第46話 クラスメイトの行方

 今回のワイバーンの渡りは、ユーレフェルト王国にとって最悪のタイミングで発生したと言わざるを得ないだろう。

 昨日、俺が眠りに落ちた後に届いた知らせによると、国境線を超えたフルメリンタの軍勢は、エーベルヴァイン領の領都まで制圧しているらしい。


 その原因となったのが、ワイバーンの渡りなのだ。

 ワイバーンが来る少し前、ユーレフェルト王国の軍勢は、長年に渡って分割統治してきた国境地帯にある川の中州を強襲して占領下に置いた。


 クラスメイト達は、その戦いの先頭に立たされていたらしい。

 相当激しい戦いだったらしく、女子四人、男子三人が死亡したという所までは伝わって来ていた。


 問題は、その後だ。

 飛来した六頭のワイバーンが、ユーレフェルト王国が占領下に置いた中洲を羽を休める場所として選んだらしい。


 折角手に入れた中州を好きにさせてなるものかと、ユーレフェルト王国の軍勢はワイバーンに戦いを挑んだらしいのだが、その結果は惨敗に終わったようだ。

 只でさえ守りの硬いワイバーンが六頭も存在している上に、連携した動きで反撃されたら堪ったものではない。


 ユーレフェルト王国の軍部を取り仕切るエーベルヴァイン公爵は、占領後の中洲の防衛に多くの人員を配置していたそうだ。

 その中州を確保するための人員の多くが、ワイバーンの反撃によって戦闘不能になってしまったらしい。


「でもさ、確かにワイバーンは強力だったけど、王都の守りが手薄になるぐらいの戦力を送り込んでいたんだよね?」


 頭に浮かんだ疑問を投げかけてみると、アラセリは大きく頷いてみせた。


「ユート様のおっしゃる通り、中州を占領する作戦には多くの戦力が割かれていました」

「だったら……」

「相手がフルメリンタであれば、互角以上の戦いができたのでしょうが、ワイバーンは決まった方向から襲ってくるとは限りません」

「そうか……あいつら飛ぶんだもんな」


 人間の軍隊が相手ならば、よほどの奇襲攻撃でも受けない限りは、攻め込んでくる方向は限定される。

 そちらに向けて前衛を並べ、その後ろに中衛、後衛といった陣形を調えることができるが、ワイバーンは陣形など無視して空から自由に攻撃できるのだ。


 しかも、中州は互いが領有権を主張する場所のため、殆どが農地として使われていて大勢の兵士が立て籠もるような場所が無かったそうだ。

 その結果、前線が崩壊する以前に、指揮官が襲われて命令系統が崩壊したらしい。


 ユーレフェルトの軍勢は、フルメリンタの騎兵や歩兵と戦争するつもりだったのに、いきなり航空戦力による攻撃を受けたようなものだ。

 一方のフルメリンタは、中州とは川を挟んだ対岸の街にある建物に兵を入れ、息を潜めていたらしい。


「ワイバーンは王都に向かう途中、エーベルヴァイン領の各地で街を襲ったようです」

「つまり、ユーレフェルト王国の戦力がワイバーンとの戦闘で消耗したところで、フルメリンタの連中が反撃に出たって事か……」

「アンドレアス・エーベルヴァイン様も、ワイバーンの襲撃によって命を落とされたそうです」

「アラセリに予想してもらった最悪のパターンだったのか」


 フルメリンタは、エーベルヴァイン領の領都を占拠した所で進軍を停止し、占領体制を整えているらしい。

 ユーレフェルト王国としては、ここ数十年で領土を一番失った状態だ。


 ワイバーンの渡りさえ無ければ中州を占領できていたかもしれないが、別の見方をするなら、中州を占領しようとしていなければ領土を失わずに済んだのだろう。


「ユーレフェルト王国としては好ましい状況じゃないけど、第一王子派としては好ましい状況じゃないの?」

「確かに、第二王子派は派閥の重鎮であるアンドレアス様を失い、さらには領土を占領されるという失態を犯した形です」

「もう、アルベリク様を次の国王に指名しちゃえばいいのに」

「私もそう思いますが、今は戦時下ですので、第二王子派に属する者達の戦意を削ぐような事はしたくないのでしょう」

「えっ、てことは占領された地域の奪還を第二王子派に命じたってこと?」

「その通りです」


 国を二分するような派閥争いなので、どちらかが戦意喪失してしまうと国としての戦力が半減してしまう。

 そこで、第二王子派の連中にはエーベルヴァイン領の奪還が命じられ、第一王子派には王都の復興が命じられたそうだ。


「でも、それって結局半分の戦力でフルメリンタと戦えってことにならない?」

「その通りですが、フルメリンタも包囲されるような状況でエーベルヴァイン領を占拠し続けるのは難しいでしょうから、おそらく中州まで早期に撤退すると思われます」

「なるほど……ユーレフェルトとフルメリンタの戦況は分かった。それで肝心のクラスメイト達だけど、全然情報は無いの?」

「はい、ワイバーンの襲来、その後のフルメリンタの攻撃によって中州にいた部隊はユーレフェルト側に戻る時も相当混乱していたそうです。部隊の再編もままならず、そこからの消息は分かっておりません」


 まったく関係の無い日本から召喚され、逆らう事も許されず厳しい訓練を課され、その挙句に戦争の最前線に放り込まれるなんて理不尽にも程がある。

 せっかく戦闘職からの解放を国王陛下に約束してもらったのに、消息不明では助けようがない。


「ねぇ、霧風君……」

「なに? 海野さん」

「もしかしたら、みんなは脱走したんじゃないかな」


 海野さんの話では、クラスメイトの一部が脱走の計画を立てていたらしい。

 森での魔物の討伐訓練の時に、そのまま隊列を離れて脱走しようと相談していたそうだ。


 結局、その後は森での訓練は行われず、中州を占領する作戦に従事させられてしまったようで、そこで戦列が崩壊するような事態が起こったならば、脱走してもおかしくない。


「だとしたら、探しようが無いし、下手に探すと余計に警戒して行方を晦まそうとするかもしれないな」

「どうしよう、霧風君……」

「うーん……どうすればいいんだろう」


 正直、どうすれば良いのか、まったく分からない。

 俺には、第一王子アルベリクの痣を消すという仕事があるから、王都を離れる訳にはいかないし、海野さん達だけで探しに行かせるのも無理だ。



 たとえ自由に王都を離れられたとしても、移動する手段も土地勘も無く、フルメリンタとの国境に向かうことすらできない。

 ワイバーンを一撃で殺せるような魔法が使えても、戦場で行方不明となったクラスメイトを探すには何の役にも立たないのだ。


「ユート様、ここはアルベリク様にお願いした方がよろしいかと……」

「だよな……それしかないもんな」


 アルベリクからは、施術の再開は俺の体調が完全に戻ってからで構わないと言われているそうだが、その前に面会する機会をもらってクラスメイト達の事を頼んでおきたい。

 とりあえず、明日以降の面会を申し込む事にした。


「そういえば、海野さんたちは、これからどうするの? 前にやっていた仕事は続けるの?」

「うん、そのつもり。シャルレーヌ様とお会いして、以前と同様の場所を提供してもらえる事になったの。そこでは、派閥に関係なく希望する女性に施術が出来るようにお願いしたんだ」

「オッケーが出たの?」

「うん、美容を通じて、平和に貢献できる場所にしたいって言ったのが良かったのかも」


 海野さん達三人には、相応の報酬を得られるそうだ。

 この国では、身分の高い人に近い場所で仕事をする人ほど、職人としての地位が高いとされている。


 王族の肌に触れる施術を行う海野さん達は、アルベリクに施術を行っている俺と同様に、

職人として最上級の扱いが受けられるはずだ。


「とりあえず、ここにいる四人は何とか生活出来そうだね」

「うん、あの時、霧風君がアドバイスしてくれたおかげだよ」

「いやいや、俺のアドバイスなんて切っ掛けに過ぎないよ、海野さん達が工夫を重ねた成果だよ」

「そんな事ないよ。あんなに冷遇されても、自分で自分の生きる道を切り開いた霧風君がいてくれたから、私達にも出来るって思えたんだよ。本当に感謝してるの」


 ぐっと身を乗り出した海野さんは、俺の右手を両手でしっかりと握って熱く訴え掛けてきた。

 そんなに潤んだ瞳で見つめられると、ちょっと誤解しちゃいそうだ。


「そ、そうだとしたら、俺も頑張ってきた甲斐があるかな」

「うん、ありがとう、霧風君」

「ど、どういたしまして……」


 海野さんは、握った俺の手を解放してくれる気配が無くて、この後どうすれば良いのだろう。

 対応に困っていたら、アラセリの冷ややかな声が響いた。


「ユート様、お話が済みましたら、休まれた方がよろしいかと……」

「そ、そうだね。海野さん、まだ本調子じゃないんで休ませてもらうね」


 一晩眠って、少しは体調も回復したはずなのに、背中にゾクっとするような寒気が走った。

 うん、これは大人しく眠った方が良い気がする。


 ちょっと頬を膨らませている海野さんに断りを入れて、久々に戻ってきたベッドルームに入る。

 寝巻に着替えて、地下の避難場所のものと比べると数倍の広さがあるベッドに入り、手振りでアラセリに添い寝を要求した。


 いつものように、俺の隣に身を横たえたアラセリを抱き寄せて唇を重ねる。

 唇を離したアラセリは、謝罪の言葉を口にした。


「申し訳ありません、ユート様」

「分かってる、まだそこまでする気は無いよ」

「いえ、そうではなくて……もう少しご友人と話していたかったのかと思って……」

「あぁ、別に海野さんとはいつでも話せるし、俺の体調を気遣ってくれたんでしょ?」

「はい……いえ、そうではなくて……」


 いつもはハッキリ話すアラセリにしては、いつになく歯切れが悪い感じだ。


「どうかしたの?」

「いえ……はい、どうかしてしまったのかもしれません」


 常夜灯だけを灯した薄暗い中で、アラセリの瞳が困惑に揺れているように見える。


「ユート様とカズミが手を取り合っているのを見たら、胸の奥が苦しくなって……」

「アラセリ……」

「あぁ、いけません、ユート様。お体に……」


 そんな可愛い事を言われたら、我慢なんて出来るはずがない。

 多少の体調の悪さなど、突き上げてくる衝動の前では消し飛んでしまった。


 ただし、事が終わった途端に体調を崩して、翌朝めっちゃアラセリに叱られた。

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