第37話 作戦会議
フルメリンタとの国境に現れたワイバーンは、六頭だったと報告が入っていたそうだ。
ところが王都に現れたのは三頭だけで、その後は現れないまま国境からの連絡は途絶えてしまっていたので、残りの三頭は討伐されたものだと思い込まれていたらしい。
「それでは、フルメリンタとの戦いに出ていた国軍はどうなったのですか?」
「分からん。ワイバーンの渡りの知らせが届いて以降、連絡は途絶えたままになっているので、現状フルメリンタとの国境がどうなっているのか情報が無い」
第一王子アルベリクは、今朝とは打って変わって苦渋に満ちた表情を浮かべている。
せっかく三頭いたワイバーンを一頭まで減らし、その一頭も追い払ったと思っていた矢先に、四頭に数を増やして戻って来たのだから当然だろう。
戻って来たワイバーン達は、仲間の死骸から素材の切り出しを始めていた兵士達を薙ぎ払い、牙に掛けたそうだ。
安心しきって作業の邪魔になると鎧を脱いで作業を行っていた者も多く、更には逃げ込むための扉が狭かったことも災いして、五十人以上が命を落としたらしい。
らしいと言うのは、所在の確認が出来ない者の人数が五十人以上であって、食われてしまった者は死体の確認すら出来ないからだ。
「ワイバーンは倉庫にいるのですか?」
「いや、城の建物を壊して巣を作り始めている」
飛来したワイバーン達は、暫く仲間の死骸の近くに留まっていたそうだが、殺した兵士達を食い終えると、城の外壁を壊し始めたそうだ。
外壁を崩し、二階の床を叩き壊せば、ワイバーン達が羽を休める巣が出来上がる。
元々が吹き抜けだった玄関ホールを利用している個体もいるそうだ。
「殿下、仲間の死骸のところに戻って来たり、城の建物を利用して巣を作ったり、ワイバーンには相応の知能があると考えるべきでしょう」
「ユートの言う通りだな、これまで我々はワイバーンを単なる獣として扱ってきたが、知能があってもおかしくはないし、むしろあると思って立ち向かうべきだったのだろう」
今朝の討伐でも、足音を忍ばせて通り過ぎようとしたエメリアンを前触れ無しに強襲してみせた。
羽虫のような存在だと思えば翼で打ち払っていただろうし、噛み付いて攻撃してきたのは相手が脅威だと認識していたからだろう。
「殿下、今度のワイバーンはどうやって討伐するのですか?」
「それなんだが……」
言葉を切ったアルベリクは、深々と頭を下げてみせた。
「済まないが、またユートの力を借りることになる」
「殿下、頭を上げて下さい。ワイバーンに関しては、俺も無関係だとは逃げる訳にはいかない問題ですから協力はいたします。ただ……俺は戦いに関してはズブズブの素人です。フォローしてもらえなければ、ワイバーンを倒す前に逆に殺されてしまうでしょう」
「分かっている、アラセリには引き続き援護をさせるし、ラーディン以外にもユートを守る体制を作るつもりだ」
エメリアンが襲われた時の状況を考えると、眠っているように見えても接近すれば気付かれると考えるべきだろう。
そして、俺の魔法は接近しないと効果を発揮できない。
ワイバーンが気付くのが先か、俺が魔法を発動させるのが先か、そこが勝負の分かれ目となるはずだ。
アルベリクとの個別の面談を終えて広間に戻ると、マウローニに声を掛けられた。
「どうじゃ、ユート。動けそうか?」
「マウローニ様らしくもないですね。さっさと立って動け……じゃないんですか?」
「ほっほっほっ、それだけ減らず口が叩ければ大丈夫じゃろう。これから騎士団で作戦の立案を行う。ユートも参加してくれ」
「分かりました」
アラセリと一緒にマウローニについていくと、食堂の一角に騎士達が集まってテーブルに広げた城の見取り図を睨んでいた。
城のあちこちにある隠し通路を使って偵察してきたワイバーンの状況が、見取り図に描き加えられている。
それによると、ワイバーンが巣を構築したのは全部で三ヶ所で、一ヶ所だけ二頭のワイバーンが共有しているようだ。
騎士達の集まりを主導しているのは、どうやら王国の矛ことサイードのようだ。
サイードは、王国の盾ことラーディンと双璧を成す国王の近衛騎士で、身体強化のスキルを駆使する剣士だ。
髭もじゃのラーディンとは対照的に、綺麗に髭を剃っているイケメンマッチョで、さぞや女性にモテるのだろう。
「マウローニ様とユートも来たようなので、作戦会議を始めさせてもらう。最初に確認だが、これからの作戦における最大戦力はユートであるという認識で異論は無いな?」
確かに俺の切断の転移魔法は強力だが、もっと強力な魔法の使い手はいるだろうし、異論が出るかと思ったのだが、会議の座は静まり返ったままだった。
「えっと、俺よりも強力な魔法の使い手とかは……」
「すまんな、ユート。フルメリンタとの戦いに駆り出されていて、王都には居ないんだ」
サイードの話によれば、強力な火属性魔法や雷属性の魔法を扱う者がいるそうだが、そうした者達は国軍に属していて、フルメリンタとの戦いに同行しているらしい。
王都に残っている騎士達も当然無能ではないのだが、王族の警護を固める者達は対人戦闘に特化している者が殆どだという話だ。
王族を襲ってくるテロリストのような相手に対しては部類の強さを発揮するが、人の枠を超えた防御力と体力を備えたワイバーンのような存在に対しては分が悪いらしい。
「討伐された二頭のワイバーンを見たと思うが、ユートの魔法は恐ろしい切れ味を発揮する。ただし、その効果範囲は限定されてしまう。そうだな?」
「はい、あまり距離が離れてしまうと効果を発揮できなくなってしまいます。ワイバーンを切り裂くならば、息が掛かるような距離まで近づかないと難しいと思います」
切断の転移魔法に距離という弱点があることは明かされてしまったが、出来れば具体的な距離などは伏せておきたいので、ワイバーンならば……という前提で話をした。
実際、ワイバーンと人間とでは硬さも異なるので、対人戦等ならば離れていても魔法が使えると思わせておこうと考えたのだ。
もっとも、集まっている騎士の多くは脳筋タイプに見えるので、そうした細かいところまでは気付いていないようだ。
「サイードよ、次の戦いではわしもユートの護衛に回ろう」
「マウローニ様には、ユートとは別のワイバーンを倒していただきたいのですが……」
「難しいのぉ……正直、ワイバーンがあれほど硬いとは思っておらなんだ」
「マウローニ様でも難しいですか?」
「足止め程度ならば可能じゃが、サーベルが持たぬ」
マウローニの技量をもってしても、深手を負わせる前にサーベルの刃が潰れてしまうらしい。
加えて、ワイバーンは反応速度も早く、なかなか傷口を狙って更に深手を負わせるという手法も使えないらしい。
「では、私、ラーディン、それにマウローニ様をユートの護衛に付けて……」
「ちょ、ちょっと待っていただけますか?」
「どうした、ユート。この三人の護衛でも不満だと言うのか?」
「いえ、そうではなくて、壁抜き出来ないかと思いまして……」
「壁抜きだと……?」
「はい、壁の裏側から魔法を発動させて攻撃した方が、ワイバーンに気付かれずに済むのではないかと……」
「おぉ、なるほど……」
マンガやアニメでは、狙撃タイプの能力者による壁抜き攻撃はお約束の一つだ。
俺の魔法は遠距離からの狙撃タイプではないが、近距離ならば障害物越しに切断できるはずだ。
ワイバーンは、城の建物を壊して自分達の体が収まる巣を作っている。
まだ、どのような状況で羽を休めているのか見ていないが、広々としていた倉庫とは違って壁に体の一部が接触している状況は十分に考えられるはずだ。
いくら城の壁が厚いといっても、五メートルも十メートルもの厚さがある訳ではない。
ぴったりと壁に体を密着させているならば、深さ五メートル以上の深手を負わせられるはずだ。
「ほっほっほっ、本当にユートは面白いな。姿を隠して攻撃だけを届ける……やり方としてはそれが一番安全じゃろうな」
異世界に召喚されて、チートな能力を貰ってドラゴンと死闘を繰り広げる……なんてシチュエーションは、オタクにとっては夢のような状況だが、実際にやるのは一度で十分だ。
ズルいと言われようと、セコいと言われようと、俺は生き残りたい。
サイードは、ラーディンと共に俺を守ってワイバーンに突っ込んで行き、真正面から討伐するつもりでいたようだが、そんな方法では命がいくつあっても足りない。
計画は大幅に見直され、いかにしてワイバーンの巣に気付かれずに接近するか、経路や隣接する部屋、そして地下の状況について調べられる事となった。
「では、改めて偵察を行い、次の討伐作戦は明朝一番状況の良いワイバーンを選んで行う。ユート以外の者達には陽動を頼むことになると思うので、万全の状態で動けるようにしておいてくれ」
作戦会議が終わると、テーブルを移して夕食となった。
皿に載せられて出て来たのは、分厚く切られた肉の塊だった。
ステーキではなく、固まりのまま煮込んだものらしく、ナイフがスッと入るほど柔らかい。
口に入れると筋肉の繊維がホロホロと崩れて、同時に肉の旨味が口一杯に広がっていく。
「美味い! 脂は少ないけど、肉自体の旨味が濃いですね」
「ほっほっほっ、滅多に食えない肉じゃが、ユートの頑張り次第でもっと食えるようになるぞ」
「えっ……これ、ワイバーンの肉なんですか?」
「そうじゃ、わしも実際に口にするのは初めてじゃが、確かに美味いな」
俺が倒したワイバーンだけれども、このワイバーンは王都の住民を食い殺していた奴だ。
それを俺達が食うという状況は、なかなか複雑なものがある。
ワイバーンは骨まで噛み砕いて人を食らっていたらから、例え胃や腸の内容物を調べたところで、個人を特定することは難しかっただろう。
ワイバーンの内臓が、どう処理されたのか気にはなったが訊ねないでおいた。
「どうした、ユート。食わんのか?」
「いえ、食いますよ。強い者が勝って、弱い物を食らう……それが自然の掟ですからね」
「その通りじゃ、奴らとて生きるためにやっている事じゃろうが、共生するのが難しいのだから戦って雌雄を決するしかない」
「勝ちますよ。勝って俺はアラセリと平和な暮らしをするんです」
皿に載ったワイバーンの肉を大きく切り分けて、口一杯に頬張って味わう。
ワイバーンに恨みは無いが、俺の未来のためにアッサリと死んでくれ。
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