第51話 決断
やっぱり肉だ、血が足りない時には肉なんだと実感させられた。
ガツっと食って眠るごとに、体の中の活力が増強された。
復活を遂げた俺が、明日からの施術に障ります……なんて言葉で止まるはずなどなかった。
そして迎えた施術を再開する日、実に清々しい朝を迎えられた。
昨晩は、アラセリと激しく愛しあったけど、今朝も元気溌剌だ。
さすがに施術再開の日なので、朝からはいたさなかったが、気力体力共に充実している。
まぁ、朝食の席では海野さん達にジト目を向けられてしまったが、文句は壁の薄い建物に言ってくれ。
朝食後、施術のために王族が暮らすエリアへ出向くのに、海野さん達も一緒に行くかと思いきや、彼女たちは別の建物で施術を行っているそうだ。
貴族の婦人などが気軽に入れるように、王族専用エリアの外にある建物で魔法を使ったエステを行っているらしい。
そして王族に施術を行う時だけ、王族専用のエリアに出向くそうだ。
たぶん、俺もアルベリクとブリジットへの施術が終われば、別の建物で施術を行うようになるのだろう。
いや、そうではなくて、自分の屋敷とかでやる事になるのだろうか。
その辺りは、アルベリクに訊ねておいた方が良さそうだ。
王族エリアに向かう前に医務室に立ち寄ったのだが、リュディエーヌが俺の来るのを外で待っていた。
「おはようございます、リュディエーヌ様、お待たせして申し訳ありません」
「おはようございます、キリカゼ卿。私がお出迎えするのは当然ですよ」
「えっ……あぁ、そういう事ですか。それでも、お待たせしてしまったようですので……」
「ふふっ、すぐには慣れないかもしれませんが、徐々に慣れておかれた方がよろしいですよ」
「はい、まぁ徐々に頑張ります」
アドバイスはありがたく拝聴し、なおかつ増長していると思われないようにする匙加減はなかなか難しい。
「リュディエーヌさん、ちょっとお聞きしたいのですが」
「なんでしょう?」
「ブリジット様に縁談は来ていらっしゃらないのでしょうか?」
「勿論、話だけならば来ているでしょう」
「でも、決まった話は無い?」
「まだアウレリア様のご縁談も決まっておりませんので……」
「なるほど……」
ユーレフェルト王国では、次の王様は基本的に王位継承順位通りに選ばれる事になっているのだが、アルベリクの顔を覆う蒼闇の呪いの痣が話をややこしくしている。
アルベリクが次の王に相応しくないと判断された場合、継承順位第二位は第二王子のベルノルト、その次がアウレリアなのだ。
顔が痣で埋め尽くされてしまっている弟、素行不良の弟、その次が自分だとなれば、女王への道を模索するのも当然だろう。
だが、女王となるのであれば、嫁入りではなく婿取りが必要となる。
アウレリアが王位継承権を辞退して、結婚を望めば話はトントン拍子で整うのだろうが、まだ一縷の望みを捨てきれていいない状況では縁談も進めづらいのだろう。
姉の縁談が進まない状況では、妹のブリジットの縁談を進めるのも難しいのだろう。
「まぁ、ブリジット様の場合は嫁がれる事になるでしょうし、行き先は西の友好国ミュルデルスかマスタフォ、もしくは東のフルメリンタの更に東に位置するカルマダーレでしょう」
西の友好国との結びつきを強固にするか、紛争が続いているフルメリンタに睨みを効かせられる国と縁を結ぶという事なのだろう。
王族エリアに入る橋に袂には、迎えの女官が待っていた。
「おはようございます、キリカゼ卿、ファリス卿。ご案内いたします」
女官が迎えに来たから別の部屋へと案内されるのかと思いきや、いつもアルベリクへの施術を行っている部屋だった。
部屋で十五分ほど待っていると、施術を受ける第二王女ブリジット、その母親である第二王妃シャルレーヌが姿を見せた。
「おはようございます、シャルレーヌ様、ブリジット様」
「おはようございます、キリカゼ卿。ワイバーンの討伐での活躍、見事でした」
「こちらこそ、過分な報奨をいただき感謝いたしております」
「本日からは、娘への施術を行っていただきたい。よろしいですか?」
「はい、お引き受けいたします」
「では、もう少し詳しい話をしましょう」
テーブル挟んで、応接ソファーに腰を下ろしたのだが、ブリジットの様子が以前とは変わっている。
以前、アルベリクへの施術を行っている所へ見学に現れた時には、隙あらばイタズラを仕掛けてやろう……みたいな雰囲気があった。
ところが今日は、俯きがちに頬を染め、上目使いでこちらをチラ見してくる。
アルベリクの話だから、また冗談なのかと思っていたが、これはもしかすると俺にマジ惚れしているのではなかろうか。
「施術を行ってもらう前に、キリカゼ卿に確認しておきたいのですが、ブリジットとの婚姻を望みますか?」
「いいえ……」
アルベリクには伝えておいたのだが、ブリジットまで伝わっていないのだろうか。
「侯爵ともなれば、王族を娶ってもおかしくありません。それでも、婚姻を望まないと……?」
「はい、自分はアラセリを妻として娶るつもりです」
「侯爵の正妻には、最低でも貴族の娘であるのが常識ですよ」
「それならば、爵位を返納させていただきます」
「いけません、ユート様!」
「控えなさい!」
部屋の隅に控えていたアラセリが思わず声を上げたが、シャルレーヌがピシャリと遮った。
「キリカゼ卿、それは本気で言っているのですか?」
「はい、自分が今日この場所にいられるのは、アラセリの助けがあったからです。共に死線を潜り抜けて来た、彼女と生涯を共にしたいと考えております。その為に、私の身分が妨げとなるのであれば、爵位を返納するしかございません」
「アラセリとの間に、子供が出来ないと分かっても……ですか?」
「えっ……それは、どういう意味ですか?」
「アラセリは、裏の働きをするための特別な訓練を受けた者です……」
シャルレーヌの口から語られた話は、想像もしていなかった内容だった。
アラセリのように裏の働きをする女性には、二種類の女性がいるそうだ。
一種類は、男を篭絡し、その者の子を宿すように施術を施された者。
もう一種類は、男と体を重ねても、子供を宿さないように施術を施された者で、アラセリは後者だそうだ。
「申し訳ございません、ユート様」
話を聞き終えた直後、反射的に目を向けると、アラセリは深々と頭を下げてみせた。
「キリカゼ卿、今の話を聞いても、アラセリとの結婚を望みますか?」
「勿論です。俺の気持ちは、その程度の事では揺らぎません」
俺の言葉にハッとして顔を上げたアラセリに、キッパリと頷いてみせる。
大きく見開かれたアラセリの瞳から、大粒の涙が零れて落ちた。
「分かりました。そこまでの決意をされているのであれば、その仲を引き裂くのは無粋というものです。アラセリは、しかるべき貴族の養女としてキリカゼ卿に嫁ぐように取り計らいましょう」
「ありがとうございます。寛大なご処置に感謝申し上げます」
これで全て丸く収まった……とはいかないよな。
先程までの上目使いのチラ見からは一変、キっと強い視線を俺を睨みつけながら、ブリジットが言葉を不満をぶつけてきた。
「どうして……どうしてですか? どうして私では駄目なんですか?」
「申し訳ございません。ブリジット様はとても魅力的な女性ですが、アラセリは自分にとっては掛け替えのない存在なのです。アラセリがいなかったら、仲間に殺され掛けたショックからは立ち直れなかったでしょう。アラセリがいなかったら、ワイバーンに噛み砕かれていたでしょう。アラセリがいてくれたから、恐怖に打ち勝ち、ワイバーンに立ち向かっていけたのです。俺にはもう、アラセリのいない人生なんて考えられないんです」
「ズルいです。そんな言い方されたら、認めるしかないじゃないですか」
ブリジットは、フグみたいに頬を膨らませてみせているが、先程までの闇落ちしそうな雰囲気は消えている。
「母上、私の施術は取りやめにいたします」
「駄目よ。何を言ってるのかしら、この子ったら……」
シャルレーヌの一言は、ゾッとするような冷たさを含んでいた。
油断したらサクっと殺されそうな迫力がある。
やべぇ、俺はこんな人にノーと言ってたのか。
命知らずにも程があるだろう。
「あなたは王族なのだから、染み一つ無い綺麗な体にしてもらいなさい。その美貌で、その知性で、その体で、殿方を満足させてユーレフェルト王国に繁栄をもたらすのが貴女の仕事だと教えたはずよね。それとも忘れてしまったのかしら?」
「い、いいえ……忘れていません」
「ならば、施術を受ける支度をなさい」
「は、はい……」
有無を言わさぬシャルレーヌの言葉に従って、ブリジットは着ている服を脱ぎ始めた。
「えっ、ここで施術するのですか?」
「何か問題があるかしら? ブリジットへの施術には私も立ち合いますから、妙な噂の心配は無用ですよ」
「はい……かしこまりました」
ブリジットの痣は、左の臀部と足の付け根、そして鼠径部へと及んでいた。
シャルレーヌの指示で、応接テーブルの上に四つん這いになったブリジットへ施術を行う。
「ブリジット、もっと腰を突き出しなさい、じゃないと痣が良く見えないわ」
「は、はい……母上」
裸の尻を俺に向かって突き出す格好だから、前も後ろも全部丸見えだ。
しかも、俺に見られているのを母親とリュディエーヌにも見られているのだから、ブリジットの白い肌は羞恥で朱に染まっている。
「では、施術を勧めさせていただきます。ブリジット様、なるべく動かないで下さい」
「はい……分かりましたから、そこで話さないで下さい」
「す、すみません」
「お願い……早く済ませて……」
消え入りそうなブリジットの声を聞いて、シャルレーヌは笑いを噛み殺して肩を震わせている。
うん、この母親にして、この娘ありって感じだな。
ちなみに、こんな微妙な場所を覗き込む状態だったが、施術を終えた帰り道もアラセリは上機嫌のままだった。
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