第54話 ほろ苦い再会

「せっかく用意してもらった食事だから……ぶふっ、くっくっくっ……」

「ユート、お前なぁ……俺が言えた義理じゃないけど笑うなよ」

「うはははは……悪い、悪い、いいから座って食おうぜ」


 暗器を身に付けて俺に近付いたタリクは、アラセリに取り押さえられた後は全く抵抗しなかった。

 というよりも、再会した俺が以前と変わらない俺だと確かめた時点で、暗殺しようなんて気は無くなっていたらしい。


 連行して取り調べるという兵士達に頼み込んで、入念な身体検査の後に一緒に食事をする時間を作ってもらった。

 なにも凶器を隠せないように、服も下着も脱がされて、タリクは腰に一枚布を巻いただけの状態だ。


 要人用の豪華な建物の食堂で、ちょっと豪華な食卓に腰布一枚で座っているタリクの姿がツボに嵌って笑いが堪えられなかったのだ。


「侯爵様になったっていうのに、ホント全然変わらないんだな」

「そりゃあ、今日からお前は侯爵な……って言われたって実感湧かねぇよ」

「それもそうか……というか、俺がそう思い込みたかっただけだな」


 タリクに俺を暗殺するように命じたのは、ペドラダという金持ちの男らしい。

 ワイバーンが飛来した後、雑務係の職を一旦解かれたタリクは、城下の実家へ戻っていたそうだ。


 実家は長屋のような造りになっていたそうで、ワイバーンの狩りで倒壊し、父親が背中に酷い怪我を負ってしまったらしい。

 災難に見舞われたタリクの家族に、援助の手を差し伸べてくれたのがペドラダだったそうだ。


 ペドラダは、城にも商品を収めている大きな店の主で、タリク達と一緒に被災した別の家の者達も一緒に、店の使用人が暮らす建物へと引き取ってくれたそうだ。

 その上、タリクの父親の治療費まで負担してくれたらしい。


 タリクは七人兄弟の二番目だそうで、大家族ゆえに家は余り裕福ではないそうだ。

 タリク自身は独立した形になっているが、家には仕送りを続けていたらしい。


 家を失い、一家の大黒柱が怪我で働けない状態……そんな危機的状況を救ってくれたペドラダには皆が感謝したそうだ。

 だが、そうした施しは後になって考えると、全て仕組まれたものだったようだ。


 その後、ワイバーンが討伐されたので、城で働いていた者は戻るように触れが出されて、タリクも雑務係の宿舎に戻ったそうだ。


「ペドラダと再会したのは、慰霊祭から十日ぐらい経った日の夕方だった。雑務係の詰所から宿舎に帰る途中で俺を待ち伏せしてたんだ」


 タリクは、少し時間を取れるかというペドラダに連れられて、城の東側の建物へ連れて行かれたそうだ。

 城の東側が第二王子派が仕切っている地域なのはタリクも分かっていたが、ペドラダには家族が世話になっているので付いていくしかなかったそうだ。


「連れていかれた部屋には、城の給仕係の主任が待っていた」


 この国では、王族や貴族との距離が近い仕事ほど地位が高い。

 食事や飲み物を配る給仕係は、雑務係よりも、調理場よりも更に地位が高い。


「それで、何て言われたんだ?」

「ワイバーンを討伐して増長したユートが、王族に不満を持つ者達を集めて王家の転覆を画策している。国の危機を未然に防ぐためにユートを殺してほしい……って話だった」

「有り得ないだろう……」

「勿論、そんな話は信じられないって断ったさ。そしたら奴ら、ユートは自分を担当するメイドを毎晩凌辱するようなクズになったって言いやがって……どうしたユート?」

「い、いや……それで?」

「それで、ペドラダの親戚の女性もユートの毒牙に掛かって自ら命を絶ったって聞かされて、俺ならばユートに近付けるから暗殺してくれって頼まれたんだ」


 勿論、ペドラダがタリクに話した内容は嘘だが、メイドであるアラセリと毎晩のように関係を重ねているのは本当の話だ。

 警備の兵士には知られているし、噂となって伝わっているかもしれない。


 だとすれば、噂では合意の上だが、実は関係を強要されている……なんて嘘が真実味を帯びてくる。


「ちょっと傷付ければ良いだけだ、すぐに武器を捨てて抵抗しなければ殺されない、あとは裏から手を回して逃がしてやるから大丈夫だって」

「そんな話を信じたのかよ」

「俺だって、ユートはそんな奴には思えないって言ったんだが……それじゃあ、お前も王家の転覆を狙う仲間なのかって言われて、協力を拒むならば俺は牢に入れられ、家族への援助も打ち切って宿舎からも追い出すって言われて」

「くそっ! なんて卑劣な……」

「なぁ、ユート、ペドラダの言ってたことは嘘なんだよな?」


 タリクは、チラリとアラセリに視線を向けた後で俺に訊ねた。


「当たり前だろう。俺はアラセリと結婚するつもりでいる」

「えっ、結婚?」

「あぁ、そういう行為はするけど……合意の上だぞ」

「マジかぁ……」

「タリクが何を考えてるか分からないけど、ワイバーンの討伐はマジでヤバかったんだ。一緒に討伐に出た人は何人も殺されたし、俺達だって何度も死にかけた。アラセリはメイドをしてるけど本来は俺の護衛で、武術の腕前は俺よりも上だから、討伐にも一緒に行ったんだ。一緒に何度も死線を潜り抜けて来たんだ」

「そうなのか……ユートよりも強いんじゃ、無理やりなんて出来ないな」


 タリクは納得したみたいだけど、何を考えてアラセリを見てやがるんだ。

 あんまり嫌らしい目を向けるなら、食事は打ち切って牢に放り込んでもらうぞ。


「それにしても第二王子派の連中め、タリクにまで手を伸ばすとは思ってもいなかった。迷惑かけてすまなかった」

「ユートが悪い訳じゃない、全部あいつらの……いや、俺に家族の窮地を救う力が無かったのが悪いんだ」

「馬鹿言うなよ。ワイバーンなんて天災みたいなものだろう。誰にも対処なんて出来ないだろう。現に城だって、あちこち壊されちまってるんだからさ」

「だとしても、もっと仕送りを増やしておけば、あんな奴らの世話にならずに済んだんだ」


 タリクの表情には後悔が色濃く刻まれているが、俺にはタリクの責任だとは思えなかった。


「はぁ……でも良かったぜ、ユートがユートのままで。それに人生の最期に、こんな美味い飯も食えたしな」

「何言ってんだ。騙されて、凶器を身に付けて訪ねてきただけじゃん。事情を話せば問題ないだろう。俺もアルベリク殿下への施術が終われば、今よりは自由に出歩けるようになるはずだから、また飯でも食いに行こうぜ」


 また激辛勝負でもしてやろうかと思っていたのだが、タリクは呆れたように首を振ってみせた。


「ユートこそ何を言ってるんだ? 平民が貴族を暗殺しかけたんだぞ、死罪か良くても奴隷落ちだろ」

「はぁ? 良くて奴隷落ち?」


 冗談だろうとアラセリに視線を向けたら、頷かれてしまった。


「嘘だろう……何とかならないの?」

「奴隷落ちを回避するには、死んでいただくしかありません」

「いや、そうじゃなくて、奴隷落ちしなくても死んだら意味無いじゃん!」

「ユート様、落ち着いて聞いて下さい」

「落ち着けて言われても、俺の命を救ってくれたタリクを……」

「ユート様、ですから本当に死ぬという意味ではございません」

「えっ?」

「死んだように装うのです」

「それって、タリクは死んだ事にして、別人として暮らしていくって事?」

「そうです」


 アラセリは、コクリと頷いてみせた。


「はぁ、良かっ……いや、良くないよ。死んだって偽装したら、もう家族に会えなくなるんじゃないの?」

「そうなりますが、それ以外に奴隷落ちを防ぐ方法はございません」

「いやいや、ここに居る人達が全員無かった事にしてくれれば良くない?」

「恐らく無理でしょう。裏で糸を引いている第二王子派が、密告という形でタリクさんを訴えているはずです」

「えっ、俺を殺そうとしてる……みたいな感じで?」

「そうです。暗器を持っていた、ユート様に面会を求めた、実際に会いに行った……となれば、話を揉み消すのは難しくなります」


 平民が貴族に危害を加えようと計画していると噂になるだけでも、身の潔白が証明出来ない限り罰せられる事すらあるらしい。

 ましてや今回は、計画を実行に移してしまっているので話の揉み消しが難しいようだ。


「くそっ……そこまでやるのかよ。でも、逆にタリクがペドラダ達に命じられたって訴えれば良くないか?」

「難しいです。城の雑務係と給仕係の主任では信用度が違います。ペドラダは、ワイバーンの被害からの復興に私財を投じていますし……」

「くそっ……何か方法は無いのかよ」

「いいよ、ユート……奴隷落ちから救ってもらえるだけも有難い」

「タリク……」

「ユート様、我々が手を回して、タリクさんの家族を保護するようにいたします。王都では顔を会わせる訳にはまいりませんが、他の領地に移れば一緒に暮らせる可能性もございます」

「頼む、タリク達を助けてやってくれ」


 情けない、ワイバーンを倒そうが、侯爵になろうが、俺に出来る事は本当に少ない。

 道を踏み外しかけた友達を助けるのも人頼みだ。


 昼食を終えた後、タリクは元の服を着て、後ろ手に拘束された。


「じゃあな、ユート」

「元気でいろよ、タリク。俺が領地を手に入れたら、必ずお前を呼び寄せる。それから、お前の家族も呼び寄せるからな」

「ユート……分かった、楽しみにしてる」

「またな、タリク」

「あぁ、またな……」


 連れて行かれるタリクを見送りながら、初めて貴族として権力や領地、屋敷を手に入れたいと思った。

 自分の領地の自分の屋敷に、タリクを家族ごと雇い入れてしまえば、誰にも文句は言われないだろう。


 そのためにも、名ばかりの貴族ではなく、本物の貴族としての力を手に入れなければならない。


「アラセリ、力が欲しくなった。自分の大切な人達を守れるだけの力が欲しい、手伝ってくれ」

「勿論です、私がユート様をお守りします」

「ならば、俺がアラセリを守るよ」

「ユート様……」


 この日から、アラセリに頼んでユーレフェルト王国の内情を知るための勉強を再開した。

 どこに領地を貰っても対応できるように、周囲の領地を治める貴族と良好な関係を築けるように、土地ごとの産物や住民の気質、伝統などの話もしてもらった。


 まずは知る、知った上で日本の知識などもフル活用して、領地を繁栄させて力を蓄える。

 そして、いつか俺を亡き者にしようと試みた連中に、たっぷりと仕返しをしてやるつもりだ。

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