第53話 身分の違い
慰霊祭の日から二十日ほどが経った。
海野さん達は、新しく与えられた部屋で連日エステの施術を行っている。
ワイバーン騒動の前は、第二王子派に限定して行われていたが、今度はどちらの派閥に属していても施術が受けられるそうだ。
第二王子派は、施術を限定することで派閥の切り崩しをしようと考えたようだが、第一王子派は度量の広さを示すことで派閥の切り崩しをしようと考えているらしい。
その結果、海野さん達のサロンには、両派からの情報が集まる状況が出来上がりつつあるようだ。
そんな海野さん達の状況とは対照的に、俺は宿舎と王族エリアとの往復だけで、得られる情報はアルベリクからもたらされるものに限定されてしまっている。
これからの俺の進むべき方向を考える情報は、海野さん達の頼みという状態だ。
このところ一日の仕事を終えた後の夕食の時間が、俺達の情報交換の時間となっている。
「第二王子派の軍勢は、着々と領土を回復しているみたいだよ」
「やっぱりフルメリンタは領土を保持する気は無いのかな?」
「そうじゃないかな。今日聞いた話だと、エーベルヴァイン領の半分は取り返したって話だったよ」
海野さんが聞き込んできた情報によれば、王都を出立した第二王子ベルノルトは、エーベルヴァイン領に隣接するザレッティーノ伯爵領で軍勢を整えて進軍を始めたらしい。
ベルノルト率いる軍勢は連戦連勝で、占領されていたエーベルヴァイン領の村を次々に解放しているそうだ。
「この国が安定するのは良い事だけど、あんまり第二王子派が活躍するのは考えものだな」
「そうだよね。私達からすれば奪還に失敗して、いっそ……なんて思っちゃうけど、さすがにここ以外では口にできないよ」
「だよなぁ……」
第二王子派によって日本から召喚され、散々苦労させられてきた身とすれば、ベルノルトの失脚どころか戦死を祈ってしまうが、さすがに大っぴらには話せない。
「ユート様、ちょっとよろしいですか?」
「なにかな、アラセリ」
「先程、カズミが話していた情報ですが……」
「第二王子派の戦果?」
「はい、おそらく脚色されたものかと……」
「えっ、そうなの?」
「こちらで聞いている情報では、ベルノルト様は慰霊祭の三日後に専用の馬車でザレッティーノ伯爵領へと向かわれました。現地に到着するまでに少なくとも七日は必要です。
とすれば現地に到着したのが十日前で、それから陣立てをして進軍を始めたとして、開戦は早くとも二日後でしょう」
「でも連戦連勝ならば……」
「ユート様、勝利の報告が届くのにも時間が必要です」
「あっ、そうか……」
インターネットが当たり前の日本に暮らしていた俺達は、地球の裏側の情報でも瞬時に手に入ると思ってしまうが、この世界では情報が届くのにも時間が掛かる。
早馬を飛ばしたとしても、三日から四日は掛かる。
だとすれば、開戦から二日か三日程度で奪われた領土の半分を取り返した事になる。
例え第二王子派の軍勢が優秀だったとしても、その戦果は疑わしい。
「我々の情報では、フルメリンタの方角からの早馬は来ておりません」
「他に連絡手段は?」
「鳥を使った連絡手段もありますが、頻繁には使えませんし、詳しい内容までは届けられません。我々が掴んでいる情報では、カズミが聞いた話はあらかじめ用意されたもののようです」
要するに、第二王子派によるプロパガンダという訳だ。
「でもさ、実際の戦いで苦戦したら、後でどう取り繕うつもりなんだろう?」
「おそらく、フルメリンタの軍勢を侮っているのでしょう。エーベルヴァイン領を奪われたのは、ワイバーンの襲撃によって軍勢が疲弊していたからだと考えているようです」
「そう言えば、アルベリク殿下もフルメリンタは川の中州まで後退するような予測を立てていたけど……」
「フルメリンタとすれば、領土拡張のまたとない機会です。簡単には引かないと考えた方がよろしいかと……」
「なんだよ、殿下まで甘い見込みを立てていたのか」
アラセリの所にもたらされる情報では、情勢は悪い方へと傾いているようだ。
フルメリンタがエーベルヴァイン領に侵攻した後、ユーレフェルトはワイバーンにかかり切りで反攻に出るのが大幅に遅れた。
その間に、フルメリンタは着々と地固めを進めていたらしい。
具体的には、土地を持たない農民や奴隷を兵力として投入し、戦果を上げれば占領した土地の所有や奴隷身分からの解放を約束したらしい。
他人から奪った土地を勝手に与えるとか、やり方が出鱈目だろうと思うのだが、効率は間違いなく良いだろう。
奴隷も解放した分は、占領によって捕えた住民を奴隷とすれば補充できるという訳だ。
「ちょっと待って!」
話の途中で、突然菊井さんが声を上げた。
「それじゃあ、もし私達のクラスメイトがフルメリンタに捕まったら……」
「戦争奴隷として扱われる可能性が高いです」
「嘘っ……」
アラセリの言葉に、俺達は声を失った。
せっかく第二王子派の手から逃れられる算段がついたのに、下手をするとこれまでよりも悪い状況に陥ることになる。
「霧風君、みんなの安否は……?」
「まだ分からないらしい」
クラスメイトの消息は、毎日アルベリクに確認しているが、一向に行方が分からない。
時期的に考えると、フルメリンタの襲撃を受けてから一ヶ月以上が経過している。
日本で行方不明になるのと、こちらの世界で行方不明になるのでは、深刻さの度合いが違いすぎる。
しかも、一人ではなくクラスメイト全員の行方が分からないのだ。
「アラセリ、エーベルヴァイン公爵の軍勢は全滅したの?」
「いいえ、半数近くはザレッティーノ伯爵領へ領民と共に逃げ込んだと聞いています」
「その中には、クラスのみんなは含まれていないんだね?」
「はい、残念ながら……」
「そんなぁ……」
菊井さんや蓮沼さんは、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。
「まだよ、まだそうだと決まった訳じゃないわ。私達が諦めちゃ駄目だよ」
「和美……」
「うん、そうだよね。諦めちゃ駄目だよね」
海野さんの言葉で二人は顔を上げたけど、海野さん自身どれだけ信じているのか……。
だが俺達には、ここで信じて祈るしか出来ない。
ワイバーンを切り裂くような魔法を手に入れたけど、クラスのみんなを探すのには何の役にも立たないのがもどかしい。
翌日の午後、昼食を終えてアルベリクへの施術に出向くと、エッケルスの姿があった。
「こきげんよう、キリカゼ卿」
「ごぶさたしてます、オビエス卿。殿下にご用事ですか?」
これまではエッケルス様と呼んでいたが、呼び方を改めるように言われている。
問題無く対応したので、エッケルスは頷いてみせた。
「いえ、今日はキリカゼ卿に用があって参りました」
「自分にですか?」
「はい、雑務係の者が、どうしてもキリカゼ卿に会ってお祝いを申し上げたいと……」
「もしかして、タリクですか?」
「そうです。いかがいたしますか?」
「雑務係にいた頃には本当に世話になったので、自分も礼を言いたいと思っていました」
「では、面談を取り計らっても構いませんか?」
「はい、面倒をお掛けしますが、是非お願いします」
この後、アルベリクと相談して、翌日の昼に宿舎で面談する事になった。
タリクには、暗殺者から命を救ってもらった礼も言えていない。
急な話なので、お礼の品物とかも何を用意して良いのか分からず、アラセリに現金を準備してもらった。
お礼が現金というのも生々しいとは思ったが、一番確実で使い道が広いし、ユーレフェルトでも結婚や新築などのお祝いに現金を包むのは一般的だそうだ。
当日、昼食も少し豪華なものを用意してもらって待ちわびていると、通路の先からエッケルスに付き添われ、緊張した表情のタリクが姿を現した。
「タリク!」
「おぅ、ユー……」
手を振りながら呼び掛けた俺に、タリクも手を振り返そうとしてエッケルスに制止された。
エッケルスは、俺にも首を横に振ってみせた。
宿舎の前では警備の兵士が目を光らせていて、ここでは以前と同じ態度では駄目だということなのだろう。
更に、タリクは警備の兵士によって身体検査を受ける事となった。
自分の客だから構わないと言ったのだが、アルベリク殿下から命令を受けていると言われてしまえば無理に止める訳にはいかなかった。
上で待つようにエッケルスから促され、宿舎のリビングでタリクを出迎えた。
エッケルスに連れられてリビングに入ってきたタリクは、俺の姿を見た途端跪いた。
「ユート・キリカゼ様におかれまして……」
「やめてくれ、タリク。ここでは、そんな他人行儀な挨拶なんかしないでくれ!」
「ユート……」
「立ってくれ……頼む!」
エッケルスは何かを言いかけたが、言葉を飲み込んで三歩ほど下がって距離を開けた。
「ユート、久しぶり」
「すまなかった!」
立ち上がったタリクに向かって、俺は深々と頭を下げた。
「お、おい……」
「俺は、こっちの世界に来てからタリクに世話になりっぱなしで、命まで助けてもらったのに礼も言わずに過ごしてきた。会いに行けない事情があったにしろ、あまりにも義理を欠いていた。申し訳ない。そして、本当にありがとう。今の俺がこうしていられるのは、タリクのおかげだ」
「ユート……」
「この国には、厳しい身分制度があるのは分かっているけど、今日は……いや、他の者がいない時には、以前と同じように友人として接してほしい」
瞳を真っ直ぐに見詰めて問いかけると、タリクはくしゃっと顔を歪めてみせて首を横に振った。
「駄目だ……ユート……」
「なんで? どうして駄目なんだ」
「俺にはその資格は無い」
「外では無理でも、俺達だけの時なら身分なんて……」
「違う……違うんだ……」
「タリク?」
タリクは右手で目元を覆って俯くと、苦々しげに吐き出した。
「くそっ、あの野郎、嘘ばっかり言いやがって……」
「何の話だよ」
「すまない、ユート……俺を殺してくれ」
「はぁぁ?」
「いや、違うな……俺が自分で……ぐふっ」
タリクが腰に右手を動かした瞬間、影のように忍び寄っていたアラセリが鳩尾に一撃を加えた。
更に右手を捻り上げて、タリクを床に組み伏せる。
「アラセリ!」
「離れて下さい、ユート様! おそらく、暗器を隠し持っています!」
「そんな、さっき下で身体検査を受けたばかりだぞ」
「いいんだ、ユート……抵抗はしない、暗器はベルトに仕込んである。毒が塗ってあるから刃には触れないでくれ」
「タリク……」
「すまん、ユート……」
タリクが腰に巻いたベルトには、刃渡り十センチほどの薄く撓るナイフが仕込まれていた。
その刃先にはベッタリと、掠っただけでも処置が悪ければ廃人となる毒が塗られていた。
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