第26話 思わぬ弱点
第二王女ブリジットの邪魔が入ったりはしたが、第一王子アルベリクの痣を除去する施術は順調に進んでいる。
その一方で、切断の転移魔法に関わる訓練では、ちょっとした問題が発覚した。
一定の距離を超えると、転移魔法の効果が届かなくなってしまうのだ。
手元にある品物であれば、石だろうが鉄だろうが、スパっと切断出来てしまうのだが、五メートルほど離れてしまうと堅い物の切断が出来なくなる。
十メートル以上離れてしまうと、柔らかい物でも切断出来なくなってしまうのだ。
第二王子派の襲撃犯を撃退した時はギリギリの距離だったか、火事場の馬鹿力的に距離が延びていたのかのどちらかだろう。
「ふむ……遥か遠くまで効果は及ばぬとは思っていたが、これほどの距離しか届かないとなると危険度が増すな」
訓練を施してくれているアルベリクの武術指南役マウローニによれば、五メートルの距離など身体強化魔法が使える者にとっては無いに等しいらしい。
実際マウローニの踏み込みなどは、常人の目ではやっと追えるか追えないかという速さなのだ。
つまり、こちらの魔法が届く距離は、相手の武器が俺に届く距離という訳だ。
そこで、マウローニから与えられたのは手甲と脚甲だ。
今与えられているのは練習のための物だが、手甲は幅十センチ、長さ三十センチ程度の板状の鉄で、手首と肘の所でベルトで固定すると肘から手の甲をガードする形になる。
脚甲は、手甲よりも少し幅広で、足首と膝の所で固定して脛を守る形だ。
この手甲と脚甲を使って致命的な一撃を防ぎつつ、切断の転移魔法を至近距離で発動させるという戦い方を目指すらしい。
だが、話で聞いて理解するのと、実際に行うのには大きなギャップがある。
「そら、まともに受けるな! 使い手の剣なら腕が飛ぶぞ!」
「うわっ……くっ……」
「頭を下げても、目線を下げるな! すりゃ、退るのが遅い!」
「ぐふぁ……」
足下への薙ぎ払いに気を取られ、目線が下がったところに繰り出された突きを鳩尾に食らってしまった。
マウローニが振るっているのは木剣だし、革の防具を身に付けていたのだが、息が詰まり胃液が逆流してくる。
「そら、止まるな、止まるな! 痛みで体が硬直しないように、意識から切り離せ!」
「んな、無茶な……ぐっ……うわっ」
「なにが無茶だ。やる前から諦めるな! そら、そら、そらっ!」
「わっ……たっ……ぐぁぁぁ……」
マウローニが振るっている木剣は、素振りの鍛練に使う物で、剣先の方が太く重たくなっている。
俺では両手で握ってもフラつくほどの重さなのに、マウローニは指揮棒でも振るかのように片手で軽々と振り回して打ち込んでくる。
打ち込みの方向も上下左右、自由自在で、手甲や脚甲でまともに受けると骨が折れるかと思うほどの衝撃が伝わってくる。
芯を外すように角度を付けて受け流せば良いのだが、下手に受け流せば、剣先は頭や太腿へと流れてしまう。
しかも、この爺さん無尽蔵かと思うスタミナの持ち主で、こちらがヘトヘトになっているのに一向に剣先が鈍らない。
マジで化け物かよ……。
「そら、どうした、さっさと立たぬか」
「ちょ、待って……」
「馬鹿者が、敵はこちらの都合を考えて待ってくれたりせんぞ。ドロテウスに襲われた時のことを思い出してみよ」
第二王子派の騎士ドロテウスに襲撃されたのは、アラセリとベッドを共にしている時だった。
こちらを殺そうと狙ってくる奴らは、こちらが油断する瞬間を狙ってくるし、体勢を立て直す暇を与えてなんかくれないだろう。
ドロテウスの場合は、己の力量に奢り、こちらの力を見抜けずに自滅したようなものだ。
問答無用で斬りつけていれば、俺は切断の転移魔法を発動させられずに殺されていただろう。
「くぅおぉぉぉ……」
動き回った疲労や打ち身でプルプルする足に力を込めて、無理やり立ち上がる。
マウローニからは、手の甲を相手に向けて脇を締め、拳を額に付けて構えるように教わったが、どうも窮屈で動きづらい。
締めていた肘を開け、ムエタイスタイルに構えた。
これでも首筋の急所はガード出来ているし、正面から来る相手ならば俺に届く前に切断してやる。
何よりも上半身の力みが抜けて、こちらの方が何倍も動きやすい。
「ほぅ、構えを変えたぐらいでは防ぎきれるかな」
ぶっちゃけ、マウローニに敵うなんて思ってもいないが、いい加減ぶっ叩かれ続けて頭にきている。
二、三発食らっても構わないから一発やり返す……のは無理だろうから、掠る程度……も無理そうだから、せめて避ける動きぐらいはさせてやりたい。
俺が無言で拳を握ると、マウローニは滑るように距離を詰めて来た。
片手正眼に構えられた木剣は、すっと振り上げられたかと思ったら弧を描き、俺の右側から強烈な横薙ぎとなって襲ってきた。
「うらぁ!」
これまでは、ただ受けるだけだったが、こちらから右腕を振って強く払い除ける。
俺が弾いた木剣は真上に跳ね上がり、直後に唸りを上げて振り下ろされる。
脳天目掛けて振り下ろされた木剣を、今度は左腕で払い除け、同時に踏み込んで右ストレートを放つ直前に慌てて右腕を引っ込めた。
引き戻した右の拳スレスレに、凄まじい勢いで振り上げられた木剣が通過していった。
もし、そのまま殴りかかっていたら、腕の骨を折られるほどではないにしても、相当痛い思いをしていたはずだ。
「ほっほっ……良いぞ、もっとじゃ。打たれるばかりで反撃する気迫が無いようでは戦いにならん。そら、いくぞ!」
「しゃーっ!」
マウローニが言う通り、構えを変えた程度で劇的に変わるはずもなく、相変わらず一方的に殴られ、ひたすらガードに徹するしかない。
それでも、今までは腰が引けて下がり気味だったが、腹を括って前に出る。
下段からの打ち込みを左の脛でまともに受けてしまい、防具の上からでも泣きそうな痛みが走る。
追撃の横薙ぎを左腕で払い除け、脛の痛みをこらえて踏み込むが、防具を付けた腹に突きを食らって押し戻される。
痛い、苦しい……痛い、苦しい……痛い、苦しい……ムカつく。
本気で切断してやるぐらいの気概で一歩踏み出すと、マウローニは恐るべき速度で後退した。
距離を取ったところで、マウローニがニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「そうじゃ、その気迫じゃ。今の気迫を持って臨めば、相手は足を止めるじゃろう。足さえ止めさせてしまえば、おぬしの勝ちだ」
こちらには、距離の制限こそあるが、ガード不能の攻撃手段がある。
最初の一撃、これさえ凌いでしまえば勝ち筋が見えてくるはずだ。
「ユート、そなたは生まれ育った環境ゆえに他者に対して甘い。それは平和な世の中ならば良いのであろうが、命のやり取りをする場所では命取りになる。己の命を狙ってくる者に対して、情けを掛けるな、容赦をするな。例え、それが同郷の者であってもだ」
どうやらマウローニは、俺から気迫を引き出すために、わざと手荒に殴りつけるような鍛錬を課したらしい。
「ですが……痛ぇ!」
「ですがではない。そなた、まだ自分の置かれている立場が分かっておらぬのか?」
「いいえ、俺が死ねばアルベリク様の痣を消す者がいなくなり、ベルノルト……様が王位に就く可能性が残されてしまいます」
「そうだ、それがどれほど不幸な事かは、そなたも承知しておるのであろう? それに、そなたが死ぬ時には、メイドも命を落とすことなるぞ……」
「それは駄目だ……です」
「だったら腹を括れ」
「分かりました」
この後も、俺が精魂尽き果てて、立ち上がれなくなるまでマウローニによる鍛錬は続けられた。
帰り道では、護衛を務めてくれている兵士に肩を借りてやっと歩いたほどだが、宿舎に入る前には自分一人で立って、背筋を伸ばしてドアを開けた。
今までにも、たくさん情けない姿を晒してきているが、それでも男という生き物は格好をつけたいものなのだよ。
「ただいま、いやぁ今日も厳しかったよ」
「お疲れ様です、ユート様。湯殿の支度が整っておりますので、どうぞ汗をお流しください」
「ありがとう」
格好つけて脱衣所まで行ったは良いけれど、打ち身と筋肉痛で服を脱ぐのも一苦労だ。
もたもたしていたら、着替えを持ってきたアラセリに見つかってしまった。
「ユート様……お手伝いいたします」
「いや、大丈……うぐぅ」
「随分厳しくされたようですね」
「まぁ、仕方ないよ。俺が弱いままだとアラセリを守れないからね」
「ユート様……ユート様は勘違いをなさっておられます」
「えっ、勘違い……?」
アラセリを守れるようになりたい……なんて言ったら喜んでもらえるかと思ったのだが、逆に少し不機嫌そうな表情になった。
「ユート様をお守りするのが私の役目です。そのためには、この身がどうなろうとも構いません。私を守るためにユート様が危険に晒されるなんて間違っています」
確かに、アラセリに与えられた任務は俺の護衛で、ドロテウス達に襲われた時にも身を挺して守ってくれた。
そうした状況は理解しているつもりだが、それと俺の感情は別問題だ。
「嫌だ。誰が何と言おうとも、俺は俺の愛する人を守るためなら自分の命を投げ出すよ」
「ユート様……ですが」
「確かに、格闘戦ではアラセリには敵わないけど、でも俺だって魔法を使えばアラセリを守れる。失いたくないんだ……こっちの世界は日本と比べて命の価値が軽すぎる。そんな世界で俺の心の支えとなってくれる大切な人を守らせてよ」
「ユート様……」
俺が偽らざる気持ちをぶつけても、アラセリの表情は晴れない。
たぶん、任務に対する責任感がそうさせているのだろう。
「だったら、俺の命はアラセリが守ってよ。その代わりに、アラセリは俺が守る」
「ユート様……分かりました。この身に代えても、ユート様をお守りします」
「俺も、この身に代えてもアラセリを守る」
「ユート様……」
「アラセリ……痛ぇ!」
いい雰囲気でアラセリを抱き寄せようとしたのに、動いた途端に打ち身の痛みが襲い掛かってきた。
くそぅ、マウローニの爺ぃめ、いつかギャフンと言わせてやるからな。
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