第57話 国王からの要請

 呼び出された部屋には、国王陛下の他に第一王子アルベリクが待っていた。


「よくぞ参られたキリカゼ卿、さぁ座ってくれ」


 満面の笑みを浮かべた国王陛下は、跪いて挨拶しようとする俺を止めて円卓を挟んだ椅子へと誘った。

 これまで余り絡みが無かった国王陛下からの呼び出しに少々嫌な予感がしていたのだが、アルベリクの沈痛な表情を見て確信へと変わった。


「ワイバーンの討伐に引き続き、アルベリクの痣を取り除いてくれて感謝しておる」

「自分は、自分に出来ることをしたまでです」

「そうは言うが、皮膚を剥ぐ以外に消す術が無いとされる『蒼闇の呪い』の痣をこれほどまでに見事に取り除いてみせたのはキリカゼ卿が初めてだと聞いているぞ」

「それは……たまたま自分にその能力があっただけの話です」

「ふむ、どこまでも謙虚だな」


 国王陛下はアルベリクの痣の話から切り出したが、これが本題ならばアルベリクがこれほど沈んだ表情をしているはずがない。


「陛下、本日はどのようなご用件でございますか?」

「ふむ……」


 俺が雑談に乗ってこないと見て、国王陛下は笑みを消して表情を引き締めた。


「キリカゼ卿、フルメリンタに赴いてもらえぬか?」

「えっ……フルメリンタにですか?」

「うむ、順を追って話すとしよう。現在、我がユーレフェルト王国とフルメリンタの間で紛争が起こっているのは存じておるな?」

「はい、長年に渡って領有権を争っている中州をユーレフェルト側が占拠した事に端を発していると聞いております」

「その通りだ、ベルノルトの愚か者が我に断りも無く始めた戦だ」


 国王陛下は、苦々しい物を吐き出すかのように言い捨てた。


「それでも、奇襲は成功したのだが、その後に飛来したワイバーンによって戦況は一変することになった」


 これまでに聞いていた情報通り、ユーレフェルト王国側の軍勢はワイバーンによって甚大な被害を受けたそうだ。

 というよりも、折角手に入れた中州をワイバーンの好き勝手にさせてなるものかと戦いを挑んだ結果、返り討ちにされてしまったというのが実情のようだ。


「ワイバーンが、ここ王都へ向けて飛び去った直後、それまで息を潜めていたフルメリンタの軍勢が一気に中州に乱入し、更には戦力を損失したエーベルヴァイン領にまで雪崩れ込んで来た」


 ユーレフェルト王国の軍勢は、総指揮を行うはずのアンドレアス・エーベルヴァイン公爵をワイバーンとの戦いで失い、統率が乱れたところを突かれたらしい。

 さらには、エーベルヴァイン領の各地を襲ったワイバーンが、結果としてフルメリンタを援護する形になったようだ。


「その結果として、我々が王都でワイバーンとの戦いを行っている間に、エーベルヴァイン領の殆どがフルメリンタの手に落ちてしまった」

「その後、奪還のための戦いが続いていると聞いていますが……」

「ベルノルトには、己の失態を取り戻すように命じて戦地へと送り込んだが、実際の指揮はビョルン・ザレッティーノ伯爵が行っていると聞いている。己の派閥向けに景気の良い話ばかりを送ってきていたようだが、実際には苦戦の連続で相当数の兵を失ったようだ」


 それでも、エーベルヴァイン領の北に領地を持つセルキンク子爵や、南西に領地を持つコッドーリ男爵などの奮戦もあって徐々に戦況は優位に動き始めたらしい。


「現在、フルメリンタが占拠している地域は、エーベルヴァイン領の三分の一以下にまで縮小してきているが、そこで膠着状態に陥っているようだ」


 エーベルヴァイン領の中にも、国境の川ほどの幅は無いものの幾筋かの川が流れていて、そこを天然の要害としてフルメリンタが守りを固めているそうだ。


「フルメリンタとしても、ここを押さえている限りは中洲の領有権を脅かされる心配は無いと思っているらしく、激しく抵抗している。ただ守るだけならば、経験の浅い者であっても人数を揃えれば耐えられる。フルメリンタは国内の奴隷に解放や土地の所有をチラつかせて、死にもの狂いの戦いをさせているようだ」

「それでは、力押しで攻略しようとすれば、イタズラに兵を損なうだけでは?」

「その通りだ。そこで戦闘を継続すると同時に、講和を試みたようだ」


 いくら第二王子だとは言え、国の行く末を左右する講和を勝手に進めるのはどうなんだ。

 こちらの世界では、これが当り前なのだろうか。


「講和の条件は、エーベルヴァイン領からフルメリンタの軍勢を撤退させる代わりに、中洲全体の領有権を認めるというものだ」

「領地を渡してしまうのですか?」

「このまま戦いを続けていても、両軍共に消耗するばかりか、東へと延びる街道が封鎖されたままになってしまっている。それはユーレフェルト王国にとっての損失に留まらず、西の隣国ミュルデルスやマスタフォにとっても大きな損失となっている」


 ユーレフェルト王国とフルメリンタは長年に渡って中洲の領有権を巡って争ってきたが、近年は争いも形骸化していたそうだ。

 その反面、街道の往来が行われることで、フルメリンタや更に東の国々との交易も行われていたらしい。


「西側の国々から講和への圧力があったのですか?」

「明確な圧力ではないが、何度も戦況を訊ねられている。つまり、暗に早く戦を終わらせろということだ」

「講和の条件は分りましたが、自分がフルメリンタに行く理由は何なのですか?」

「フルメリンタは、講和の条件としてワイバーン殺しの英雄の譲渡を求めてきた」

「それは……俺に戦争奴隷になれという事ですか?」

「そうではない、そのような話ではない。フルメリンタは賓客として迎えると言っている」


 フルメリンタ側には、俺がワイバーン討伐の功績によって侯爵に任じられたという話はしてあるそうで、相応の待遇を用意すると約束しているそうだ。

 チラリと視線を向けても、アルベリクは顔を伏せたままで目を合わせようともしない。


「つまり、俺はもう用済みということですね?」

「違う、断じて違うぞ。ユーレフェルト王国には、キリカゼ卿を必要としている者がたくさん居るし、我々も留まってもらいたいと思っている。それに、フルメリンタ行きは要請であって命令ではない」

「それは……断っても構わないのですか?」

「キリカゼ卿が、ユーレフェルト王国に留まりたいと申すのであれば、その意志は尊重せざるを得ないだろう」


 尊重するとは言いつつも、実際に断れば迷惑だと思うに違いない。


「もし、もし俺がフルメリンタ行きを断ったらどうなりますか?」

「その場合、講和の条件が満たされず、中洲の譲渡のみで話がまとまるまでは戦闘が継続され、多くの兵士の命が失われる事になるだろう」


 反射的に訊ねてしまったが、この返答は卑怯だろう。

 俺はフルメリンタに行っても賓客として遇されるが、俺が行かなければ兵士が殺されるのでは、行かない俺が責められているようなものだ。


「フルメリンタに行くとしたら、幾つか条件を出させていただきたいのですが……」

「言ってくれ、可能な限り応えよう」

「まず、かつての雑務係の同僚で、俺の暗殺を命じられたタリクとその家族の保護と名誉の回復をお願いしたい」

「約束しよう」

「次に、俺のクラスメイトである海野さん……和美たち三人が平穏に暮らせるように、生活の保護をお願いしたい」

「三人とも有能だと聞いている。我らが手を貸すまでも無いとは思うが、万が一の時には万全の保護を行うと約束しよう」

「最後に、アラセリを俺の妻としてフルメリンタに連れて行きたい」

「許可しよう」


 言葉を切って国王陛下と視線をぶつけ合う。

 視線を逸らさずに見詰め返してくる国王陛下の真意を読み取る事など今の俺には出来ないし、交わした約束が全て守られるかも分からない。


 それでも今は、目の前にいる男の良心を信じるしかなさそうだ。


「分かりました。フルメリンタに参ります」

「そうか……散々世話になっておいて、また無理難題を押し付ける事となり心苦しいのだが、無益な戦いを一日でも早く終わらせるために耐えてもらいたい」

「それで、出立の予定は?」

「出来る限り早い方が助かるのだが……」

「では、アラセリと相談して決めさせていただきます」

「分かった」

「では、失礼させていただきます」


 一礼して席を立ち、退室しかけたところでアルベリクに呼び止められた。


「ユート! すまない、我は……」

「殿下、お世話になりました」


 アルベリクの言い訳をぶった切って一礼し、目も合わさずに退室した。

 正直、めちゃくちゃ腹が立っている。


 次の王位を危うくする痣を消してやったのに、それこそ命懸けでワイバーンを討伐したのに……こんな仕打ちをされるとは思ってもいなかった。


「ユート様……」

「話は戻ってから……」


 アラセリの顔を見たら悔し涙で涙腺が崩壊しそうになったが、ぐっと奥歯を噛んで宿舎へと戻る。

 第一王女アウレリアによって召喚されてから、今日までの日々が走馬灯のように頭の中を巡っている。


 この国は、どこまで俺の人生を弄ぶつもりなのだろう。

 困惑と怒りで、まるで考えがまとまらなくなっていた。


 宿舎に戻ったら、階段を駆け上がって二階の寝室へ飛び込んだ。


「くそぉ! なんでだよ! なんで俺なんだよ! うぅぅ……」


 馬鹿みたいに広いベッドに倒れ込みながら、大声で喚き散らした。

 悔し涙が溢れて、嗚咽が洩れる。


「ユート様、私が一緒に参ります」

「アラセリ……俺と結婚してほしい」

「私で……私でよろしいのです?」

「アラセリじゃなきゃ駄目なんだ。俺と生涯を共にしてほしい」

「はい、喜んで」

「アラセリ……」

「ユート様……」


 ベッドから起き上がり、アラセリを強く抱きしめて唇を重ねる。

 そのまま再びベッドに倒れ込んで、アラセリの肉体に溺れた。


 初めて体を重ねた時のように、本能のままに貫き、鬱屈した思いを激情のままに吐き出した。

 開け放したままのドアから海野さん達が覗いていたのにも気付かずに、俺達は互いの存在を確かめるように求め合った。

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