第34話 討伐作戦
ワイバーンの渡りが発生した時点で、城下の街には不要の外出を控える通達が出されたそうだが、前回に起こったのが百年も前とあって危機感を持たない人もいたらしい。
本当に来るのか、来たところで自分達には関係ないのではないか。
一人が決まりに従わなくなると、あいつが守らないのに自分だけ不便な思いをするのは……などと考える者が現れるのは、どこの世界でも共通のようだ。
それに加えて、通達が出された後も、二日ほどワイバーンは姿を見せなかった。
今すぐに現れてもおかしくない、すぐに外出を控えろと通達されたのに、待てども待てどもワイバーンの影さえ見えないと、間違いだったのではないか、こちらには来なかったのではないかと思った者もいたようだ。
その結果として、ワイバーンが姿を現した時、街には多くの人が出歩いていたらしい。
高い空から得物を狙う動物は、とても視力が良い。
ワイバーンも優れた視力の持ち主だそうで、街の人の様子を上空からシッカリ観察していたようだ。
そして、城の鐘楼を破壊してワイバーンが降り立ち、慌てて人々が屋内に逃げ込んだ時には、建物の中には餌がいるという認識を与えてしまったらしい。
ワイバーンは城の敷地を根城として、街に舞い降りては家を破壊して住民を攫い始めた。
たらればになってしまうが、仮にワイバーンが現れた時に街から人影が消えていれば、もしかするとワイバーンは城に立ち寄らずに飛び去っていたかもしれない。
手頃な餌があり、手頃な高台があり、巣に適した洞窟のような倉庫がある。
今や王都は、ワイバーンにとって最高の住環境となってしまっている。
こうなってしまったら、実力行使を行ってワイバーンを排除しなければ、ユーレフェルト王国は立ち行かなくなってしまうだろう。
ワイバーン討伐作戦は、近衛騎士団から選りすぐりの人材を集めて、少数精鋭による電撃戦で行われることとなった。
その一人に俺が選ばれているのは、どう考えても納得がいかないのだが、国王様に交換条件を出して了承してもらっているので、もうやるしかないのだ。
交換条件とは、今回のワイバーン討伐作戦で戦果を上げるか、俺が死亡した場合にはクラスメイトを戦闘職から解放してもらうというものだ。
フルメリンタとの戦争で数名が命を落としているようだし、その後、ワイバーンの渡りに巻き込まれて安否不明の状態に陥っているが、生存しているならば全員を戦闘職から解放すると約束してもらった。
正直に言って、討伐に参加するのはめちゃくちゃ恐ろしい。
俺の倍以上の体高を持つ、獰猛な肉食竜を相手にするなんて正気の沙汰とは思えない。
それでも、国王の盾と呼ばれているラーディンさんが俺の護衛に当たるそうだから、思い切ってワイバーンの懐に飛び込んで、全力で魔法を行使するだけだ。
三頭いるうちの一頭にでも致命傷を与えられれば、交換条件を果たしてくれるという約束だ。
この約束は、国王様が仲介する形で第二王子派にも認めさせているから、猶更後には引けない。
「ふぅ……」
「ユート様、眠れないのですか?」
「うん、格好悪い話だけど、震えが止められないよ……」
作戦を数時間後に控えて、少しでも仮眠を取っておくように言われたのだが、まったく眠れない。
昼間目にしたワイバーンの食事風景が頭に浮かび、次は自分が食われるのではと想像すると体が震えてしまうのだ。
削り出したままの土壁に額を押し当て、目を閉じ、自分の腕で自分を抱え込むようにして震えを止めようとするのだが、殆ど効果が無い。
その時、掛けていた毛布が取り去られ、背中が柔らかな温もりで包まれた。
「ユート様……体がこんなに冷えてしまって」
「アラセリ、そのまま時間が来るまで抱きしめてくれないか」
「はい、喜んで……」
男とすれば、ポジションが逆だろうと思ってしまうが、それでも今はアラセリの温もりに包まれていたかった。
夜半過ぎ、アラセリに揺り起こされるまで、どうにか眠れた。
短い時間だったけど睡眠が取れたので、意外と頭はスッキリとしている。
俺には専用の鎧は無いので、胴金と背当て、手甲、脚甲、それに鉄兜を被って準備を終えた。
アラセリも、俺と同じような防具に身を包んでいる。
当初、作戦に参加するのは俺だけだったのだが、アラセリが強硬に参加を申し出たのだ。
俺は魔法の効果範囲が短いという欠点を補うために、どうしてもワイバーンの懐に飛び込む必要がある。
その場合、俺は周囲の状況にまで気を配る余裕は無くなるだろう。
一か八かのギャンブルまがいの特攻を仕掛けるつもりでいたのだが、それでは駄目だとアラセリは反対し、自分が代わりに状況判断をすると申し出たのだ。
突っ込むか引くか、その判断をアラセリに委ねる事で、俺は切断の転移魔法を発動させる事だけに集中出来るという訳だ。
俺としては、アラセリまで危険な現場に巻き込みたくなかったのだが、死ぬ時は一緒ですとまで言われてしまったら断る言葉は出て来なかった。
「行こう、アラセリ」
「はい、ユート様。死ぬ時は一緒です……」
「いいや、一緒にワイバーン殺しの栄誉を手にしよう」
「はい……」
長いキスを交わした後、アラセリの左手を握って集合場所へと向かった。
今回のワイバーン討伐作戦に参加するのは、総勢十四名の精鋭だ。
ワイバーン一頭に対して、基本的に四人の精鋭が攻撃を仕掛ける。
十二人ではなく十四人なのは、俺の護衛にラーディンとアラセリが付くからだ。
作戦としては、それぞれのワイバーンに対して、最強の攻撃手段をぶつける。
それで倒し切れれば最高だが、駄目なら次、次、次と波状攻撃を仕掛けていく。
最初に攻撃を仕掛ける三人は、アルベリクの武術指南役マウローニ、ベルノルトの近衛騎士で槍術スキル持ちのエメリアン、それに俺だ。
俺だけ変則になるが、ワイバーン三頭を国王、アルベリク、ベルノルトのそれぞれの戦力が担当する形だ。
俺の次に攻撃するのは、国王の矛と呼ばれている身体強化スキル持ちのサイード、火属性魔法のハーフィズ、風属性魔法のウルムと続く予定だ。
広間に集合した十四人は、偵察の者から情報を基にして最終的な突入経路と順序を確認した。
倉庫には、いくつかの隠し扉が設けられていて、どのチームが、何処を通って、どの経路で仕掛けるのか、途中の通路が狭い故に打ち合わせる必要があるのだ。
ワイバーンは昼間に狩りを行い、夜は眠る習性がある。
眠る時には、横になって丸まり、頭を覆うように前足と一体になっている翼で体を包むそうだ。
一見すると薄い被膜のような翼は、魔力を通すことで体を守る盾となるらしい。
その他、身体全体を覆う鱗も強化されるので、眠り込んでいるワイバーンを討伐するのは困難なようだ。
そこで、俺達はワイバーンが目を覚まし、翼から頭を出して動き出した直後を狙うのだが、ここで一つ問題が持ち上がった。
一頭が眠っている場所の近くの隠し扉が、ワイバーンの体で塞がれてしまっているのだ。
「三頭同時に仕掛けられなければ、ワイバーンに暴れられて被害が大きくなる。明日に延期すべきじゃろう……」
マウローニが中止を口にすると、それに異論を唱える者がいた。
「いいや、一日討伐が伸びればそれだけ住民の被害が増えます。なぁに、こちらのワイバーンの前を静かに通り抜けて、ここで息を潜めていれば大丈夫。皆さんは腰が引けているようですから、この役目は私がやりましょう」
大見得を切ってみせたのは、ベルノルトの近衛騎士エメリアンだった。
それでもマウローニは中止を進言したが、これはベルノルト様の民への思いやりだとエメリアンが主張し、作戦は決行される事となった。
隊列は、通路の奥の扉から侵入するマウローニのチームが先頭、続いて、手前の扉からワイバーンの前を通り抜けていくエメリアンのチーム、最後に俺達のチームが続く。
広間を出て通路に入ると、各チームごとに固まり、五メートルほどの間隔を空けて次のチームが続いていく。
既に全ての打ち合わせは終わっていて、後は手順通りに作戦を進めるだけ。
通路に入った時点で、全員が無言で歩いていたのだが、俺の前を歩いていたラーディンが小さな声で呟いた。
「危うい気がするな……」
誰がとは聞くまでもなくエメリアンなのだろうが、なぜラーディンが危ういと思ったのかまでは分からない。
それよりも、今は自分の成すべき事に集中しよう。
アラセリからは、攻撃を始めるまでは極力動きを小さく、ゆっくりと行うように言われている。
俺達が身に着けている防具は一級品ばかりで、動いても殆ど音を立てない。
それでも、スムーズな動きをした場合と、急激に動いた時では立てる音の大きさが違ってくる。
ワイバーンが目を覚ますまでは、気付かれないように細心の注意を払う必要がある。
通路に設けられた最後の扉を抜け、倉庫の外壁に沿った隠し通路まで辿り着くと、低い風の音が聞こえてきた。
規則正しく吹いてくるような風の音は、どうやらワイバーンの寝息らしい。
マウローニ達のチームが通路を右に進み、エメリアン達が左の通路に入る。
俺達もエメリアン達に続いて左の通路へと入った。
先を歩いているラーディンが、手振りで落ち着いて、ゆっくりと呼吸をしろと伝えてきた。
指示に従って深呼吸したが、上手く息が吸えていない気がする。
少しパニックになりそうだったが、アラセリが俺の右手を握る力を少し強めて、大丈夫だと頷いてくれたので楽になった。
どう足掻いた所で俺は戦闘に関しては素人だし、出来る事をやるだけだ。
通路の分岐点にいる兵士からの合図に従って、マウローニの側とタイミングを合わせて扉が開かれ、まずはエメリアン達が倉庫へと踏み出していく。
扉を開けたことで、通路に猛烈な獣臭が流れ込んできた。
ラーディンに続いて扉を潜ると、すぐ目の前に赤茶色の被覆に包まれた大きな固まりがあった。
低い風の音と共に、ゆっくりと大きな固まりが波打っている。
あまりにもワイバーンが巨大なので、すぐ近くに思えてしまったが、実際には切断の転移魔法の効果範囲に入っていない。
このままワイバーンの死角で息を潜め、起き出した瞬間に距離を詰めて魔法を放つ予定だが、すでに緊張感がMAXだ。
喉がカラカラに乾いて、唾を飲み込もうとしたが、その唾さえ出て来ない。
ワイバーンが目を覚まさないと作戦が始められないのだが、このまま一生目を覚まさないでくれ……なんて思ってしまう。
だが俺の願いは空しく、規則正しく続いていたワイバーンの寝息が突然途絶え、直後に悲鳴と金属のひしゃげる音が響いた。
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