第23話 第一王子の命令

 ユーレフェルト王国第一王子アルベリクの顔に残った痣は、蒼闇の呪いと呼ばれるのが相応しいと思ってしまうほど酷い状態だった。

 まるで頭から墨汁をかぶったかのように、右の頬の一部を残して顔は青黒い痣で覆い尽くされていた。


 顔だけでなく、頭皮や髪にまで影響が及んでいて、頭頂部から前半分は青黒い髪、後半分が金髪という状態だ。


「どうだ、醜いであろう」

「醜いとは思いませんが、なかなか手強そうですね」

「この顔を人前に晒せるように出来るか?」

「勿論です。自分はそのためにここにいます」


 蒼闇の呪いの痣を消す技術は、俺一人の努力によって成しえたものではない。

 女性として肌を晒す羞恥に耐えて、被験者の役目を果たしてくれたロゼッタさんの協力無しには体得出来なかっただろう。


 それを考えれば、俺がこの技術を卑下する訳にはいかない。

 自信を持って堂々と施術を行うべきだ。


 アルベリクへの施術には、ロゼッタさんの時と同様にリュディエーヌさんが立ち会ってくれる。

 万が一、皮膚に障害が出た場合には、直ちに治癒魔法を掛けるための備えだ。


 最初に痣の範囲を確認させてもらったが、頭頂部から顔面、首筋から肩の辺りに留まっていた。

 口に出しはしなかったが、下腹部にまで及んでいなくてホッとした。


 王族からの命令であっても、野郎の股間をジッと覗き込むような作業は御免被りたい。

 痣の範囲と現状を確認した後、リュディエーヌさんと施術の進め方を話し合った。


「ユート、どこから手を付ける?」

「そうですね……まずは頭皮から始めるのはどうでしょう?」

「それは、何か理由があるの?」

「はい、先に頭皮の色素を除去して、その後に生えて来る髪の色を確かめておきたいです」

「なるほど、頭皮だけ色素を除去して、髪は保留しておくのね?」

「そうです。恐らくですが、頭皮の色素を除去してしまえば、黒髪ではなく金髪となって伸びると思われますので、髪の色素を除去するなら根元の色と合わせる感じで除去した方が良いと思います」

「分かったわ、殿下、頭皮から始めさせていただいて構いませんか?」

「うむ、許可する」

「ありがとうございます」


 アルベリクの許可が下りたところで、早速施術に取り掛かったのだが、頭皮からの色素の除去は頭髪が邪魔をして思った以上に困難な作業となった。

 頭皮そのものと、頭髪を成長させる細胞とでは色素の沈殿ぐあいに差があり、正常な部分と何度も見比べながら慎重に作業を進めた。


 そう言えば、ロゼッタさんの下腹部は、頭皮や頭髪の色素の具合と見比べずに作業を終えてしまったが、もしかするとアンダーヘア―だけ金髪になってしまったのだろうか。

 今更確認させてくれとも言えないので、この謎は謎のままだろうな。


 アルベルトへの施術は、午前に二回、午後に二回の休憩と、昼の軽食と休憩を挟みながら、午前に三時間、午後三時間の一日に六時間行う事になった。

 一日は、前髪の生え際に直径五ミリほど色素を除去した部分が出来て終了となったが、鏡を使って確認したアルベルトは満足そうに頷いてみせた。


「うむ、施術中も特に痛みも感じないし、改めて自分の体から痣が消えたのを見ると感慨深いものだな」

「頭皮の作業は本日が初めてでしたので、明日以降は少しずつペースを上げて施術出来ると思っております」

「うむ、よろしく頼むぞ。時にユート、例の切断の転移魔法の訓練は行っているのか?」

「切断の転移魔法ですか? いえ、殿下に披露した後は使っておりません」

「どうしてだ?」

「人を殺すような魔法は……」


 切断の転移魔法を使おうとすると、あの夜の光景を思い出してしまいそうだからだ。

 切断された人体から血や内臓が溢れ出る光景は、二度と見たくないトラウマものだ。


 血と内臓の内容物が混じり合った凄まじい臭いと、恨みがましい目が脳裏から離れない。


「愚か者め、魔法は人を殺したりせぬ」

「えっ?」

「魔法はあくまでも手段であって、それを用いるのは人だ。目を背けるな、ユート。あの夜、五人の命を奪ったのは切断の転移魔法ではなく……ユート、そなただ」

「うぐぅ……」


 確かにアルベリクの言う通りだ。

 切断の転移魔法は勝手に発動して、勝手に人を殺したりしない。


 俺の意志で発動したのだから、五人を殺したのは俺だ。


「で、ですが……やらなけば、俺が殺されていた」

「果たしてそうかな?」

「だって、相手はあのドロテウスですよ。先に攻撃しなけば、あの大剣で俺もアラセリも真っ二つにされていたはずです」

「そうだな。何もしなければ、ユートもメイドも殺されていただろう」

「だったら……」

「まぁ落ち着け、ユート。我は、そなたを責めている訳ではない」


 アルベリクに右手を挙げて制止され、自分が冷静さを失っていたことに気付かされた。


「も、申し訳ありません」

「気にするな。初めて人を殺めたのだから、心の痛手から立ち直っていなくても仕方ないであろう。だがな、良く考えてみろ。ドロテウスに襲われた時に今の何倍も何十倍も修練を積み、切断の転移魔法の自由自在に操れていたら、ユートは同じ行動をとっていたか?」

「えっ……?」

「自信を持って、自在に魔法を操れていたら、腕を切り落とす程度で済ませられたのではないか? ドロテウスは無理だったかもしれぬが、残りの四人は命まで奪わずに済ませられたのではないのか?」


 雷に打たれたかと思うほど、アルベリクの言葉は衝撃的だった。

 五人を殺したことばかりに囚われて、他に手段が無かったのかとか、次に同じような状況に陥った場合にどう対処すべきかなどの考えが頭から抜け落ちていたのだ。


「ユート、そなたの切断の転移魔法は素晴らしい能力を秘めた魔法だが、今のままでは、それこそ人殺しの道具にしかならないぞ」

「どうすれば……」

「うむ、今日から五日間は蒼闇の呪いの痣を消す施術を行え、そして六日目は切断の転移魔法の訓練を行え。そうだな……訓練の方法は我が考えてやろう。全ての痣を消し終えるまで、五日間施術、一日訓練の繰り返しとする。良いな」

「は、はい……かしこまりました」

「うむ、今日は初めての施術で疲れたであろう。下がってゆっくり休め」

「はい、ありがとうございます」


 王族の居住エリアから下がった後、リュディエーヌさんに言葉使いについて注意を受けたが、あまり聞いていなかった。

 それよりも、頭の中は切断の転移魔法をどうやって極めるか考えるのに忙しかった。


 護衛に守られて部屋に戻った後、アラセリにも経緯を話して相談してみた。


「なるほど、私にも隠して訓練されていたのですね」

「うっ……それは……ごめん」

「いいえ、戦闘職に戻りたくないというユート様の気持ちは理解しております。ですが、この先も第二王子派が襲撃してこないとは限りません。身を守る術として訓練を積まれる事には賛成です」

「だよな……でも、どんな訓練をすれば良いんだろう?」

「そうですね。武術で重要視されるのは、速さ、威力、正確性です」

「詳しく教えてくれる?」

「はい、まず速さですが、どんなに威力のある攻撃であっても、速度が遅ければ避けられてしまいます。ユート様の場合、あのドロテウスを仕留めたのですから速さについては問題ないでしょう」

「でも、俺の魔法は目に見えないから避けようがなかったんじゃない? 単純な速さで考えると、もっと素早く動いている的に当てるのは難しいかも……」

「なるほど、ユート様の場合、魔法の威力については何の問題もございませんので、動いている標的に当てる速さと正確性の訓練が必要という事になりますね」

「そうだね……」


 改めて切断の転移魔法について考えてみたら、恐ろしい使い道を思い付いてしまった。

 ロゼッタさんの痣を消す施術を行っている時に、一度どのぐらい人体の深い位置まで認識出来るのが試した事があるのだ。


 その結果としては、筋肉の組織も、骨の組織も、内臓や脳の組織までも認識が可能だった。

 その力を応用すれば、脳の内部の血管や、重要な神経だけを切断する事も出来てしまう。


 すなわち、病死と見せかけての暗殺も出来てしまうという事だ。


「ユート様……ユート様!」

「えっ、あぁ……ごめん、ちょっと考え込んでた」

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫……だと思う。というか、殺してしまった五人のためにも、切断の転移魔法を極めないといけないんだ」

「物事に対して真摯に取り組むのがユート様の良いところですが、真面目過ぎるところは好ましくありません」

「真面目すぎる……かな?」

「はい、真面目すぎるというか……思い込みが強すぎるように感じます」


 アラセリからは、先日の襲撃犯だけでなくクラスメイトへの思い込みも指摘された。


「どちらの件も、ユート様には何の落ち度も責任もございません。魔法の訓練をなさる事には反対いたしませんが、それを罪滅ぼしのように考えるのは間違っています。訓練は、あくまでも技術の向上のために行うものです」

「そうか……でも、思いを持って訓練に臨んだ方が集中出来る気がするけど」

「ユート様の集中力については、エッケルス様もリュディエーヌ様も感心なさっていらっしゃいます。ただ、思いに囚われていると行動に柔軟性を欠くことになりかねません」

「柔軟性か……なるほど」


 確かに、同じ作業に取り組むにしても、やらなければならない……という状況よりも、出来るかもしれない……いう心構えの方が様々な発想が出来そうな気がする。

 物体を切断する魔法は、何の工夫も無く使えば人の命を奪いかねない魔法だ。


 それを命を守るために使えるようにするには、逆転の発想が必要になるだろう。


「そうだね。誰かのためにと強制されるのではなく、もっと自由な気分で取り組むよ」

「はい、それが宜しいかと思います」

「それじゃあ、アラセリとの時間を自由な気分で取り組みたいと思うんだけど……」

「それは、お夕食と入浴を済ませてからですよ」


 五人を殺した罪の意識から逃れるために、アラセリの体に溺れる。

 我ながら節操が無いとは思うけれど、何もせずに眠ろうとすると、殺したの五人のあの目から逃れられそうにないのだ。

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