第47話 これからの話
「ユート、お前は馬鹿なのか?」
アラセリにも散々小言を言われたが、その後で面会したアルベリクの小言は更にねちっこく閉口させられた。
曰く、生死の境を彷徨って周囲の者達を心配させたのに……。
曰く、ワイバーンによって多くの人々の命が奪われたのに……。
曰く、クラスメイト達の安否が全く分からないのに……。
どれもこれも、全くその通りだから反論の余地など無いのだが、俺にだって主張したい事はある。
「でも殿下、仕方ないじゃないですか、アラセリが可愛いすぎるんですから」
「はぁぁ……お前はなぁ!」
小言が、更に倍になった。
ていうか、そんなに俺とアラセリがいたすのが羨ましいならば、自分だってロゼッタさんといたせば良いのだ。
今も笑いをこらえながらお茶の支度をしてくれているロゼッタさんは、アルベリクに蒼闇の呪いの痣を消す施術を行う前に実験台になってくれた人だ。
王都の裕福な家庭の娘さんらしく、母親同士が友人ということで幼少時の遊び相手として共に育ったらしい。
ピシっと一本筋が通った感じの美人だし、なによりも素晴らしいスタイルの持ち主だ。
痣を消す施術を行ったから、いわゆる男女の関係にでもならない限り目にすることのない所までジックリと見てしまったが、俺から言わせれば手を付けないなんてどうかしている。
待てよ……まさかアルベリクは、この歳にしてEDだったりするのだろうか。
「ユート、ちゃんと私の話を聞いているのか? 何か失礼なことを考えているんじゃないだろうな?」
「め、めっそうもない。聞いています、ちゃんと反省しています」
「ふん、どうだかなぁ……まぁいい、我も暇ではない、これからの話をしよう」
「はい」
てか、長ぇよ、長ぇ、長すぎだ。
何が暇じゃないだよ、暇を持て余してるんじゃないのか。
「明日、王家主催で今回のワイバーンの渡りで犠牲になった者達の慰霊祭を執り行う。午前に王城の会場にてマウローニを始めとする騎士団の者達の慰霊を行い、午後からは城下で市民のための慰霊を行う」
今回のワイバーンの渡りでは、奴らの狩りによって多くの市民が犠牲になっている。
建物の下敷きになるなどして命を落とした者はまだしも、ワイバーンに連れ去られ、エサとなってしまった者達は遺体すら残っていない。
そうした者の遺族を慰めると共に、王家の健在を誇示する狙いもあるようだ。
市民のための慰霊祭では、ワイバーンの肉が振舞われるらしい。
自分達を苦しめたワイバーンは、王家の手で討伐されたとアピールするのだろう。
「ユートには、両方の式典に出席してもらう。本意ではないだろうが、ワイバーンを倒した勇者として振舞ってもらうからな」
「えぇぇ……聞いてませんよ、そんな話」
「だから、今伝えたのだろう。良いか、ワイバーンの渡りは、これだけの大きな被害を出した言わば天災だ。それに打ち勝ち、亡ぼした象徴が必要なのだ。本来、この役目はマウローニに務めてもらう予定だった。だが、マウローニ亡き今、その役目を最後の弟子が引き継ぐのは当然ではないのか?」
「くっ……分かりました」
この言い方はズルいと思う。ズルいと思うが、俺には断れない。
マウローニの指導を受けていなかったら、俺は間違いなく命を落としていたはずだ。
本音を言うならば、俺なんかよりもラーディンの方が知名度も高いだろうし、なにより見栄えのする体格をしている。
それでも、マウローニの薫陶を受けた俺がやるべき役目なのだろう。
「明日の予定は分りました。殿下の今後の施術については、いかがいたしますか?」
「うむ、その件だが、暫くの間は城内、城下の復興の指揮を執らねばならぬ」
昨日、アラセリから聞かされた通り、王都の復興を第一王子であるアルベリクが指揮し、フルメリンタに侵略されたエーベルヴァイン領の奪還を第二王子のベルノルトが指揮するそうだ。
召喚されて以後の俺を含めたクラスメイトの扱いを考えれば、ベルノルトにそんな重要な役割を与えるのは不安でしかないが、派閥の貴族たちの戦意を失わせないためにも必要な措置なのだろう。
「とは言え、我が一日中現場に出て指示を出す訳ではない。朝一番に訓示を行い、午前中に現場の進捗状況を視察する。その後は、夕方に一日の報告を受けるまでは時間が出来るので、その間にユートに施術を行ってもらう」
「それでは、俺は基本的に午後から施術を行うと思っておけば良いですか?」
「そうだ、状況によっては午後も現場に出るかもしれぬが、その時は、我への施術は無しだ」
「分かりました」
仕事が午後からならば、午前中はゆっくりしていられそうだ。
何なら朝からアラセリと……いや、海野さん達と同居するようになったから、それは難しいか。
「何を考えているんだ、ユート」
「えっ……いえ、別に……」
「ふん、殺されかけたばかりだというのに、頭の中に花でも咲いているんじゃないのか?」
「とんでもない、そんな事は……」
「まぁいい、ユートには我を施術しない時間に妹への施術を行ってもらう」
「えっ、ブリジット様にですか?」
「そうだ、前に伝えたはずだぞ」
確かに、アルベリクへの施術の可否を判断してもらった時に、妹の第二王女ブリジットへの施術も頼まれた。
ただし、どこの痣を消すかまでは聞いていない。
ユーレフェルト王国の民族衣装は肌の露出度が少ないので、普段見えているのは首から上と手首から先ぐらいだから際どい場所とは限らない。
限らないのだが、際どい場所でなければ消す必要も無い気がする。
「あの、ブリジット様の痣はどこにあるのですか?」
「臀部だ」
「えっ……?」
「尻の割れ目から足の付け根にかけてだそうだ。我も見た訳ではなから知らぬ」
「えぇぇ……」
胸ぐらいかと思っていたが、よりにもよって一番デリケートな場所らしい。
「言っておくが、くれぐれも変な気は……」
「起こしませんよ」
「いや、起こしたければ起こして構わんぞ」
「はぁ……?」
「ユートが自分のものとしたいと思うなら、手を付けても構わん」
「はぁぁ? いやいや、何をおっしゃってるんですか。俺みたいな何処の馬の骨とも分からない男が、王女様とその……いたすなんて許されないでしょう」
「何を言っている、ユートは救国の英雄ではないか」
アルベリクは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
まさか、俺を取り込むために妹の体を差し出すつもりなのだろうか。
「あぁ、勘違いするな。別に我が命じている訳でも、父や母が命じている訳でもない」
「どういう意味ですか?」
「ユート同様に、妹の頭の中にも花でも咲いているのだろう」
アルベリクの言葉を要約すると、一種の吊り橋効果のようなものらしい。
王宮での何不自由の無い生活から、一転して地下での制約だらけの生活に転落。
ワイバーンが討伐出来なければ……王国は崩壊して、王女である自分は平民へと身をやつし、これまで見下ろしてきた者どもから慰み者に……。
そんな状況になるはずないのだが、絵物語などに感化されたブリジットはオタク的思考で自分を悲劇のヒロインに仕立て上げていたらしい。
そして、ワイバーンを討伐し、王国の危機を救い、自分を悲劇から救い出してくれたのが俺だと思い込んだらしい。
それって、花が咲いているとかいうレベルではなくて、いわゆる腐っているんじゃないのか。
「いやいや、いくらワイバーンを討伐したと言っても、俺はただの平民ですし……」
「何を言っている。ユートには、侯爵位への叙任が決まっているぞ」
「はぁ? 侯爵?」
「六頭のワイバーンの内の五頭を討伐して国を救ったのだ、男爵位や子爵位では足らぬだろう」
「いや、いきなり侯爵っていうのは他の貴族の皆さんが納得しないのでは?」
「なぜだ? ユートにはワイバーン討伐という実績と共に、蒼闇の呪いを消すという技術がある。貴族の者達も自分がどれほどの恩恵を受け、この先受けるかもしれないのか、その程度の判断は出来るぞ」
この国において、蒼闇の呪いと呼ばれる痣は差別の対象にしてはならないとされている。
だが、実際には顔に痣が残った者は、服と合わせた布地で顔を隠しているし、貴族の子供の中には痣が原因で家督を継げないケースもある。
実際、目の前にいるアルベリクがその典型的な例だ。
また、女性の中には、体に痣が残っているせいで夫婦生活が上手くいかずに離縁することもあるそうだ。
当然、そうした事態となれば家の中で諍いが起こるし、それを解決する手段を俺しか持っていないなら、貴族達も存在意義を認めるという訳だ。
「という事だから、我も、父も、母も……いや母は違うかもしれんが、妹に強制などはしておらぬし、妹やユートを止める気も無い」
「いや、急にそんな事を言われましても……」
「別に今日から施術を行う訳ではないのだから、考える時間は与えたぞ」
「はぁ……」
「まぁ、いきなり侯爵への叙任とか、王族との婚姻と言われれば戸惑うのは当然だ」
「婚姻?」
「まさか王族に手を出して、遊びで済まそうなんて思ってるんじゃないだろうな?」
「と、とんでもない! 混乱しまくって頭が付いていかないだけです」
「そうか、それなら良いが、手を出すならば覚悟を決めてからにしろよ」
「わ、分かりました」
「それと、明日の式典で無様な姿を晒してマウローニの名声に泥を塗らぬように、今日は余計な事などせずに静養に努めよ。いいな?」
「はい、分かってます」
これで話は終わりという空気になったので、宿舎に戻ろうかと思ったら部屋の隅に控えているアラセリに目配せをされた。
「あっ……殿下、肝心な話を忘れるところでした」
「ユートの仲間の件だな?」
「はい、何か消息に繋がるような情報は?」
「残念ながら、エーベルヴァイン領内は混乱が続いていて、思うように情報が届いていない。引き続き我の手の者に命じて情報を集めると共に、発見しだい保護するように伝えてある。少々時間が掛かるとは思うが、決して見捨てたりはせぬ」
「分かりました、よろしくお願いいたします」
アルベリクは既に復興事業の指揮を行っているようなので、クラスメイトの情報が届いたら知らせてもらえるように頼んで宿舎へと戻った。
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