第50話 名ばかりの侯爵
慰霊祭の翌日、アルベリクから呼び出しを受けた。
いつもと変わらず、アラセリを含めて護衛の兵士に守られて、王族の暮らすエリアに入る。
水堀を渡る橋を警備している兵士に、いつものように特殊技能者認定証を見せようとしたのだが、全員に頭を下げられて迎えられ、そのまま通って構わないと言われた。
「えっ、認定証を見せなくてもいいんですか?」
「はい、どうぞお通り下さい。それと我々に対しては、そのような丁寧な言葉遣いは不要です。キリカゼ卿」
「あっ、侯爵に叙任されたからか……」
「それに、王国を救って下さった英雄ですから」
「いや、あれは周りの皆さんの協力があったから出来た事で、俺一人の手柄みたいになっているのは心苦しいですよ」
「とんでもない! キリカゼ卿の魔法がなければ、もっとワイバーンとの戦いは長引いていたはずです。そうなれば、もっと多くの兵士や市民が犠牲になっていたはずです。その者達の命を救い、王国に未来をもたらして下さったのですから、もっと誇って下さい」
「いやぁ、そう言われても、あんまり偉ぶるのには慣れてないんですよ」
「どこまでも謙虚でいらっしゃいますね」
警備の兵士は笑っていたが、俺としては笑える余裕はない。
確かにワイバーンを倒すという手柄を立てて、侯爵にも任じられたけれど、ここで調子に乗ってイキっていたら、必ず足下を掬われる。
謙虚に、謙虚に……と自分に言い聞かせ続けている。
アルベリクが執務を行う部屋へと案内されると、すでに文官らしき人が数人報告に訪れていた。
ここでも文官達に、深々と頭を下げられてしまった。
慌てて俺も頭を下げたのだが、それを見てアルベリクがニヤリと笑みを浮かべた。
「来たか、ユート……いや、キリカゼ卿」
「おはようございます。あまりからかわないで下さい」
「侯爵になったというのに変わらぬな」
「人間は、そんなに簡単に変われるものではありませんよ」
「いや、そうでもないぞ。爵位が上がったり、役職が上がった途端、ガラリと人が変わる者もいる」
「でも、そうした人達は、何らかの失敗をやらかして痛い目に遭うものですよね? 俺はなるべく穏便に暮らしたいです」
「まぁ、ユートならば大丈夫だろう。さて、本題に入らせてもらおうか」
アルベリクは、応接用のソファーに座るように促してきた。
「俺は時間に余裕がありますから、先に仕事を片付けてもらって結構ですよ」
「侯爵殿を待たせて仕事とはいかぬよ」
「そうなんですか?」
「当然だ」
身分制度からすると、俺を優先するのが当然らしいが、仕事を中断させてしまった文官達には頭を下げておいた。
「後から来て割り込むような形になって申し訳ない」
「と、とんでもございません。どうぞ、ごゆっくり……」
あまり馬鹿丁寧に礼を言うと余計に恐縮させそうなので、軽く会釈をしてソファーに座った。
「さて、ユート。今日来てもらったのは、ユートの所領についてなんだが……」
「どうかされたのですか?」
「うむ、少し待ってもらえるか?」
「まぁ、いきなりここの土地を治めろと言われても困ると思っていたので、待つのは構いませんが、何か事情がありそうですね」
「そうだな、侯爵に叙任しながら所領が無いというのもおかしな話なのだが、現在我が国はフルメリンタによって侵略を受けている。エーベルヴァイン家は、一応後継者である長男は王都にいたので難を逃れたが、家を存続させるか微妙な情勢だ」
「えっ、エーベルヴァイン家が取り潰されたりする可能性があるんですか?」
「無いとは言い切れぬし、取り潰しにならなくとも、所領の一部は没収となる可能性は高い」
エーベルヴァイン家は、第二王子の意を汲んで侵攻を行ったと主張するのだろうが、ワイバーンの渡りが誤算だったとは言え、結果的にはフルメリンタに領土を占拠させる口実を与えた形でもある。
つまり実績という面では、マイナス査定となっているのが現状だ。
それに、第二王子派の中心的な役割を果たしているエーベルヴァイン家の力を削げば、王位継承争いで対立するアルベリクに優位に働くという訳だ。
エーベルヴァイン家が貴族として存続出来るのか、出来たとして、どの程度の領地を手にできるのかは、これからの領土奪還作戦でどの程度の実績を残せるのかにかかっている。
「俺の領地は、フルメリンタとの争いに一定の見込みが出来てからですか?」
「うむ、フルメリンタは川の中州は維持しても、川のこちら側の領地は長期間に渡って維持出来ないと考えている。フルメリンタの撤退後、改めて領土の奪還に尽力した者の論功行賞を行う予定だ」
「俺の領地も、その時に合わせて発表する感じですか?」
「そうだ。それまでの間、ユートは名ばかりの侯爵となってしまうが、どうか了解してもらいたい」
「ええ、構いませんよ。むしろその方が、こちらとしても心の準備が出来るので助かります」
「そうか、そう言ってもらえるとありがたい」
そもそも、領地を治めるとか面倒なんで無しでも構わないぐらいだ。
正式に領地が決まるまでに、エッケルスかリュディエーヌに領主の心得について教えを乞うておこう。
「殿下、エーベルヴァイン領の奪還は、上手くいきそうですか?」
「さて……先程、フルメリンタはエーベルヴァイン領の占領を長くは続けないだろうと言ったが、それはあくまでも我の予測にすぎない。実際の戦況が、どのように進んで行くのかは、それこそやってみないと分からぬだろう」
「ベルノルト様の準備は……その、大丈夫なんでしょうか?」
「第二王子派にも有能な人材がいない訳ではない、エーベルヴァイン公爵とて、人を相手どった戦いであれば命を落とさずに済んでいたであろう」
「そう言えば、公爵様の長男は王都にいらしたとおっしゃってましたが……」
エーベルヴァイン公爵の息子の話になった途端、アルベリクは顔をしかめた。
「ふん、いっそエーベルヴァイン領にいれば良かったものを……」
「もしかして、ベルノルト様の取り巻きの一人ですか?
「そうだ。あんな愚物が公爵家を継いでみろ、どんな横暴な振る舞いをするか分かったものではないぞ」
アラセリからは、エーベルヴァイン家は三大公爵家の一つだと聞いている。
だとすれば、ベルノルトの取り巻き筆頭が、その長男なのだろう。
俺の頭に浮かんでいるのは、タリクと街に遊びに行った時に遭遇した出来事だ。
子持ちの人妻らしい女性が、ベルノルトや取り巻きによって連れ去られた状況を話すと、アルベリクは苦い表情を浮かべて額に右手を当てた。
「いっそ、その時に取り巻き諸共、ユートの魔法でバッサリやってしまえば良かったのに」
「いやいや、その頃はまだ、今みたいに自在に魔法を使えていませんでしたから、下手をすれば市民を巻き込んだ虐殺事件になっていましたよ」
「ふむ、それでは駄目だな。愚弟め、エーベルヴァイン領を取り戻したら、華々しく戦死してくれぬかな、取り巻きも道連れにして」
「殿下……お気持ちは分りますが、そのような話は口にしない方が」
「馬鹿者が、何を本気に捉えておる。冗談に決まっておろうが」
「も、申し訳ございません」
アルベリクは不機嫌そうに声を荒げたが、本気で怒っているのではないのだと表情が語っていた。
「さて、領地の件はそんな感じとして、もう一件、妹への施術についてだ。私への施術も含めて、いつぐらいから行える?」
「そうですね、だいぶ体調も戻って来ましたので、三日後ぐらいからなら大丈夫かと……」
「分かった。では、三日後から行ってもらう。場所は、これまでと同じ部屋だ」
「殿下、ブリジット様への施術なのですが、王妃様の同席をお願いする訳にはまいりませんか?」
「母上にか? なぜだ?」
「それは、施術の箇所がデリケートな場所ですし、リュディエーヌ様も同席しますから間違いなど起こらないし、起こす気も無いのですが……」
俺が、しどろもどろに自衛策を提案しているのに、アルベリクはニヤニヤと笑ってみせた。
「馬鹿め、先日の話を真に受けたのか。あんなジャジャ馬でも王族だ、一時の感情に任せて純潔を散らされてたまるか」
「えぇぇ……ちょっと本気にしちゃってましたよ。どう対処したら良いか悩んだんですからね」
「ふははは、それは悪かったな。だがなユート、王族ともなれば好きな相手と婚姻出来るなど稀だ。妹も近隣の王家から望まれれば、相手次第では断ることも出来ぬのだ。庶民からすれば不自由だと思うかもしれぬが、王族として恵まれた生活を送っているのだから相応の責任は果たさねばならぬ」
「では、施術の際は……」
「リュディエーヌを必ず同席させるから、余計な心配をしなくても良い。それと、くれぐれも変な気は起こすなよ」
「分かってます。この場でお約束いたします」
まったく、それならそうと最初から言っておいてくれれば良いのに……。
まぁ、そのおかげで、やきもちを焼いた可愛いアラセリが見られたから許してやろう。
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