第59話 和美の気持ち
※今回は、海野和美目線の話です。
霧風君が宿舎を追い出された時、男子だけでなく殆どの女子がいい気味だと言っていたけど賛同できなかった。
なぜなら、彼は私と同じだと思ったからだ。
霧風君の転移魔法には、ほんの僅かな距離しか移動させられないという致命的な欠点があり、それ故に頼み込んで戦闘職から外してもらったそうだ。
必勝の魔法などともてはやされ、特別メニューで訓練していたはずが、土下座までして戦いから外してもらったと聞いて、クラスメイト達は反感を抱いたようだ。
クラスメイト達は毎日厳しい訓練を強要されていたので、早々に戦いから逃げ出した霧風君に反感を抱くのも当然だろう。
霧風君と同じく別メニューで訓練していた私が嫌われなかったのは、みんなを治療する立場だったからだ。
治癒魔法を手にした私は、霧風君と同じように別メニューで訓練をさせられ、霧風君と同じように欠点を抱えていた。
自分の体から一センチ程度の範囲までしか魔法の効果が届かず、深い傷や骨折などの治療には支障をきたしていたのだ。
深い傷は傷口に直接触れなければ底の部分が治せず、骨折は折れている箇所を強く握らなければ治せなかった。
最終的には治療して痛みも無くなるとしても、治療の最中に更に痛みを増加させるような治療法に私自身の精神が挫けそうだった。
しかも、厚い筋肉に覆われた大腿骨の骨折などは直せそうもないし、打撲による内臓破裂なども治療できないだろう。
私の治癒魔法も、霧風君ほどではないが欠陥品だったのだ。
だから、戦いを恐れた霧風君の気持ちは痛いほど分かった。
ほんの僅かしか動かせない転移魔法しか使えない状態で、戦場に放り込まれたら何も出来ずに命を落とすだろう。
そして、クラスメイトが傷つき倒れても、何もできないのだ。
私も実戦に放り込まれ、クラスメイトが内臓破裂のような怪我を負った時には、成す術も無く死んでいくのを見守るしかない。
切り傷程度ならば癒せるけど、内臓が飛び出すような怪我なんて治せないし、そんな状態のクラスメイトは見たくない。
私も頼み込んで違う部署に回してもらおうかとも思ったが、言い出す勇気も無く実戦を迎えてしまった。
一度目の実戦は、数人が軽傷を負っただけで済んだ。
二度目の実戦は、慣れた事もあって更に怪我人が減った。
ところが、これなら大丈夫かと思いかけた三度目の実戦で、男子三人女子五人の八人が戻って来なかった。
勿論、戻って来ないのはショックだったが、何よりも遺体が見つからないのがショックだった。
日本で暮していても、病気や事故で命を落とす事はある。
でも、クラスメイト八人を一度に失うなんて事態は、まず起こらないだろう。
しかも、埋葬すべき遺体が無いのだ。
ユーレフェルトの兵士は、オークに食われたのだろうと言い、仇が討ちたければ殺せと言った。
クラスメイト達は必死にオークを探して討伐したが、腹を裂いて友人の形見を探す勇気は無かった。
犠牲が出た事で、ますます実戦に出るのが恐ろしくなってしまった。
何とか抜け出せないかと考えた時に、頭に浮かんだのが霧風君だった。
こんな事態になるぐらいなら、全員で土下座してでも戦闘職から解放してもらうべきだった。
霧風君の選択こそが正解だったと思うと同時に、彼の身が心配になった。
遠征に参加したクラスメイトの悲劇を聞いて霧風君が宿舎を訪れれば、間違いなく酷い仕打ちをされると思った。
特に、霧風君を追い出した首謀者の川本君は、親友の池田君を亡くして荒れていた。
霧風君の姿を見たら、暴力を振るうに決まっている。
クラスメイトとの接触を防ぐために、霧風君を捜し歩いた。
霧風君を助けるつもりだったのだが、結果的に私の方が助けられてしまった。
魔法と現代知識の融合というヒントを霧風君からもらい、考え付いたのが治癒魔法を使ったアンチエイジングエステだ。
救護所のオバちゃんから始めたエステは、口コミで貴族の婦人や第一王妃にまで知られ、戦場行きを免除される特殊技能者認定証も手に入った。
菊井亜夢と蓮沼涼子も、水属性魔法を使った血行促進、リンパ循環エステを考案して戦闘職から逃れられた。
全ては、霧風君のアドバイスがあったおかげだ。
私達は第二王子派の貴族から情報を収集し、霧風君が第一王子派から情報を収集して、他のクラスメイト達も救出しようと動き始めた矢先、霧風君と連絡が付かなくなった。
霧風君と同じ宿舎で暮していた人の話によれば暴漢に襲われて、その直後に部屋を移ったらしい。
その後、暫く消息が分からなかった霧風君の話を意外な形で耳にした。
クラスメイトの男子が、霧風君を襲撃して返り討ちにされたらしい。
梅木君、武田君、松居君の三人は、第一王子派の組織によって殺されてしまったらしい。
霧風君は、第一王子の顔の痣を消す施術を行っているそうで、第一王子派の重要人物になっているようだった。
私達が誤解を解こうとしているので、霧風君に対する反感は女子の側では薄まっていたが、男子の方はむしろ高まっていた。
その当時は、一人だけ安全な場所にいるのが反感の理由かと思っていたが、後になってメイドさんと同居して、しかもベッドを共にしているのだと聞いて納得してしまった。
霧風君と再会したのは、ワイバーンの襲撃を避けて城の地下へと避難した時だった。
クラスメイト達が隣国との戦争に駆り出されて行方不明になっている状況も手伝って、狭い清掃道具を入れる倉庫で向かい合った時に思わず抱き付いてしまった。
第二王子派の貴族の夫人が、色々と援助してくれるようになったけど、本当に心を許して頼れる存在は霧風君しかいないと分かってしまった。
互いに告白した訳ではないけれど、唇を重ねてくれたから気持ちは伝わっていると思った。
でも、その直後に始まったワイバーンとの戦いで、図らずもアラセリさんとの絆を見せつけられてしまった。
剣も槍も通じないワイバーンを切り裂くために、霧風君は距離五メートルまで肉薄しなければならない。
一度の戦いで、何人もの選りすぐりの兵士が命を落とす戦場で、二人は共に戦い、ギリギリの状況を切り抜け、ボロボロの姿で戻って来た。
そんな二人が羨ましくて、何度も割り込もうとしては自分の入る余地が無い事を思い知らされた。
霧風君の奮闘のおかげで、私達は第二王子派から解放されて、第一王子の庇護下に置かれる事になった。
とは言っても、治癒魔法を使ったアンチエイジングエステを行うのは今まで通りで、施術の場所と客の範囲が変わるだけだった。
霧風君と同じ宿舎で寝起き出来るようになったが、こちらはむしろ閉口ものだった。
なんと言うか、霧風君とアラセリさんの営みの声とか気配が伝わって来てしまうのだ。
私達が使っている建物は、元々は外国の要人が宿泊するための施設だそうで、就寝中の要人に異変が起こった時に警護の者達が気付けるよう、わざと壁が薄くしてあるらしい。
ワイバーン討伐直後に第二王子派の兵士に刺されて、まだ万全ではないのに行為におよんで体調を崩した時は、さすがに馬鹿じゃないのかと思った。
でも、普段の生活を見ていると、二人が強い絆で結ばれているのは嫌でも分るし、私の思いは秘めたままにしておくしかないと思っていた。
でも、霧風君がフルメリンタに行かされると聞かされた。
使者として遣わされるのかと思ったら、行ったきりで戻って来られないそうだ。
ワイバーンから国を救った英雄なのに、戦争終結の条件として敵国に引き渡されるのだという。
霧風君がワイバーン殺しの英雄で侯爵に任じられたと知らせているし、相応の扱いをしてもらえるという話だが、行ってみないとどんな扱いをされるか分からないらしい。
真昼間からドアも閉めずに行為に及んだ理由は理解したが、霧風君が引き渡される理由など理解できないし、したくもなかった。
気持ちが昂っていた。
アラセリさんと睦みあってスッキリしたのか、妙に冷静な霧風君にも少し腹が立っていた。
夕食を食べながら、いっぱい話して、いっぱい泣いて、自分達の置かれている境遇を再確認して、そして覚悟を決めた。
霧風君が部屋に戻った後、アラセリさんを呼び止めて私の覚悟をぶつけて頼み込んだ。
拒絶されるかと思ったが、アラセリさんは寂しそうに微笑んだ後で、自分は子供が産めない体なのだと打ち明けた。
いわゆる、国の諜報組織の一員として、そうした体にさせられてしまったそうだ。
物凄いショックだったけど、私も覚悟を決めていたから、一晩だけ霧風君と夜を共にさせてもらった。
自分でも恥ずかしいぐらい、霧風君に甘えて、泣きじゃくり、しがみ付き、何度も何度も求めた。
今、私のお腹の中には霧風君の証が残されている。
そんなに簡単に妊娠しないだろう……なんて考えているとしたら、私の覚悟を分かっていない。
性行為におよんでも、女性の体内で精子と卵子が出会って着床しなければ妊娠しない。
精子が生きていられる期間には限りがあり、その間に排卵が行われなければ妊娠しない。
では、女性の体内で精子が生き続けられたらどうだろう。
たとえば、性行為が行われてから十日後に排卵があったとしても、その間ずっと精子が生き残っていれば妊娠するはずだが……実際には、そんなに長い間は生き残れない。
普通の女性ならば……。
私がお腹の中に、治癒魔法を掛け続けたらどうだろう。
元気を失った精子に治癒魔法を掛け続けたら、卵子に出会うまで治癒魔法を掛け続けたらどうなるだろう。
霧風君には打ち明けていないけど、私は一人で産んで、一人で育てる覚悟を決めている。
こんな無慈悲な国で、苦しんでいる異国の少女に手を差し伸べてくれる男もいない国で、子供を作るなら相手は一人しか考えられない。
女は弱し、されど母は強し……なんて言葉がある。
私は、この無慈悲な国で強い母として生きてやる。
そして、いつの日か、隣国で確固たる地位を築き、格好いい男になった霧風君と親子で再会するのだ。
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