着した後は、二十四時間体制で監視される覚悟をしておいた方がよさそうだ。


「キリカゼ卿は今の話を聞いて、フルメリンタという国はさぞや息苦しい国だと思われたのではありませんか?」


 まるでこちらの心の中を読んだようなハイファの言葉に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「まぁ、元々俺の立場では監視される覚悟はしていましたから、聞いても聞かなくても一緒ですね」

「そうですか……実は、国王陛下が諜報組織を用いた改革を始めた当初、そうした反発があったそうです」

「あった……ということは、今は反発は少なくなっているんですか?」

「はい、諜報機関の情報が懲罰だけでなく、報奨に用いられるようになってから反発は減っていったようです」


 諜報機関を使い始めた当初、レンテリオは不正を行って民心が離れた貴族の摘発ばかりを行っていたそうだが、貴族の間から反発の声が強くなって方針を変更したらしい。

 不正を行う貴族を取り締まると同時に、善政を敷いている貴族に対しては褒美を与えるようにしたそうだ。


「多くの貴族は、領民に対して善政を行えば王家から褒められる、不正を行って取り上げられた貴族の領地を与えられると知り、それまでの威張り散らすだけの統治法を見直し始めたそうです」


 ハイファはレンテリオに心酔しているのか、その功績をうっとりとした表情で称えてみせた。

 確かに、民衆に対して善政を敷く良い国王のように見えるが、見方を変えると自分に逆らう者は調べ上げて没落させ、自分に利する者は取り立てて権力の地固めをしているようにも見えなくはない。


 聖人か、策略家か……どちらにしても頭の切れる人物なのは間違いないだろう。

 いずれにしても、ハイファの話を聞く限りでは、フルメリンタが監視社会なのは間違いない。


 馬車の窓から眺めただけで、ユーレフェルトよりも優れている、暮らしやすい国だと考えるのは早計かもしれない。

 それに、社会の支配者である国王が変わった後も、同じような善政が敷かれるとは限らない。


 諜報組織がそのままで独裁政治が行われれば、それこそナチスドイツのような国になりかねない。

 もし、フルメリンタがそんな独裁国家だったとしたら、俺はどう立ち回れば良いのだろうか。


 長いものには巻かれろ状態で、独裁者に媚びへつらって生きていくのか、それとも隙を見つけて革命を起こすような生き方をすべきなのか……。

 まぁ、現実問題として、知り合いすら殆どいない国で革命なんて夢のまた夢だし、結局は強者に媚びて生きてゆくしかないのだろう。


 ここまでの道中、宿泊先は全て領地や街を治める貴族の屋敷だった。

 程度の違いはあれども、どの家でも歓迎され、ユーレフェルトの第二王子派の貴族のように、俺を目の敵にする家は無かった。


 ビンタラールの街を治めていたナジームと同様に、ワイバーン討伐の話や地球の話を少しでも聞きだそうとする者が殆どだった。

 そんな貴族達に、話の途中で国王や王族の印象を訊ねてみた。


 殆どの貴族がレンテリオや王族を称えていたが、一人だけ違った見方をする者がいた。

 三日目に宿泊した、ユジュスの街を治めているハールーン・ザッカルディアだ。


 ハールーンは、三十代前半ぐらいのガッシリした体型の男で、街の揉め事に自分から首を突っ込んでいくらしい。

 俺と話している間も執事が度々頭を抱えるような、型に嵌らないタイプのようだ。


 だが、単なる脳筋タイプではなく、地球の政治体制について詳しく訊ねてくるような、破天荒にみえて頭が切れる男らしい。


「レンテリオ陛下か……恐ろしい方だな」

「恐ろしい……ですか?」

「あぁ、余りにも頭が切れる方で、顔を会わせただけでも心の奥底まで見透かされそうだ」

「俺はハールーンさんに同じ印象を持ってますけど……」

「はははっ……そいつは買いかぶりすぎだ。俺などは陛下の足元にも及ばないぞ」


 ハールーンは笑い飛ばしてみせたが、気さくな笑みを浮かべつつも背中にナイフを隠していそうな気配がする。

 国王レンテリオは、ハールーンのような個人的な資質に加えて、諜報機関という裏付けを持っているのだろう。


 正直、恐ろしいと感じるが、その一方で好奇心をそそられている。

 ぶっちゃけ、フルメリンタの貴族とは違って、俺は領地を失う心配をする必要は無い。


 勿論、アラセリを失うことは恐ろしいが、仮にアラセリを傷つけることがあったら刺し違えてでも息の根を止めてやる。

 まぁ、一国の王がそんな事をするとも思えないが……。


「ハールーンさん、国王陛下の諜報機関って、どんな組織なんですか?」

「その質問に俺が答えると思っているのか?」

「いや、それは無理ですよね」


 夕食後に場所を変えて差し向かいで、しかもハールーンは酒を飲みながらだったが答えなかった。

 聞いた俺も答えてくれると期待していた訳じゃないが、お茶を濁す答えすら戻ってこなかった。


「例え知っていたとしても答えないし、実際諜報機関については何も知らない。ただ……」

「ただ……?」

「いついかなる時にも王家の目が光っていると思ってるんだな」

「それはちょっと……」

「何を言ってる、監視される程度は覚悟してるんだろう?」

「まぁ、そうですね……」

「それに、王家の目が光っていると言ったが、別に何時も見張られているという意味じゃないぞ。むしろ、人に見られて恥ずかしい生き方をするな……って話だ」


 ハールーンの話では、一時期フルメリンタでも監視の目が強くなりすぎて、些末な失敗まで咎めるような状況に陥った事があったらしい。

 そして、失敗した者に対しては、周囲の者が寄ってたかって非難するような世の中になりかけたそうだ。


 まるで、ネット上で炎上して袋叩きにされるようだが、リアルの世界で非難を浴びせられるのだから、よりダメージが大きいだろう。

 そんな状況を変えたのも、国王レンテリオだったそうだ。


 不正を働いた者は厳しく罰する一方で、失敗を犯した者にはチャンスを与えるようにしたそうだ。

 分かっていて不正を働くのは罪だが、失敗は誰にでも起り得ることで、人間を成長させる糧ともなると周囲の者を諭していったらしい。


 そして、諜報機関による監視も、単に罪を問うものではなく、冤罪から人々を救うことにも使われるようになったことと、レンテリオが人に見られても恥ずかしくない生き方をせよと口癖のように言うようになったことで監視に対する嫌悪感が和らいだらしい。


「嫌悪感が薄らいだだけじゃないぞ、その言葉が世の中に広まると、犯罪の発生率がガクンと下がったんだ」

「えっ、本当ですか?」

「まぁ、国王の口癖だけじゃなく、貧困層への支援も手厚くなったとのも原因の一つなんだがな」


 国王レンテリオは貧困層への仕事の斡旋なども、直轄地だけでなく貴族の所領でも積極的に行わせたそうだ。

 貧しい者が潤えば、物を買う人間が増え、ひいては経済が活性化して金持ちも潤うようになる……というのがレンテリオの持論らしい。


「まだ俺が親父から家を継ぐ前だったが、ユジュスでも貧民街に暮らす者に仕事を与え、定期的に街の清掃を行うようにしたら犯罪の件数が激減した。やったのは当り前の事だし、結果が出るのも当然なんだが、突き付けられると唖然とさせられるぞ」


 ハールーンはグラスに残った酒を煽った後で、言葉を選ぶようにして続きを話した。


「勿論、俺も驚いたんだが、親父は更に驚いて陛下に心酔していった。うちと同じような事が他の領地や街でも起こって、雪崩のような勢いで陛下を崇拝する者が増えていった。貴族も、商人も、農民も、勿論元貧民もだ」

「何か問題があるんですか?」

「無いな、何の問題も無く、全てが上手く運んでいる……それだけに恐ろしいだろう、上手くゆきすぎだ。この順風が急に逆風になったら、どんな事態になるのか考えるだけで恐ろしい」

「もし、俺がその逆風の素になったら、どうします?」

「そうだな……話した限りユートは悪い男には見えない、殺すのは可哀想だがらユーレフェルトかカルマダーレに追い出してやるよ」

「俺は、アラセリと一緒ならば何処でも構いませんよ」

「ふはっ、その歳で尻に敷かれてるのか? 若いうちは女の三人や四人囲ってみせろ」

「考えておきます」


 ユーレフェルトに海野さんを残してきたが、まだフルメリンタでの処遇も分からないのでハールーンには話さなかった。

 ここで話したからといって、すぐに王家に伝わるとは限らないが、まだ気を緩めない方が良い気がする。

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