第71話 入国
城壁の向こう側では喧騒が続いていたが、俺達の乗った馬車は先へ先へと進み、その音も聞こえなくなった。
戦闘が終了したのか、それとも単に距離が離れたせいなのかは分からない。
講和が成立する最後の最後に、下らない自分達の見栄のために集団魔法まで使った連中には呆れるしかなかった。
これでまた戦闘が再開して、街道の往来が回復できなかったらどうするつもりなのだろう。
「ヤーセルさん、講和は成立するんですよね?」
「どうでしょう、正直に言って分かりません」
「でも、街道の往来が再開しないと行商人たちが困るんですよね?」
「おっしゃる通りですが、通行の安全が確保されなければ意味がありませんよ」
街道の往来が再開されました、馬車に乗って行商に向かったら戦闘が再開しました……なんて状況では安心して商売はできない。
戦によって多くの物を失った地域では、生活必需品などを持って行けば商売になるのだろうが、それも安全が確保されていればの話だ。
「御心配でしょうが、キリカゼ卿には予定通り王都ファルジーニへ向かっていただきます」
「仕方ありませんね。それに、俺がここに残ったとしても何もできませんからね」
「どんなに有能な方でも、何もかもを一人で解決することなど不可能です。我々も講和を進めるからには、一日でも早く安全な往来の回復を願っていますので、ここは任せていただけませんか」
「はい、よろしくお願いします」
馬車が暫く進むと、右手に黒焦げになった建物が見えてきた。
ここがかつての国境で、見えているのはユーレフェルトの検問所の跡らしい。
大きな門の痕跡も残されているが、今は門自体が撤去されていた。
今後は、俺達が渡ってきた橋の袂に新たな検問所が建てられるらしい。
更に少し進むと、左手に燃え落ちた建物が見えてきた。
こちらは、フルメリンタの検問所の跡らしい。
「キリカゼ卿、短い間でしたがありがとうございました。こちらで次の案内人と交代になります」
「ヤーセルさん、こちらこそありがとうございました。王都での再会を楽しみにしています」
「はい、是非!」
ここで案内人が交代し、馬車も屋根のついた箱馬車へ乗り換えるそうだ。
馬車を降りると、二十代半ばぐらいの女性が歩み寄ってきた。
サラリとした栗色の髪を肩よりも長く伸ばし、首の後ろでゆったり束ねている。
キリっとした知性的な顔立ちと、女性らしい肉感的な体型が少々アンバランスに感じる。
「フルメリンタへようこそ、キリカゼ卿。ここから先、王都までの案内を仰せつかったハイファ・カリルと申します」
「ユート・キリカゼです、それとこちらは妻のアラセリです、よろしくお願いします」
「承りました。では、こちらの馬車にお乗りください。今夜の宿へご案内いたします。ヤーセルさん、お疲れ様でした」
「キリカゼ卿をよろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
ヤ―セルの身の上話を聞いているので、冷遇されているのではと心配していたが、ハイファの態度に侮るような気配は感じられない。
最後に、もう一度ヤーセルと握手を交わして、王都に向かう馬車へと乗り込んだ。
キャビンは小振りだが、四頭引きの馬車だった。
馬車を引く馬の数が多いほど、一頭の馬に掛かる負担が少なくて済む。
馬は貴重だそうで、一台の馬車に多くの馬を使うのは贅沢な仕様だそうだ。
それだけフルメリンタが俺達を歓迎してくれているのだとアラセリが教えてくれると、ハイファも頷いてみせた。
「勿論、歓迎いたしますよ。ワイバーン殺しの英雄にして、他世界からの召喚者であるユート・キリカゼ卿」
「どうして、それを……」
「我が国にも諜報部門がございます」
「ユーレフェルトの王城の中まで調べているってことですか?」
「おっしゃる通りです」
どうやら、フルメリンタは俺が思っている以上に、俺という人間について調べているようだ。
「それならば、俺以外にも召喚された者がいるのは?」
「勿論、把握しております」
「じゃあ、俺の友達は無事なんですか?」
「それについては、王都にて陛下がご説明させていただきます」
自分以外の召喚者の話が出て、希望が湧いた反面、思わせぶりな言い方に不安を感じる。
クラスメイト達は、この戦争では最前線に放り込まれたいたと聞いている。
どの程度戦闘に関与したのか分からないが、下手をすれば戦争犯罪人だ。
最悪、処刑されたり戦争奴隷に落とされる。
だが、生きていて、所在さえ分かっていれば、交渉して奴隷身分から解放してもらうこともできるかもしれない。
そのためにも、まずはフルメリンタの王都に行って王様と会う必要がある。
不安はあるが、進むしかない。
馬車の外に目を向けると、たわわに実をつけた稲穂が風に揺れていた。
俺が見ている下流側は、元々はユーレフェルトの領地だったから、ここで収穫できる米はフルメリンタにとっては戦利品のようなものだ。
国土全体の作付け面積と比べれば、ほんの一部に過ぎないのだろうが、長年に渡って領有権を争ってきた土地だけに価値は高い。
そうだ、この戦いにおいてフルメリンタは利益を得ている。
勝ち戦の状態で講和を結び、領有権を確たるものにした。
今ならば、いわゆる恩赦があったとしても不思議ではないだろう。
状況とすれば悪くない、いや追い風だと考えるべきだろう。
「キリカゼ卿、王都までの道に何かご要望はありますか?」
「要望ですか……まだフルメリンタを良く知らないので、少しでもこの国について知りたいですね」
「分かりました、お訊ねいただければ、答えられる範囲で答えさせていただきます」
「では、早速ですが、フルメリンタの王室についてご教授願いたい。これからお会いする方々について、何も知らないのは失礼ですからね」
「かしこまりました」
フルメリンタの現国王、レンテリオ・アダル・フルメリンタには、三人の王妃がいて、四人の王子と六人の王女がいたそうだ。
いたそうだと言ったのは、すでに王女のうちの三人は結婚して王室を離れているからだ。
三人の王妃、四人の王子の仲は良好で、ユーレフェルトのような王位継承争いは起こっていないらしい。
王室が下らない権力争いをしていれば、貴族の間にも対立が生まれ、やがて民衆の間にも波及し国を傾けるというのが現国王の主張だそうだ。
三人の王妃は国王の主張の賛同者であり、共に国を盛り立てるために影から支えているらしい。
その王妃たちに育てられた王子たちも、やはり国王の主張の賛同者だそうだ。
四人の王子のうち、次期国王候補の一番手は第二王子エレディオだそうだ。
これは、ヤ―セルの見立てと一致している。
エレディオは今年二十一歳だそうで、婚約者はいるがまだ結婚はしていないそうだ。
第一王子のイステファンは、ハイファの見立てでも体が弱く、本人も王位を望んでいないらしい。
自分は裏方に徹してエレディオを支えると公言しているそうで、政治、経済、外交、歴史などの分野に深い造詣をもっているらしい。
第三王子のカルデロンは今年十八歳で、王室騎士団に所属しているそうだ。
剣技も火の魔法の腕前も贔屓目抜きに一級品らしく、将来は騎士団を率いて兄を支えると公言しているそうだ。
今年十七歳になった第四王子のフェジリオは学者肌だそうで、中でも薬学に興味を持っていて、現在は王立学院に籍を置いているそうだ。
兄イステファンの体質を少しでも改善したいという思いから薬学を学び始め、今は国民の健康を維持して国を支えるのを夢見ているらしい。
国の役人であるハイファの言葉だから、どこまで真実か分からないが、聞けば聞くほど理想的な王室だと感じる。
第四王子のフェジリオは俺と同じ歳だというのに、兄を気遣い、国民を支えることを夢見て薬学に打ち込んでいる。
その場その場の状況に流されて、アラセリに溺れている自分が恥ずかしくなってくる。
「どうされましたか、キリカゼ卿」
「い、いや、あまりにもユーレフェルトの王室と違い過ぎて……」
「そうですね。現在のユーレフェルト王室は、外から見ている者からすれば思わしくない状況が続いていますね」
ハイファは言葉を選びながら話しているが、要約すれば酷い状況だと言いたいのだろう。
「これは、答えられる範囲で構いませんが、フルメリンタはユーレフェルトをどうするおつもりですか?」
俺の質問にハイファは、ほんの一瞬だけ眉を動かしてからニッコリと微笑んで答えた。
「勿論、友好的な隣国としてお付き合いをしていきたいと思っておりますよ」
「それは、ユーレフェルトが常識的な行動を取るならば……の話ですよね?」
「おっしゃる通りです。戦になれば状況は混沌としますので、先の見通しは難しくなりますね」
「ユーレフェルトを占領するような意思は?」
「私は王族ではございませんので断言はできませんが、そこまでは考えていないと思います」
「理由を伺ってもいいですか?」
「戦力です。フルメリンタとユーレフェルトは国の規模が似通っています。同程度の戦力を有する国を丸ごと占領するのは現実的ではありません」
確かに同程度の規模の国を攻撃し、占領するのは現実的ではない。
しかも、ユーレフェルトは西の隣国ミュルデルス、マスタフォとは良好な関係を築いていると聞いている。
ミュルデルスやマスタフォが、フルメリンタと手を組んでユーレフェルトを攻めるならば、占領することも可能だろうが、その場合に手にできる領土は半分程度だろう。
「今回の戦で、我が国は中洲全域を領土にできましたが、失った兵士や民衆の数は少なくありません。ユーレフェルトを侵略するには更に多くの犠牲が必要となりますし、その後の統治も簡単にはゆかないでしょう。 ユーレフェルトを占領するなど夢物語ですよ」
ハイファは穏やかに微笑んでみせるが、それは強者の余裕のようにも見える。
まぁ、侵略云々については、王族やその周囲の人間と親しく会話を交わす機会を得られたら訊ねてみよう。
馬車は中州を通り抜け、橋を渡ってフルメリンタ本土へと入った。
それまでの田園風景とは一変し、川を渡ると大きな街が広がっていた。
「キリカゼ卿、今夜はこちらの街での宿泊となります」
「大きな街ですね」
「はい、ここビンタラールは、フルメリンタの西の玄関口ですから」
西の玄関口にして、西の守りを固めるビンタラールは、ユーレフェルトの王都よりも栄えているように見えた。
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