第22話 サロン・カズミ
※ 今回はユートのクラスメイト、海野和美目線の話になります。
「いかがですか、奥様」
「まぁ、素晴らしいわ。この張り、潤い……若返ったみたいよ」
「ありがとうございます」
施術を終えた貴族の奥さんに手鏡を渡して顔を確認してもらうと、一人の例外も無く驚きの声を上げた後で、自分の肌を確かめてウットリと頬を染める。
推定で五歳以上は若返るように皮膚の細胞を活性化させているのだから、驚くのも当然だろう。
私、海野和美が異世界召喚に巻き込まれて、もう五ヶ月以上になる。
ユーレフェルト王国第一王女が主導して行われた異世界召喚は、戦力の増強を目的としたもので、いわゆるハードモードの異世界召喚だった。
戦果を上げれば相応の待遇を与える、拒否する権利は無く、元の世界に帰る方法も無い。
協力を拒めば、待っているのは死だ。
目の前でクラスメイトの男子が、比喩ではなく真っ二つにされれば、拒否なんて出来るはずがない。
幸い、私が手にした異能力は治癒魔法だったので戦闘訓練は免除されたが、毎日倒れそうになるまで治療をさせられた。
クラスメイト達が極限状態に置かれている中で、一人の男子が戦闘訓練から外された。
いや、正確には這いつくばって頭を地面に擦り付け、拝み倒して外してもらったらしい。
戦闘訓練から外れた霧風君は、もともと手にした異能力が転移魔法ということで、私と同様に別メニューの訓練を受けていたが、魔法に欠陥があったそうだ。
物体を瞬間移動させられるけど、移動距離が一ミリ程度しか無いらしい。
召喚された直後は、レアな能力とあってもてはやされ、本人も少々有頂天になっていたようだが、そんな状態ならば恥を忍んででも戦闘職から外してもらうのは当然だろう。
だが、男子の一部には戦うのが当然だと主張するグループがいて、霧風君は宿舎から追い出されてしまった。
その後、暫くの間、彼の行方は分からなかったし、自分も必死だったので探す余裕も無かった。
霧風君と再会したのは、私たちが二回目の実戦訓練から戻った直後だった。
この二回目の実戦訓練では、クラスメイト八人が行方不明になっている。
行方不明といっても、魔物に襲われた結果なので生存は絶望的だった。
親友や恋人を失ったクラスメイトは激昂して仕返しを主張し、命からがら逃げて来た者達は怯え切っていた。
王国からの指示は訓練の続行で、日程を消化し終えた時には全員が精神的なダメージを負っていた。
そんな状況で、霧風君が噂を聞いて宿舎を訪ねたら、必ずや流血沙汰になると思い、制止するために探し歩いたのだ。
勿論、霧風君が心配だったのは確かなのだが、それよりもクラスメイト同士が傷つけ合って、その尻拭いの治療をさせらるのが嫌だったのだ。
霧風君を探し当てて情報交換したことで私の運命は大きく変わった。
彼は、欠陥だと思われた転移魔法を清掃に活用することで、周囲の人から認められつつあった。
そして、私にも治癒魔法の独自な使い方を考えてみたらどうかとアドバイスしてくれたのだ。
私の治癒魔法も、霧風君ほどではないが欠点を抱えていた。
魔力が弱いせいなのか、体の深い部分の傷が癒せないのだ。
一センチを越えるような傷だと、内部の傷まで塞げなくなってしまう。
そのため、深い部分の傷を塞ぐには、傷口に指を突っ込まなければならなかった。
しかも、傷は一瞬では塞がらず、じんわりと塞がるので、その間ずっと傷口に触れていなければならない。
これは治療を受ける側にとっても、治療をする私にとっても大きな負担だった。
そこで私が考えたのは、治癒魔法の美容への応用だ。
皮膚の細胞を活性化することで、皺を消し、張りや潤いを取り戻す。
皮膚への施術ならば、私の治癒魔法でも十分に届く。
細胞を活性化して、老廃物を除去するという現代日本の知識を元にしてイメージする事で、私の望む美容魔法が出来上がった。
救護所で働いていたおばちゃんに実験台になってもらったら、話がドンドン広がって、貴族のマダムの耳に入り、やがて第一王妃にも施術を命じられた。
おかげで私は、クラスメイト達の実戦訓練への同行を免除されたのだ。
どうやら第一王妃は、私の技術を派閥の切り崩しに使おうとしているようだ。
城では毎晩のようにパーティーが行われていて、そこには第一王子派も第二王子派も参加しているらしい。
ここで第二王子派のマダムだけが、若々しい肌艶をしていれば、当然第一王子派のマダムたちも施術を受けたくなる。
若々しい肌を取り戻したいならば、こちらの派閥に来なさい……みたいな事をやりたいらしいのだが、国の未来が掛かった王位継承争いが、そんな事で揺らいで良いのだろうか。
正直、私としては私達をこんな境遇に落とした第一王女を利するような事はやりたくないのだが、己の身の安全には替えられない。
勿論、クラスメイトにも戦闘訓練から抜け出してもらいたいので、独自の魔法を見つけるようにアドバイスをした。
その結果、菊井亜夢、蓮沼涼子の二人を助手として救い出せた。
二人は水属性魔法を使えるので、血液やリンパの流れを改善する魔法を習得してもらったのだ。
肩こり、腰痛、冷え性の改善は、貴族のマダム達に熱狂的に支持された。
命の危険から遠ざかるために、怪しげなオイルマッサージなどインチキエステを三人で考えて、今では城の奥まった場所にある一室を専用の施術室として与えられるまでになった。
貴族のマダムの間では、サロン・カズミと呼ばれているらしい。
何とか亜夢や涼子以外の女子も取り込めないかと思っているのだが、剣術とか身体強化のような能力ではエステでの活用が出来ない。
火属性魔法や氷属性魔法の子には、工夫するようにアドバイスはしているが、まだ上手くいっていない。
それに、私達三人は宿舎を移るように命じられ、クラスメイトは容赦なく実戦訓練へ駆り出されてしまうので、なかなか連絡も取れなくなっている。
私達の待遇は良くなったどころか、格段に良くなった。
衣食住、全ての面でワンランクどころかスリーランクぐらいアップしている。
この国には貴族制度があるせいか、職業についてもランクが設定されているらしい。
ランクの基準は、どれだけ王族や貴族に近い場所で働いているかによって決まるようだ。
私たちのように、直接王妃や貴族の婦人の肌に触れる職種は、最上位に位置するらしい。
一方のクラスメイトは、王族の目に触れるのも稀な状態なので、最底辺に近いランクとされていて、最初の話通り結果を出さなければ評価されないようだ。
戦果を上げて、王族や貴族に名前が知られ、恩賞を手渡されるようになればランクが上がるらしい。
となれば、実戦訓練でどの程度の成果が出たのか気になるが、直接連絡を取るのが難しくなった現状では、クラスメイトの消息は噂話に頼るしかない。
そこで私達三人は、施術の最中にさりげなく自分たちの境遇を話して、クラスメイトに関する噂話を引き出すようにしている。
幸い、異世界からの召喚は数十年に一度しか出来ないらしく、貴族の間では動向が噂になるらしい。
特に夫や父親が軍部に関わっている夫人からは、噂を聞く機会が多い。
キルシェーヌ伯爵夫人も夫が軍部に関わりがある顧客の一人で、施術の際にクラスメイトの消息を教えてくれるのだが、今日聞かされた噂は意外なものだった。
「本当にカズミにマッサージしてもらうと、肌が生まれ変わるみたいだわ」
「ありがとうございます」
「そう言えば、こんな噂があるのだけれど、知っているかしら?」
「どんなお話でございますか?」
「大きな声で話しちゃ駄目よ……ドロテウスが殺されたらしいわよ」
「えっ……本当ですか!」
「しぃ……声が大きいわよ」
「す、すみません……」
思わず声が大きくなってしまったが、それは仕方のない事だろう。
ドロテウスとは、召喚された当日にクラスメイトの山岸君を惨殺した男だ。
我々、召喚者の行動の最高責任者で、訓練で見せる強さは異常だと恐れられていた。
ドロテウスの異能力は身体強化だそうで、その強化度合いが図抜けているらしい。
身長二メートルはありそうな筋肉の塊のような体が、目で追いきれないような速度で動くのだ。
魔法による攻撃や弓矢なども、的が定まらなければ当たらない。
引き付けてから攻撃しようなんて考えれば、間合いを見誤って切り捨てられるのがオチだそうだ。
もしドロテウスが倒せるとすれば、回避不能の範囲攻撃を瞬時に発動できる魔法使いだけだろうと言われている。
「奥様、その噂、本当なんでしょうか?」
「どうやら本当みたいよ……あの大剣を握っていたそうだから」
あの大剣とは、鉈を巨大化させたような普通の人間では持ち上げる事すら困難な大剣で、ドロテウスの代名詞のような存在だ。
「一体、誰が……」
「カズミのお友達みたいよ」
「えぇぇ! はっ……すみません」
「うふふふ……驚くのも当然ね。でも、その人はこちら側じゃなくて、あちら側みたいよ」
「えっ、まさか……」
俄かには信じられないが、どうやらドロテウスを殺したのは霧風君のようだ。
一体、どんな方法を使ったのか、考えられるのは転移魔法だけれど、一ミリしか動かせない魔法をどう使えばドロテウスを殺せるのか想像もつかなかった。
それと同時に、役立たずとか臆病者と罵られていた霧風君が、あの憎らしいドロテウスを倒したのだと思うと口許が緩んでしまった。
「メイドと睦みあっている最中を襲われたのに、返り討ちにしたらしいわよ」
「えっ、メイドさんと……?」
「これも噂だけど、毎晩激しいみたいよ」
「はぁ……そうですか」
ドロテウスを倒したと聞いてロケットのように急上昇した霧風君の好感度が、バンジージャンプのように急降下した。
まったく、男って生き物はこれだから……。
「カズミ……」
「は、はい、なんでございましょう、奥様」
「こちら側にいるお友達とは、お別れを済ませておきなさい」
「えっ……それって……」
「今すぐ死ぬという訳ではないわ。でも、次は少し長い遠征になるらしいから、万が一を考えてお別れは済ませておきなさい」
「は、はい……」
背中に冷や水を浴びせられたような気がした。
二回目の実戦訓練で八人もの行方不明者を出してから、死というものが思っているよりも近くにあるのだと思い知らされたが、宿舎を出てから忘れてしまっていた。
たぶん、私達三人は大丈夫だけれど、他のクラスメイトはまだ死と隣り合わせの世界で戦わされているのだ。
安穏とした生活に馴染み始めている私たちが、彼女らに何て声を掛ければ良いのか、そもそも会いに行って良いものなのか。
その後も、伯爵夫人と話をしたはずだけど、何を話したのか良く覚えていない。
クラスメイトへの不安が、胸の中で黒い渦をまいているようだった。
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