第49話 慰霊祭
「ユート様、起きて下さい……」
優しく肩をゆさぶられて意識が眠りから浮上する。
レースのカーテン越しに差し込む朝日は眩しいが、窓から吹き抜けていく風は思いのほか涼しい。
「おはよう、アラセリ」
「おはようございます、ユート様」
おはようのキスを交わしたアラセリは、既に身支度を整えている。
「お加減はいかがですか?」
「んー……いまいち元気が無い」
「ユート様……」
朝だというのに、今ひとつ元気が無い股間に視線を向けるとアラセリは呆れていたが、俺としては冗談では無く不調を感じている。
そもそも健康な男子高校生ならば、朝は元気溌剌なはずだし、実際これまでの俺はそうだった。
たぶん、失った血液の補充が済んでいないから、今いち元気が足りないのだろう。
それでも昨日に比べればマシになってきているし、元気溌剌に回復したなら朝からだって遠慮する気は無いが、今は大人しくしておこう。
「今朝は涼しいね」
「はい、どうやら城の結界が復活したようです」
「あぁ、なるほど……」
ユーレフェルト王国の王城上空は、ドーム型の結界に覆われていて、内部の温度を調節していると以前アラセリから聞いた。
炎天下に慰霊祭の式典を行わずに済むように結界を間に合わせたのか、それとも結界が間に合う目途が付いたから式典を開催するのか分からないが、涼しいのは助かる。
城の慰霊祭には、城下に避難していた城で働く者達も参加するらしい。
アラセリが聞いてきた話によれば、ワイバーンの討伐が終わった直後から、城の復興のために避難していた者達が呼び戻され、作業に取り掛かっているそうだ。
たぶん、清掃係として共に働いたタリクや親方のウダイも仕事を再開しているのだろうが、俺が貴族に叙任されたなんて知ったらどう思うのだろう。
俺としては、またタリクと街に遊びに行きたいと思っていたのだが、それも難しくなりそうだ。
宿舎のリビングには、朝食の配膳をしている海野さん達がいた。
「おはよう、霧風君」
「おはよう、海野さん達も慰霊祭には出るんでしょ?」
「うん、第一王子の方に並ぶらしいよ。もうこちら側の人間だって、貴族たちに知らせる狙いがあるらしいけど、これまで一緒に働いていた人達から恨まれないか心配」
「そうか、これまで海野さん達は、第二王子が有利になるように働かされてたんだもんね。でも仕方ないよ、あんな奴を次の国王にしたら安心して暮らせない」
「分かってる、私達はもうアルベリク様を次の国王にして、その庇護下で暮らすしかないんだよね」
次の国王の座を巡る争いは、確実にアルベリク有利に傾いている。
あとは、ベルノルトが沈む泥船だと貴族たちに理解させ、派閥争いに終止符を打つだけだ。
朝食を済ませたら、式典に出席する服装に着替える。
騎士の制服に準じた黒い服を着て、髪はアラセリが髪油でオールバックに整えてくれた。
そこに三代前の国王が使ったという銅金を着けると、いつもよりも凛々しく、二、三歳年上に見えた。
「ユート様、良くお似合いです」
「ありがとう、でも、これ結構重たいんだよね」
「大丈夫ですか?」
「うん、今日はマウローニ様の代わりを務めるんだ、情けない姿は見せられないよ」
昨日の衣装合わせの時には不在だった海野さんは、いつもと違う俺の出で立ちに驚いたらしく少し顔を赤らめて目を見張っている。
「どう、似合う?」
「う、うん……格好いい」
「ふふっ、馬子にも衣装とか思ってるんでしょ?」
「そんな事ないよ! 霧風君は格好いい!」
「お、おぅ……ありがとう」
自分で格好付けておいて何だが、海野さんから力説されると照れ臭い。
てか、俺が褒められているのに、何でアラセリは不満そうなのかな。
そのアラセリは、午後からの式典では俺と一緒に戦車に乗る予定なので、俺と同じく騎士風の服を身に着けているが、布地の質や刺繍などが異なっているし鎧も革鎧だ。
身分の差が存在しているのは分かるが、ちょっと引っ掛かる。
「今日は、ユート様のための式典のようなものですから、私が目立たないようにするのは当然です」
「まぁ、今日だけだしね」
亡きマウローニの最後の弟子という事で、ワイバーン殺しの英雄を演じるけれど、この先は目立つつもりは無い。
どんな領地を押し付けられるのか分からないけど、アルベリクに有能な代官を斡旋してもらって、俺は目立たずにアラセリと静かに暮らせれば十分だ。
全員で移動した式典の会場では、ラーディンが補佐を務めてくれた。
こうした式典が始まるまでの時間で、色々とアドバイスしてもらえたもの有難かった。
会場は騎士団の訓練場で、王族は一メートルほどの高さの台上に並んで座っている。
その王族に見下ろされる形で、騎士や兵士、城で働く者などが並び、それらの者とは少し離れて王都に在住している貴族も顔を揃えていた。
式典は、最初にワイバーンの討伐に関わって命を落とした者達の名前が読み上げられ、慰霊金が贈られると告げられた後、全員によって黙とうが捧げられた。
続いて、ワイバーン討伐において功績を残した者の表彰が行われた。
「ユート・キリカゼ、前へ……」
「はっ!」
事前の打ち合わせに従って、壇上の国王陛下の前へと進んで片膝を突き、腰に吊った剣を鞘ごと外して両手で差し出した。
国王はスラリと剣を抜き放ち、俺の左肩へと添えた。
「ワイバーン五頭を討伐した功績、まことにもって見事なり。その功績を称え、侯爵に任ずる!」
「ありがたき幸せ」
「おぉぉぉぉ……」
列席者のどよめきの後、盛大な拍手が湧き起こった。
国王陛下が鞘に納めた剣を両手で押し頂き、そのままの姿勢で後退り、台から降りたところで列席者へと向き直って剣を抜き放って掲げた。
一層大きくなった拍手と歓声を十秒ほど浴びた後、剣を鞘へと納めてから一礼し、元の場所へと戻った。
とりあえず、午前の俺の役目はつつがなく終わらせられたようだ。
この後、俺以外の論功行賞が行われ、大きな問題も起らず午前の式典は終了した。
式典の後は、城の食堂に場所を移して、王族や貴族との食事会へ臨んだ。
幸い、俺と同じテーブルにはエッケルスやリュディエーヌといった見知った者がいたので、緊張はしたが大きな失敗はしないで済んだ。
もっとも、同席したのはガチガチの第一王子派という話なので、好意的なのは当然なのだろう。
ただ、昼食会の最初の料理が出てから、最後の料理が出されるまで体感的には二時間以上も掛かった。
王族貴族の集まりだから、これが当り前なのかもしれないが、ど庶民の俺には酷くまどろこしく感じられた。
そして、午後の式典が始まったのだが、詳しい話は聞かされず、堂々と戦車に乗っていれば良いと言われた。
式典の主役は王族で、俺は添え物なのだろうと考えていたのだが、その予想は外れていた。
「ユート様、こちらの手すりにお掴まり下さい」
「分かった」
「少々揺れますが、少し膝を曲げて衝撃を逃がすようにすれば大丈夫です。ただし、視線は下に向けず、胸を張っていて下さい」
「分かった」
王族の準備が整ったところで隊列が出発する。
先頭はユーレフェルト王国の国旗を掲げた二騎、その後ろに護衛の六騎、その後ろに国王陛下の乗った天蓋の無い馬車が続く。
その後ろに、第一王子と第二王妃、第二王女の乗った馬車、第二王子、第一王妃、第一王女の乗った馬車と続く。
この車列を見ただけでも、現状では王位継承争いはアルベリクがリードしていることを示している。
俺の乗った戦車は、王族のすぐ後ろだった。
フルメリンタとの争いが無ければ、このポジションは国軍を預かるエーベルヴァイン公爵が務めていたはずだから、ここでもアルベリク優位の印象が強まるはずだ。
「思ったほどは揺れないかな?」
「あまりお喋りしていますと、舌を噛みますよ」
「気を付けるよ」
行列は、東側の城門を出て坂を下り、城下の街へと入っていく。
式典が行われる広場には、ワイバーンによって命を絶たれた市民の遺族が集められているそうだ。
会場に向かう道筋にも、多くの市民が詰めかけていて、右手を天に掲げ、左手は額、胸、腹の順番で触っている。
キリスト教で十字を切るような、何か宗教的な意味があるのかもしれない。
俺の位置からは、戦車を引いている馬越しに、第二王子と母親、姉の姿が見えるのだが、民衆に向かって手を振るでもなく、じっと座っているようだ。
地球の風習と比べるのは間違っているのだろうが、何となく民衆との間に壁のようなものを感じる。
そして、それは慰霊祭の式場で更に鮮明になった。
大勢の民衆が集まった広場に入った馬車は、速度こそ落としたものの一時停止もせずに通り抜けてしまった。
第一王子が乗った馬車も、第二王子が乗った馬車も、俺の乗った戦車も止まらない。
祭壇のようなものが設えてあるのに、その前も素通りして、城を目指す帰路についてしまった。
確かに堂々と戦車に乗っていれば良かったのだが、いくらなんでも素っ気無さすぎやしないか。
せめて祭壇に祈りを捧げる……ぐらいの行為をしても良いと思うのだが、これがこの国のやり方ならば従うしかないのだろう。
結局、王族を乗せた馬車は、ぐるりと市内を回り、そのまま西側の坂を上って城へと戻ってしまった。
「お疲れ様でした、ユート様」
「これで終わり?」
「はい、つつがなく終了いたしました」
「そっか……分かった。アラセリもありがとうね。近くに居てくれたから心強かったよ」
「それは、私の役目ですから……」
日に日にアラセリの可愛さが増しているのは、俺の気のせいなんかじゃないよね。
これ、宿舎に戻ったらギューっと、ギューっとしちゃってもいいよね。
今夜のアラセリとの一時を頭に思い描きながら宿舎に戻ったのだが、消耗した体で重たい銅金を着けて戦車に乗る行為は、予想以上に俺の体力を奪っていたようだ。
鎧を脱ぎ、衣装を脱ぎ、風呂から上がるとガクンと力が抜けて、気絶するように眠りに落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます