第28話 身勝手な男

※ 今回はユートを襲った川本目線の話です。


 男子の宿舎の便所で、沢渡が首を吊って死んだ。

 クラスメイト達はショックを受けたものの、やっぱり……と殆どの者が思ったみたいだ。


 それほど沢渡からは、生きる気力が失われていた。

 城下の街で霧風の野郎を叩きのめし損ねた日から、もう生きている意味が無いと事ある毎に口にするようになっていた。


 この世界に召喚されて以来、沢渡は不幸続きだった。

 実戦訓練に連れて行かれた森でオークに待ち伏せを食らい、最愛の恋人だった美空さんが帰らぬ人となってしまった。


 その原因を作った霧風の野郎に天罰を下してやろうとしたのに、護衛の女に思いっ切り股間を蹴り上げられ悶絶させられた。

 俺も同じ女に蹴りを食らったのだが、玉が潰れ、半勃ちだった竿が裂ける痛みは思い出したくもない。


 これは酷い出血だ、早く治療しないと命が危うい……などと言われて病院らしき場所に担ぎこまれたが、そこで行われた治療は治療と呼べるような代物ではなかった。

 足を大きく広げた状態で治療台に縛り付けられ、麻酔も無しで切除、縫合された。


 そうだ、切除されたのだ。

 あまりの痛みに気を失い、気が付いた時には切除されて無くなっていた。


 玉は二つとも袋ごと、竿は根元を僅かに残して大半が切除されていた。

 どちらも破裂していて、温存しようとしても壊死する可能性が高いから切除するしかなかったと言われた。


 ふざけるなと喚いたら、手加減無しに殴られ、蹴られた。

 魔法で反撃しようとしても、発動させる前に攻撃されるので集中出来ず、一方的に暴行を受け続ける羽目になった。


 病院だと思っていた場所は、霧風の野郎が属している組織の施設だったのだ。

 そこで俺と沢渡は、霧風がどのような役割を果たしているのか、どれほど重要な人物になっているのか懇々と言葉と暴力で教え込まれた。


 一緒に霧風を襲撃した松居、武田、梅木の三人は捕えられ、殺されて処分されたらしい。

 その殺害方法は残忍そのもので、聞かされているだけで吐きそうになったほどだ。


 三人とも殴る蹴るの暴行を受け、全裸にされて両手両足を縛られ、まず最初の一人が殺されたそうだ。

 他の二人が見ている前で、生きたまま腹を裂かれて内臓を引きずり出されたそうだ。


 二人目は、付け根をきつく縛って止血した状態で、手足を一本ずつ切断され、絶望しきったところで首を切り落とされたそうだ。

 三人目は、本当ならば警告役として解放する予定だったが、恐怖のあまり錯乱してしまったから処分されたらしい。


 俺達が、さんざんボコられても命は奪われずに解放されたのは、他の連中が霧風に手を出さないようにするための警告だそうだ。

 もう一度手を出したら、その時は松居達三人以上に残忍な方法で殺害すると言われた。


 そこで沢渡の心は、ポッキリと折れてしまったのだろう。

 沢渡は、宿舎に戻った後、残った男子に警告して回っていた。


 霧風の野郎は最低のクズ野郎だが、手出しすれば自分たちの身が危うい。

 手出しをするなら、自分も命を落とす覚悟を決めてやるしかない……沢渡の言葉と、松居達三人が戻って来ない現実が、霧風に対する憎悪を更に増したが、一方で諦めも生んだ。


 結局はレアな能力を貰った奴らだけが美味しい思いをして、平凡な能力しか無い俺達は命の危険に晒されながら足掻くしかない。

 俺達に訓練をつけている兵士達は、戦果を上げれば良い家に住み、美味い物を食べ、いい女を抱けるぞ……などと発破を掛けてきたが、俺と沢渡には逆効果だった。


 蹴り潰され、切除されてしまったから、どんなに戦果を上げて、どんなに金を稼いだとしても、もう二度と性行為は出来ない。

 玉を切除されてしまったからか、性欲自体が弱くなってしまったし、勃起しても親指の先程度大きさしかないのでは、性行為なんて不可能だ。


 それに、適当に縫い合わせられたからだろうか、勃起すると酷い痛みが走るのだ。

 帰る方法もなく、愛する女性を失い、二度と性行為が出来ない状況で、将来を悲観するなと言う方が無理だろう。


 自殺を選んだ沢渡の気持ちは、痛いほど良くわかる。

 俺自身、何を希望に生きていけば良いのか分からなくなっていた。


 ただ一つ、こうなったら刺し違えてでも霧風の野郎の息の根は止める……それだけを心の支えにして生きていたのだが、その心の支えさえも揺らぐような噂が流れてきた。

 霧風の野郎が、あのドロテウスを返り討ちにしたというのだ。


 もちろん最初は、クラスメイトの誰も噂を信用なんかしなかった。

 霧風の野郎は役立たずだから追い出したのだし、こちらの世界に召喚されて以来、ドロテウスは恐怖の象徴だった。


 召喚された直後、クラスで一番喧嘩が強いと思われていた山岸を一撃で、文字通り真っ二つにして殺害したのだ。

 プロレスラーが裸足で逃げ出しそうな巨体でありながら、目にも止まらぬほどの速さで動き、常人では持ち上げることすら困難な大剣を小枝のように振ってみせる。


 山岸を斬り殺した後も顔色一つ変えないような男に、逆らおうなんて考える者は一人もいなかった。

 俺達も口喧嘩になった時には、殺すぞ……なんて脅し文句を口にする事はあるが、実際に殺せるのかと問われれば、あくまでも脅し文句でしかない。


 殺すぞ……という警告も無しに、平然と命を奪うような相手に逆らえるはずがない。

 そのドロテウスが殺された。


 おそらく、霧風を警護している連中が殺したのだろう……というのが俺達の共通認識となったが、手出しが非常に困難なのは事実だろう。

 あのドロテウスでさえも、霧風に手を出そうとしたら返り討ちにされるのだ。


 俺達なんかが手出しをしても、結果は同じだろう。

 たぶん、刺し違えることすら無理なのだろう。


 日本には帰れない、魔法を手に入れても思うように活躍できない、今後手柄を立てても可愛い彼女とイチャイチャも出来ない、ムカつく野郎に手出し出来ない……。

 唯一の生きる望みだった霧風の殺害すら出来なくなって、もう死ぬしかないのかと思う反面、あまりにも思うようにならない理不尽さに腹が立った。


 もう霧風じゃなくたって構わない、どこかの誰か、どこかの何かに怒りをぶつけて発散しないまま死んでいくなんて耐えられなくなった。

 そんな時に、次の遠征の話が伝えられた。


 これまでは、どこかの森に出掛けて魔物をぶっ殺すのが演習だったが、次に向かうのは隣国との国境らしい。

 名前とか聞いても覚えられないし覚える気も無いのだが、東側にある国とは仲が悪いそうだ。


 いずれ、戦争する相手かもしれないので、その国境線を見学する……というのが表向きの遠征理由だが、実戦が行われるという噂が立っていた。

 理由は、第一王女が成果を求めているかららしい。


 召喚されてから何か月も過ぎて、色々な噂話が届くようになっている。

 特に、女子の方には海野和美から噂がもたらされているようだ。


 海野は治癒魔法を美容に利用する方法を思いつき、それを利用して城の内部に食い込んで情報を聞き出しているそうだ。

 役立たずの霧風と違い、俺達が召喚された理由とか、本当に帰る方法が無いのかなど、色々と調べているようだ。


 その海野によれば、俺達が召喚されたのは王位継承争いに絡み、実績を残すための戦力を得るためらしい。

 召喚された者は、一般人よりも強力な魔法が使えることが多いらしく、特殊戦力として利用して実績を得ようとしているようだ。


 ところが、現状では思うように実績が上がっておらず、逆に裏切者の霧風が余計な実績を上げているそうだ。

 詳しい話は知らないが、霧風は能力を利用して第一王子の顔の痣を消しているらしい。


 その痣が全部消えてしまうと、こちらの陣営は不利になるそうだ。

 だから、痣を消し終える前に、紛争が起こっている地域に余剰戦力として俺達を投入し、膠着状態を打破して戦果を上げる……というのが遠征の目的らしい。


 つまり、俺達は人間相手に戦争をさせられるようだ。

 話を聞いたクラスメイト達は、当然落ち込んだ。


 魔物相手の戦いならば罪悪感は無いけれど、人間を相手に殺し合うなんて出来るのだろうか。

 平和ボケした日本で育ち、クラスメイトの死に遭遇するような状況で訓練を重ねてきたけれど、人を殺せるのかと聞かれたら全員が考え込むだろう。


 だが、俺は好機だと思った。

 どこの国の誰かは知らないけど、俺のストレス解消のために死んでもらおう。


 お前なんかに殺される理由は無い……なんて言うかもしれないが、世の中ってのは理不尽なものなんだよ。

 俺ばかり理不尽を味わうなんて不公平だから、お前らにもたっぷりと理不尽を味わわせてやる。


 乗り心地の悪い馬車に揺られて辿り着いた国境には、奇妙な風景が広がっていた。

 そもそも、島国日本育ちの俺達には、国境という存在自体が珍しい。


 俺達がいる国と東の隣国が争っているのは、二本の川に挟まれた中洲の領有権を巡る問題らしい。

 ただし中洲と言っても、その幅は端から端まで歩くと一時間ぐらい掛かるそうだ。


 こっちの世界の人間は歩くのが遅いが、それでも三キロ以上はあるだろう。

 長さに至っては、その十倍ぐらいあるそうだ。


 その中洲の中央付近を街道が通っていて、街道の下流側がこっちの領土、上流側がむこうの領土となっているらしい。

 こちら側から橋を渡って中洲に上がると、街道の上流側は五メートルほどの草地の向こうに高い壁が街道に沿って建てられていて、その上をこちら側の兵士が巡回していた。


 逆に下流側には塀は無く、見渡す限りの田んぼが広がっていた。

 この中洲では、豊かな水を利用して、街道の上流側でも稲作が行われているそうだ。


 街道を更に進むと、検問所が見えてきた。

 見えているのは、こちらの国の検問所で、そこを抜けて更に先に進むとあちら側の検問所があるらしい。


 こちら側の検問所で馬車から下ろされ、塀の上へと上がらされた。

 高さは四メートルぐらいで、塀の上は幅五メートルほどの回廊となっている。


 石積みの手すりの上から眺めると、下流と同じく水田地帯の風景が広がっていた。

 塀の上で引率の兵士から聞かされたが、領有権を巡る争いは、毎年稲刈りが終わった頃に中洲の一番上流や一番下流で行われるそうだ。


 川を挟んで魔法や弓矢を撃ち合うそうだが、川幅は百メートル近くある。

 しかも、その間も検問所は封鎖されないらしい。


「馬鹿くせぇ……ヤラセじゃん」


 誰かがボソっと口にした通りだと思うし、その言葉には安堵の思いが含まれているように感じた。

 対人戦なんて聞いたから心配したが、そんな戦いでは余程の間抜けじゃなければ死なないで済むだろう。


 ところが、検問所近くの宿舎に入ってから言い渡された命令は、そんな茶番ではなかった。

 深夜に、こちら側の検問所を抜けて、相手側の検問所を一気に制圧し、続いて上流部にある家や兵士の宿舎を次々に襲う計画だ。


「いいか、投降を申し出た者も一人残らず殺せ。女だろうと子供だろうと容赦するな!」


 俺達が上流の施設を制圧している間に、本職の兵士が向こう側の橋を確保するそうだ。

 決行は今夜、既に日は西に傾いていたので、迷っている時間は残されていなかった。


 いや、誰と誰が組んで、どこを制圧するのか順番を覚えさせられ、迷っている時間すら与えられない。

 早めに夕食を食わされ、兵装のままで監視されながら仮眠、叩き起こされると空には月が昇っていた。


 クラスメイト達の表情は、バラバラだった。

 まだ覚悟が決まらずに戸惑っている者、諦めたのか無表情な者、そして俺はたぶんやる気に満ち溢れた表情をしていたと思う。


「行け!」


 検問所の扉が静かに開かれた後、小声で短く命じられた俺達は、月に照らされた道を走った。

 相手側の検問所までの距離は五十メートルほどで、一気に走り抜けた俺は全力の火属性魔法を検問所の門に叩きつけた。


 分厚い木製の門が吹き飛び、大きな穴が開く……今夜の俺は絶好調だ。


「くそが、やってやらぁ!」


 陸上部に所属している西尾が俺を追い越して、門に空いた穴に飛び込んで行き……槍で腹を貫かれた。


「死ねや!」


 もう一度、全力の火属性魔法を叩き込む。

 槍を握った兵士ごと、西尾も吹き飛んだが知ったことか。


 教えられた建物の配置図などを思い出しながら、門の穴から内部に向かってひたすら魔法を叩き込む。

 身体強化の能力持ちの大島が、門を叩き壊した所で全員で雪崩れ込んだ。


 検問所を先に制圧する予定だったが、俺は無視して上流の施設に向かった。

 手順なんて知ったことか、生き残るつもりも無い。


 俺は、目についた家の窓やドアを蹴破り、室内が炎に包まれるまで火属性の魔法を叩き込んだ。

 悲鳴や絶叫が上がり、炎の中を逃げ惑う人影が見えたが、俺は次の建物を目指して走った。


 訓練を受け始めた頃、魔法は精神状態に左右されると聞いたが、今の俺は最高の状態なのかもしれない。

 騒ぎを聞いて外で様子を見ていた者にも火属性魔法を叩きつけ、家ごと燃やしてやった。


 どこの家も木と土で出来ていて、魔法を叩き込むと景気良く燃え上がった。

 上流へ、とにかく上流へ、放火を繰り返しながら俺は走り続けた。

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