第36話 戦士の休息
戦いが終わった倉庫は、先程までの激闘が嘘のように静まり返っていた。
巨大な石造りの倉庫の中には動かなくなったワイバーンの死体が二つ、その周囲に倒れたままの騎士が何人も転がっている。
倉庫の入り口から空を見上げていたマウローニが、手にしていたサーベルを鞘に納めようとしたが、どうやらワイバーンとの激闘で曲がってしまったらしく途中で諦めていた。
歩み寄るとマウローニは厳しい表情で振り返り、俺の姿を認めると渋い笑みを浮かべてみせた。
「ユート、無事じゃったか」
「なんとか……」
「ワイバーンを仕留めて生き残るとは、そなたは余程の強運に恵まれておるようじゃな」
「いいえ、恵まれたのはパートナーです。アラセリがいなかったら死んでましたよ」
「私は、ユート様を助けたい一心で……」
「ありがとう、本当に助かったよ」
隣に立っていたアラセリの腰に手を回して引き寄せる。
「ユート様……」
「アラセリ……」
「ほほっ、愛じゃな……」
マウローニに冷やかされても、照れることもなくアラセリと唇を重ねた。
あれほどの死闘を潜り抜けたのだから、この程度のことは許されて当然だろう。
「さて、何人生き残った?」
「さぁ……うちはハーフィズがやられて、ウルスは……あぁ良かった、なんとか生き残ったみたいです」
ワイバーンの翼でピンポン玉のように跳ね飛ばされたウルスは、サイードに肩を借りて片足を引きずりながら歩いていた。
マウローニと同じチームになった騎士三人のうち、生き残ったのは一人だけ、エメリアンのチームは騎士一人が扉に逃げ込んだようだが、他の三人は嚙み潰されて転がっている。
ワイバーンの脅威が去ったのを確認したのか、通路で監視していた兵士がワラワラと出て来て傷ついた騎士に肩を貸し、亡くなった騎士を安置する準備を始める。
兵士は次々に数を増やして、死んだワイバーンの片付けも始めた。
これだけの人数がいるなら、俺達が戦闘に入った時点で増援してくれれば、もっと楽に追い払えたのではなかろうか、こんなに死なずに済んだのではないだろうか。
「少数精鋭での討伐なんて無謀だったんだ……」
「いいや、正解じゃろう」
思わず口にした不満をマウローニはあっさりと否定した。
「入り口から大勢の部隊を突っ込ませていたら、もっと多くの命が失われていたはずじゃ」
ワイバーンの体は魔力を通した鱗で守られている。
例え大人数の騎士や兵士を投入しても、ワイバーンの守りを貫いてダメージを加えられる者は多くないそうだ。
だとすれば、いくら人数を増やしたところで、イタズラに犠牲を増しただけで終わっていた可能性が高い。
ただ、理屈はそうなのだろうが、感情が納得しない。
「そうかもしれませんが……」
「ワイバーン相手に、半数以上の者が生き残ったのは、むしろ僥倖と言って良かろう。この戦果はユート、そなたの存在無しには語れぬ。よくやってくれた」
「いえ、俺が力を発揮できたのも、マウローニ様からの日頃の教えがあったからこそです。ありがとうございました」
「これで、そなたの望みは叶えられるな」
「はい、俺の仲間は、戦い以外の場所の方が役に立つと思います」
ワイバーンを二頭も仕留めたのだから、国王様との約束は果たせた。
これでクラスメイト全員を戦闘職から解放してもらえるはずだ。
だがまぁ、それはそれとして、今はとにかく休みたい。
歩くだけでも体のあちこちが悲鳴を上げているし、転げ回って埃だらけだし、冷や汗とか脂汗とかで体がベタベタだから風呂にも入りたい。
細い通路を下って地下の広間へ戻ると、驚いたことに国王様が出迎えてくれた。
慌てて悲鳴を上げそうな痛みを感じる体を叱咤して跪く。
「よくやってくれた、ユート! ワイバーンを二頭も倒すとは素晴らしい活躍だ」
「ありがとうございます。ですが、この戦果は俺だけのものではございません。一緒に戦ってくれた全ての者の戦果です」
「分かっておる、だがなユート、そなたの存在無くしてワイバーンの討伐は叶わなかっただろう。散っていった者達のためにも、そなたはそなたの戦果を誇るが良い」
「はい、そうさせていただきます」
「うむ、それから討伐前に交わした約定は必ずや果たそう。そなたと共に召喚された者達は、全員アルベリクの預かりとする。これで良いな?」
「はっ、ありがとうございます」
ベルノルトが異議を申し立てたが、国王様は自らの決定を変えなかった。
「追って褒美を取らせる、今はゆっくりと休むが良い」
国王様に退室を許可されると、第一王子アルベリクが歩み寄ってきた。
「ユート、よくやってくれた。感謝する」
「もう、ただ無我夢中で、アラセリが居てくれなかったら三回は死んでました」
「そうか、望まぬ戦場に立たせてすまなかった」
「いいえ、相手は天災みたいなものですから、自分も無関係ではありません。それよりも、これからクラスメイト達が殿下の御厄介になります。どうか、よろしくお願いいたします」
「うむ、任せておけ。ユート達の有用性は我が一番承知しているからな。これからはペンと紙で戦ってもらおう」
アルベリクから解放されて、ようやく休めると思ったのだが、まだ俺を引き止める人がいた。
海野さん、菊井さん、蓮沼さんの三人だ。
「霧風君、ボロボロじゃない……」
「戦闘訓練を受けていたクラスのみんなに比べたら、この程度は普通だろう」
「聞いたよ、クラスのみんなを戦闘職から解放してもらうためにワイバーンに向かって行ったんだって」
「いや、ワイバーンは放置できるものじゃないしさ、どうせやらなきゃいけないなら、みんなの件もお願いしちゃおうと思って……ぐぅ」
話の途中で海野さんが抱き付いてきた。
正直、体が痛かったけど、ここは格好つけるところでしょ。
「ごめん、私は何もできなかった……」
「そんな事はないよ。海野さん達が、こっちの人とは違う魔法の使い方を思い付いてくれたから、俺達が戦闘以外でも有用だってアピールできたんだよ」
後ろで見守っている菊井さんと蓮沼さんにも頷いてみせる。
海野さんは、俺の胸に頭を預けて静かに涙を零していた。
「ありがとう……霧風君」
「どういたしまして、それに、まだ終わりじゃない」
「えっ……?」
顔を上げて首を傾げた海野さんに、声を落として囁きかける。
「まだアルベリク様が次の王様と決まった訳じゃないから、まだまだ安心はできないよ。これからの俺達の働きも大事になるんじゃないかな」
「そっか、まだ気を緩めている場合じゃないんだね」
「うん、でも今日ぐらいは休みたいかな……」
「あっ、ごめん! そうだよね、引き留めちゃってごめん……それに、彼女さんも邪魔してごめんなさい」
パッと俺から離れた海野さんは、アラセリに向かってペコっと頭を下げてみせた。
「い、いえ、私はそんな……」
「これからは、ちょくちょく顔を合わせるようになると思うので、よろしくお願いします」
「こちらこそ……」
あれっ? 友好的な雰囲気になると思ったのに、何だかピリピリしているような……。
「ユート様、まいりましょう。体を洗って、傷の手当てをいたしましょう」
「あぁ、うん、お願いするね」
アラセリは、俺の左腕を抱え込むようにして浴室のある方へと導く。
街に遊びに出掛けた時は別として、アラセリから腕を絡めて来る事なんて普段は無いのだが……二の腕に感じる柔らかさが生々しくて意識してしまう。
風呂場に行く途中で、アラセリは他の女官に何やら耳打ちしていたが、どうかしたのかと訊ねると着替えを持って来てもらえるように頼んだのだそうだ。
脱衣所に着くと、アラセリが防具や服を脱がせてくれたのだが、あちこちに出来た擦り傷から服を引きはがすのは痛みを伴った。
「ぐぁ……痛ぅぅ……」
「申し訳ございません、ユート様、ゆっくり剥がすと余計に痛みますので……」
「分かってる……でもこれ、お湯もしみそうだね」
下着まで脱いで風呂場に入り、ぬるめのお湯をかぶっただけで悶絶しそうだった。
「ユート様、大丈夫ですか?」
「アラセリ……また、こんなに傷が……」
服を脱ぎ終えて風呂場に入ってきたアラセリの体のあちこちから、俺と同じように血が滲んでいた。
「この程度の傷、ユート様を守れたのですから何でもありません」
「ありがとう……俺は君に出会えて本当に幸せだよ」
「ユート様」
「アラセリ……」
これまで抑制してきた欲望、生き残った喜び、戦闘の昂ぶりなど……ゴチャゴチャになった感情をぶつけ合い、俺達は激しく抱き合った。
後になって考えてみると、行為の最中に誰かが入って来たかもしれないし、着替えが用意されていたから声とか気配は聞かれていただろうが、その時には全く意識していなかった。
体を洗ってサッパリして、擦り傷に簡単な手当てを行い、新しい服に着替えてから食堂へ移動した。
パスタとお茶だけの簡単な食事を済ませたら、宿舎に戻ってベッドに入った。
二人で眠るには少々狭いベッドで、アラセリを背後から抱え込みながら眠った。
文字通りに命懸けで、何度も死を感じるような戦いだったけど、無事に役目を果たして生き残った。
これで懸念していた事の多くが解決出来たと思うと、肩の荷が下りて深い眠りへと引き込まれた。
自分の腕の中に、愛する者の温もりがあることも大きかったと思う。
だが、安らかな深い眠りは、兵士の叫び声で破られた。
「ワイバーンだ! ワイバーンが戻って来た!」
俺の腕の中でアラセリが目を覚まして、すぐにベッドを降りて立ち上がった。
「状況を確認してまいります。ユート様は、このままお休みください」
「いや、起きるよ。おちおち眠っていられるような状況じゃないだろうし」
「分かりました、ですが、まずは私が状況を確認してまいりますので、こちらでお待ちください」
「分かった」
おそらく、今朝逃げ去ったワイバーンが戻って来たのだろう。
また命懸けの現場に出なければならないのかと考えると、猛烈に憂鬱な気分になったが、一頭だけならマウローニ達と連携しすれば、俺の切断の転移魔法で倒せるはずだ。
打ち身で痛む体をほぐすように、背伸びや屈伸運動を行っていると、アラセリが厳しい表情で戻って来た。
「ワイバーンは、どんな様子?」
「ユート様、ワイバーンが四頭に増えました」
「はぁぁ? 増えた?」
「はい、どうやら別の三頭と合流して王城を目指して戻って来たようです」
こちらは腕が良いとされる騎士の多くを失っているのに、あちらは三頭の増援とは理不尽にも程があるだろう。
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