第66話 カーベルン伯爵

 ザレッティーノ伯爵ら第二王子派の貴族と会談した翌日、いよいよ最前線に向けて出発する事になったのだが、俺達の馬車にカーベルン伯爵が同乗を申し込んできた。

 俺とすればアラセリと二人の時間を邪魔されたくなかったのだが、意外にもアラセリが同乗を承諾した。


「今更、ユーレフェルト王国の貴族と繋がりを持っても意味無いんじゃないの?」

「そうですが、カーベルン伯爵が一緒ならば襲撃される可能性は減ります」


 ここまで来て襲撃とか暗殺とかの心配なんて要らないと思うのだが、ザレッティーノ伯爵やエーベルヴァイン公爵の嫡男オウレスとは、昨日の一件で更に反発を招いている。

 まともな思考が出来る人間ならば、ここで俺を殺すなんてデメリットしかないと理解できるはずだが、あの二人は己の面子を優先しそうだ。


「それに、ユートを殺しても報復される心配は無いと思っているかもしれません」


 俺を殺したらフルメリンタとの講和が御破算となってしまうが、名ばかり貴族で自前の騎士もいないから報復される心配は無いという訳だ。

 その点、カーベルン伯爵は自分の騎士や兵士を率いて来ているので、伯爵に危害を加えるならば報復を覚悟しなければならない。


「カーベルン伯爵は、そこまで考えていらっしゃるのかもしれません」

「なるほど……てか、そこまで頭が回るならば、昨日の会談も最初からまともな対応してくれれば良かったのに」

「もしかすると、伯爵達は第二王子派と縁を切るためにユートを利用したのかもしれませんね」

「あぁ……なるほど、そんな思惑があったのか……」


 このところ、第二王子派は失点続きだ。

 召喚したクラスメイト達は無駄に浪費する事になったし、フルメリンタへの侵略行為では領土を失う結果となった。


 逆に第一王子派は、懸案だったアルベリクの痣が消え、現国王や国民からの支持も集まりつつある。

 このまま第二王子派に留まっても、共に沈んでいく未来しか描けないし、決別するならば今を逃す手はないのだろう。


 カーベルン伯爵は、従者も連れずに単身で馬車に乗り込んできた。


「同行をお許しいただき感謝申し上げます、キリカゼ卿」

「こちらこそ、道中の話し相手になっていただけると有難いです」


 馬車の周囲には、昨日までの王国騎士に加えて、カーベルン伯爵家の騎士も護衛に加わっている。

 馬車が動き出すと、伯爵は俺達が予想していた意図を語り始めた。


「お二人の邪魔をするのは無粋だとは思いましたが、ザレッティーノ伯爵は目先の事しか考えない方ですので、不測の事態は避けたいと思いまして……」

「御配慮に感謝いたします。ザレッティーノ伯爵には、もう少し国の事を考えていただきたいですね」

「まったくです。いや、私には非難する資格はありませんな。ベルノルト様の乱行を知っていながら、消極的とはいえども支持していたのですから」


 カーベルン伯爵の領地は、周囲を第二王子派の貴族が治める土地に囲まれているそうだ。

 しかも、そのうちの二家は、第二王子派の筆頭であるエーベルヴァイン公爵と考えなしに行動するザレッティーノ伯爵だそうだ。


 仮に第二王子派に囲まれた状態でカーベルン伯爵だけが第一王子を支持した場合、農業用水を制限するとか、領地への立ち入りを制限するなど領地境で嫌がらせを受ける恐れがあるらしい。


「四方を囲まれて、領民の生活を脅かされるとなると、なかなか思うように行動できませんでした」

「だとしても、ベルノルト様では国の未来は託せませんよね」

「まぁ、そうですね。ただ、王族や貴族に生まれた者は、庶民に比べれば恵まれた環境で育ちますから、程度の差はあれども我儘です。それが年齢を重ねるうちに、家を守る、領地を守る、国を守るといった責任を理解して大人になっていくので、ベルノルト様もいずれは大人になられると殆どの者が思っていたはずです」


 明確な階級による身分差があるユーレフェルト王国では、貴族の子息には選民思想とまではいかなくとも恵まれていて当然という考えを持つ者が少なくないらしい。

 ただ、それも成人を迎える頃には、家の事情、領地の実情、国への責任などを自覚して、貴族として恥ずかしくない生活を送るようになるそうだ。


 ただし、中には考えを改めるどころか、更に傲慢な大人に育つ者がいるそうだ。

 ベルノルトやザレッティーノ伯爵が、その典型らしい。


「言い方は悪いですが、私はベルノルト様からアルベリク様へと乗り換える形ですが、不安が無い訳ではございません」

「それは、暗殺とか……ですか?」

「その通りです。キリカゼ卿は、これまでに何度も命を狙われていますね?」

「はい、全部で……四回ほどですね」


 タリクに助けられた最初の襲撃、二度目はクラスメイトの川本達、三度目がドロテウス、そして四度目はワイバーンを討伐した直後だ。


「王族の暗殺を企てれば間違いなく死罪ですし、家も取り潰しになります。その点、平民でいらした頃のキリカゼ卿ならば、いくら危害を加えたところでしらを切り通せると思っていたからでしょう」

「それだけの危険を冒してまで、アルベリク様の暗殺を計画するでしょうか?」

「追い込まれた人間は、何をしでかすか分からないものです」

「アルベリク様が即位すると、困る理由があるんでしょうか?」

「そうですね。エーベルヴァイン家は不正に引き出した騎士団の予算で私腹を肥やしている……なんて噂もありますね」

「横領ですか……ザレッティーノ伯爵も一枚噛んでいるのでしょうか?」

「恐らく……」


 カーベルン伯爵の話によると、騎士団の予算から横領した金がベルノルトの乱行を支えているそうだ。

 というよりも、自分達が甘い汁を吸うためにベルノルトをそそのかしているらしい。


「エーベルヴァイン侯爵もザレッティーノ伯爵も、ベルノルト様が王位を継承すると疑っていなかったのでしょう。フルメリンタへの侵攻も、私達は全く知らされていませんでした」

「もしかして、俺がアルベリク様の痣を消し始めたからですか?」

「おそらく、そうだと思います。アルベリク様が、顔を隠している限り王位継承は無いと思われていましたから」


 平民の場合、身元を証明する必要がある場合を除けば顔を隠していられるが、国王が顔を隠していたら本人であるか疑われてしまう。

 本人であるか疑念を持たれないためには、顔を晒す必要がある。


 それ故に、第二王子派はベルノルトが王位を継承すると疑わなかったのだが、そこに蒼闇の呪いの痣を消せる者が現れた。

 危機感を抱いた第二王子派は、俺の暗殺を試みると同時に、ベルノルトの功績作りに躍起になり始めたそうだ。


 俺達が召喚された本来の目的は、ベルノルト直属の強力な部隊を作り上げるためで、フルメリンタへの侵攻は想定していなかったようだ。

 ベルノルトの王位継承を確固たるものにするために、山間部での魔物討伐任務などで実績を積み重ねる予定が、フルメリンタ侵攻の先陣に役割が変更となったらしい。


「それじゃあ、俺が仲間を戦場に送り込んだようなものじゃないか」


 実戦訓練でオークに待ち伏せを食らい大勢の犠牲を出したが、当時は訓練を始めたばかりだったし、練度が上がれば犠牲を出さずに済んでいたかもしれない。

 俺が痣を消したから、クラスメイトが襲撃を命じられ、戦場に送り込まれ、行方不明になったのだ。


「くそっ、俺がアルベリク殿下の痣を消さなければ……」

「いいえ、キリカゼ卿の責任ではありません。実績が欲しければ、自分達の力で勝ち取れば良いのです。責任を負うべきは、キリカゼ卿の御友人を利用したアウレリア様やエーベルヴァイン卿です」

「そうかもしれませんが、間接的には俺が影響を及ぼしていたのは確かでしょう」

「違います。確かにキリカゼ卿は影響を及ぼしましたが、それはユーレフェルト王国にとって歓迎すべき影響です。キリカゼ卿が責任を感じておられるならば、その恩義に応えられない我が国こそ責めを負うべきです」

「カーベルン伯爵がおっしゃられる通りです。ユートが責任を感じる必要はありません」


 アラセリにも念を押されてしまっては、頷くしかなかったのだが、それでも釈然としない思いが残っている。

 それは、俺は名ばかりとはいえ侯爵になり、アラセリという愛する女性がそばにいてくれるからだろう。


 宿舎を出た後、馬車は何事もなく最前線への道を進んでいった。

 昨日までとは違い、エーベルヴァイン領に戻った者達は、戦争の爪痕からの復興に忙しく、ワイバーン殺しのフルメリンタ行きを反対している暇は無いようだ。


 エーベルヴァイン領に入った直後は、まだ街道から見える場所に無事な建物があったが、先へと進むほどに焼け落ちた建物の跡の方が多くなった。

 ここを占拠していたフルメリンタの者達が、撤退する際に火を放ったらしい。


 当然、目ぼしい物は全て持ち去られ、元の住民達はゼロから生活を立て直さなければならない。

 窓の外を眺めていると、カーベルン伯爵が眉をしかめながら呟いた。


「資材の手配が進んでいないようですね」

「建設用の材木とかですか?」

「はい、こうしたケースでは、隣接する領主に頼んで備蓄している資材を提供してもらうのが一般的です。私の領地は、ここよりも南になりますが、資材も人員も派遣して建物の再建を進めているのですが……そういえば、エーベルヴァイン公爵家からは何の要請も受けていませんね」

「つまり、オウレスが要請を行わず、ザレッティーノ伯爵も支援を行っていない……という事ですか?」

「おそらく……」


 それでも今は、戻ってきた住民達は焼け落ちた建物の片づけに追われている。

 片付けが終わったら、今度は資材の調達に奔走しなきゃいけなくなるのだろう。


「王家は支援を行わないのですか?」

「勿論、王家からも支援は出されるのですが、それもザレッティーノ伯爵かオウレスからの要請があってからです」

「カーベルン卿が代わりに要請することは可能ですか?」

「うーん……本来は越権行為にあたるのですが、この状況はあまりにも酷いですし、ここはフルメリンタだけでなく、その先の国へも通じる街道ですから、宿場などの再建は急務です。またザレッティーノ伯爵から文句を言われるでしょうが、私から要請を出しておきましょう」


 ザレッティーノ伯爵とオウレス・エーベルヴァインも、別の馬車で同行しているのだが、この風景を見て何も感じないのだろうか。

 あと数日で出ていく国なのだが、本当に先行きが不安になる。

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