第55話 進展と停滞

 タリクの騒動から二十日ほどが経った。

 自分の無力さを改めて突き付けられ、ワイバーンの討伐以後に緩んでいた気持ちを引き締め直して過ごしてきた。


 蒼闇の呪いの痣を消す作業も、更に工程を見直して効率化し、既に第二王女ブリジットへの施術は完了させた。

 ハッキリ言って、あの体勢で施術を続けるのは色々と辛かったので、終わってマジでホッとしている。


 施術を見守ってきた第二王妃シャルレーヌからは、沈殿した色素を除去できるならば美容にも応用が利くのではないかと問われた。

 確かに、シミやホクロなども除去しようと思えば出来てしまうだろう。


 実際、第一王子アルベリクへの施術は、美顔、美白作業と言っても過言ではない。

 魔法をエステに活用している海野さん達が、肌を活性化させて若返らせても出来てしまったシミは取れないらしい。


 日本の技術ならば、レーザーなどでシミを取る技術もあるそうだが、こちらの世界には存在していない。

 つまり、俺と海野さんがタッグを組めば、パーフェクトな美顔エステが出来る……と言いたいのだろう。


「それにね、キリカゼ卿。女性は他にも色を気にする場所があるのよ」


 そう言ってシャルレーヌが俺に耳打したのは、とんでもない箇所だった。

 それは確かに気になるのかもしれないが、そんな場所を覗き込んで施術するのは、もう勘弁してもらいたい。


 第一王子アルベリクへの施術も、目の下の辺りまで進んでいる。

 あとは、頬と唇と首筋を少し施術すれば完了だ。


 このペースで施術を進められるならば、あと一ヶ月もしないうちに終わらせられるはずだ。

 痣を除去した頭皮から生えてくる髪も、周囲と同じ金髪になっている。


 施術の成果としては全く問題無いし、アルベリクの顔が白さを取り戻すほどに、母親であるシャルレーヌの機嫌が良くなっている。

 第二王子ベルノルトの過去の乱行を考えれば、アルベリクが次期国王の座に収まるのはほぼ間違いないと思う。


 アルベリクの進めている城下の復興も順調に進んでいるらしい。

 元々、壊された建物の多くは掘っ立て小屋に毛が生えた程度の簡単な作りの物が多かったそうで、建材と補助金を与えてやれば住民が自主的に復興を進められるそうだ。


 城の施設は大掛かりな修繕が必要なので、そもそも簡単には終わらないし、終わらなくとも別の施設を解放すれば問題無く行事は執り行えるらしい。

 大きな被害をもたらしたワイバーンの渡りだが、王都周辺は日を追うごとに元の生活を取り戻している。


 その一方で、遅々として進まないものもある。

 フルメリンタによって奪われたエーベルヴァイン公爵領の奪還だ。


 二十日前に海野さんが聞き込んできた噂話では、連戦連勝でたちまち奪われた国土の半分を奪い返したことになっていた。

 第二王子の軍勢が出発した日付から逆算すると、わずか二日か三日でそれだけの戦果を上げた事になるが、それは事前に用意されたプロパガンダに過ぎなかった。


 あれから二十日ほどが経ち、第二王子派から流れてくる戦況では、いよいよフルメリンタを川の中州まで押し返している事になっているが、実際の状況とは大きく違っている。

 アラセリが所属する第一王子派の諜報組織によれば、領土は殆ど奪還出来ていないようだ。


 第二王子ベルノルトの軍勢が攻めかかると、エーベルヴァイン領を占拠しているフルメリンタ兵は、あっさりと退却を始めたそうだ。

 ところが、好機とみたベルノルトの軍勢が追撃を行うと、隠れていたフルメリンタの軍勢が側方から襲い掛かってきて大混乱に陥れられたそうだ。


 更には、後退していたフルメリンタの軍勢も反転攻勢に出て、結局は元の場所まで押し戻されてしまったようだ。


「ユーレフェルト側の損害は、どの程度なの?」

「正確な数字は分かりませんが、五千から一万程度のようです」

「フルメリンタ側は?」

「多く見積もっても二千程度のようです」


 俺がアルベリクに施術を行っている間に、アラセリが情報を聞きに行き、夕食の時に海野さん達が聞いて来た噂と内容を突き合わせているのだが、どうにも旗色が悪い。

 ユーレフェルト側は相手を舐めて掛かって、手酷い反撃を受けて消耗しているようだ。


「なんか話だけ聞いていると、フルメリンタに領地を確保されちゃうんじゃない?」

「西からの作戦は上手くいっていませんが、北側からは着実に取り戻せているようです」

「えっ、そうなの?」

「はい、エーベルヴァイン公爵領の北方を治めているセルキンク子爵は、堅実な戦い方で少しずつですが領地を奪還しているようです」


 セルキンク子爵は第一王子派の貴族で、ユーレフェルトとフルメリンタの国境となる川沿いに南下を続けているらしい。

 領土を奪還するペースは速くないようだが、着実に地固めをしてフルメリンタの反撃を跳ね返しているそうだ。


「このまま、セルキンク子爵の軍勢が南下を続けていくと、フルメリンタ側は側面からの攻撃にも晒され、後退を余儀なくされると思われます」

「着実に側面を突く作戦はフルメリンタとしても嫌だろうね」

「はい、悪くすると前線が孤立し、挟撃を食らう可能性が出てきます」

「では、セルキンク子爵の軍勢次第では、フルメリンタが撤退する可能性もあるのか」


 アラセリが描いてくれた地図を見ると、確かにセルキンク子爵の軍勢は前進を続けているようだが、フルメリンタを挟み撃ちにするには、まだ一ヶ月以上掛かりそうだ。

 それも、フルメリンタ側が援軍を送ってこなければ……の話だ。


 セルキンク子爵の軍勢も、自分の領地から離れれば補給を確保するのが難しくなっていくだろうし、この先も今のペースで進軍出来ると考えない方が良いだろう。

 第二王子派が苦戦しているのは別に構わないのだが、エーベルヴァイン領の奪還が遅れれば、それだけ俺の領地が決まるのも遅くなる。


 慰霊祭で侯爵に任じられた時には、正直面倒臭いとしか思わなかったが、今の俺には目標がある。

 かつて恩義を受けたタリクとその家族が平穏に暮らせるように、俺の領地に招いて仕事も与えるつもりでいる。


 そして、一緒に召喚されたクラスメイト達にも、必要とあらば手を差し伸べるだけの力を備えておきたいのだが、肝心の行方が分かっていない。


「海野さん、クラスのみんなの話は伝わって来ない?」

「第二王子派から伝わってくるのは、景気の良い嘘情報ばっかりだよ」

「アラセリの方も情報は無し?」

「申し訳ございません。占領されているエーベルヴァイン領にも潜入して探しているそうですが、まだ何の情報も得られていないようです。もしかすると、中州から戻って来られていない可能性も……」


 所有権を巡る争いの元となっている中州は、今はフルメリンタの勢力下にある。

 どの程度の広さがあり、隠れ潜むような場所があるのかどうかも分からないが、戦死していなければ捕らえられている可能性が高いだろう。


「仮に、仮にクラスのみんながフルメリンタに捕まったとして、交渉で取り戻せないかな?」

「正直に申し上げて難しいかと……」


 地球側の知識でいうところの捕虜の引き渡しみたいな事が出来ないのか聞いてみたのだが、アラセリの表情は冴えない。


「そういう前例は無いの?」

「貴族が捕らえられた場合には、同じく捕虜となった貴族と交換したり、身代金を支払って取り戻す場合がございます。ただ、ユート様のご友人は平民の扱いですので、こちらに余程大人数の捕虜がいる場合でもなければ、交渉は難しいと思われます」


 こちらの世界では、地球のような人権意識が存在していない。

 奴隷制度は普通に存在しているようだし、戦争捕虜の扱いについてもジュネーブ条約のような取り決めは無いのだろう。


「アラセリ、戦場で捕まった場合には戦争奴隷にされるって言ってたよね?」

「はい、ですから殆どの兵士は降伏しません。戦争奴隷に落ちるよりも戦って死ぬ事を選びます」


 アラセリの言葉を聞いて、海野さん達の表情が曇る。

 降伏か死を選べ……なんて言われたら、たぶんクラスメイト達は降伏するだろう。


 俺達の常識では、捕虜とは人権を保護されて、終戦後には引き渡されるものだ。

 周囲に教えてくれる人がいなければ、奴隷にされるなどとは思わないだろう。


「アラセリ、奴隷制度について教えてくれるかな?」

「はい、奴隷制度は細かな違いはあれども、殆ど国で共通しています。奴隷の種類は大きく分けて、借金奴隷、犯罪奴隷、戦争奴隷の三つです」

「どう違うの?」

「借金奴隷は、借りたお金が返せないとか、他人に与えた損害を賠償しきれない場合などに、借財を返還するまでの期間奴隷落ちすることになります。犯罪奴隷は、罪を犯したものが判決で受けた期間奴隷落ちします。戦争奴隷は、戦場で敵国によって捕らえられた者で、自国によって救出されない限り解放されません」

「つまり、奴隷としては戦争奴隷が一番扱いが悪いのかな?」

「戦争によって生まれるものですし、敵国に対しての憎しみが加わりますので、扱いが悪くなる場合が多いです」


 話を聞けば聞くほどに、クラスメイトの現状は絶望的に思えてくるが、悲観してばかりでは何の解決にもならない。


「海野さん、最後に確認されたクラスメイトの人数って分かる?」

「はっきり確認できたのは、女子六人、男子八人の十四人かな」

「それは、ワイバーンが来る前だよね?」

「そう、中州を占拠するための作戦に参加させられて、女子四人、男子三人が……戦死して、残りが十四人になった後は分からない」

「十四人か……それだけ残っていたら取り残されるって事は無いよな」


 人数もそうだが、わざわざ異世界から召喚した者達を無駄死にさせれば王位継承争いにとってマイナスに働くはずだ。

 それが、これだけ時間が経っても消息が分からないのだから、第二王子派が保護してくれるなんて思わない方が良いのだろう。


 自分たちで探しに行くなんて出来るはずもなく、結局は誰かに頼るしかない。

 結局、アルベリクに頼んで第一王子派に協力してもらうのと、海野さん達経由で第二王子派の協力を取り付けることしか考えが浮かばなかった。

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