第33話 現物

 ワイバーンが襲来して地下の避難スペースに逃げ込んでから、丸一日以上時間が経過したが恐ろしく静かだ。

 地上へと上がる通路は、しっかりと扉が閉じられているそうだし、城の建っていた場所からは十メートルほど地下なので振動も伝わって来ない。


 というか、そもそも地上にいるワイバーンが暴れているのか、大人しくしているのかも分からない。

 それに地下の空間は常に魔道具の明かりが灯されているので、昼と夜のリズムが分からなくなりつつある。


 唯一の情報元は、食事の時に兵士達の会話に耳を傾ける事だけだ。

 それによると、ワイバーンは全部で三頭いるらしく、国軍の倉庫で羽を休めているらしい。


「あの馬鹿でかい空っぽの倉庫を何に使うのかと思ってたけど、このためだったのか」

「何だ、お前知らなかったのか、あれは前回の渡りの時に、城が半壊したのを教訓として作られたそうだぞ」


 ワイバーンの渡りは、群れを出た若いワイバーンが自分達の縄張りを見つけるために行われる。

 縄張りを作る場合、当然巣が必要になる。


 ワイバーンは、山や大地の頂上近くに巣穴を掘る修正があるそうだが、洞窟などの都合の良い場所があれば、それを自分達の者として利用するらしい。

 前回の渡りの時に飛来したワイバーンは、城の中に自分達の巣を築こうと壁や床を崩して大きな被害が出たそうだ。


 そこで、前回のワイバーンを撃退した後、次の渡りにそなえて空の倉庫が用意されたらしい。

 入り口の扉も天井も高くして、ワイバーンの巨体でもすんなりと入れる作りになっているそうだ。


 そして、思惑通りにワイバーンは、用意しておいた倉庫に入り込んで羽を休めているらしい。

 倉庫は石造りの頑丈な建物で、少々ワイバーンが暴れても壊れる心配は要らないようだ。


 ワイバーンの動向が分かってくると、アルベリクが盛んに国王に対して攻撃を進言し始めた。


「父上、既にワイバーンは我が物顔で城の敷地に巣を構え、城下の者達を襲っています。最早、一刻の猶予もありませぬ。ご決断を!」

「急くな、アルベリク。まだワイバーンは警戒を緩めていないようだ。攻撃を行うのは、奴らが油断しきって隙を見せてからだ」

「しかし、父上……」


 言い募るアルベリクに対して、ベルノルトが皮肉っぽい口調で嫌味を言う。


「けっ……いい子ぶりやがって、そんなに攻撃したきゃ自分で剣でも槍でも持って戦ってこいよ」

「なんだと、既に城下の者に被害が出始めているのだぞ、腰抜け……」

「はぁ? 平民が何人死のうが関係ねぇだろう。てか、やろうってのか間抜け野郎……」

「やめんか! いまは身内で争っている時期ではないと言っておろうが!」


 国王に怒鳴られて、アルベリクは不満そうな表情を浮かべ、ベルノルトはニヤニヤした笑みを浮かべた。


「アルベリク、騎士団が作戦を練っている最中だ、勝手に先走るような真似は許さんぞ。ベルノルト、そなたは民への思いやりが足らぬ。王族だけでは国は成り立たないことをもっと自覚しろ」


 離れた所から覗き見しているだけなのでハッキリとは分からないが、アルベリクもベルノルトも不満たらたらといった様子に見える。

 てか、まともな事を言ってるけど、国王様なめられすぎじゃね?


 俺がアルベリク陣営に取り込まれてしまっているから分からないのかもしれないけど、もっとバリバリ陣頭指揮を執って小うるさいガキ共なんて黙らせればいいのに。

 それとも、入り婿国王っていうのは、そんなに権限が無いものなのかね。


 それと狭い場所に閉じ込められているからか、中にいる人間が総じてイライラしているように感じるし、それは一人の人間から周りに伝染しているように感じる。

 早いところワイバーンを追い払って、アラセリと思いっ切りイチャイチャしてぇなぁ……などと思いながらフテ寝をしていると呼び出しを受けた……国王様から。


 迎えに来たのは国王の近衛騎士で、護衛であるアラセリの同行も認めた。

 国王様が、俺なんかに何の用事が……なんてとぼけるつもりはない。


 俺の切断の転移魔法に用があるのだろう。


「そなたが、あのドロテウスを倒した者か?」

「はい、ユートと申します」

「回りくどい話をするつもりはない。ワイバーン討伐に力を貸してくれ」


 予想通り、国王様からの要求はワイバーン討伐への協力だったのだが、効果範囲の事を考えると素直にYESとは言いづらい。


「ワイバーンに近づく手筈はこちらで調える、それでも駄目か?」

「えっ……?」

「なぜ魔法が届く距離に限度があると知っているのか……むしろ、この城の中で起こっている事を国王であるワシが知らないと思う方がどうかしているぞ」


 脅す訳でもなく、馬鹿にする訳でもなく、淡々と話す国王様からは風格の違いを見せつけられているようだった。


「正直に申し上げます。自分は争いごとの少ない平和な世界から、自分の意思ではなく召喚されました。これまで、まともに戦った経験も無く、ワイバーンに立ち向かうのは恐ろしいです」

「ふむ、さもあろう……なので、そなたには強力な盾を付ける」


 国王様が視線を向けた先には、畳み一枚以上の大きさがある大盾を左手に携えた、壁かと思うような巨漢が控えていた。


「ワシの最強の盾であるラーディンを付けよう、それでも不安か?」

「ワイバーンの実物を目にしていませんので……」

「そうか、ならば見て来るが良い。その上で返事を聞かせてもらおう」


 国王であれば、やれの一言で済ませても構わないのだろうが、あくまでも俺が納得して協力するように配慮してくれているようだ。

 国王の盾であるラーディンと共に、ワイバーンがいる倉庫へ通じている隠し通路を進む。


「すみません。ラーディン様の力を疑っている訳ではなくて……」

「あぁ、構わん。ワイバーンを見た事がある人間の方が少ない。伝説や言い伝え、噂話を聞けば恐ろしいと思うのは当然だ」


 筋骨隆々としていて、顔の下半分が髭で覆われているようなラーディンは、ドロテウスと同様な恐ろしい人間なのかと思いきや、カラっとした笑顔を浮かべる気さくな人だった。


「やはり、ワイバーンは手強い相手なんですか?」

「そうだ。単純に体が大きく力が強いし、体の表面を覆う鱗が硬い。マウローニ様であっても一刀で仕留めるのは難しいだろうな」

「でも、油断して眠り込んでいる時ならば……」

「眠り込んでいる時でさえも、常人の一撃では傷一つ付かぬだろうな」


 ラーディンの話によれば、ワイバーンの鱗は魔力によって強化されてるらしく、恐ろしく硬いそうだ。

 それも衝撃を与えれば砕けてしまうような硬さではなく、粘りのある強靭な硬さらしい。


「野生に生きるものは、生き残るために様々な進化を遂げる。ワイバーンの場合は、寝入っている時には、自然と鱗を強化するように魔力を使うらしい」

「それでは、寝込みを襲っても仕留められないのでは?」

「そうだ、攻撃を仕掛けるならば、眠りから覚めて、鱗の強化を解いて、動き始める直前だ。寝ぼけているところを一気に仕留める」


 ワイバーンが万全の状態の時に攻撃を仕掛けても、無駄に犠牲を増やすだけなので、隙を晒す瞬間を待っているそうだ。

 ワイバーンが住み着いたという倉庫へ向かっていると、通路の先からマウローニが姿を見せた。


「その様子では、国王様に引っ張り出されたのであろう」

「はぁ、そんなところです。マウローニ様から見て、ワイバーンはいかがですか?」

「そうじゃな……ユートならば眠っている時でも切り裂けそうじゃな」

「でも、鱗が魔力で強化されているのなら、むしろ魔法による攻撃は通りにくいのではありませんか?」

「ふむ、その可能性も無きにしも非ずじゃが、まぁ大丈夫じゃろう」


 そう言うとマウローニは、ラーディンにシッカリと守れと命じて避難所の方へと戻っていった。


「ふぅ、まったく恐ろしい爺さんだ。気を抜いたら盾ごと真っ二つにされそうだ。よく平気でいられるな」

「そりゃ、本気になられたら、どう足掻いたってやられるって分かってますから」

「なるほど、ワイバーン相手でも、そのぐらい冷静でいてもらえると助かる」


 地上が近づいてくるほどに、頭の上から低く腹に響くような唸り声が聞えてきた。


「グルゥゥゥ……ゴワァオォォォォ!」


 鋼鉄の扉越しのはずなのに、体がビリビリするような咆哮だ。


「ここから先は声を出すな。それと吐くな……奴らが餌の奪い合いをしていたら、なるべく目を背けた方が良いぞ。夕食を食えなくなっても知らんからな」


 倉庫まで向かう途中には、何枚もの鉄の扉が設置されていて、それを一枚開く度にワイバーンの気配が濃くなってきた。

 唸り声だけでなく、濃密な生き物の匂いが迫って来る。


 ラーディンが最後の扉を開け、倉庫の内部を監視する隠し通路へと入り、中で監視を行っている兵士に、俺に見学させても良いか手振りで確かめた。

 すると、兵士は猛烈な勢いで首を横に振った後で、両手で×印を作ってみせた。


 その直後、壁の向こう側から恐ろしい音が響いてきた。


「バリバリ……ボリ……グチャ、グチャ、グチャ……」


 漂ってくる血の匂いを嗅いで、ドロテウスと四人の騎士を殺害した時の光景が頭に甦ってきて、胃の中身が逆流してきそうだった。

 だが、ここで怯んでしまっていたら、いつまで経っても現実に立ち向かえない気がして、監視をしている兵士に手振りで見せてくれるように頼み込んだ。


 兵士は少し渋い表情を見せたが、場所を譲ってくれた。

 監視を行っているのは、いわゆる覗き穴で、直径四センチほどの穴が通路の壁に開けられているだけだ。


「うぶぅ……」


 その穴を覗いた瞬間に目に飛び込んで来たショッキングな光景に、危うく戻してしまうところだった。

 ワイバーンが口に運んでいたのは、断面から腸がはみ出した人間の下半身だった。


 片方の太腿に齧り付き、もう一方の足を後ろ足で押さえ付けて、股を裂くようにして食い千切る。

 すぐに骨まで噛み砕く音を立てながら咀嚼し、胃の中へと収めてしまった。


 地球で発見されている翼竜の化石は、鳥のような細長い口を持つものが多いが、ワイバーンの頭はティラノサウルスを思わせる形をしていた。

 強力な顎で、バリバリともう一本の足も咀嚼し、食べ終えてしまった。


 体高は、四メートルぐらいあるのだろうか。

 前足と一体となっているという翼は、畳んでしまっているので大きさは分からない。


 体は赤褐色の細かい鱗に覆われているようだ。

 細かいといっても、それはワイバーンのサイズに比べればであって、魚の鱗と比較したら巨大なサイズだ。


 鱗は見る角度によって黒っぽくも白っぽくも見える。

 魚を捌く時の鱗剥がしの巨大なものを作って、バリバリ剥がしてやれば攻撃が通るようになるかも……なんて馬鹿な事は言わずにおこう。


 倉庫の中には二頭、もう一頭の姿は見えない。

 その一頭が、城下の街で狩りを行っているのだとしたら、確かにアルベリクの言う通り猶予する時間はなさそうだ。

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