第69話 フルメリンタ

 フルメリンタ軍の撤退は、大きな問題も起らず順調に進んでいる。

 俺はミリオタではないから軍隊について詳しくないが、フルメリンタの軍勢は高度に統率されているように感じる。


 現在、フルメリンタの軍勢は、国境の川に架かる橋を基点として扇状に展開している。

 その状態から、俺がフルメリンタに近付く動きに合わせて、部隊全体が縮小するように撤退を進めているのだ。


 普通に考えれば、ボトルネックとなる橋の部分で大渋滞が発生し、撤退の速度が落ちたり止まったりするはずだ。

 だが、フルメリンタの軍勢は、撤退を始めた当初から同じ速度で粛々と撤退している。


 敵に追われて全力で撤退している訳ではないので速度の調整が出来るとはいっても、軍全体を強力に統率する存在が無ければ実現できないだろう。

 そうした感想を伝えると、ヤーセルは大きく頷いてみせた。


「現在のフルメリンタ軍は、過去数十年に比べても練度は突出して上がっていると思います」

「それは、何か理由があるのですか?」

「四軍の連携が良いことが一番の理由でしょう」


 フルメリンタには、東西南北の四軍が常設され、それぞれの将軍が率いているそうだ。

 北の山に生息する魔物から国を守る北軍、ユーレフェルト王国との国境を守る西軍、海からの侵略に備える南軍、東の隣国カルマダーレに備える東軍。


 多くの時代では、四軍同士の縄張り争いとか無駄な競争意識によって連携が削がれ、軍が持つ本来の力を発揮できないことが多かったらしい。


「四軍の連携が良くなったのは、現国王レンテリオ・アダル・フルメリンタ様が四軍同士の交流を強力に推進したためです」


 四軍は、それぞれ地域特有の事情に対応するように独自のルールを定めていたそうだ。

 必要に迫られて制定したルールではあったが、そこに四軍同士の縄張り意識が加わり、閉鎖的なルールへと変わっていってしまったらしい。


「そんな状況をレンテリオ様は危惧されて、四軍を率いる将軍を一同に集めて、結束の必要性を粘り強く説かれたそうです」


 一つの軍で片が付く事案であれば、連携が取れていなくても大きな問題は起こらないが、一軍では手に負えない状況が起こった場合には連鎖的に問題が発生する。

 同じ国の軍隊でありながら、手を貸すどころか足を引っ張るような状況が起こらないとも限らない。


 そこで、隣接する軍勢同士で共同演習を行う機会を設け、そこで出た問題点の解決案を演習に参加していない残りの二軍に考えるように指示したそうだ。


「四軍の不和は、そもそも互いの軍勢の重要度や苦労を知らず、我こそはフルメリンタを守っているという過剰な自負心から起こっていました。レンテリオ様は、どこの軍勢も重要で、有事の連携ができなければ国が亡ぶと説き、四軍共通のルール作りを進められました」

「その成果が、このスムーズな撤退に活かされている訳ですね?」

「その通りです」


 ヤーセルが言うには、この撤退作戦を直接指揮しているのは西軍に四人いる副将軍の一人だそうだ。


「仮に、明日の撤退戦を東軍の副将軍が指揮しても、大きな混乱は起こらないはずです」

「いや、それはさすがに……」

「と思われるでしょうが、どの騎士や兵士に聞いても大丈夫だと答えると思いますよ」


 ヤ―セルの話ぶりからは、傲慢さのようなものは全く感じられない。

 むしろ、実績に裏付けされた自信があるように感じられる。


 最前線の部隊でさえ、第一王子派と第二王子派に分かれているようなユーレフェルトとは大違いだ。


「あの、フルメリンタでは王位継承争いみたいなものは起こったりしないんですか?」

「絶対に起こらないとは言い切れませんが、ユーレフェルトとは少々次期国王の選定方法が異なりますので、可能性は低いと思われます」

「国王様が指名されるのではないのですか?」

「最終的には国王陛下が指名をなさりますが、そこに至る過程で大臣や将軍による合議が行われ、候補一名が選出されます」

「えっ、複数名ではなく一名なんですか?」

「はい、国王陛下が行うのは承認するか否かの判断です」


 しかも、驚いた事に次期国王候補選出の合議は、毎年二回行われているそうだ。

 これは、全ての王子に自分も国王になるかもしれないという自覚とチャンスを与え、有能な人物に育てるための政策だそうだ。


 合議の席では、全ての王子に対して忌憚のない意見が交わされるらしい。

 それこそ、忖度無しの厳しい意見も出されるそうだが、それに対してヘソを曲げて報復を考えるような者では次期国王たり得ないそうだ


 合理的な気もするが、その反面王様の権威が低くなりそうな気もする。


「そうですね、私も他の国の王族がどの程度の権力を有しているのか知り尽くしている訳ではありませんが、フルメリンタの国王が他国に比べて権力を持っていないとは思っていません。むしろ、自分達が選んだ国王だから責任を持って協力するし、指示にも従っていると思いますよ」

「なるほど……ヤーセルさんの目から見て、今の時点で次期国王に一番近い方はどなたですか?」

「第二王子のエレディオ殿下ですね」


 ヤ―セルは迷いなく言い切ってみせた。


「第一王子殿下には、何か問題があるのですか?」

「はい、健康面で不安を抱えていらっしゃいます」

「その不安が払拭されたら、次期国王の候補となり得ますか?」

「どうでしょう……ご本人がエレディオ殿下を補佐したいとおっしゃってますので、余程のことが無い限りはイステファン殿下が候補になるとは思えません」


 ヤーセルによると、フルメリンタの四王子は兄弟仲も良好で、互いに切磋琢磨する関係だそうだ。

 実際に見た訳ではないが、ユーレフェルトの王子に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「そうですね。ユーレフェルト王国の王位継承争いはフルメリンタでも知られていますし、フルメリンタの王子殿下達は悪しき事例として教訓にされていると聞きます」

「なるほど、こうして聞いている限りでは、フルメリンタは良い方向へと進んでいるように感じますね」

「おっしゃる通りです。現国王のレンテリオ様が即位なさるまで、フルメリンタは停滞期間が長く続いていました。レンテリオ様が二十年以上の長きにわたって進めてきた改革が、ようやく目に見える成果として実を結びつつあります」


 ヤ―セルはフルメリンタで冷遇されていると思っていたのだが、国の現状について語っている表情は実に楽しそうで誇らしげだ。

 フルメリンタに引き渡されると聞かされた時、用済みになったから処分されるのだと思ったが、むしろ良かったのではないかと思えてきた。


 まだ話に聞くだけで、実際に自分がどのような扱いをされるのか分からないが、海野さん達を呼び寄せることも考えた方が良い気がしてきた。


「ヤーセルさん、フルメリンタの王都までは馬車で何日ぐらいかかるんですか?」

「おおよそですが、十日前後と思って下さい」

「そうですか、フルメリンタに入ったら別の人が案内してくれると言ってましたけど、このままヤーセルさんが案内してくれませんか?」

「キリカゼ卿……申し訳ございませんが、そのご要望にはお応えできません」

「なぜです? ヤーセルさんも王都の近くまで戻られるんですよね?」


 ヤ―セルは、王都から少し外れた所に家を与えられていると話していた。

 それならば、このまま案内を続けられるはずだが……。


「私が足止めの役割を担っているとお話しましたよね」

「はい、それは聞きましたが、別に構わないんじゃないですか?」

「いえ、フルメリンタに入ったら、私は夜間に移動することになります」


 ヤーセルの体質上、不慮の事故が発生した場合には周囲にいる人を巻き込んでしまう恐れがある。

 そのため、他の通行人がいない夜間の移動を命じられているそうだ。


「キリカゼ卿には昼間の風景を見ながら移動していただきたいので、私のご案内は国境までです。ですが、この体質を必ず克服してみせますから、その時には私がご案内……いえ、違いますね、私自身がフルメリンタの昼の姿を見ていないので、一緒に見て回りましょう」

「分かりました、それならば仕方ありませんね」


 フルメリンタの軍勢の撤退は、二日に渡って行われる。

 今夜は、フルメリンタ、ユーレフェルト両軍の緩衝地帯の中央に建てられた天幕で夜を明かす。


 俺とアラセリは、一応引き渡された形になっているので、食事などの世話はフルメリンタ側が行ってくれた。

 戦場の最前線だから豪華な食事などは期待していなかったが、温かなスープと柔らかいパンが用意されていたので、それだけでも十分満足だった。


 食事の時や就寝までの時間にも、ヤーセルからフルメリンタについて教えてもらった。

 話を聞くに、ユーレフェルトとフルメリンタは、地理的に良く似た国のようだ。


 国土の広さ、気候、標高や地形、海に面した土地の状況など、当然細かな違いはあれど良く似通っているそうだ。

 似ているからこそ、同族嫌悪ではないが昔から仲は良くないらしい。


 何代か前には、王族同士で結婚したこともあったらしいが、ここ数代では貴族同士の国を跨いだ婚姻も行われていないそうだ。


「ヤーセルさんは、今の時代の両国も婚姻関係を結ぶことは無いと思っていますか?」

「こんな戦争が起こったのですから、普通なら考えられませんよね?」

「その口振りだとありそうなんですか?」

「今回の講和の条件でも、フルメリンタ側から第二王女の輿入れを打診したそうです」

「えっ、そうなんですか? ユーレフェルト側から断られたんですか?」

「そう聞いています。代わりに提案されたのが、キリカゼ卿の引き渡しでした」


 終戦の条件として王族の輿入れを拒否するということは、まだ再戦する気があるのだろうか。

 それとも、戦争終結という手柄を第一王子と同じ第二王妃の娘に与えてしまうのは不利だと考えたのだろうか。


「フルメリンタの対ユーレフェルト政策は、次のユーレフェルト国王が誰になるかによって変わってくるでしょう」


 ユーレフェルトから出てしまえば、王位継承争いなんて知ったことかと思っていたが、隣国フルメリンタで暮して行く以上は全く無関係とはいかないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る