第48話 式典の準備

 アルベリクとの面談を終えて、王族の暮らすエリアから宿舎まで歩いただけで息が切れた。

 刺された所は、薄っすらと傷跡が残っているだけで動いても痛みはしないが、失った血を回復しきれていないようだ。


「お疲れ様でした、ユート様」

「うん、正直に疲れた。こんなに体調が回復していないとは思ってなかった」


 ソファーにどっかりと腰を下ろし、アラセリの言葉に強がる元気も残っていなかった。

 海野さん達は、魔法を使ったエステに関する話があると、アルベリクの母親である第二王妃に呼ばれて出掛けたらしい。


 つまり宿舎には警備の兵士を除けば、俺とアラセリしかいない訳だが、昼間からいたそうなんて気力も湧いてこない。


「ユート様、おめでとうございます」

「えっ……あぁ、爵位の話?」

「はい、侯爵様に任じられ、ブリジット様を娶られれば、名実ともに大貴族の仲間入りです」


 おめでとうございます……なんて言っているくせに、アラセリの顔は少しも嬉しそうに見えない。

 ていうか、俺自身めでたいなんて思っていない。


「大貴族ねぇ……実感無いなぁ。それに、ブリジット様と結婚する気は無いよ」

「えっ? 王女様ですよ。それも、向こうから望まれていらっしゃるのですよ」

「なんて言うか……苦手なんだよねぇ、あの手のタイプの女の子って。それに……」

「それに?」

「俺は、アラセリがそばに居てくれれば、爵位だって要らないんだ」

「ユート様……」


 そうそう、その笑顔が見れるなら、他には何も要らない。

 両腕を広げ、アラセリを抱き締めて唇を重ねる。


 お尻に手を回したら、ふっと唇を離したアラセリに睨まれた。


「ユート様、明日は大切な行事が控えていらっしゃるのですよ」

「むぅ……分かった。でも、体調が戻ったら我慢する気は無いからね」

「ユート様、カズミ達も一緒に暮らしているのですから……」


 この建物は外国の要人のための迎賓館だそうだが、それにしては壁が薄いのか、昨夜のアラセリとの行為は海野さん達に気付かれていたらしい。

 というか、アラセリも結構激しかったよね。


「それでも、我慢する気は無いからね」

「もぅ、仕方のない人ですねぇ……」


 なんて言いながら、アラセリも満更ではないように見えるのは、俺の勘違いではないと思う。

 昼食を済ませたら、大人しくベッドに入って、大人しく体を休めた。


 夕方、意外な人物が宿舎を訪れた。

 城の装飾係を仕切っているエッケルスだ。


「やぁ、ユート、体の具合はどうかな?」

「ご無沙汰してます、エッケルス様。まだ本調子には程遠いですが、なんとか生きてます」

「今回のワイバーン騒動では、本当によくやってくれた。そして、よくぞ生き残ってくれた。今の状況を鑑みれば、アルベリク様が王位を引き継ぐのはほぼ間違いないだろう。最後の一押しをするためにも、体調が戻ったら施術に専念してもらいたい」

「お任せ下さい。アルベリク様が国王様より次期国王の確約をいただけるように、一日でも早く施術を終わらせるつもりです」

「よろしく頼むぞ」


 思い返してみれば、このエッケルスが俺の能力を見出してくれなければ、今のような好待遇には恵まれなかっただろう。

 何よりも、アラセリと出会えていなかった。


 その恩義に報いるためにも、アルベリクへの施術は早く、着実に進めなければならない。


「さて、ユート。本題に入らせてもらうよ」


 エッケルス様が宿舎を訪れた理由は、明日の慰霊祭で俺が着る衣装を合わせるためだ。

 衣装は騎士達が平時に着る制服に準じた形で、布地は黒一色。


 そこに、鎧の胴金と剣帯を着け、儀式用の剣を吊るらしい。


「この鎧は……随分と凝った装飾が施されていますが」

「三代前の国王、アンゼルム様が少年時代に使われたものだ」

「えぇぇ! 王族が使った品なんて……」

「心配は要らないよ。国王様からも許可はいただいている。国を救った英雄に、みすぼらしい鎧を着けさせる訳にはいかないだろう」


 三代前の国王アンゼルム・ユーレフェルトは、俺が清掃を行った巨大な肖像画に描かれていた人物だ。

 四代に渡って王位継承争いが続き、乱れていた国を治め、王位は継承順に従って平和に譲渡すべしという国法を定めた人物でもある。


 現在の王位継承順位は一位がアルベリク、二位がベルノルトだ。

 国法に従って王位の譲渡が行われるならば、次の王はアルベリクになる。


 肖像画の修復や、俺が英雄としてこの鎧を身に付けて慰霊祭に望むのは、アンゼルムの存在をアピールし、アルベリクの王位継承の正当性をアピールするためなのだろう。

 服も鎧もサイズに問題はなく、実際に身に付けると、俺でもそれなりに様になって見えた。


「ユート様、良くお似合いです」

「いや、マウローニ様が生きていらしたら、鎧に着られていると笑われたと思うよ」


 普段は飄々としたお爺ちゃんにしか見えなかったマウローニだが、サーベルを片手にワイバーンに立ち向かっていく姿は研ぎ澄まされた剣のようだった。


「明日の午前は城の中庭で、昼食後は城下での慰霊祭となる。城下に下りる際には、ユートには戦車に乗ってもらう予定だ」

「戦車……ですか?」


 戦車とは、キャタピラで走る砲塔付きの装甲車ではなく、二頭引きで二輪の馬車のことだ。

 実戦では、戦士が自ら手綱を握って走らせながら戦うそうだが、明日は御者が手綱を握り、俺は乗っているだけで良いそうだ。


「手綱は私が握りますので、ご安心下さい」

「えっ、アラセリがやってくれるの?」

「はい、その……騎士が手綱を握りますと……」


 戦車は座って乗るものではなく、立って乗るものなので、騎士が隣に立つと俺の貧弱さが目だってしまうらしい。

 鎧を着てしまえば、アラセリが女性であるとは気付かれないし、体格的に俺が見劣りする心配も無くなるという訳だ。


 ちょっと、いやかなり情けないけれど、アラセリが近くに居てくれるのは心強い。

 当日、俺は国を救った英雄に祭り上げられる訳だから、式典の最中に殺されてしまったら意味が無い。


 王家全体の威厳を保つための式典でもあるのだから、第二王子派も手出しはして来ないとは思うが油断する訳にはいかない。

 不慣れというより、乗った経験すら無い戦車の手綱を自分で握って走らすなんて、アクシデントを自ら誘発するようなものだ。


「よろしく頼むね。馬なんて扱った事がないから助かるよ」

「はい、お任せ下さい」


 打合せを終えて宿舎の出口まで見送ると、エッケルスがもう一度握手を求めてきた。


「明日の式典は、君にとっても晴れ舞台だ。頑張ってくれ、ユート」

「はい、今日はゆっくり休んで明日に備えます」

「ユート……なんて気軽に呼べるのは今日が最後だな」

「えっ、どうしてですか?」

「明日の城内での慰霊祭では、君の叙任も行われる。侯爵となれば、私よりも位は上になってしまうからね。これからは、キリカゼ卿とお呼びしなければならないな」

「そんな……」


 そんな事は関係ない……と言い掛けたが、この国では身分制度が厳しい。

 公の場所で、位が上の俺を呼び捨てには出来ないのだろう。


「急にキリカゼ卿なんて呼ばれると調子が狂っちゃいますね。私的な集まりの時には、これまで通りユートと呼んで下さい」

「いいのかい?」

「えぇ、そうして下さい」

「分かった。ユートという友人を得られて、私は幸せだよ」

「俺の方こそ、エッケルス様との出会いには感謝しています」

「これからも、よろしく頼むよ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 たとえ侯爵の地位を得たとしても、俺には人脈は無いに等しい。

 第一王子派の人達は味方になってくれるだろうが、それはアルベリクの人脈であって俺のものではない。


 調子に乗って反感を買えば、どんな状況に追い込まれるか分かったものではない。

 この国に、この世界に確固たる基盤を築くまでは、謙虚さを忘れないようにしよう。


 エッケルスと入れ違いになる形で戻ってきた海野さん達は、早速第二王妃シャルレーヌにエステの施術をしてきたらしい。

 日本のエステサロンとは違い、様々な機材などは使わずに自分たちの魔法だけで施術するので、体を横たえる寝台があれば施術は可能だそうだ。


「そうだ、霧風君にもやってあげるよ。明日は大事な式典なんでしょ? 顔だけでもパリっとしておいたら?」

「うーん……やめておくよ」

「どうして? 私の魔法が信用できない?」

「とんでもない、海野さんが居なかったら死んでたかもしれないんだよ。命の恩人の魔法が信じられない訳ないじゃん」

「じゃあ、どうして?」


 不満そうに頬を膨らませてみせる海野さんはちょっと可愛いけど、アラセリが見てるから鼻の下を伸ばさないように表情を引き締めて答えた。


「たぶん、周りにいるのは騎士団のおっさん連中だと思うんだ。あの中に混じると、ただでさえ童顔に見られちゃうからさ……」

「あぁ、なるほど……確かに、私たちの魔法で肌のコンディションが良くなると、更に童顔に見えちゃうかもね」

「でしょ? 午後からは戦車にのって街で晒しものにされちゃうみたいだし……また今度の機会にお願いするよ」

「じゃあ……霧風君の代わりに、アラセリさんを施術するよ」

「えっ、私ですか?」


 突然の指名にアラセリは目を丸くしている。


「うん、だって霧風君を守って、連日埃まみれ、傷だらけだったんでしょ?」

「それは、私の役目ですから」

「でも、私達には出来なかったことで、本当に感謝してるの。それに、私達に掛かれば、お肌ツルツル、スベスベ、プルンプルンだよ」


 なんだって、アラセリのお肌がプルンプルン……是非、是非やってもらいなさい。

 目で訴えながら何度も頷いてみせると、アラセリは呆れたような溜息を洩らした後で施術を承諾した。


 残念ながら施術の様子は見学させてもらえなかったし、施術後のお肌も確認させてもらえなかったけれど、アラセリも満更ではない様子だった。

 うん、早く体を直そう。


 血だ、血が足りない。

 じゃんじゃん食い物もってこ~い!

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