第40話 ワイバーンの生態

「良い知らせと悪い知らせがある。ユート、どちらから聞きたい?」


 昼食後に始まった作戦会議は、サイードのこんな言葉から始まった。

 この言い方って、どこの世界でも共通なのかね。


「良い知らせから聞かせて下さい」

「そうか、では良い知らせから……我々の所に後から飛来したのは玄関ホールにいた個体で、ワイバーンの数は増えていない」

「それでは、残りは三頭なんですね?」

「そうだ」


 確かに新たなワイバーンの飛来を心配したけれど、良い知らせとしてはささやかすぎないか。

 何か続きがあるのかとサイードの顔を見詰めたが、続きは無いらしい。


 これでは悪い知らせしか無いのと同然だが、会議に集まった人からはそれを指摘する声は上がらなかった。

 誰もが、少しでも良い知らせが欲しいと望んでいるからだろう。


「それで、悪い知らせとは……?」

「奴ら、ダンスホールに作った巣を広げて、三頭で固まって夜を明かすつもりのようだ」

「それじゃあ、一頭だけの個体を狙うという作戦は使えないのですね?」

「そうなるな。だが、最初の討伐の時も、倉庫にワイバーンが三頭いる状況で仕掛けたのだから、やって出来ない訳ではない」


 今朝、城の東側に巣を作ったワイバーンを討伐したので、次は玄関ホールに巣を作った個体を討伐するつもりでいた。

 複数のワイバーンを相手にするよりも、孤立している個体を確実に討伐した方が良いと思っていたのだが、予定を変更せざるを得ない。


 サイードの言う通り、最初の討伐作戦では三頭のワイバーンを相手に、三つのチームを作って戦ったが、こちらは複数の犠牲者が出て大きく戦力ダウンしている。

 根性論だけで向かっていったのでは、イタズラに犠牲を増やすだけのような気がする。


「それで、作戦はどうするのですか?」

「明朝も、確実に一頭を仕留める。討伐手段は、今朝と同様にユートの壁越しの攻撃を主力として、他の者達は陽動に回る。ただし、壁越しの攻撃を仕掛けられるかは未定だ」


 俺の切断の転移魔法には、効果を発揮できる距離に限りがある。

 壁越しならば、こちらの姿を見せずに接近出来るが、ワイバーンが壁から離れて眠っていた場合には、攻撃が届かなくなる恐れがある。

 

「ワイバーン共が、どのような態勢で眠るか見極めてからでないと、こちらの動きを決められないのは何とももどかしいが、奴らが狩りに出ている間にも、足場や経路を増やすように兵士達が動いている。ともかくユートは、明日も全力で魔法を放てるように準備しておいてくれ」

「分かりました。あの……ワイバーンは狩りに行く時も三頭一緒なんですか?」

「昨日は別々に行動していたようだが、今日は三頭まとまって飛び立ったという報告が来ている」

「それは、こちらの攻撃を警戒している……って事ですか?」

「ハッキリとは分からないが、その可能性は高いな」


 この後、現時点で分かっているダンスホール周辺の状況や、想定している移動経路、陽動チームの配置などが検討された。

 とにかく、ワイバーンの膂力は人間とは桁違いだ。


 討伐を始めた当初は、ワイバーンを狭い空間に追い詰めて攻撃するという考えで作戦が練られていたが、実際に戦ってみると上手くいかなかった。

 想定していたよりもワイバーンの守りは固く、そのため追い詰めて致命傷を与える前に、こちらが追い詰められるような状況に陥ってしまっている。


 今朝の戦いでも、玄関ホールの個体に陽動を掛けたチームは、結果的に逃げ場を失って全滅したそうだ。

 一方、ダンスホールの二頭に陽動を掛けたチームは、庭から建物内部に追い込むように攻撃を仕掛けたのが幸いし、逃げ場を失わずに生還出来たらしい。


「明日の戦いも陽動を担当するチームには、建物の外から攻撃を行ってもらうのですね?」

「そうだ、まず最初にユートが壁抜きの攻撃を仕掛ける。攻撃を受けたワイバーンが声を上げた直後に外部から魔法による一斉攻撃を行う。こうすれば他の二頭は外からの攻撃に気を取られて、仲間が別の方向から攻撃された事に気付かないだろう」

「他の二頭が外からの攻撃に気を取られている間に、俺達が一頭を確実に仕留める」

「その通りだ。危険は伴うが、我々も全力で援護する。何とか一頭、状況次第だが、他の個体にもダメージを入れてもらえると有難い」

「分かりました」


 サイードが事態の早期収拾を望んでいるのは当然だろうが、そこには焦りのようなものも感じられる。

 その理由は、この直後に駆けこんで来た兵士の報告を聞いて理解した。


「申し上げます。ワイバーンは東の第二地区を襲撃、少なくとも八人が食われ、建物の崩壊によって多数の死傷者が出ている模様です」


 三頭一緒に狩りに出掛けたワイバーンは、最初の一頭が住宅や店舗が密集する地域に建物を破壊しながら下り立ち、逃げ惑う人々を取り囲むように残りの二頭が下りてきたそうだ。

 まるで、人間が魚の追い込み漁をするかのように、大きく広げた翼で逃げ場を塞ぎ、集まった住民を次々に食ったらしい。


 ワイバーンを討伐、または追い払わなければ事態は完全には収拾しないが、狩りを行う個体数が減れば犠牲者の数も減らせる。

 二十人以上の死傷者を出す日が続けば、サイードが焦るのも当然だろう。


 多数の住民を腹に収めたワイバーン達は、日当たりの良い城の演習場で羽を広げて休んでいるそうだが、眠る気配は無いそうだ。

 これまでの観察で分かってきた事だが、ワイバーンは完全な昼行性で、日が出ているうちは活発に動き、日が沈むと巣に籠って眠りに就くという生活パターンを繰り返しているらしい。


 昼間は眠らずに周囲を警戒しているので、結局仕掛けるのは眠りから覚めて寝ぼけている朝方になる。

 そんなワイバーンの生活パターンを想像していたら、ちょっとしたアイデアを思い付いた。


「あの……ちょっと良いでしょうか?」

「なんだ、ユート」

「嫌がらせをするっていうのはどうでしょう?」

「嫌がらせだと……?」


 サイードは怪訝な表情を浮かべたが、俺としては悪くない思い付きだと思う。


「はい、嫌がらせです。ワイバーン達は、ここを新しい縄張りにしようと考えている訳ですよね?」

「そうだな」

「高台で、日当たりが良く、言い方は悪いですけど餌も潤沢にいる。奴らにとっては、快適に暮らせる環境だからこそ、ここを縄張りにしようとしている」

「その通りだが、嫌がらせとは?」

「その快適さを削ってやって、暮らしにくいと思わせるんです。たとえば、夜中に寝かせないように断続的に攻撃を仕掛けるとか、昼間の羽休めをさせないとか、狩りの間に巣を壊してしまうとか……安心して暮らせないと思わせれば、出て行くんじゃないですか?」

「おぉ、なるほど……」


 人間だって、隣の部屋が夜中でも騒がしかったり、上の部屋から水漏れがするとか、欠陥物件だったりすれば引っ越しを考えるし、それはワイバーンでも同じだろう。

 ここを縄張りとして、ここで繫殖を考えているならば、安心して暮らせない、子育てするには危険だと思わせてやればいい。


「だが、仲間が殺されても居座っているんだぞ、そんなに上手くいくのか?」

「さぁ、俺はワイバーンの研究家でもありませんし、上手くいくかどうかは分かりません。ただ、出来る事があるならば、試してみても良いのではありませんか?」

「そうだな、たしかにその通りだな。よし、どんな影響が出るか分からないから、嫌がらせは明日の作戦が終わった後から始めよう。それまでに、他の者もワイバーン共が嫌がりそうな事を考えておいてくれ」


 作戦会議が終わった後、俺はアラセリと一緒にダンスホールの下見に出掛けた。

 ダンスホールは、庭に面した吹き抜けの大きな建物で、ワイバーンが十分に寛げるだけの高さがあった。


 ワイバーンは外壁を崩し、更には隣接する厨房などが入った建物の内壁や二階の床を壊して内部の空間を広げている。

 ダンスホールと他の建物を繋いでいるのは広い渡り廊下で、羽を畳んだ状態のワイバーンならば余裕で入って来られるだろう。


 


 厄介なのは、このダンスホールには隠し通路が繋がっておらず、内部に入るには広い廊下の他は厨房伝いか、庭に面した窓から入るしかない。


「これは……壁抜きは難しそうじゃない?」

「そうですね、建物の外壁か厨房の壁しか無さそうですね」


 ダンスホールは俺が考えていたよりも広く、中央に三頭が固まって眠るような状況だと壁からの距離が出来てしまい、切断の転移魔法の効果範囲から外れてしまう。

 それに加えて、アラセリの表情が厳しいのは、俺を守るために隠れる場所が少ない事も影響していそうだ。


「お二人とも、戻って下さい。ワイバーンが戻ってきます!」


 見張りの兵士に促されて、俺達は渡り廊下を走った。

 隣接する建物へ辿り着いたところで、廊下の窓を震わせるほどのワイバーンの咆哮が響いてきた。


「ゴゥワァァァァァ!」


 留守にしていた巣に、外敵が侵入していないか威嚇しているのだろうか。

 体がビリビリするほどの音圧は、とても生き物が発しているとは思えない迫力だ。


 今朝は壁抜きの不意打ちを食らわせただけだから、命の危険は感じなかったが、昨日の討伐で味わった恐怖を思い出すと体が竦む。

 こちとら、街で見掛けるチンピラにだってビビりまくってた普通の高校生なのに、あんな巨大生物の懐に飛び込んでいかなければならないなんて、つくづく自分の能力が恨めしい。


「ホールの隅で寝てくれねぇかな……」

「ユート様の有利な状況になれば良いのですが……」


 俺が危険に晒されると、アラセリも危険に晒される。

 アラセリを守るためにも、なるべくならば安全な場所で立ち回りたい。


「もっと遠くまで俺の魔法が届けば良いのに……」

「ユート様は作戦の要です。必ず私が守ってみせます」

「アラセリ……」

「ユート様……」


 建物から地下へと向かう通路へと戻ったところで、アラセリと唇を重ね合ったが、こんな状況では、これ以上の行為には進めない。

 くっそぉ……ワイバーン共をさっさと追い払って、思う存分イチャイチャしてぇ……。

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