第41話 一瞬の判断

 嫌な予感は、現実のものとなってしまった。

 三頭のワイバーンは、ダンスホールの中央で一塊になって眠っているらしい。


 ワイバーンが眠っているところからダンスホールの外壁までの距離は、余裕で俺が壁抜きの攻撃を仕掛けられる範囲を超えてしまっている。

 夕食の後で始まった作戦会議では、集まった人々の視線の殆どが俺に向けられていた。


 会議の焦点は、いかにして俺をワイバーンの至近距離まで安全に踏み込ませられるかに絞られていた。

 ダンスホールへの侵入経路は三ヶ所。


 一つ目は、ワイバーン達が外壁に開けた穴、二つ目は、渡り廊下、そして、三つ目は厨房への出入り口だ。

 ダンスホール周辺の見取り図を示しながら、サイードが俺に訊ねてきた。


「ユートは、どこからが良い?」


 俺の希望を優先してくれるのは有り難いのだが、正直に言うなら俺に振られても困る。

 切断の転移魔法がワイバーンに有効なのは間違いないが、それ以外の攻撃や防御に関しては殆ど役に立たない。


 というか、守ってもらわなければ簡単に死ぬ自信がある。


「俺は……正直、どこが良いのか分かりません。むしろ、ラーディンさん達が守りやすい経路を優先してもらった方が良いかと……」

「そうか……それならば、外壁の穴が一番守りやすいな」

「理由を聞かせてもらってもいいですか?」

「外ならば広い空間がある。ユートが攻撃を仕掛けてから撤退する時にも、違う方向から攻撃を加えてワイバーンの注意を引き付けられるからな。渡り廊下では真っ直ぐ逃げるしかなく、別方向からの攻撃もやり難い。厨房側は、ワイバーンに突っ込んで来られると建物が崩れて下敷きにされる恐れがある」

「分かりました。外壁の穴から侵入する方向で話を進めて下さい」


 俺が接近する方向は決まったので、次は攻撃する手順だ。

 昼間の作戦会議の時点では、俺が壁抜きの攻撃を仕掛けた直後に、別方向から陽動の攻撃を加えて撤退を援護する手順だった。


「明日の作戦では最初にユートと我々が踏み込んで一撃を加えたら即離脱し、全員がダンスホールの外に出たら別動隊が一斉攻撃を加えて撤退を支援する。これで良いか?」

「あの、渡り廊下や厨房の方からも攻撃を仕掛けるのはどうでしょう?」


 俺としては出来る限り安全に撤退したいと思っているのだが、渡り廊下の方角から攻撃を仕掛けると城本体へとワイバーンを引き込んでしまうので却下された。

 厨房の方角は、侵入を検討した時と同様に、ワイバーンの反撃によって生き埋めにされる心配があるため、こちらも却下されてしまった。


 作戦会議という形にはなっていたが、終わってみれば外部から突入して撤退するという既定の作戦が承認されたようなものだったが、他に良い選択肢も思い浮かばないので腹を括ってやるしかなさそうだ。


「ユート、一応この作戦でいくが、実行までには時間がある。眠っているワイバーンが壁際に移動した場合には、壁越しの攻撃を選択するかもしれんから、そのつもりでいてくれ」

「分かりました」


 会議が終わった後、明朝の作戦開始まで仮眠を取った。

 今回も、狭いベッドでアラセリと抱き合って眠る。


 アラセリの胸に頭を預け、両腕で包み込まれていても体が震えてくる。

 壁抜きが出来ないとすると、ワイバーンに姿を晒して接近しなければならない。


 眠っていると思っていたワイバーンが、凄まじいい速度で動いてエメリアンを噛み潰した光景が頭に甦る。

 ワイバーンの翼に薙ぎ払われ、倉庫の壁に叩き付けられた後、首があらぬ方向に捩じれたまま痙攣していたハーフィズの姿が甦る。


 明日の朝、噛み潰されるのは自分ではないのか……翼で跳ね飛ばされるのは自分ではないのか。

 目を閉じて、アラセリの体温を感じていても悪い想像を止められない。


「大丈夫です、ユート様は必ず私が守ってみせます」

「アラセリ……」


 アラセリに頭を撫でられ、ほんの少しの間ウトウトとしたようだが、結局準備を始める時間まで殆ど眠れなかった。

 支度を終えて集合場所へと向かうが、壁抜きすると決まっていた昨日とは気の重さは雲泥の差がある。


 正直、ストレスで胃に穴が開きそうだ。

 集合場所の広間へ行くと、マウローニが歩み寄ってきた。


「酷い顔じゃのぉ、ユート。眠れなかったのか?」

「はい、あんまり……」

「少しはワイバーンを見習ったらどうじゃ」

「そんな……あいつらは食われる側じゃなくて食う側だから寝てられる……」

「それは違うぞ、ユート。奴らがなぜ三頭で集まるようになった? なぜ集まって眠っている?」

「それは……」

「ユートを恐れているからだ」


 マウローニの言葉を聞いて、寝不足でぼんやりとしていた頭が一気に覚醒した。


「ユートという存在までは分かっておらんじゃろうが、自分達を危険に晒す存在がいる事は理解しているはずじゃ。その上で……対策を行い、いつもと変わらぬように眠る。地下という安全な場所で、アラセリについてもらっていながら何を恐れておったのだ」

「うっ……その話は、もっと前に聞きたかったです」

「ふははは、ならば今夜からはゆっくりと眠れるな?」

「それは、これから行う作戦の結果次第でしょう」

「なぁに、頼りにならぬ壁など、有っても無くても同じじゃ。覚悟を決めて踏み込んだら、思い切り魔法を放つが良い。すべては日頃の訓練通りじゃ」

「はい、分かりました」


 さすがは、百戦錬磨のマウローニだ。

 強者の揺るぎない自信が俺にも伝播して、何の根拠も無いけれどやれそうな気がしてきた。


 作戦に参加する全員が集まったところで、サイードが最終確認を行った。


「今日も、確実に一頭を仕留め、ユートを安全に離脱させる。今日の作戦が成功すれば、我々の勝利はほぼ確定するだろう。ワイバーン共に希望を与えぬように、一人一人が役割を果たし、当り前のように作戦を成功させるぞ。さぁ、仕事の時間だ……」


 サイードが岩のような拳を掲げ、全員がそれに倣う。

 そうだ、雑務係で清掃作業をやっていた時のように、淡々と俺は俺の役割を果たせば良いだけだ。


 昨日とは違う通路を抜けて地上に上がり、城の廊下を進んで庭に出る。

 まだ外は暗く、夜が明ける気配すら無い。


 庭には蔽いを付けた明かりが灯されていて、庭伝いにダンスホールへと向かう道筋を示している。

 後ろからマウローニが声を掛けて来た。


「ユート、足下に気を配り、極力音を立てずに進め」

「はい……」


 昨日と同じく、ラーディン、サイード、俺、アラセリ、マウローニの順番で庭を進む。

 金属鎧を着てデカい盾を持っているのに、ラーディンもサイードも殆ど足音を立てない。


 化け物か……と心の中で呟きながら、俺も足音を忍ばせて後に続く。

 庭を進んでいくと、ワイバーンの寝息が大きく聞こえてきた。


 今日は三頭固まっているから、微妙にズレた三重奏を奏でている。

 ダンスホールの壁に開けられた大きな穴に近づいていくと、周囲の瓦礫が集められ、片付けられているのが分かった。


 ワイバーンが狩りに出ている間に、討伐に参加出来ない兵士が、俺達が少しでも良い足場で戦えるように、それこそ命懸けで片付けてくれたのだ。

 穴の縁まで近付いたところで、サイードに中を確認するように手振りで指示された。


 一度目を閉じて、明かりに慣れていた目を暗闇に慣らす。

 目を見開いてダンスホールの内部を見詰めていると、次第にワイバーンの輪郭がハッキリし始めた。


 俺達が居るのは外側から見て穴の右側で、中を覗くと一頭のワイバーンが頭を右にして蹲っている。

 俺の位置からダンスホールの中央に向かうと、ワイバーンの翼の付け根辺りにぶつかる位置だ。


 手前のワイバーンの影になってしまっているので、残り二頭がどんな体勢で眠っているのか確認できないが、見えないという事はすぐには攻撃できない位置にいるという事だ。

 問題は、ワイバーンのどこを切断するかだ。


 おそらくチャンスは一度きりで、他の二頭にまで攻撃を仕掛けるのは難しい。

 元々、作戦は一頭を確実に仕留めるのが目的だ。


 壁の陰に隠れながら、確実に殺せる切断ラインを考える。

 ワイバーンの姿勢は、傷口を翼で隠そうとしていた最初に仕留めた個体を逆にしたような感じだ。


 あの時は翼を切り落とすように縦に切断したが、首を切り落とすように切断した方が確実だろうか、それとも縦に切断したほうが切断面が広くなって致命傷となるのだろうか。

 悩んでいるうちに、東の空が明るくなり始めた。


 盾を手にしたラーディンとサイードが、足音を忍ばせて前に出る。

 サイードがこちらを振り返って、頷いたところで作戦開始だ。

 

 大盾を構えたラーディン、サイードに続いて、ワイバーンに向かって全力で走る。

 あと十メートル……あと五メートル……あと二メートル……。


 切断の転移魔法を発動させようとした直前、後ろからアラセリのタックルを食らって前のめりに倒された。

 直後に裏拳を振り抜くように広げられたワイバーンの翼で、ラーディンとサイードが弾き飛ばされいった。


「ユート様、立って!」


 アラセリの絶叫に反応して、両手を地面に突いて立ち上がろうとしたが、もう頭を横に向け広げられたワイバーンの口が目の前に迫っていた。


「転移!」


 咄嗟に切断の転移魔法を発動させたが間に合わず、俺はアラセリと一緒にワイバーンの口の中へと飲み込まれた。


「グオォォォォ!」

「グワゥオォォ!」


 凄まじい咆哮を残して、二頭のワイバーンがダンスホールから飛び出していった。

 庭に待機していた別動隊からは、二頭に向けて火や雷の攻撃魔法が撃ち込まれる。


 そんな光景を俺はワイバーンの牙の間から眺めていた。


「くっ……アラセリ、手を貸して」

「えっ、はい……これは?」


 俺が苦し紛れに発動させた切断の転移魔法は、顎を閉じる筋肉ごとワイバーンの頭を上下に切り離していた。

 アラセリと力を合わせて、閉じかけていたワイバーンの口を押し開けて外に出る。


 他の二頭のワイバーンの背中は、もう遠くへ離れてしまっていた。


「ユート様、こっちです」


 アラセリに手を引かれながら、二頭のワイバーンとは逆方向、渡り廊下を全力で走る。

 ラーディンやサイード、マウローニがどうなったのか分からないけど、戻って確認するような余裕は無かった。


 俺は俺の仕事をやり遂げた、もうこれ以上は勘弁してくれ。


「なんだよ、あいつら……勘が良すぎるだろう! あんなんじゃ近付けねぇよ!」


 渡り廊下の突き当りの扉を抜け、城の廊下に入ったところで思わず喚いてしまった。

 今更ながらに気付いたが、全身ワイバーンの返り血と唾液で酷い有様だ。


「死ぬかと思った……今度こそ駄目かと思った……」

「ユート様……ありがとうございます。またユート様に命を救っていただきました」

「アラセリ……」


 共に生き残ったアラセリを強く強く抱きしめる。

 今は、その温もりだけが俺が生きている証のように思えた。

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