第43話 決戦 前編

 昨日の朝と同じ時間に広間に出ると、俺を見つけたマウローニがニヤリと笑みを浮かべた。


「昨晩は、ゆっくり眠れたようじゃな」


 一昨晩は翌日の作戦で壁抜きが出来ない不安から眠れない夜を過ごしたが、昨晩はあまり不安を感じずに十分な睡眠がとれた。


「ええ、ワイバーンの分までグッスリと眠りました」

「ほっほっ、それは頼もしい。ならば、次の戦いでケリを付けるとしよう」


 兵士達によるワイバーンへの嫌がらせは、予想以上に効果があったらしい。

 ワイバーンは体の表面を魔力で強化しているので、魔法による攻撃や斬撃などは効果が薄い。


 宙に浮いている小石を両断するほどのマウローニの斬撃を持ってしても、深手を負わせることが出来ないのだ。

 火属性魔法による火球などの攻撃も打ち消されてしまうが、油と火を使った物理的な炎は打ち消されず、燃え続けている限りワイバーンの体を焦がし続けるらしい。


 なまじ守りが強力であるが故に、ワイバーンは体が焦げるまで目を覚まさず、熱さを感じて驚いて目を覚ますらしい。

 まるでストーブに近付きすぎて毛を焦がした猫みたいな反応だが、ワイバーンが目覚めた頃には兵士達は姿を隠し終えている。


 安眠を妨害されたワイバーンは、目を覚ますと苛立たしげに玄関ホールから外に向かって吠えたらしいが、兵士を見つけられないまま眠る態勢に戻ったそうだ。

 また地面を掘り返されたら面倒だと思っていたが、姿を見られなければ大丈夫だ。


 ワイバーンが寝息を立て始めたら、再び火矢を射掛ける。

 これを夜半過ぎまで繰り返した結果、ワイバーン達は少しでも巣穴の奥へと入ろうとして、奥の壁に寄り掛かるような格好で眠っているらしい。


 最終の作戦会議では、テーブルに広げられた玄関ホールの見取り図に二頭のワイバーンの位置も描かれてあった。

 見取り図を示しながら、サイードが攻撃の手順を説明し始めた。


「見ての通り、二頭とも奥の壁に体を寄せて眠っている。出来れば、ユートの魔法で二頭とも討伐してしまいたい」

「えっ、二頭ともですか?」

「そうだ。最初の作戦の時に、頭を二つに割って倒した事があっただろう」

「はい、危うく食われそうになったところをラーディンさんに助けられた時ですね」

「あれと同じやり方で、まずこちらの一頭を仕留める。頭を割られてしまえば即死だから、声も上げられないだろう。そこで、もう一頭も気付く前に倒す。こちらは、どこでも構わないから深手を負わせてくれ」


 ワイバーンは外に通じる穴に背中を向け、頭を奥の壁にくっ付けるようにして眠っている。

 火矢を使った嫌がらせが、本当に鬱陶しいのだろう。

 確かに、これは壁抜きで攻撃する俺にとっては絶好のポジションと言える。


「嫌がらせを繰り返して分かったのだが、奴ら寝入ったところを度々起こされた事で、より深く眠るようになっているようだ」


 サイードが言うには、嫌がらせの火矢を撃ち込んでから、ワイバーンが熱さに気付いて起きるまでの時間が徐々に伸びているそうだ。

 ワイバーンが深く眠るようになれば、壁抜きとはいえども接近する危険が減る。


「左側の廊下からホールに隣接する談話室に入れば、こちらのワイバーンの真裏に出られる」

「魔法の効果の確認は?」

「こちらからは無理だな。なので、連続で撃ち込めないか?」

「んー……難しいですね。俺の魔法は対象を見ていないと発動させられません。壁抜きで対象を見る場合、その範囲が極端に狭まってしまうので、離れた場所にまで攻撃を仕掛けるのは難しいです」

「どの程度の幅なら変えられる?」

「せいぜい、僕の顔の幅程度ですね」

「そうか、それでも構わんから連続で叩き込んでくれ」

「分かりました」


 顔の幅程度では、一発目が避けられてしまったら二発目、三発目も当たらないだろう。

 逆に一発目が当たれば、十分に致命傷になると思うのだが……ここはサイードの希望に従っておこう。


 今回の攻撃では、壁抜きを行う俺達の他にも前日まで陽動を行っていた騎士達が参加する。

 彼らの役目は、俺達が最初の一頭を攻撃した後、もう一頭に攻撃するまでの足止めだ。


 目を覚ますかどうかも分からないが、とにかく今日で討伐を終わらせてしまうつもりのようだ。

 最終的な接近経路と配置が確認されて、いよいよ決戦の時が来て、サイードが最後の訓示をする。


「いいか、今日でワイバーンとの戦いに決着をつける。俺達をこの穴倉に押し込めやがったトカゲ共に、どれだけ愚かな行為をしたのか思い知らせてやるぞ。終わったら、たっぷり飲ませてやるから覚悟しておけ……いくぞ!」

「おぅ!」


 冗談が言える程度には、サイードは作戦の成功を確信しているらしいし、参加する騎士や兵士の顔にも自信が漲っている。

 俺も周囲の雰囲気に乗せられている感じだが、それでも胸の底にある不安までは拭いされない。


 死亡フラグなんて言葉が、どうしても頭の片隅によぎってしまうのだ。

 そんな俺の不安を感じ取ったのか、アラセリが手を握ってきた。


「終わらせましょう、ユート様」

「そうだな、もう穴倉暮らしはウンザリだ」


 俺は口に出したりしない、口には出さないけど思ってしまう。

 これが思ったら、アラセリとめちゃめちゃイチャイチャしてやる。


 昨日とは、また別の通路を抜けて地上へと向かう。

 地下の広間からは、今日の方が距離的には近いので、全員が口を閉じて足音を殺して歩いている。


 扉を抜けると、すぐにワイバーンの寝息が聞こえて来た。

 とても生き物が出しているとは思えない重く低い寝息で、初めて聞いた時には本能的に恐れを抱いたがもう慣れた。


 廊下の途中で陽動班と分かれて、更にホールに向かって進む。

 ワイバーンの寝息が、ホールの壁に反響して伝わってくるので、体全体が震えるかと思うほどだ。


 この音量の中ならば、自分達の足音など聞えないだろう……なんて考えは命取りになると学習してきた。

 あくまでも慎重に、慎重に歩を進め、ホールの一つ手前の談話室へと入る。


 談話室に入ったことで、ワイバーンの寝息が小さくなったが、距離が離れたわけではない。

 見取り図に描かれていたワイバーンの位置を頭に思い浮かべて、頭があると思われる壁際へと近付く。


 手振りでサイードに場所を確認し、壁越しにワイバーンを見る。

 準備は整った、あとはワイバーンが目覚めて動きだすのを待つだけだったのだが……突然、足下から突き上げるような衝撃が伝わってきた。


 その直後に強い横揺れが襲ってきた。

 よりにもよって、こんなタイミングで地震が起こるなんて、間が悪いにも程がある。


 揺さぶられたことで視界がブレて、狙いが定まらなくなったが強引に魔法を発動させた。


「転移!」

「グワゥゥゥゥゥ!」


 ワイバーンの絶叫と共に、談話室と玄関ホールを隔てる壁が破壊された。

 俺は直前にアラセリによって引き倒され、更にはサイードとラーディンが構えた盾のおかげで瓦礫の直撃を受けずに済んだが、手負いのワイバーンの前に放り出された格好だ。


 談話室のドアは瓦礫に塞がれて、退路を断たれてしまった。

 鋭い牙を剥き出しにして迫ってきたワイバーンの大きな口に向かって、一条の銀閃が走った。


「ギャウゥゥゥ……」


 バキーンという鈍い音を残して牙が折れ、ワイバーンが怯んだような悲鳴を上げて後退りした。


「いつもいつも、ユートに頼ってばかりではいられんからな!」


 背負っていた大剣を振りぬいたサイードは、凄みのある笑みを浮かべながら一歩前へと踏み出した。

 いや、そんな芸当が出来るなら、もっと早くやってくれよ……と言いたいところだが、頼りになることは確かだから、士気を落とすような発言は控えておこう。


「ユート様、転ばないように足下に気をつけて下さい」

「分かった……」


 とは言ったものの、まだ夜明け前の時間なのでワイバーンの巨体すらシルエットに

見えるほど暗く、瓦礫を完全に把握するのはむずかしそうだ。

 それでも目を凝らして見ると、ワイバーンは翼と一体になっている右腕の先を失っているのが見えた。


 その上、噛み付き攻撃にカウンターで大剣を叩き込まれたからか、低い喉鳴りの音を響かせながら、ワイバーンはこちらの出方を窺っている。


「ユート、こやつを押し下げねば逃げ道は無い。離れた場所からでは鱗は切り裂けぬだろうから目を狙え。奴の目が訓練の石だと思え」

「はい、やってみます」


 マウローニの言う通り、サイードやラーディンの後ろから発動させたのではワイバーンの鱗や翼の被膜は切り裂けない。

 だが、目玉ならば切り裂くチャンスはありそうだ。


 大盾を構えたラーディンの後ろに入り、慎重にワイバーンとの距離を詰める。

 薙ぎ払いが来るなら、負傷していない左の翼だけだろう。


 まだ少し距離があったが、暗がりの中でキラっと光ったワイバーンの瞳に向けて切断の転移魔法を放った。


「転移!」

「ギィ!」

「ずりゃぁぁぁ!」


 ワイバーンが短い悲鳴を上げて態勢を崩した瞬間、サイードが喉を狙って突きを繰り出した。

 目の痛みに意識を取られたからなのか、サイードの大剣が鱗を切り裂き鮮血が噴き出した。


 直後にワイバーンが左の翼を叩き付けて来たが、予測が出来ていれば何とか躱せる。


「転移!」

「ギィィィ!」


 こちらから近付かなくても、むこうから近付いて来てくれたのだから、遠慮なく切断の転移魔法を発動させた。

 人間でいえば、肘の先あたりで左腕も切断され、ワイバーンは悲鳴を上げて後退る。


 これまでワイバーンに体格と力の違いによって圧倒されてきたが、戦闘を繰り返したことで違いにも慣れて、俺達も対応出来始めているようだ。

 腕を切断されてワイバーンの動きが止まった瞬間、疾風のごとく踏み込んだマウローニがサーベルを振るった。


「ギャウゥゥゥ……」


 サーベルの切っ先は、サイードが突きを食らわせた傷口を正確に切り裂き、更に深く抉ったらしい。

 両腕を負傷し、戦意を失ったワイバーンは俺達に背中を向けて逃げ始めた。


「逃がしはしないぞ!」


 猛然と踏み込んだサイードは大きく跳躍し、大剣をワイバーンの首の後ろを目掛けて目掛けて突き入れたが、その切っ先は僅かに届かなかった。


「がはっ……ごぶぅ…………」


 宙に浮いた無防備なサイードの体は、入れ替わるように接近して来た、もう一頭のワイバーンの頑強な顎に捕らえられてしまった。

 ベキベキと鎧のひしゃげる音と共に、サイードの口からは大量の血が溢れ出してくる。


 勝利に傾いていた流れが、たった一噛みで大きく取り戻されてしまった。

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